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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
9-5 下される処分
 授業が終わり、校門を出ると竜牙が待機していた。
 「行くぞ」と声掛けをする竜牙は日和の姿を確認すると前を歩き出す。
 日和はその後ろを付いていく。

「今日日和が呼ばれたのは、あの時の櫨倉命の動向を知る為だ」

 前の背中にどう話を切り出そうか考えていたら、先に口を開いたのは竜牙だった。

「動向……?」
「ああ、彼らにも契約がある。それをたがえていれば、重いものになるだろう」
「私、少しでも軽くなるよう師隼にお願いします!」
「日和……?」

 声を上げる日和に竜牙が足を止め、振り返る。
 何を言い出すのか、その表情は驚きもあるが戸惑いも交じっている。

「私、櫨倉さんには何もされていません! 多分、少し勘違いをされただけです。何も悪くなんて……――」
「――落ち着け、日和。例え本当に勘違いの一部だったとして、それを言っても「言わされたのか」と疑われるだけだ」
「でも……!」

 竜牙が日和の顔を覗き込み、距離が近くなる。
 日和は焦慮しょうりょしているが、竜牙は日和の言葉をわかってさえぎった。

「現にお前は怪我を負った。これは私達の仕事の失敗でもある。元気になったとしても、その根源に何か理由があるのならばそれを罰しないといけない。心じゃなく、行動で許せるかどうかを決めることになるんだ」
「……」

 日和は押し黙る。
 そこまで言われては、日和には何も出来ない。
 日和は櫨倉命を嫌いにはなれなかった。
 どんな処罰が待っているのかは解らないが、少しでも軽い罰になるよう祈るしかない。

 時は経って、師隼の屋敷に着いた日和と竜牙は別れることとなった。
 日和は身体検査を受け、現在の怪我の状態を確認させられる。
 次に櫨倉命との会話内容や、あった事を耳輪の欠けた狐に
 言わされたというのは狐面には記憶を操る術があるらしく、そういった行為が出来るのだと翌日竜牙が教えてくれた。
 一通り話を終えると庭の見える廊下を通り、同敷地内の別邸へと移動させられる。
 場所は初めて来た時にちらりと視線だけを移した、門から神宮寺家へと向かう道の脇。
 小さな庵が立っている、その更に奥の突き当りを曲がって進んだ先だ。
 まだ比較的新しそうな洋館の建物だが、それでも大正時代に建った迎賓館のような装い。
 日和は狐面に連れられ、中に入り1階の大きな扉が目立つ部屋へ入った。
 中は小さな会議室のような部屋、そこに竜牙と師隼は居た。

「金詰日和、今回はすまなかった。私の管理が届いていなかった」

 師隼は日和が入るなり背中が見える程深く頭を下げた。
 竜牙の横に並んだ日和は首を横に振って答える。

「いえ……こちらこそ、勝手な事をしました。すみません……」
「謝らなくていい、日和に落ち度はないよ。そもそも日和に対しては最初から出来ることはあった筈で、こじれに拗れて今がある。最初の時点で怠ってしまったのだから、もっと私達に頼りきりで居て欲しい所だけどね」

 眉を落とし微笑む師隼。
 どことなく竜牙に似たその表情は思う所があるのか、謝罪だけでなく心配するような表情にさえ見える。

「師隼様、準備が整いました」
「ああ、入れ」

 廊下の方から男の声が響き、師隼は表情を堅くして答えた。
 扉が開き、一人の狐面と共に櫨倉命が入ってくる。
 それにより空気は一気に重たくなり、いよいよ始まるのだと日和の心は不安で埋まった。



 重圧感のある部屋の中で部屋の端に竜牙と日和は並ぶ。
 中心には師隼と鳶色の髪の少女が相対する形となり、今から処遇が決定する。
 今回他の術士達は呼ばれていない。
 波音はこの場を滅茶苦茶にしそうだし、玲も流石に冷静では居られないらしく、場にいれば何をするか予想もつかない。
 そもそも学年が違い、学校も違う夏樹を呼ぶのは相応しくないとして師隼が避けた最小限の形だ。
 とはいえ、師隼が最後まで冷静に応対をするとは本人も言わなかった。
 寧ろ狐面を管理し、指示する立場にあった師隼にとって櫨倉命の行為はこの上ない裏切り行為でもある。
 長い付き合いがあるという竜牙は師隼を止める為に来たのだと言っていた。

 師隼は事の概要を纏めた用紙を手に取り、まくる。
 そして狐の面を後頭部につけた女を強い視線で見つめた。

「さて、事の始終を聞かせて貰った。
 問題行動の内容は監視対象である金詰日和に面を見せただけでなく、素顔をさらし、挙げ句の果てには金詰日和に妖の手がかかっても放置した、とあるな。名は?」

 いつもより声を低くした師隼は、明らかに怒っていた。
 先ほどまでは落ち着いていた師隼がここまで空気を変えるほど怒っていたのかと思うと、命のやったことは日和の想像以上に悪いことだったのだと実感できる。

「は、櫨倉、命です……」

 ぎらりと威圧の酷い師隼の目先に立たされている女は震えながら、名を名乗る。
 その表情は恐怖からか、俯き、顔を下げてよく見えない。

「何か言い分は」

 術士独特の力なのか、はたまた師隼自身のオーラによるものか。
 酷く怒りの色を凝縮させたような、力強い師隼の目は命を捕らえて離さない。
 命は震え上がりながら声を出す。
 その姿はそれこそ蛇に睨まれた蛙のようだ。
 緊張からか、はたまた恐怖からか、反動で命は声を荒げ強気に出る。

「ぼ、僕……いえ、私は金詰日和を、監視対象にする必要はないと判断しました! 術士様達には大切な任務があります! その手をとどこおらせ、わずらわせる必要があるのでしょうか! この女にそうしてまで守る価値があるのでしょうか!?」
「理解ができぬ、か? 危険が及ばないよう我々が保護をする必要がある……その為に出された監視任務だ。ただ一介の狐面であるお前にこの少女が何者なのかなど、分かるまい?」
「分かりません! ですが術士様達はこの町をお守り下さる方々です! それならば住民は全て平等に守られるべきなのではないでしょうか! そんなに彼女が特別な存在なのですか!? 私はっ、――ふぐぅ!?」

 恐怖から一度出た言葉は止まる事無く早口にまくし立て、命は日和を
 瞬間がっ、と勢いに任せた師隼の乱暴な右手が命の口を押さえるように掴み、その言葉の続きを強制的に止めた。
 震えと恐怖によって余計に出た言葉は師隼に大層な反感を買ったらしい。

下賤げせんが……口を慎め」
「師隼、落ち着け!」
「……っ」

 片手で命の両頬を持ち上げる師隼に、竜牙が声を上げ師隼を止める。
 師隼の怒りは既に平常の範囲を超えていた。
 すぐにでも術が発動しそうな程に、師隼の周りはぱちぱちと光り始めている。
 日和は背筋が寒くなって、自身にまで伝わってくる師隼の怒りに息を呑む事しかできない。

「ひっ、ひぃ……!!」

 まだ師隼の力を理解していないであろう命は恐怖と畏怖いふに顔色を染め上げた。
震えと厭な汗が身体を伝う。

「では貴様には人の価値が分かるのか? どの人間が尊ばれ、どの人間が守られるべきであるのか、分かるのか? だったら言ってみろ!」
「わ、わた、しはっ……術、士様が……師隼様がっ! 尊ばれし、方々だと……ぐあっ!ぅぐ……」

 本気で怒る師隼は手に光を込め、近くの壁に命を全力で投げつける。
 飛ばされた体は壁に強くぶつかり、床へ転がった。

「戯れ言だな。貴様の言葉は全て戯れ言だ! だったらその身で知るがいい、貴様は……――」
「……っ!」

 師隼の右目が黄金に輝き、光が命に向けられ右手に集う。
 命は恐怖に頭を伏せ、竜牙は師隼の腕を押さえつけた。

「師隼!!」
「離せ竜牙」
「師隼落ち着け! 悔い改めたのだろう、ぞ!」

 師隼は顔を歪ませるものの、命から視線を外そうとはしない。

「くっ、離せ、竜牙……! この者はるべきだ……! 何の為に我々がいて、何の為に狐面が作られたのか……そして、誰の為にあるのかを! 術士様だ? 馬鹿を言え、私達はそんな信仰心の上に立つ者でなければ、救いをくような者共でもない!」
「くそっ、完全に頭に血が上って――!」
「――待って下さい!」

 竜牙が押さえる腕を師隼は振りほどこうと藻掻く。
 その間に日和の少女が師隼と命の間に割って入った。
 その姿に命はぽそりと呟き、目を見開く。

「か、金詰、日和……」

 師隼はゆっくりと命から日和へ視線を移す。
 まるで蓋をするように無理矢理怒りの表情を消し、穏やかな表情を見せた。

「日和……そこを、退きなさい」
「い、嫌です!師隼、この方に……櫨倉さんに何をする気ですか……!?」
「退け、金詰日和!!」
「ぜ、絶対、嫌です……っ!!」

 優し気に声をかける師隼だが、その表情はあまりにも歪んだ笑顔だった。
 日和が否が応でも首を横に振り、笑顔のまま日和を見る目が、厳しくなっていく。

「かっ、金詰! なんで僕を庇う!」

 それでも拒否をする日和に命は声を荒げた。
 その姿に師隼はがくりと首を落とし、鼻で笑う。

「……ふっ、そうか。監視し、守護する側が逆に監視対象に守護されるとは愚の骨頂だな」
「しじゅ……――」
「――櫨倉命、貴様に命令をくだす。今すぐその面を壊し、跪け! 今後一切貴様に術士の加護は与えん。当然、今までに教えられた技も置いていけ。外で野垂れ死なぬことだけは、祈っといてやろう! 以上だ」

 師隼は|わらっていた。

「師隼、それは……」
「日和、君は優しすぎる。己の身を滅ぼす優しさはもう捨てろ。本来なら私刑であるが、極刑だ……今すぐにでも私が直々に手を下すべきだと思っている。だが、君は免れるよう頼みたいのだろう? だったら、私は直々に手を下さない。それが妥協点だ」

 師隼の声は至って真面目だ。
 だからこそ、日和の表情は真っ青になった。

「そん、な……」

 倒れたままの命は強打し、痛みに耐えながら日和に視線を移す。

「いや、いい……。いいんだ、金詰日和……。僕が悪かった。こんな僕を庇うなど、君がどうかしている……」
「でも!」
「しつこいぞ。私は今、師隼様からの罰を言い渡された。だったら、それを受けるまでだ……。金詰日和、すまなかった……」

 命は諦めたように笑っている。
 自分が間違っていることを理解してしまった。
 こんな人間を庇う存在こそ、守られるべきなのだ。
 優しさの塊、自己犠牲の強さ、この女こそ術士に相応しい。
 自分に心配して駆け寄ってくる日和に、命は上体を起こし右手で少女の両目を塞いだ。

「櫨倉……さん――」

 消えそうな、彼女の最後の自分を呼ぶ声が空しく響き、日和は床に倒れ伏す。

「そうだ、それでいい……。では貴様に与えた技、返して貰う」

 その姿に師隼は優しく笑って先ほどの命と同じように手を伸ばし、命の頭を掴んだ。
 意識が遠のいていく片隅で、何かが割れる音がする。
 ――多分、狐の面だろう。



「日和、昼食に行くわよ」
「うん」

 いつもの波音のかけ声で日和は席を立つ。
 鳶色の髪の少女の横を通り過ぎ、二人は屋上へと向かう。
 そんな二人の姿に少女は振り向くことなく、自身の弁当を取り出す。
 術士や日和が、鳶色の髪の少女が、互いに視線を向け合うことは無い。
 ましてや互いを視認することすら、もう、ない。
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