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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
15-2 期末テスト・後
 1日のテストを終えた日和は教室を去り、昇降口を出ていた。
 弥生はクラスの女子に話しかけ、「またケーキ一緒に食べに行かない?」と誘っていたので別行動だ。

 「良いけど……前はもう一人いなかったっけ?」

 誘われた女子生徒の言葉を聞くに弥生は他の生徒も誘うらしく、日和は「行ってらっしゃい」とだけ伝え、先に出てきた。
 後からふと、その女子生徒の姿を覚えていなかったことに気付いた。
 だが元々他の人間に興味を持てない日和には関係ない話かもしれない。
 気になったことを軽い気持ちで水に流す。
 そうして再び校門へと意識を向けると、前方にはよく見知った後姿と知らない女子生徒の姿があった。

「あれ、兄さん? そちらの方は?」
「ああ、日和ちゃん。お疲れ様」
「……」

 呼ばれた玲は振り向き、日和に気付く。
 しかし、その表情はどこか疲れ切っている。
 隣にいた女子生徒はくるりと日和を見ると、無言でぺこりと頭を下げた。

「……彼女は――」
「――私は、こういう者です」

 女子生徒は再び懐から狐の面を出し、顔につける。
 日和の動きは一瞬止まったが、静かに礼を返した。

「狐の方でしたか。えっと……」

 日和の中で、櫨倉命の存在は曖昧になっている。正確には、その名前すらも。
 記憶の要所が混濁するように、狐面の存在は知っているが櫨倉命と関わった記憶は消えている。
 本人を視認する事は出来ない。
 また、妖に大怪我を負わされた事は覚えているが、その直前の記憶を思い出そうとすると何を考えていたのかさえ忘れさせられるようになっていた。
 『ただ何かがあって深く悩み、妖に怪我を負わされて、玲達と仲直りした』
 今やそんなパッチワークにされた曖昧な記憶でしかない。

「……今から師隼の所に行かなきゃいけないんだ。僕のクラスでちょっと、面倒事があって」

 玲の表情から感情が死んでいた。
 不安渦巻いた気持ちが日和の中で浮かんだのは玲を見たからか、狐面に思う事があったのか。
 日和は不安に駆られて口を開く。

「――あ、の、一緒について行っても、いいですか?」
「……貴女には護衛任務もありますので、丁度良いですね。どうぞ」
「……うん、わかったよ」

 玲は一瞬だけ狐面の生徒に視線を向け、控え目に頷く。
 移動中は何事もなく、また会話も無いまま熱い日差しだけが三人を射している。
 それから師隼の屋敷に着いて最初に三人を出迎えたのは、珍しくも竜牙だった。

「あれ、竜牙……」
「む、日和も来たか。……まあいい。玲、こっちだ」

 竜牙に案内され、三人はその背をついていく。
 向かった先は大広間だったが、日和だけは大広間の手前の部屋へと通された。
 術士による大切な話なのだろう。
 日和は疑問にも思わず部屋へと入ったが、そこには練如が茶を淹れて待機していた。



***
 大広間には玲と狐面の少女、竜牙と師隼、だだっ広い空間に四人……かと思いきや、何人かの狐面が揃っているのでざっと十人ほどになっている。
 想定よりも多い人数は大変な事態になっているのではないかと、玲は更なる不安を抱えることとなった。

「すまないね、呼ぶ前に来てもらって。……まあ、それどころの問題じゃないのだろうね」

 開口一番にため息を漏らしながら、最後はひとちる師隼も瞼が重そうで、疲労が溜まっているように見える。
 師隼に視線を向けられた玲はいつになく静かだが、その冷静さは消えているように師隼の目には映った。

「……詳しい説明を頂きたいのですが」
「やはり友が絡んでしまえば、冷静を保つことは難しいのだろうね。……報告があったのは今朝だ。空家の敷地内――といっても庭の端の方で遺体を発見してね……それが大平海人少年だと判明した。その空家は彼の通学路沿いであることも判明している」
「……」 

 ぎり、と玲は下唇を噛む。

「死亡日時だが、損傷があって今はまだ不明だ。……今日は登校していたかい?」

 師隼の嘘に竜牙は表情を変えること無く目を瞑っている。
 真っ直ぐな視線を向ける師隼に、玲は答えず視線を逸らした。
 そこへ狐面に制服の上からパーカーを羽織った女子生徒が正座のまま体を引きずり、前に出る。

「……主上、その件については私の方から報告申し上げます。本日14時、大平海人の体が突然溶ける様に水になって消えました。大事になる前にクラスの全員を印象操作し、高峰様と調査をした結果……水は妖の残骸ではないかという結論に至りました」
「……妖の残骸、か。つまり妖が直前まで大平海人になりきっていた、という事か?」

 ぶわりと玲の周囲で力の圧が加わった。
玲の髪は揺れ、背後に波紋を作った咲栂が現れる。

「妖か、女王の力か、妾が分かるのは相手が水を扱う者だという事。そして何の拍子かは知らぬが、何か意識的なものが切れてあの抜け殻は姿を保持できなくなったと妾は思うておる」
「やはり傀儡かいらいか……」

 咲栂の見解に竜牙がぼそりと呟く。
 師隼は小さくため息を吐くと、腕を伸ばし横へ合図を出した。

「――他にも被害等があれば逐一報告しろ。これだけとは思えん。不可解な事でも良い。逃すな」
「はっ」

 それを皮切りに狐面は一斉に姿を消した。
 残った術士が互いに疲労の表情が沸き、一人の狐面は小さく頷く。

「……主上、私はこのまま校内を担当します。櫨倉命の見張りは必要ですか?」
「――いや、要らん。もう切った駒だ」
「……御意。それでは、失礼します」

 表情一つ動かさない師隼に玲に付き添っていた最後の狐面も冷徹な声で、一瞬で姿を消した。

「……玲、学校にも被害が及んでいるのは私達術士、そして金詰日和を狙っているのだと私は思っている。時期としてもあと3か月……、彼女の家族を襲った女王も動いているに違いない」

 師隼は真っ直ぐに、玲を見る。

「そう、ですか……そんな、時期か。……師隼、女王を倒しきるその日まで、咲栂を使ってもいいですか?」

 玲は諦めた表情で、しかし師隼に向ける目は決意とも取れる熱がある。

「玲……!」

 そんな玲を、竜牙は厳しい視線で止める。
 師隼も視線が厳しく変わった。

「水を扱うなら自身が危険だと分かる事だろう。そこまでする事なのか?」
「契約は切れましたが、日和ちゃんを守る為ならどんな手だって使います」
「そういう言い方は嫌な予感しかしないから止めなさい。竜牙だってお前の身を案じているんだぞ」
「それでも、自分で守りたい物はどうしても、最後までやり切りたいんです」
「……」
「咲栂は……その時まで無事でいられるのか?」

 玲の心は固いらしく、表情も意志も崩そうとはしない。
 その様子に師隼は肩を竦め、口からため息を漏らす。
 竜牙も頭を抱えて眉間に皺を寄せ、静かな咲栂に視線を向けた。

「妾は最後まで、主様に付き添おうぞ」

 ただ一人、咲栂だけはにこりと楽しそうに、玲にぴたりとくっついていた。
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