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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
22-3 合成異核混合体
 竜牙の言う通り、学校では何も問題は無かった。
 ただ慌ただしく文化祭の準備が進められ、相変わらず弥生とは疎遠で、波音はいない。
 空気は賑やかな筈なのに、静かな教室内でクレープを焼き、写真を撮っていた。
 写真はメニューに使われるものだ。
 なので見栄えを気にして作ってはみたが……正直上の空だったように思う。
 だって今日は、殆ど何をしたかを覚えていないのだから。
 それほどに、波音や術士の皆が心配だったのだろう。

「――日和ちゃん!」

 学校を出た日和はいつものように校門へ向かって歩いていた。
 すると久しぶりに聞く声が後ろからかかって、日和は振り向く。
 玲が駆け足で近寄り、隣へと並んだ。

「……兄さん」
「なんだか久しぶりだね。元気だった?」

 玲はにこりと微笑んでいる。
 その姿はいつもと変わらないように見えたが、久しぶりに会ったからだろうか。
 ただでさえ細い体なのに、なんとなく少し痩せた様にも映る。

「……兄さんは、疲れてる?」

 思った事は正直に口に出る日和だ。
 玲は驚いたように目を見開くと、後頭部に手を当てて笑う。

「あー……分かる? 朝方まで師隼の家に居たんだ。今日は途中から学校に来てたんだよ」
「……波音の世話してたの?」
「……うん、竜牙から聞いたの? 傷は治ったよ。でも、まだ寝たまま。かなり深いから、起きるまでには時間がかかるって」

 玲の眉が落ち、日和も気分が落ち込む。
 だからと言って術士の邪魔をしてはいけないともラニアは言っていた。
 それが、なんだか歯がゆい。

「そっか……。私は……遠くから波音が元気になるよう祈ってるね。だから兄さんも、無理しないで」
「ふふ、分かったよ」

 以前の日和であれば、そんな言葉は出なかっただろう。
 くすりと笑う玲は自分の事だけで精一杯で、自分の中だけで生きていた日和がいつの間にか周囲に気を向ける様になっていた事に安堵したように笑む。
 そしてポケットから円柱型で彫り物のされたペンダントを取り出し、日和に手渡した。

「そうだ、日和ちゃん。これを……持っててくれないかな」
「……これは?」
「これはお守り。多分日和ちゃんが強い気持ちを持った時、呼応してくれるはずだよ」
「……うん、ありがとう」

 玲が感じたことなど日和に伝わる訳が無く。
 それでも日和はにこりと素の笑顔でペンダントを受け取り、首にかける。
 その様子に微笑んで頷く玲は校門の先に視線を移した。
 術士である玲には分かったのだろう。
 日和も合わせて視線を向けると、よく知る姿が立っていた。

「……おや、日和ちゃんのお迎えだね」

 校門の前に和装の男が立っていた。
 いつもは寄りかかった姿を見せているが、竜牙は珍しく門の前に姿を現している。
 当然、結界の中ではあるが。

「……玲、体は大丈夫なのか?」
「やあ竜牙、僕ならこの通りだよ。僕からすれば逆に竜牙も心配だけどね」
「私は……休ませてもらったし、問題は無い。……早めに帰るぞ」

 竜牙は浮かない顔をしていたが、くるりと身を反転させるとそのまま歩き出す。
 いつもは二人で歩く帰り道だが、今日は珍しく竜牙と日和、玲の三人で帰ることになった。
 寧ろこの組み合わせは日和にとって初めてではないだろうか。

(……皆、疲れてる。一体何があったんだろう……)

 竜牙も玲も表情はどこか暗く、重い。
 日和の知らない所で術士が戦っているのだと犇々ひしひし感じる。
 師隼の屋敷から離れたことで竜牙経由くらいでないと術士の情報は届かない。
 それでも、今までになかったことが起こっているのだとなんとなく想像がついた。

――助けて。
「……え?」

 自分は見ていることしか出来ない苦しさに落ち込む。
 すると一瞬、誰かの声が聞こえた。

「……どうしたの、日和ちゃん?」
「なんか、声が……」
「……声?」

 玲と竜牙は何も気付いていないように顔を見合わせ、訝しむ。
 幻聴だっただろうか。
 日和は不思議になって首を傾げた。

「……こっちから、声が……ん?」
――苦しい。寒い。

 また違う声が聞こえた。
 だが聞こえた方向が分からない。

「日和、どうし――」
――殺す。殺す。殺す。殺す。
「――っ!!」

 竜牙の心配を他所に、憎しみを込めた声が聞こえた。
 途端、ゾクゾクと背中に悪寒が走り、全身が震え上がる。
 その声は、頭に直接響いた。
 直接響いているけど、どこかから叫んでいるようにも感じる。

「ひ、日和ちゃん!?」
「な、なんか分からないけど……こっち――!!」
「――おい、日和!」

 日和はなんとなくで声の居場所を把握し、走り出す。
 場所は安月大原の住宅街からだ。
 竜牙と玲は突然走り出した日和の背を追いかける。

――痛い。助けて。死ね。

 いくつもの声が同時に喋っている。
 普通じゃない、妖の声ではない。

――苦しい。辛い。悲しい。

 まるで呪詛のような、悲痛な訴えのような、怨念に近い何かが近くにいる。
 あの十字路の先を曲がったところに、いる。

――殺してくれ。
「っ……!!」

 十字路に立った日和は目線を向け、ひゅっ、と息を飲んだ。
 竜牙と玲も追いかけ、同じく日和の見た先で言葉が詰まる。

「なんだ、こいつは……!!」

 十字路の先に突然現れた、全てが白いは不気味な姿をしていた。
 蝙蝠コウモリの様な翅と鷹やとびの様な大きな翼を対に持ち、爬虫類の皮や魚類の鱗、鳥獣の羽や毛が入り混じった肌、山羊のような太く立派な角は後ろに流れ、綺麗な渦を描いている。
 確かカラパイアといった生き物がそんな角を持っていなかっただろうか。
 一体いくつの動物を混ぜればそんな姿に辿りつくのか分からない程に、様々なものが継ぎ接ぎとなっている。
 どうすればおどろおどろしい見た目の妖になるのか。
 完全に自然に生まれた物ではあり得ない姿が、そこにあった。
 まさしく<異核混合体キメラ>だ。

「――っ!」

 身体の至る所に走った線が開いた。
 いくつもの黒いまなこに真っ赤な瞳がぎょろりと術士に向く。

「な……に、これ……」

 目が合うだけで気持ち悪い汗と圧力、恐怖と死のイメージが刻み込まれる。
 強い恐怖感を煽られ、体が震えた。

「……日和ちゃんは、急いで離れて」

 前に立つ玲は後ろを振り返ることなく言い放つ。

「で、も……!!」
「日和、流石に今回は……守れない」

 玲の隣、立ち竦む日和の前に立った竜牙ははっきりと口にする。
 同じく日和に視線を向けることはなく、真っ直ぐに狂気の妖から視線を外すことは無い。

「――玲さん!! 竜牙さん!!」

 同じタイミングでもう一人の術士が飛んできた。

「夏樹! 日和ちゃんをお願い!」
「――分かりました、すぐ戻ります!!」
「えっ、夏樹く――」

 現れた夏樹は急いで日和の手を取ると、そのまま風と共にその場を離れる。
 あっという間に二人の姿は見えなくなって、日和は神宮寺家に連れられてしまった。
 それから、残った玲と竜牙がじわりと嫌な汗を感じながら、先に玲が口を開く。

「……竜牙、どう戦うつもり?」
「分からない。ただ……生きていればいいな」
「絶望的だね……」

 玲は弓を構え、竜牙は槍を握りしめる。

「――いくぞ」

 声をかけると地面を蹴り、いくつもの石のつぶてを飛ばす。

「――射る!」

 地面を割り、巨大な化け物の姿勢が崩れた。
 そこへ玲の水の矢と、竜牙の石の礫が大きな体にいくつも刺さる。
 形の相容れない翼がバサバサと大きく音を立て羽ばたき、巨体が持ち上がると周囲に風が巻き起こった。
 竜牙の放った石の礫が巻き上げられ、玲と竜牙を目掛けて飛ばされる。

ごつ、ごつ、ごつ――

「竜牙危ない! ――咲栂!!」

 竜牙の放ったこぶし大の礫が地面や周囲に撒き散らされ、その内の一つが竜牙目掛けて飛んできた。
 玲は流水を操り礫を受け止めると、そのまま水の勢いで他所へと飛ばす。
 同時に玲は咲栂へ憑依換装し、玲が放った水は咲栂により一瞬にして凍りついて巨大な氷が空中に生まれた。

「――ふっ!!」

 竜牙は槍を力ずくで振り降し、巨大な氷を叩き壊す。
 がらがらと音を立て、細かく砕けた氷は地面から生やした石柱で飛ばし、妖にぶつけた。

「グオォォォ……!!」

 氷の重みと勢いでぐしゃりと気持ち悪い音を立てて妖の頭が潰れる。
 象の頭のような顔面は半分がへこみ、氷はごろりと転がった。
 竜牙はすかさず胴に先の尖った石柱を地面から突き上げる。

「……っ!!」

 しかし石柱の先は罅が入り、ばきりと折れる音がした。
 上半身を象のように持ち上げた体の胴には硬そうな鱗が鎧のように敷き詰められ、簡単にダメージを受けてはくれなそうだ。

「くっ…だめか……な――っ!」

 竜牙が苦い顔をしてしると、めき、めき、と歪な音を立てる。
 虫酸が走る、おぞましい現象が竜牙と咲栂の前で起こった。
 巨大な妖のへこんだ顔面が形変わってしていくのだ。
 それを咲栂は奇異と嫌悪の目で凝視した。

「――な、再生したじゃと!?なんと趣味の悪い……っ! 姿が変わっても同じぞ!」

 へこんだ顔面は新たな顔を作りだし、その部分だけが狼のように毛むくじゃらで獰猛な目をした動物に変わる。
 あまりにもあり得ない光景に咲栂は拒絶をするように氷の槍を3本、強い衝撃で突き立てた。

「グオアァァァ!!!」

 赤い瞳がまたぎょろりと動いて、全ての目が咲栂に向く。
 そして上半身を地面に叩きつけ、地響きのような音と共に強い振動が周囲に響いた。

「咲栂!!」

 竜牙は急ぎ自分と咲栂の足元に石柱を出し、空へ避難する。

「――竜牙さん! 咲栂様!!」

 空へ浮いた二つの体を風が攫い、少し離れた場所へと着地させる。
 先ほど日和を連れて行った夏樹が戻ってきていた。

「夏樹、助かった」
「いえ、アイツはどうするんですか?」
「打撃は無理じゃ。刺すか斬るか……どちらにしてもこのままでは倒せんぞ?」
「くっ、波音が居ればもう少し方法があるかもしれないが……」

 生憎波音は師隼の屋敷で療養中だ。
 寧ろこれは図っていたのかもしれない。
 攻撃は通るが再生される。
 無理に通せば脳筋で無茶苦茶な攻撃が返ってくる。
 竜牙も玲も倒し方が分からず、目の前の異常事態とも言える化け物のような姿の妖に、合流したばかりの夏樹ですら焦りが募っていった。

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