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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
8-1 残響*
タイトルに(*)がついている場合はグロ表記アリのサインです。(※程度で数を増やします)
「うっ……、うぅ……っ」

 涙は止め処なく流れる。
 誰も居ないのに、声を押し殺してしまう。
 久しぶりの我が家はしん、と静まり返っていた。
 分かっている。
 前々から、知っていた。
 私は娘に嫌われていた。
 その理由もちゃんと理解している。
 いつも愛する夫の影を綺麗な風景に映していた私の作品は、もう作れない。
 自分は駄目な人間だと理解していながら、それを補ってくれたのは夫の存在だった。
 だけど、夫は居なくなってしまった。
 そんなことはとっくに分かっているのに、つい探してしまい、影を追ってしまっていた。
 そのせいで、娘とのわだかまりは消えず、悔恨ばかり。
 私は夫を愛し過ぎていたのだ。
 もう、どうしようもできない。
 間に立ってくれていた父は死んでしまったらしい。
 そしてもう娘に会うこともないのだろう。
 私は独りだ。

 真っ暗な家の中を彷徨さまよい歩けば、ちゃんと住んでいたのだとわかる。
 冷蔵庫には少ないが食料もあり、料理をした形跡があった。
 掃除や洗濯も行き届いていて、家具や日用品、父の服も最近まで生きていた気配がある。
 父が居なくなっても、日和はちゃんと生活出来るらしい。
 日和の自室に行けば教科書やノートだけでなく、参考書まで置いてある。
 しっかりと勉強も出来ていて、立派に育ったものだ。
 ……だめだ、見れば見るほど涙が溢れてしまう。
 娘の成長も素直に受け取れず、失意のまま階段を降り、誰も居ない居間に向かおうとしたその時、呼び鈴が鳴った。

「……?」

 時刻はもう、22時。
 外は十分に暗く、こんな時間に来訪者となると……最早どこの誰でどんな理由なのかも想像つかない。
 不思議に思いながらも玄関を開けると、女子高生が立っていた。
 よく見れば娘が通っている学校と同じ制服だ。

「あ、日和のお母さんですか? 初めまして! 私、日和の友達なんです」
「日和の…………ごめんなさいね。日和はもう、この家には……」
「ええ、知ってますよ。だから……今が一番良い機会でしょ?」
「え……?一体なんのこと……――あぐぅっ!?」

 にこりと特徴的な笑顔を見せられ、油断していた。
 一瞬だった。
 腕を引っ張られたと思ったら、
 ブチブチという何かが引きちぎれる音と共に、黒い影が私の腕をくわえて走り去ってしまった。
 何で?どうして?
 私が一体、何をしたの?
 痛い、心が……――違う、体が痛い。

「あっ、ああああああ!!!」

 肩と失った腕から遅れて来た激痛が走る。
 今すぐにでものたうち回りたい。
 でも状況はそれを許してくれないだろう。
 何故、私がこんな目に合わなくてはいけないのだろうか。

「痛い? でも、日和が受けた痛みはそんなものじゃない。分からない?」

 女子高生はくすりと笑い、悪戯な目で私をさげすむ。
 背中に酷い悪寒が走り、脳が全力で逃げろと指示する。
 しかしここは玄関で、逃げ場はもう中だけだ。
 だめ、中を汚したくない。
 まだ日和が帰ってくるかもしれない。
 会ったら、謝ろう。
 許してくれなくていい。
 嫌いなままで構わない。
 せめて『手紙』だけは……!
 だから、まだ死にたくない。

「う、うぅ……っ! ……うああああ!!!」
「……っ!?」

 日和にもう一度会うまでは、死ねない。
 そんな一心で、恐怖で溢れ返りそうになりながら、肩を使って女子高生に力一杯、全力でぶつかりに行った。
 そのまま痛みより逃げたい心が勝って、外へと走る。

「私からは、逃げられない。日和の邪魔なものは、私が消してあげるの」

 身体を弾き飛ばされた少女は開いた扉に寄りかかり地面に座り込んだ。
 そしてゆっくりと立ち上がり、にこりと笑う。
 腕を盗んだ雑魚はもう、あの母親を追っている。
 直に聞こえてくるはず。
 のように、身体をズタズタにされるわ。
 ほら……」

「いやあああぁぁぁ……」

 残響が、聞こえた。



***
『女性の遺体を柳ヶ丘2丁目付近で発見。妖の可能性アリ』

 そんな連絡が正也のスマートフォンに入ったのは明け方だった。
 急な連絡にすぐ気付いた竜牙は急ぎ部屋の窓から飛び出し、目的の場所へと向かう。
 嫌な予感がするのは昨日、日和の母親に正也が会ったからか。
 心に妙な焦りを感じた。

 まだ人が歩く様子もなければ陽すらも射していない、それでも徐々に明るみ始めている道を進む。
 学校を越え、ほどほどに大きな道路を横断すれば柳ヶ丘だ。
 少し速度を落として走ると狐の面にパーカーを羽織り、フード被った集団があった。
 六人ほどが集まっていて、事態は少し深刻だった事が分かる。

「置野様、朝早くにありがとうございます」

 内の一人は狐の面をこちらに向け、頭を下げてきた。
 シンプルに"狐面"と呼ばれる妖調査部――。
 神宮寺師隼に雇われた戦えない術士の目である。
 全体で何人いるかは分かっていない。
 だが、24時間常に様々な場所を見ており、発見次第すぐに連絡が届くようになっている。
 今回はそれに引っかかったようだ。

「師隼に時間外は全てこちらに言え、と伝えて正解だったな。こんな時間に見つかるとは……。状況は?」
「はっ、被害者の女性がここに。我々が見つけた時には既に冷えていました。検死の結果、時刻は昨日の深夜と思われますが、発見したのは午前3時……既に数人にこの死体を見られていて、人払い後に印象操作をかけました。……が、私達では血の臭いが消せない為に、多少手荒な処置となりました……」

 ちら、と狐の面は傍に倒れた女性と警察官を見る。
 手荒な処置、とは彼らが使う催眠術を使ったのだろう。
 師隼は極力使用させないようにしているが、どうやら色々と間に合わなかったようだ。

「……とりあえず、容態を確認しようか」
「はっ」

 狐面は他の者に首を動かし合図すると、遺体の傍に居た一人がかけていた布をめくる。

「くっ……!」

 全身を見て、思わず顔をしかめてしまった。
 死体の腕は無く、腹が抉られている。
 どちらも食い千切られたような跡があり悲惨な状況ではある。
 だが、それよりも被害女性の顔に視線が移った。

「……お知り合い、ですか?」
「……昨日、こちらで保護した少女の母親だ。今日、荷物を纏めてこの者の家から運び出す予定だった」
「そうでしたか。いらぬことを聞いたようで」
「いや、覚えていてくれ。保護した少女は金詰日和、我が術士達が通う高校の1年だ。今後は妖捜索の他に彼女の監視任務も師隼から直々に下るはずだ。それから……この先にこの者の家がある。そこに争いの形跡がないか等の確認をしておいてほしい。この者の死を彼女には悟られたくない、痕跡は消しておいてくれ」
「御意」

 狐面達は動きを揃え、辞儀をする。
 異様な光景ではあるが仕事は出来る集団ではある。
 最早見慣れたものだ。

「このことは師隼のみに伝えろ。事を大きくする必要は無い。それから……『今日の午後そちらに向かう』と伝えてくれ。では、後を頼む」
「はっ」
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