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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
幕間・終業式の誘い
「日和ー!明日から夏休みなんだけど! 夏休み、一緒に遊ぼうよ!」

 開口一番、叫ぶように言い出したのは奥村弥生。
 依然として前の席に座る、金詰日和の友人だ。

「あー……うん、そうだね。私はいつでもいいよ」
「じゃあ暇な時連絡入れていい?」

 弥生はうきうきとスマートフォンをかざし、日和に向けてにっこりと笑いかける。

「うん、分かった」
「……あれ、日和どこ行くの?」

 日和は頷くと、席を立つ。
 それを不思議に思った弥生は首を傾げた。

「んー……なんか呼ばれたから、行ってくる」
「ちょっとそれどの案件?」

 曖昧に答える日和。
 そこへずいっと割り込んできたのは波音だ。

「波音……これ」

 一瞬目を見開いた日和はポケットから白い紙を取り出し、波音に見せた。
 そこへ弥生が立ち上がり、一緒になってその内容を覗き込む。

『4時限後、中庭で待ってます』

 波音と弥生の背景にピシャァァーン!という音と共に、見事な雷のトーンが貼られた。

「これ絶対行かなくて良い」
「こんなの行く暇があったら屋上行くわよ」

 全く同じ顔をして二人は日和を見る。
 一方拒否する理由が全く分からない日和は鳩に豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

「え、なんで?」
「日和がわざわざ行く必要ない」
「私が代わりに行ってきてあげても良いわよ?」
「いや、でも下駄箱に入ってたやつだし……」

 再び波音と弥生の背景に、ピシャァァーン!という音と共に見事な雷のトーンが貼られた。

「……今時やるぅ?」
「いっそ普通に呼び出して言われた方が気持ちとして楽よね?」
「斬り捨てやすいよね」

 波音と弥生は顔を合わせてひそひそと何かを言い出す。
 よく分からないが、大変仲がよろしいことはよく理解できる。
 だから二人が顔を合わせている間に、日和は呼ばれた場所へと向かった。

「あっ、いない!」「追うわよ!」

 弥生と波音は日和を追いかける羽目になった。



 中庭には、一人の男子生徒がそわそわと立っている。
 その少年の前を、日和は――素通りした。

「――えっ、あっ! 待っ、待って!!」

 待っている相手が通り過ぎるとは思ってもなかった少年は、焦ってその姿を呼び止める。
 日和は止められて、やっと相手が手紙の主であることを認知した。

「はい? ……あ、もしかして、この手紙の方ですか?」

 何の感情もない顔と相手を見る目が『貴方は興味ない』と訴えている。
 日和のこの表情が、男子にはとても人気らしい。
 少年はあからさまにドキリと体を震わせ、こくこくと激しく頷いた。

「……あーあ、今回はそういう子ね」
「ずいぶんと奥手だねー。草食系男子って奴?」

 日和から少し離れた渡り廊下の影から波音と弥生が覗いていた。
 単に会話内容が気になるというのもあるが、万が一の止め役だ。
 日和への告白は今に始まったことではない。
 今まで面白い具合に回避されているので様子を見る必要は無いと思いたいが、やはり万が一がある。
 ただ、やっている事は"状況が面白いから日和が断る様を見てみたい野次馬"にしかなっていない。
 そんな二人を他所に、いつまでももじもじしている少年にしびれを切らした日和が先に口を開いた。

「えっと……すみません、私に何の用ですか?」
「あ、そ、その……! つ、付き合って下さい!!」

 ド直球。
 日和の表情は変わらない。
 それでも日和はぐるぐると思案している様子が友人枠には分かる。
 何か理解したように、日和の目が開いた。

「……えっと、どこへですか?」
「はっ、えっ!? あっ」

 残念なことに、日和に直球コースは通じない。
 これを何度も見ている波音と弥生は笑いをこらえるようにじっくりと見ていた。

「いや、えっと、そ、そうじゃなくて……!!」
「……?」

 どうやら少年はまだ粘る気らしい。
 弥生は「おっ……」と期待の眼差しで言葉を漏らした。

「ぼ、僕と、お付き合いをして欲しいんです!!」
「……お付き合い、ですか」

 日和は俯き、唸る。
 少年はドキドキと顔を赤く染め、懸命に言いたいことを言った顔つきをしている。
 暫く待って、日和が顔を上げた。

「……すみません、顔を存じ上げないので」

 真っ直ぐにそう言った日和はぺこりと頭を下げると渡り廊下へ戻っていく。
 純情少年、敗北の瞬間だった。

「だから言ったでしょ?行かなくていいって」
「日和の連勝記録止まらないねー。これで11勝目だよ」

 校舎に入ってこそっと出て来た波音と弥生が無表情を貫き通した日和の隣に立つ。

「何の勝負? 結局なんで呼び出されたのか分からなかった……」

 その言葉を吐いた顔は憂い顔をしている。
 日和は『どこへ付き合えばいいのか』と聞いた。
 しかし返ってきた答えは『お付き合いをして欲しい』だ。
 日和にとっては支離滅裂な会話だった。
 しかしそもそも日和のデータベースに『お付き合い』という言葉は入っていない。
 ちなみに過去、『俺の人生の先まで』と言い放つ強者の先輩がいたが、日和は見事に『責任が取れませんので』と断っている。
 日和はかなりの美人だが、その分その城塞は堅牢だ。
 余談だが、学校一の人気は麗那である。
 彼女は既に『告白をしてはならない』という暗黙の了解が敷かれていた。

「はいはい、これで用事終わったでしょ?みんなが待ってるわよ」
「私もお腹空いたー。学食行くねー」

 波音は日和の袖を握り、弥生は正反対の渡り廊下へ向かおうとする。
 ここで日和の爆弾発言が響いた。

「待って、波音。もう2件あるんです」
「……」

 波音は日和を半眼で睨みつけると、そのまま黙って屋上へ引っ張り続けた。

「ふむ、それで引っ張って連れてきたと」
「流石日和ちゃんだねぇ。人気者」

 竜牙はいつものあぐらをかき、腕を袖にしまった姿勢をしている。
 一方の玲はいつも以上に輝いた笑顔で先に昼食を始めていた。

「そーよ! 今日が終業式だからってどいつもこいつも頭に花咲いてんじゃないの!?こっちの予定も考えなさいっての!!」

 そう怒るのは、どちらも同じような呼び出しでどうせ同じ内容の約束を破り捨てさせた波音だ。

「でも大事な用だったら……」

 一方否定的になるのはこの屋上まで引っ張り、連行された日和だ。
 玲はその日和ににっこりと笑顔を見せる。

「大丈夫だよ、日和ちゃん。大体の人は日和ちゃんに大事な用事なんて頼まないから。僕もついさっき数件断ってきたところだし」
「……」
「……」

 げっそりとした波音と引き攣った笑みを薄らと浮かべる竜牙の目が合った。
 血は繋がっていないのに、この兄妹は兄妹らしい。と揃って同じ認識を持つ。

「あっ、そ、そーだ、日和は夏休み、何か用事とか無いの?」

 話題を変えようとした波音が取り繕った顔で日和に向く。

「え? えっと……弥生と今度遊ぶ、くらいしか決めてない…かな…」
「そう……」

 ぴたりと、会話が途切れる。
 気まずい空気が流れた。

「……日和ちゃん。多分波音はね、夏休み日和ちゃんと遊びたいって」
「はっ!? そ、そんな事まで言ってないけど!?」
「えっ、そうなの?」

 言葉の意味を察した玲はにこりと微笑んで日和に補足をつける。
 するとやけに早い反応で波音が顔を真っ赤にし、声を上げた。

(日和は鈍感だ。はっきりと言わない波音も悪いが)

 そう思うのは野暮だろうか、と竜牙はため息を吐く。
 まったく、ここに集まる人間は見ていて飽きない。
 折角なら呪われて出られない一人と、まだ中学生の一人が集まった姿を見てみたいものだが、中々上手く行かないものだ。と口には出さないが深くは思った。

「……今日、終わる時間はいつも通りか?」
「ええ、そうね」
「多分そうだと思うよ」
「分かった」

 竜牙の質問に波音と玲は頷きながら答える。
 多分竜牙が校門へ迎えに来るのだろう、と日和は直感した。
 その理由といえば、多分再び告白される日和をさっさと帰そうという事なんだろうなと玲と波音は察したが、日和には届かなかった。



***
「か、金詰さん……!」

 下校の時間。
 その行為も無駄であると言わんばかりに、わざわざ校門の前で日和は呼び止められた。
 ちなみに相手の男子は本日日和を呼んだ人物とはまた別人だ。

「……なんですか?」

 あと一歩踏めば結界の中なのに。
 その校門の外側で待機する結界の主はため息を吐く。

「い、今から帰るところ? よかったら一緒に――」
「――いえ、いいです」

 即答だった。
 ちらりと顔を覗かせると日和の表情は無表情な上、少し迷惑そうな顔色を付け加えられている。

「そ、そっか……。あ、じゃあさ! 夏休み、よかったら一緒に遊ばない? ほら、夏祭りとか皆で行くんだけど、一緒にどうかなって……」

 さて、男子の方は負けるつもりは無いらしい。
 今にも弱ってしまいそうな笑顔を耐えて、根気よく誘っている。

「……夏祭り」

 ぽそりと、日和が呟いた。
 ――基本興味を持たなくとも、やはりそういうものは惹かれるのだろうか。
 脳裏で小さな不安が過る。
 ただそれは自分の物なのか、奥底に沈むもう一人の存在のものかは分からない。

「そう、夏祭り。駅の奥だけど、少し離れた所に神社があるだろ? あそこでそこそこ大きな祭りがあるんだよ。色んな屋台があって、打ち上げ花火も――」
「――すみません、夜はできるだけ出歩きたくないんです。あと……知り合いがいないと、多分楽しめないので」

 日和がどこかぞわりとした嫌な空気を纏った。
 無表情だが、拒絶にも見える。

(地雷を踏んだ)

 身体の主も理解したらしい。
 夜店に花火、確かに夜の中で明るい場所だ。
 どんなに楽しい空気を纏った場所でも、日和には地獄らしい。
 そんな日和は「それでは」と体を反転させ、結界を踏んだ。
 これで相手はもう、日和を視認できないはずだ。

「……すまない、助けてやれなかった」
「あ、竜牙……早いですね」

 隣に並んだ姿に声をかけると、案外素直な笑顔を見せている。
 先程感じた嫌な空気はどこにもなかった。
 それを食らった人間は校門の奥で項垂うなだれているが。

「……佐艮が首を長くして待っている」
「え、そうなんですか?」

 本当は先ほどの事を口に出すべきか迷ったが、地雷を再度踏むリスクを考えて押し黙る。
 代わりに弁当を回収して戻った時に言われた言葉を伝えると、不思議そうに首を傾げていた。

「あの男は家族団欒で居るのを喜ぶからな、五月蠅いんだ……」

『日和ちゃんがついに夏休みかぁ、ずっと一緒に居られるね! 早く帰ってこないかなぁ!!』
 その時の尻尾を激しく振る犬のような姿と言ったら、気持ち悪い以外の言葉が浮かばない。

「置野君のお父さんはそういう人ですよね」

 くすくすと笑う日和は多少佐艮に慣れたらしい。
 その表情がまだ重たいのはなんとなく察するが、口に出すほどでもないだろう。
 それよりも気になるのは……――

「――日和、正也は名前で呼んでいい、と言っているが」
「あ……すみません。なんというか、目の前にいるのが竜牙なので……本人に会えたら、そう呼ぶことにします」

 眉を八の字にして笑う姿が、そこにあった。
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