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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
13-4 孤独の女王
「という訳で、今日は私達三人よ」

 いつものように校門の前で、波音は腕を組み説明をしていた。
 相手は先ほど中学から波音達の元へと移動してきた小鳥遊夏樹だ。

「分かりました。師隼様は『狐面がやられた』って言ってましたが、こっちで軽く調べたら被害者である狐面の皆さんも呪いを受けていたらしいです」
「そうなの? じゃあ今回は呪いをかける女王なのかもしれないわね」

 夏樹の報告に、波音と共に校門に来た玲はうーん、と首を捻る。
 波音は夏樹の話を聞きながらもふん、と鼻を鳴らした。

「まあ、気を引き締めて行けばいいわよ。竜牙は日和を見てくれているだろうし、さっさと済ませないといけないわね」

 波音は手をぐっと握り締めて炎を沸き立たせる。
 その姿はいつも以上にやる気が出ていた。
 夏樹はそんな波音をじっと凝視し、玲に小声で囁く。

「どうしたんですか? いつになくやる気ですよね……」
「日和ちゃんが一緒に居ないから寂しいんだよ。波音、友達は大事にするタイプだから。あと、前回夏樹と竜牙だけだっただろう?」
「あ、なるほど……」

 にこりと笑う玲に、納得した夏樹は既に歩き出した波音をじっと見る。
 波音は振り返り、後ろに続く二人を睨みつけて声を荒げた。

「ちょっと、早く行くわよ! 何してるの!?」
「はいはい、今行くよ」
「本当に張り切ってる……」

 ぱたぱたと波音の背を追い、歩を進めていく。
 すると次第に内に、いやな空気の感触が術士達を襲った。
 何かが入り混じったような、どんよりとした空気が町中を張り巡らし、がすぐそこに居る――そんな気配が充満している。

「いますね」

 最初に察知したのは、夏樹だ。

「……ええ、焔」
「うん」

 波音はすぐさま焔を呼び出し、炎を身に纏う。
 次の瞬間には装衣換装をして戦う準備を終えた姿になった。

「風琉、いける?」
「もちろんよ」

 夏樹も続いて装衣換装で姿を変える。
 すると夏樹の背後でぞくり、と気持ち悪い感覚が伝わった。

「うっ……!?」

 夏樹は振り返る。
 そこには。

「――あ……なん、で……」

 夏樹の表情が歪む。
 目を見開き、恐怖に震えた声が喉から出た。

「夏樹?」
「どうした、夏樹――えっ!?」

 夏樹の異変に波音も玲も首を傾げる。
 視線の先を見た玲の表情は一瞬で驚きに変わった。

「何なのよ。もしかして、アレ?」

 波音が指差した先。
 そこにはふわふわとしたレースが可愛らしいワンピースに身を包み、焦げ茶の長い髪をツインテールに束ねた少女が立っていた。
 その手には、熊のぬいぐるみが握られている。

「日和、ちゃん……」
「あれが、日和?」

 最初に呟いたのは、玲だ。
 波音は少女の姿をじっと眺めて眉間に皺を寄せる。

「……そう、僕が初めて会った頃の、日和ちゃん」

 切り揃えられた前髪で表情はよく見えないが。
 しかし小さくて可愛らしい印象をしている。
 3,4歳ほどだろうか。
 だが、一人だけ頬から汗を伝わせ、別の反応をする人間が二人の隣にいた。

「あんたは、何見てるの?」

 真っ青な表情で、完全に動けなくなっている夏樹に波音は話しかける。
 だが聞こえていないのか、それでも夏樹は小さく恐怖に染まりきった声で呟いた。

……――」
「……――まずいわよ、玲。こいつ、人のトラウマえぐるタイプ!」

 夏樹の呟きに波音は瞬時に反応し、両手に炎を携え一目散に駆け出した。

「……射る!」

 波音に続いて玲は水で作られた弓を構え、先に波音が突進していく中で弦を弾く。
 波音の猛打をひらりと避ける少女の姿をした妖は、玲の放った矢を全身で受ける。
 水の矢は妖の体を貫いて地面に突き刺さり、縫い留められた。
 水に体を固定され、動けなくなった妖に波音は人差し指と中指を口元に当て、全力で息を吹きつける。
 火を噴き、ごうと大きな音を響かせると火焔が磔にされた妖に向けられ、火柱が上がった。

「やった?」
「……夏樹、大丈夫? ……――いや、まだだ!」

  胸を押さえ、震えの止まらない夏樹の様子を見る玲は、一向に収まりそうにない姿に大きく叫ぶ。
 火柱がふっ、と掻き消え、消し炭の欠片が地面には残っていた。
 だが、どうやらは違う物らしい。
 消えたかと思ったのも束の間、先ほどと同じワンピースの少女が今度は二人になって波音の前に現れた。

「な、波音……増えてる!!」
「なんなのこいつ!? どうしろって言うのよ!」

 火を持って殴り掛かる波音に少女は次々と焼かれていく。
 しかし小さな女王は違う場所へ新たに姿を現し、それを波音が焼く。
 一方の妖は姿を現わしては焼かれを何度も繰り返す。
 まるでもぐら叩きのような光景は術士達を嘲笑うかのように。
 波音は次第に汗を垂らし、焦りの表情を見せた。

「くっ、どれだけくんのよ……!」
「波音、加勢する!」

 流石の玲も弓の速射が間に合わず、弓術を諦め水流で押し流す力技に切り替えた。
 次々に現れる女王を水に沈め、水の檻に閉じ込められていく。
 分裂したように増えて集められた女王は、波音が最大威力で火球をぶつけた。

「これで、どう!?」

 まるで爆発のような大きな音を響かせ、水蒸気爆発が発生した。
 合わさった火と水は一瞬にして霧を発生させて消えていく。
 そこに女王の姿は無く「やったかしら?」と波音は辺りを見回すものの……――女王は独り、ぽつんと道路上に立っていた。

「むぐー!イライラする!! 何なのコイツ!」

 夏樹は依然、胸を強く握り締めてうずくまったまま戦えそうにない。
 その首元にはつけられたばかりの呪いの刻印が見えた。
 玲は一度深呼吸をして波音に声をかける。

「波音、一旦落ち着いて!」
「分かっ……た、わよ……」

 玲の言葉に波音は顔を真っ赤にして苛立ちながら、渾身の力を込め地面を叩き玲の元へと戻る。
 地面はしばらくグラグラと揺れ、次の瞬間、地面がバキバキと音を立ててひび割れた。
 そしてぐらぐらとマグマが地面から噴出して周囲を焼く。
 またざわざわと増え始めた何体もの少女はマグマの熱に焼かれて消えていく。
 次第に噴出したマグマも消えると……ぽつりとまた、一人に戻っていた。

「……見つけた」

 そんな女王の背後。
 小さな呟きを吐き出しながら若干の面影を残して成長した姿があった。
 竜牙を連れ、厳しい視線を幼き女王に向ける。

「――はっ、日和!? 何してんのよ!?」
「日和ちゃん、危ない!」

 玲と波音はその姿に驚きの声を上げ、術士と同じように立つその姿を凝視した。

「……こっちを向きなさい! 私は、貴女に言いたいことがあるの!」

 強い姿勢で挑む日和の腕は少し震えている。
 それでも、この女王は倒さないといけない。
 日和の思考に呼応するように、幼きトラウマを植え付けられた少女の姿をかたどった妖は、日和にその姿を向けた。
 竜牙はすぐに対応できるように無言で武器を構える。
 玲は動き出しそうな波音をさり気無く制止させ、様子を見ることにした。

「……私に夢を見せたのは、貴女ですよね? それが、貴女の戦い方なのでしょう?」

 日和の言葉に少しだけ妖を纏う空気が揺らぐ。

「だったら貴女は『悪夢』では無いと思う。自分が受けた物を相手にも与えたい……貴女の心は、『苦痛』ですか?」
「……!!」

 今まで見えなかった妖の目が見えた。
 ぞわりと総毛立つような気持ち悪い空気を更に増やし、竜牙が前に出る。

「ワタシはズット一人……ダカラ、あなたモ……ズット一人ダヨ……?」
「……っ」

 女王の言葉に日和は息を飲む。
 きっとこれは、妖を生んだ人間の心の声だ。

「竜牙……まだ、大丈夫です……!」
「日和……?」
「苦痛を与えれば、絶対に一人で居るのだと思ってるんですか? それが貴女にとっての安寧なんですか? 違いますよね?本当は慰めて欲しいくせに、本当は誰かが隣にいて欲しいくせに、素直に言えない貴女は我儘なだけです!」

 先ほどまで居てくれてた竜牙を思いながら、日和は気持ちを乗せた言葉を叫ぶ。
 これは日和がついさっき知った感情だ。
 言葉が伝わったように、女王の姿が強くぶれる。

「ワタシは、一人……だから、アナタも……」
「私は、一人じゃないです!! だったら貴女も……周りに視線を向けたら良いじゃないですか!!」
「――!」
「私は色んな人に教えて貰いました。手を差し伸べてくれる人は、いつも周りに居るんです! 貴方が周りを見なきゃ、誰も助けてくれないです! 独り善がりな孤独じゃ誰も見てくれないんです!」

 ひゅっ、と妖は息を飲み、動きが止まった。
 叫ぶように吐露する日和は竜牙の背中を押す。

「竜牙、お願いします……!」
「ああ」

 竜牙は何のためらいもなく地面から石の槍を呼び出し、女王の体を下から貫く。
 更に手に持つ槍を顔面に突き立てた。

「私も、誰かが欲しい……」

 女王の体が薄っすらと光った瞬間、妖の声が聞こえた。
 そして風に掻き消えるように妖の体は霧散していく。
 妖の気配は完全に消え、町は日常の姿を取り戻した。
 日和は疲れ果てたようにがくりと膝を折り、その場に座り込んだ。

「日和ちゃん!」「日和!」

 そんな日和に玲と波音は一目散に駆け込む。

「あんたなんでそんな無茶するのよ!」
「そうだよ、わざわざこんな危ない所に来なくても……!」
「す、すみません……。でもあの子、多分伝えないと分かってくれない気がして……」

 日和を二人に任せ、竜牙は自分が出した石に触れて形を崩す。
 一人蹲ったままの夏樹の方へと近寄った。

「夏樹、大丈夫か?」
「すみ、ません……。駄目ですね、僕……」
「いや、今回は余計相手が悪い。『憧憬』といい、日和の世話になってばかりだ」
「女王自体数もそんなに多くないのに、もう2件目だと……心が持ちそうにないです」

 はぁ、と深いため息が夏樹の口から洩れる。
 しかし、同時に少しだけ顔色が戻ったようだ。
 竜牙は「ああ、そうだな……」と力なく息を吐く他に、かける言葉は見当たらない。
 夏樹と二人、ただ気が抜けたように微笑む日和の姿を見ることしか出来なかった。


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