▼詳細検索を開く
作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
16-5 宣戦布告
 神宮寺師隼は学校区の中を彷徨う。
 外を歩いたのは久しぶりだ。
 と言っても東京へ向かって以来ではあるが、町中を歩き訪れた図書館は窓が曇って中の把握はできそうにない。
 狐面の報告では既に金詰日和が中に居るらしい。
 師隼は来る者を拒む図書館の扉に手をかざし、声をかける。

「――さあ、君の『恐怖』を聞かせてもらうよ」

 今回の来訪の目的を伝えると、図書館への扉はあっさりと開いた。

「……やっぱり、君だったんだね。伝えたい事があるのなら、どうぞ君が今苦しめている少女に訴えると良い」

 中のホールでは女王の前に日和が倒れている。
 しかし、彼女よりも優先すべき事項があり、師隼は目の前の女王に光を向けた。

「――ごめん、なさい」

 神宮寺師隼の光は妖を倒すことは出来ない。
 だが元が人間であれば、術士であれば、術士のためにある光の力で干渉することが出来る。
 今回も例を外れず真っ青な人型である妖に翳せば、姿が解けて中身の影が映る。
 ゆっくりと現れたのは成長もしていない、当時のままの和音みこ本人だった。

「師隼、さま……ごめんなさい……」
「……迎えに来るのが遅くなったね、すまない。怖かっただろう?」

 目に涙を溜めてふるふると震えるその姿は、妖だったと思えないくらいただの少女同然で。
 まだ年端もゆかぬ子供がこのようにして死んでしまう事実は、とても重い。
 それよりも更に重いのは、それからかなりの時が経ってしまったという事実だ。

「すごく、怖かったです。……あの、霜鷹さんは……?」
「……君が亡くなった1年近く後に、死んでしまったよ。頑張って耐えてたんだけどね、だめだったみたいだ」

 少女の目には一瞬にして再び目に涙が溜まり、ぼろぼろと流れ出す。
 元々は東京の分倍河原という術士を束ねる男を通じて兄に呼ばれ、この地を踏んだ少女だ。
 悲しむのは当然であって、特に悪い反応ではない。

「ごめ、なさい……! 私が、無理をしようとしたから……!!」
「……悪いけど、過ぎた時間を悔やむ余裕は無いんだ。君に会う事が出来た。それだけでこちらは充分だよ」

 ぐすっと鼻をすすり、みこの涙が止まる。
 真っ直ぐな、術士の目が見えた気がした。

「私っ、伝えたい事があったんです……だから、の所から抜け出して来たんです……! 師隼さま、この人は今私の記憶を見てます……それが終わったら、私を殺してくれますか……?」
「……ああ、分かったよ。聞き届けよう」

 そこに居るのは、和音みこだった何かだ。
 今は自分の力に当てられて人の時を思い出しているのだろうが、その根底はやはり妖だ。
 彼女を救う術はもう、一つしかない。

「――……うっ!」

 身体を起こした日和が口から唾液を吐き出した。
 それでも気持ち悪さが取れないのか、何度も嘔吐くのでその背中をさする。

「大丈夫かい、日和」
「師隼……どうしてここに……」

 不思議そうな表情を向ける日和に師隼はにこりと微笑む。
 少し青白かった肌が赤みを戻し、少しでも心に余裕ができたように見える。

「図書館へ興味があってね。で、どうだった?」
「え?」
「見たんだろう?彼女を」

 まだ気持ち悪さがあるのか、それとも『みこの記憶』というものがそんなに悍ましかったか、日和の表情が引き攣った。
 そして振り払うように頭は左右に振る。

「自分が死ぬ体験をするとは、思いませんでした……」
「そうか。今なら私の力で抑えられている。対話すると良い」
「……はい」

 優しく促すと、日和の目の色が深くなった。
 その様子は普段このようにして女王と対峙しているのだと見せつけているようで、師隼は深い関心と理解を向けた。
 日和は何の迷いもなく、女王の衣を剥がされたみこに向かい合う。
 立ち上がってもまだ感覚が麻痺してるのか、うまく動かせない体を師隼が支えて、日和は重たそうに体を引きって近付いた。
 みこの前に立ったところで、師隼は日和から離れていく。
 今から師隼が起こす行動はなんでもない、ただの殺人だ。

「小学生が持つにはあまりにも苦しい思い出。戦争でもしない限り爆死なんて、想像もしなかった。これが、貴女の最後……」
「……」

 みこは大人しく、日和をじっと見ている。

「大変、だったね……。受け取ったよ、あなたの『恐怖』……」

 背の低い小柄な妖はゆっくりと日和の体に抱き付き、目を瞑った。

『お願い、気をつけて……』
「……分かった。最後、ちゃんと守っててかっこよかったよ」

 たった一言。
 みこの柔らかい声が響いて、それが彼女の最期だと悟った。
 だから――師隼は右腕を伸ばし、掴むように握り締める。
 和音みこという一人の魂を握り潰し、人としてその生命を終えさせた。
 光に弾けたみこの魂は強い光となって霧散し、日和の体を包む。

「……おっと!大丈夫かい? ……お疲れ様」

 ぐらりと日和の体が傾き、師隼は慌て近付いてその体を支える。
 細い腕の中で、日和はにこりと微笑んでいた。

「すみません、こちらこそ……ありがとうございました」
「本当に、お疲れ様。助かったよ」

 ふっ、と日和は目を瞑り、合わせて体の重みが増す。
 眠ったことを確認した師隼は自身も腰を下ろしながら、そのまま日和も下ろして足に頭を乗せた。
 やっと一息吐いた頃、入り口から一人の見知った姿が入ってきた。

「師隼……!?」
「やあ竜牙、一足遅かったね。今、終わったところだよ」

 不思議そうに目を見開く竜牙の姿は中々見ない。
 師隼は面白いと感じた姿に思わずふ、と吹き出した。

「何を笑っているんだ?」
「いや、なんでもないよ。……とりあえずこのまま町中は歩けないし、手伝ってくれないかな?」
「……仕方ないな」

 今度は見慣れたため息を吐きながら訝しんだ表情を見せる竜牙に日和を引き渡す。
 先に図書館を出る竜牙を見送る師隼は振り返り、小さく呟く。

「あとはゆっくり休んでくれるかな? お疲れ様」

 既に消えてしまった気配に別れをして、結界を閉じた。



***
 神宮寺師隼の屋敷に、再度術士は集まった。
 術士の列に並んだ中には快復した波音がいる。
 しかしその表情は険しく、口を固く閉ざしてはいたが師隼の目には思った以上に元気そうな様子であると感じた。

「無事、女王となった和音みこの討伐……いや、保護にしておこうか。今回はしっかりと、この目で確認したことを私から報告するよ」

 列の中には気を失っていた日和も混じってもいる。
 今はもう妖に当てられて弱っていた様子はなく、元気そうだ。
 話を切り出す師隼はそんな日和に期待を込めて視線を向けた。
 この少女は先ほど和音みこの最期を見た。
 果たして彼女が何を見たのかは分からない。
 だが、何か情報となるものを得たはずだ。

「……では金詰日和、今回の妖から何を感じた?」
「彼女を女王化させた妖がいます。恐怖に怯えた彼女の表情を、『気に入った』と言っていました」
「ふむ、それを今回、手駒として使ってきたのだとしたら……その女王は相当危険な相手だろうね。他には?」
「シャボン玉……」
「……シャボン玉?」

 日和の言葉に皆が首を傾げる。

「女王がシャボン玉を飛ばしてきました。あのシャボン玉は、危険です。破裂したら身体が千切れます」
「……!」「……っ」

 玲と竜牙がぴくりと体が揺れる。
 当時のみこの死因を思い出したようだった。
 そして同時に、それは金詰蛍の死因にも直結することを示唆している。

「気を付けてって言っていました。警告、ではないかと思います。何故、私に直接伝える必要があるのでしょうか……」

 日和は首を傾げる。
 師隼としてはその理由が理解できるような気もするが、ここはまだ濁しておくのが良いのだろう。
 丁度一人はダウンしてしまった。
 彼女にも警告をするべきなのかもしれない。

「術士なんかに伝えたら、きっと一人以上は復讐に燃えるから、或いは日和に何かを感じ取ったか……または彼女を妖に変えた女王の存在を伝える為かもしれないね。どれにしても、女王化されてもそういう頭は働くらしい」

 師隼の目は日和の後ろに向けた。
 そこには、波音がいる。

「……変にプライドなんてかざしてるからやられるのよ。分かったわ、その女王が現れれば、私が絶対に倒す……!」

 怒り混じりの声が響き、波音は席を立つ。
 その心は炎を携えた波音に似合う程……まさに烈火の如く、復讐に燃えていた。

「どこに行くんだい?」
「私の強さが足りないと言うのでしょう? もっと、強くなる為の修行よ。……夏樹、手伝いなさい」
「えぇっ!? は、はい……!」

 吐き捨てるように、波音はそのまま部屋を出ていく。
 巻き添えになった夏樹は逆らえず、頭を下げてその後ろをついて行った。
 まさか夏樹まで連れ去られるとは。

「やれやれ。やはりウチは血の気が多いな」

 師隼はため息を吐き、日和に再び向き直った。

「……今回もお疲れ様。やはり、君は女王討伐には向いていると思うよ」
「え……」
「「師隼!!」」

 師隼が笑顔を向けて吐いた言葉に、玲と竜牙の声が重なる。
全く、玲は薄々感づいていたが竜牙までとは……随分と心配性になったものだ。

「今回目の前で見ていて、十分に理解した。妖は単に君の力を求めているのだろうが、君は力に関係なく女王に好かれるタイプのようだ」
「……どういう、事ですか?」
「女王が求めている物を、君は与える事が出来るんだろうね」

 言葉がしっかりと伝わっていないことは分かっている。
 案の定日和は首を傾げた。

「……まるでカウンセラーだね」

 師隼はにこりと微笑む。
 本来言いたかった言葉を押し留めて、はぐらかした。
 この言葉を言ってしまえばきっと、竜牙は酷く怒るだろうから。
Twitter