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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
15-1 期末テスト・前
 キーン、コーン――と授業終わりの鐘の音が響く。
 期末テストの答案用紙は回収され、教師は教室を出て行く。

「日和ー、テストどうだった?」
「まぁ、勉強はしてるから特に問題はないかな」
「本当ー!? 私全然だよー。正直やばーいっ」

 途端、むすっとした表情でやる気が落ちた声を出し振り返ったのは弥生だ。
 いつも勉強で分からない部分があれば聞いてくるし、たまに宿題を聞いてきたりもしている弥生は勉学が得意ではないらしい。
 一方いつもと変わらず落ち着いた返事をする日和はけろりと次のテストの準備を始め、最後の復習にノートを広げて流し見ている。

「次が終わったら今日は終わりなんだから、もうひと踏ん張りだよ」
「ふえーん、一日漬けでテストとかしんどいよぉー!無理だよぉー! 力が抜けちゃうぅ……」

 泣き言を上げながら、弥生も日和のノートをちらちらと見ている。
 「見るならどうぞ」と日和は逆さ読みしているノートを正しい向きに直して弥生に渡した。

「ありがとう……。ふえぇ……うむぅ……?」

 受け取る弥生は眉を八の字にして呻きながら丁寧に書き留められたノートを見ている。
 果たして最後の勉強となり得ているのであろうか。
 無情にもガラリと教室のドアは開いた。

「おーい、最後のテストやるぞー」
「うぐ……。あいがと……頑張る……」
「うん、頑張ろ」

 ふらりと現れた教師の声に弥生はノートを返し、日和はそれを鞄へと仕舞う。
 テスト用紙が配られ、チャイムが鳴った。
 そうして始まったテストは、何の問題も無かった。
 



***
 今日の授業は一日中期末テストで埋まっている。
 それはどこのクラスも当然同じ。
 時は同じくして別階の教室、後ろの黒板前で参考書を開く二人の男子生徒の姿があった。

「さっきのテストどうだった?」
「別にどうもしない。いつも通りだよ」
「うひぃ、数多いる特進科の万年上位なのに、次はお前の得意教科だもんな。数学はまだ楽しかったのに億劫だわ……」
「言っても岡水先生だし比較的素直な問題が来ると思うよ。捻ってくる西尾先生よりはマシ」
「まあな。玲は余裕だろ?」
「じゃなきゃ部活も何もしてないよ」
「だよなあ」

 海人と玲で参考書を覗き込みながら淡々と会話していく。
 今日一日はずっとこの話題ばかりだ。
 教師の出題の特徴さえ分かってしまえば、テスト問題なんてものは難なくクリアできる。
 特進科だとか専門や普通科だとかは関係ない。
 要は何に対してどれだけ理解できているかどうかだ。

「あ、そろそろ時間だな」
「ん、そうだね。それじゃ」
「おー。後でなー」

 互いに席につくと教師が現れ、用紙が配られていく。
 テストスタートのチャイムが鳴り響き、ぱらりと捲った。
 目の前には生物のテスト、自分が一番得意な問題が並んでいる。
 だから余裕だ。
 そう、思っていた。



「――きゃぁ!?」

 答案用紙に書き込んでいる最中、急に女子生徒の悲鳴が上がった。
 クラスの視線が一斉に問題の女子生徒へ集まる。
 女子生徒は真っ青になって驚き、カタカタと小刻みに震えていた。
 何かがあったのは女子生徒ではなく、だ。
 前の席がびっしょりと濡れて、机が、椅子が、床が水たまりになっている。
 そのせいで、空気は一瞬にしてテストどころではなくなってしまった。

「海人……!?」

 玲も同じように女子生徒の方を見ていた。
 しかし突然の事態に理解ができず、時間がかかり、その前の席を見て顔面蒼白になっていた。
 一体何が起こった?ついさっきまでテストについて話していたのに。
 そこに座っていた筈の友人の姿は消え、何故水たまりになってしまっているのかさえ分からない。
 途端にクラスのざわめきが煩く感じた。
 思わず後ずさり、テストさえも忘れてそのままその場に集まっていくクラスの集団に背き、端に寄っていく。
 頭が真っ白になって、今が何の時間で何をしていたのか。
 そんな事よりも目の前の衝撃が強すぎて、一切の思考が消えた。
 ひたりと冷ややかな気配に水玲の右手がぴくりと動く。

「主様、あの水……妖の気配が強く臭うぞ」

 じわりと耳元に咲栂の声が聞こえた。
 その声は酷く煩わしそうで、だけどその言葉の意味は未だに理解できそうにない。

「えっ…!?だって快斗はさっきまで…!」
「恐らくは……ここに、大平海人は居なかったという事になる」
「そんな……だってさっきまで……!」
「妾にも分からなかった。こんな事が出来るのは……――女王じゃろう」
「……っ!」
「主様、今は耐えなされ……この状態では、妾は何もできぬ。打開できるのは――」

 集団の中から一人の女子生徒が出てくる。
 少女は玲の前に立ち、ゆっくりと跪いた。

「――彼女こやつじゃろう」
「高峰様、今のうちに印象操作をする必要があります。調査の助太刀を願えませんでしょうか」

 女子生徒は制服の上着の中から取り出した狐の面を顔につけた。
 玲の表情は渋くなり、へなへなと脱力して頷く。

「……ああ、頼む」

 女子生徒は誰か分からなかった。
 同じクラスの人間だと思っていたが、クラスの人間のどの顔にもピンとこない。
 もしかしたら、狐面の誓約により自分……或いは自身に『印象操作』を施しているのかもしれない。
 
 『印象操作』
 
 それは狐面が使う術の一つで、対象の認識を変えることができる。
 見えるものが見えないように、逆に見えないものを見えるように思わせるものだ。
 それだけでなく、赤に見えるものを黄や青にだって見せることができる、つまりその認識を誤認させる術だ。
 狐面はクラスの人間に印象操作を施すと、席に座らせた。
 どう誤認させたかは術を発動させた少女しか知らないが、場が静かに落ち着いた状況となり玲は結界を張って大平海人の席に近付く。
 場所は後ろから2番目の窓側席。
 前から2番目の廊下側だった、玲からは正反対の席はおびただしいほどに水に濡れている。
 時間は騒ぎが起こってから10分程経っているのに、乾いた気配は一向にない。

「……高峰様、どう思われますか?」
「咲栂の気配では女王の仕業だと言っていた。……女王が海人に成りすましていた、っていうこと?」
「いや、成りすましていたのは女王自身ではない。恐らく傀儡かいらいじゃ。この女王は妾に似ておる。恐らく……妾と同じく、水を扱う者じゃな」

 姿を現した咲栂は水たまりを凝視して凍らせる。
 今ではもうなんの変哲もない水たまりだが、同じ水を使う者として嫌な予感を犇々ひしひしと感じた。

「戦う事になったら、まずいな……」
「そうじゃな。真っ先に妾達が狙われるであろうな。水に水では、相性が悪すぎる」

 足元に広がる水は最早ただの妖の残骸らしい。
 凍らされた水たまりは砕け散って消えた。

「高峰様……大変申し上げにくいのですが、この人物は今日の朝に死体が見つかり主上に報告しました。その日にこんな事になるとは……」
「そっか。じゃあこの後、きっと師隼から呼び出されてその報告を受けるところだったんだね……」
「恐らく。……護衛もかねて、この後ご一緒してもよろしいでしょうか。私の同伴にはその旨を伝えます」
「ああ、分かったよ……」

 返事するのも気が重いがこうなっては仕方がない、と玲は肩を落とす。
 狐面の女子生徒は玲とは違って冷静だ。
 お互いに席に戻ると、少女は狐の面を外し、何食わぬ顔でテストを受け始めている。
 その瞬間から空気はテスト中のものに戻り、何事もなく進み始めた。
 併せて師隼の駒である少女の存在すらも玲の視界から消えている。
 席には先ほどまで共にいた少女がいるはずなのに、ほっそりとした彼女とは全く違う体型の、確か体育会系の部員生徒が座っていた。
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