残酷な描写あり
R-15
『Mr.ポケット』 ②
ゆさゆさと列車の動きで揺れる私と彼の体。
互いに口を開かず、ただただ気まずいだけの時間が、流れてゆく。何とか現状打破を....と思う私の意思を、精神感応を介して汲み取ったのか、私の眼前に座っている彼から話題が降ってきた。
「そういや僕達、互いに自己紹介していませんでしたね。僕の名前は『Mr.ポケット』、以後、お見知り置きを」
「うん? それが名前?」
彼には申し訳ないが、この名を聞いて私は『Mr.ポケット』という名が本名だとは思わない。だが彼の顔を見るに、ふざけてはいないのだろう。まぁ、私がどうゆう人か分からないから敢えて偽名を使ったのかもしれない。自分から自己紹介の話題を振ったのも自分が先に名前を言えるようにして偽名を使えるようにしたと言えば自分の正体を隠しつつ相手の正体を探る事が出来ると......だがそれは、逆効果だ。そっちが偽名を使うなら私も偽名を使えばいい話......
「『Mr.ポケット』、ね。私の名前は『Ms.アンハッピー』好きな食べ物は蜂蜜漬けの林檎よ。よろしくね」
偽名を使うのと同時に偽の好きな食べ物を先に言うという高テクニック......完璧だ。我ながら褒めてもいいだろう。
だが偽名を言われても彼の顔には焦りなどは微塵も感じ取れなかった。むしろ、さっきよりも笑顔に近くなっている気がする。
「『Ms.アンハッピー』さん。アナタ、偽名を使ってますよね?」
「え?」
急に話すと思えば私の名前に対して偽名を使ってるときっぱりと言ってきた。
「いやいやそう言う『Mr.ポケット』アナタこそ偽名を使っているでしょ?」
だが『Mr.ポケット』は首を横に振り、私の考えを否定した。
「いえ、僕は本当に『Mr.ポケット』ですよ。いや、なってしまったという表現の方が適切ですかね」
「なってしまった?」
『Mr.ポケット』の言い方が引っかかる。つまりは......
「つまり、アナタの名前は本当に『Mr.ポケット』で、そしてその名前は自分の意思で決めた訳では無いと?」
「はい」
意味が分からない。何故身なりもしっかりとした私より年上の....言うならば大人がスパイとかが使いそうなコードネームのような名前を名乗っているのだろう。謎だけが積もる。
「そう言う『Ms.アンハッピー』。アナタの方はこの名が本名という訳では無さそうですが?」
彼はどうやら『Ms.アンハッピー』という名が偽名と見抜いてるようだ。ここまで来たら言い逃れは不可能だろう。仕方ない。ここは腹を括って本名を名乗ろう。
「そうよ。アナタの予測通り。『Ms.アンハッピー』は私の本名じゃない。私の名前は『|近来 故生《きんらい こい〉』よ。好きな食べ物は林檎よ」
先程彼に述べた嘘自己紹介の内容のタネを明かし、彼から信頼を一気に勝ち取る。これが私の真の狙い。
さぁ、どう出る?
「ハッハッハ! そこまで斜に構えなくてもいいんですよ故生さん。そもそも僕はアナタに心理戦をしに来た訳でも、疑っている訳でもありません。故生さん。僕はね、アナタに話がしたくてこっちに来たんです」