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作者: トッキ―
残酷な描写あり
第19話 道中での会話とハーネイトの先生時代
 
 フラフムを離れ、街道をバイクで颯爽と走りながら次の目的地である日之国までハーネイトたちは特に問題なく向かっていた。

 ガイン荒野を猛スピードで駆け抜け、3時間ほどで開けた平野に辿り着く。草地や湿地帯が多く存在し、土を固めてできた道幅の広い道が、青々とした草原の中を通り抜けるように存在しているのが見えてきた。

 緑風平野と呼ばれるこの平野は、オルティネブ東大陸の中で最大を誇る国家「日之国」の領地である。

 他地域よりも豊かな生態系を構築しており、俗に原住生物の楽園ともいわれる。そのため、このエリアでは魔物、魔獣というよりは星に元々住んでいた原住生物に注意が必要となる。

 通常原住生物はおとなしい性格のものが多く、単体でなら特に問題はない。

 しかし魔獣が近くにいると警戒し、気を荒立て無差別に攻撃する生物も多く、ハーネイトはその危険性を魔銃狩りとしての経験からよく理解していた。

「いい乗り物ですね。風が気持ちいいです。それに緑鮮やかなこの景色。私もフィンドライドで風を浴びながら、自然を満喫したいです」

 エレクトリールが、平野を見ながらリシェルのバイクと豊かな自然について感想を述べる。フィンドライドとは彼が所持している1人乗りのエアバイクだという。

 彼の年相応な笑顔が気を張っているハーネイトの表情を少し緩めさせるも、彼の表情は時折苦しそうにも見えた。何かを我慢しているような表情であった。

「だろ?旅に出るときに買ったバイクだが、こいつの馬力は半端ねえぜ!独自にチューンも施したからな。機械いじりは大好きだぜ。あ、あれ、ハーネイトさん?大丈夫ですか? 」

 リシェルがバイクの自慢をしながら、ハーネイトの顔色を確認する。どうも、搭乗しているバイクのスピードについて行けず酔っているようでありいつもは澄ました余裕のある表情も、今はいかにも酔っていますというような、気分が悪そうな表情に変わっていた。

 それは出発前にリシェルが青ざめていた時よりもひどい状態であり震えも来ていた。

「う、リシェル…すまない、少し速度を落としてくれ。何故か気分が悪いのだ。車に乗るよりはましなのだが、ううむ」

「もしかして、ハーネイトさん乗り物酔いですか? 」

「かもしれない。このような乗り物には乗り慣れてないからな。ぐっ、魔法で移動するのならこんなことにはならないのだが」

 ハーネイトが苦しそうに理由を説明する。魔法での移動はスピードとかを無視して肉体ごと瞬時に転送するため、猛スピードで何時間も移動するという経験が彼には少なく、それに体が若干追いついていない状態であったという。けれどハーネイトもそれを克服したいと考えていた。

「ハーネイトさん、乗り物とか苦手ですか?でも伝説ではニャルゴに乗って目にもとまらぬ速さで移動していましたよね?魔獣を従え魔獣を狩る者として有名ですよね」

「確かにそうなのだが、実はそれも辛いのだ。ニャルゴのスピードが桁違いでね。はあ、私の教え子たちなんかは車や機械に魔法を組み合わせて乗り回したり利用しているのだが、よくやるなと感心する。それにバイクとか興味はあるのだ」

 ハーネイトは少し辛そうに説明しながら、風を浴びて気分を良くしようとする。実際彼は1度バイクでこの広大な星の大地を駆けまわってみたいと考え、召使の1人に話をしていたが多忙につき時間が取れずそう言ったことをするまでの余裕が彼にはなかったのである。

「おお、バイクに興味があるのですね師匠。今度色々教えますよ」

「そうか、その時はな」

「魔法使いと機械って、何か関係があるのですか? 」

 エレクトリールの素朴な質問に、ハーネイトはこの世界の魔法使いの特徴を説明する。

 この世界に存在する魔法使いのうち、高齢の魔法使いは機械を理解できず、魔法こそ至上の力と認識しているのに対して、若い世代の魔法使いは、機械と魔法を合わせて人形や兵器を作り出したり、魔法では限界のあった技術を機械の補助により、その分のリソースを更にプラスして新技術の開発をするのが主流で、乗り物も機械もガンガン使いこなす者が多かったという。ハーネイトはその中間に存在する。

「だからか、ルズイーク隊長が言っていたよ。ハーネイトさんがもう少し乗り物系を使えたならいいのだが、と」

 リシェルは遥か前方を見て運転しながら、ルズイークがいつも口癖にしていた言葉を言った。

「誰だって、得意不得意の1つはある。そもそも私はBKのNO.2だぞ?魔法じゃ燃費が悪い行動を機械で代わりにやったり、機械の力と魔法の力を融合させたりするのは理解できる。それに先ほども言ったがBKで魔法学の先生をしていたことがあってな。その時にいろいろ、な」

「そうでしたよね、BKと言ったら魔法使いの中でも特殊と言いますか機士国に匹敵、いや凌駕する技術を研究し実践投入している組織ですし師匠も機械の扱い自体は得意っすよね」

 リシェルが言っていた、ルズイークのぼやきともいえる言葉に対し、機械の力の良さも、魔法の力の良さも理解しており、それでかつ昔先生をしていたと取れることを言う。

 実は正確に言うと、機械が苦手というのは嘘であり、ルズイークの言う機械とは基本的に銃器の類のことである。

 また知る人こそまだ少ないが、魔法工学の基礎を作り出し、魔粒子を用いた駆動機関を初めて作り出したのはこのハーネイトという人物である。そしてその技術を多くの後輩たちに伝えていたのであった。

「そうだ。だがどうも閉鎖された空間が、うーん。まだバイクなら乗り物酔いしなさそうと思ったが」

「それはそうですね、ハーネイトさんにも苦手なものあるのですね――」

「しかしハーネイトさん、学校の先生もしてたのですか? あのBKで? 」

 ハーネイトの言葉に食いつき、すぐにリシェルは質問する。もしそうなら、是非とも彼の指導の下で学びなおしたい、そう考えていたからであった。

「かなり前の話だよ。ある魔法使いの当主、まあリシェルならわかるだろ?ロイ首領のことだ。彼女に頼まれてな、密かに1年間そういうことをしていただけだ」

 ハーネイトは、昔のことを思い出していた。誰かに物を教えることの楽しさと難しさ、そしてハーネイトに依頼をし、その後も旅に関して力を貸してくれたある人物の顔を思い出すと、かすかに笑みが、顔から溢れてくる。

 解決屋として徐々に有名になる中で、ハーネイトはある少年、いや少女と出会った。

 ロイ・レイフォードというその人物は有名な魔法使いの家系の一つ、ヴェネトナシア家の現当主であった。彼女は彼に魔法学の先生になってほしいという依頼を申し込んだ。風の噂で彼がジルバッドの正式な弟子であることを知ったためであった。

 というのは表面上な話で、実は魔女に体を狙われているハーネイトを保護する代わりに、正式に仕事をして欲しいと言ったのが事の始まりだったと言う。

 最初は戸惑ったものの、結果的に彼女からの金銭面や情報面などの支援を受ける代わりに、ロイを含め32人に1年間魔法学の先生を行っていたと言う。その中で彼は生徒らの魔法に対する考え方や手法に感心した。

 そのあと受け持った生徒たちは全員優秀な魔法使いになったのであるという。

「1年間だけだったが、あれはあれで楽しかった。旅を続ける予定がなければ、魔法学会で新魔法について発表したり、生徒たちと切磋琢磨したりしていただろうな」

「そういう過去もあったわけですね?ハーネイトさんのお話、本当に興味を引くことばかりです」

 エレクトリールは、ハーネイトの過去の一片について、真剣に聞いていた。この人が、どのように今まで生きてきたのかが、彼にとっては知りたくてたまらなかったのであった。

「その経験も、解決屋の仕事に活かされていますか? 」

 リシェルは、今の仕事も、昔の経験があったから成功しているのかと問う。

「確かにそうだな。その経験も、直接ではないが活かされているとは思う」

「そうなのですか。多様な経験も、解決屋にとって重要な要素となるのですね」

「そうだな。解決屋は幅広い仕事に対する対応力が求められる。経験の質、量が他の職よりも求められやすいとは感じている。だからリシェルも、多くの場所を旅して人と関わり、積極的に物事に挑戦することが自身を大きく成長させることにも、解決屋として成功するカギにもなるだろうね」

 ハーネイトは、リシェルに経験の大切さを教え、解決屋になるための秘訣やアドバイスを教える。その言葉1つ1つが、リシェルの心に響き染み渡る。

 普段はやや年相応の、生意気な態度が出やすいリシェルもハーネイトの前では彼を、尊敬できる大先輩として、自然と敬語になるのであった。

「こうして話を聞くと、まだまだ自身が至らないことを自覚しますよ。尊敬できる大先輩から、直接教えを頂けることに本当に感謝しています」

 リシェルは彼に感謝の意を改めて伝える。ルズイークから聞かされた、若くして数々の伝説や偉業を成し遂げた人生の師匠ともいえるハーネイトと出会えたこと、そして貴重な言葉を頂けた彼の表情は、普段はクールでどこか愛想のないものではなくしっかりとした笑みを浮かべていたのだった。

「そうか、私の言葉が参考になるのならばそれは嬉しい。リシェルも肩の力を抜いて、戦友感覚で接していいよ。あまり堅苦しいのは苦手、だ」

 彼はリシェルに堅苦しい関係はやめて、少し砕けてもいいという。もともと上に立とうと威張ったり権威をかざすのは好きではないハーネイトの性格は、多くの人の警戒心を解くのに都合が非常に良かった。そのおかげで旅が比較的順調に進んだといっても過言ではない。

「いえいえ、ですがそうでしたら、少しずつそうさせて頂きます」

「リシェルさんがそうなるのもわかります。ハーネイトさんには、そうさせてしまう不思議な魅力がありますからね」

 エレクトリールが彼のいうことを理解できるという。しかしハーネイトにはそのような自覚はさっぱりなかった。

「そう、なのか?私は、もっと友達感覚で接してほしいと思うのだが。年もさほど変わらんし年が下だろうと、威張ることはない。悩む人に道を指し示すことはあってもね」

 彼の在り方を聞き、2人は少し驚いた。リシェルはルズイークのことを、エレクトリールは故郷にいた大王様のことをそれぞれ思い出した。

 この2人も、ハーネイトに似て上下関係にさほど興味も意識もなく、そして上だからと威張ることのない良い上司や主君であった。その人とハーネイトが重なって見えることがあるのは、あり方に共通項があったからかもしれない。

 つまりハーネイトは優しく、そして頼れるリーダーであるということになる。感性は若干他の人とはずれているところが見受けられるものの、そんなことは2人とも気にしてはいなかったのである。

「ん、2人ともどうした? 」

 沈黙する2人に声をかけたハーネイト。少ししてリシェルとエレクトリールは打ち合わせをしたかのごとくタイミングよく顔を合わせてハーネイトの方を見た。

「私たちは、理想的な上司に恵まれて幸せだ! 」

 2人が同時に、同じことを大声で言う。事前に打ち合わせしたように1つのずれもなく同じことを言ったことに、ハーネイトは思わず声を出して笑った。

「ハハハ、よしてくれよ、恥ずかしいじゃないか。2人して同じことを。そうか、そうだな。みんなの模範になれるような人であり続けたいね」

 こうして、3人は楽しく話ながら若干ぬかるんでいる開けた道をバイクで順調に進んでいた。景色を楽しみつつこれからどうなるのだろうかという一抹の不安も抱きつつひと時を過ごしていた。

 しかしハーネイトは直感で先に何かがいるのを感じて、リシェルに停止するように指示するように命じたのであった。

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