残酷な描写あり
第二十七話 欺瞞と葛藤
「セレン……!」
忠実なるレインフォール家のメイド。最も信頼出来る自分の片腕とも言うべき人物を前にして、しかしシェイドの表情は固くなった。
無意識に、ブルー・ダイヤモンドを嵌め込んだステッキを手に握りしめる。
「あ……! あぁ……っ!」
サニーは震えている。恐怖に見開かれた彼女の両目はセレンに釘付けであり、半開きになった口からは止めどなく悲鳴が漏れる。
「セレン、どうして此処に? 既に帰ったものだと思っていましたよ。もうじき、朝日が昇る時刻になりますし」
状況が全てを物語っているにも関わらず、それでもシェイドは一縷の望みを掛けてセレンに問うた。
万が一、海に落ちた針を探し当てるような可能性であっても良い。
どうか、否定して欲しいと。
しかし……
「サンライト様の最期を見届け、ご遺体を処分せねばなりませんでしたので」
夢想の如き願いは、呆気なく本人の言葉で打ち砕かれる。
「……な、ぜ?」
渇き切った喉から、絞り出すようにそれだけを言うシェイド。
愕然とセレンを見詰める彼の瞳は、どうしようもなく絶望に染まり切っていた。
「なぜ? お分かりの筈ですよ、シェイド様」
だが、暗い闇の底に叩き落されたかのようなシェイドの心は、次のセレンの言葉で更なる混沌に見舞われる。
「彼女こそが呪いの元凶、街の不幸の源に他ならないからです」
「えっ……!?」
思わず、シェイドはサニーを振り向く。サニーも驚愕に目を見開いている。
「な、な……!? 何言ってるの!? 冗談じゃないわ!!」
恐怖で竦み上がっていたサニーだが、それでも精一杯の勇気を振り絞り、セレンの聞き捨てならない言い掛かりに対して猛然と怒りの声を上げた。
「あなたこそが、そうじゃない!! レッド・ダイヤモンドを持っているのはあなたなんでしょう!? それなのに、自分の罪をあたしに押し付けてっ!!」
断固としたサニーの告発。
だが、それを受けてもセレンは動じない。
「妄言です! 貴女こそ、全ての責任を私に被せようとなさっている!」
毅然とした態度で、負けじと大声を張り上げる。
「な……! な……!?」
相反する二人の女性の言葉に、シェイドの顔がサニーとセレンの間を彷徨う。さしもの彼も、異常過ぎるこの状況を前にして流石に動揺を隠せないでいる。
――ブルルッ!
右往左往する主人と対照的に、ケルティーだけが肚の据わった様子で激しくセレンを睨み付ける。
「シェイド様! その女を信じてはいけません! 思い出してください! その女が来てから、『影』と成り果てる人が増えたのですよ!?」
「――っ!?」
無表情なセレンの顔に、哀願するような色が浮かび上がる。
久しく自分に向けられなかった妹分の、生身の感情。
それは、揺れに揺れているシェイドの内心を、更に激しく掻き乱した。
「先日のアングリッドも! 今夜のジュディスさんも! その女が近くに居た時に『影』化が起こったんです! 一度目なら偶然でも、二度目となれば必然に決まっています! これで無関係だと考える方が馬鹿げているじゃありませんか!!」
シェイドの脳裏に、先程までの街の人々の表情が蘇る。
いずれも、大なり小なりサニーに対する疑いを募らせていた。はっきりと口に出す者、言葉にはしないが態度でサニーを避けようとする者。
それらに気付きながらも、恐怖から生じる猜疑心に過ぎない、とシェイドは問題にしなかった。それよりも優先すべき事柄が沢山あったとは言え、サニーとこれまで行動を共にしてきたシェイドは、彼女の人となりを正確に把握しているつもりだったし、少なからず信用も置いていた。
ましてや、ケルティーとアングリッドを庇う為に自らの身を『影』の前に晒したサニーを目の当たりにして、彼女を疑おうなどという気持ちが起こりうるものか。
「シェイド様! その女は巧妙にも自己の本心を隠して、貴方様をたらしこもうとしております! だからこそ私は、貴方様に危害が及ぶ前にその女を始末しようと決めたのです! 全ては貴方様と、レインフォール家の御為にございます!!」
しかしながら、今此処でそのサニーを断ずる言葉を口にしているのは、彼女より遥かに長く自分と同じ時間を過ごした、掛け替えのない妹分であるのだ。
その事実が、シェイドの判断力を麻痺させる。現実を正しく認識する力を弱め、彼を甘く爛れた欺瞞の世界に導こうとする。
冷静に考えれば、どちらがおかしな事を言っているのか、間違えようもなく明らかであるというのに…………
「出鱈目言わないでっっ!!」
虚構に落ちようとしたシェイドの心を、サニーの力強い声が押し留めた。
「シェイドさんをたらしこもうとしているのはあなたよ、セレンさんっ!!」
恐怖を振り払った目で、激しくセレンを睨むサニー。身勝手な言い掛かりの連続にふつふつと心に煮えてきた怒りが、サニーに勇気と活力を与えた。
「シェイドさんの信頼を利用して! 長年彼を騙し続けて! 彼の願いを弄び、踏み躙って!! あなたは最低!! 人として間違ってるわ!!!」
「ど、どういう事なんですか、サニーさん!?」
シェイドの心と意識が、セレンから離れてサニーに集中する。彼女の言うことを聞き漏らすまいと、全身全霊で耳を傾ける。
「シェイドさん、聴いて下さい!! 玄関に飾られてあったお父様の胸像! あの中から手紙が出てきたんです!!」
「手紙、ですって……!? それは……?」
「――っ!」
セレンの顔が歪む。視線だけで人を殺せそうな程の激しい憎悪と狂気を込めて、サニーを睨み付ける。
「シェイドさんのお婆さん、フリエさんの手紙ですっ!! そこに書かれてあったんです! 何もかも! アンダーイーヴズの、呪いの正体も!!」
「……!? なんですって……!?」
「この街に呪いを掛けたのは、フリエさんじゃないっ!! シェイドさんのお婆さんは、そんな事をしていないっ!! アンダーイーヴズを恨んでいたのは……! この街に、復讐しようとしていたのは……っ!!」
「やめてっっ!!」
セレンが叫ぶ。
サニーは一瞬だけ目を落としたが、すぐに葛藤を抑え込んだ顔で決然と言い放った。
「シェイドさんのお父さん――!! フリエさんの息子の、ジャックさんですっっ!!!」
忠実なるレインフォール家のメイド。最も信頼出来る自分の片腕とも言うべき人物を前にして、しかしシェイドの表情は固くなった。
無意識に、ブルー・ダイヤモンドを嵌め込んだステッキを手に握りしめる。
「あ……! あぁ……っ!」
サニーは震えている。恐怖に見開かれた彼女の両目はセレンに釘付けであり、半開きになった口からは止めどなく悲鳴が漏れる。
「セレン、どうして此処に? 既に帰ったものだと思っていましたよ。もうじき、朝日が昇る時刻になりますし」
状況が全てを物語っているにも関わらず、それでもシェイドは一縷の望みを掛けてセレンに問うた。
万が一、海に落ちた針を探し当てるような可能性であっても良い。
どうか、否定して欲しいと。
しかし……
「サンライト様の最期を見届け、ご遺体を処分せねばなりませんでしたので」
夢想の如き願いは、呆気なく本人の言葉で打ち砕かれる。
「……な、ぜ?」
渇き切った喉から、絞り出すようにそれだけを言うシェイド。
愕然とセレンを見詰める彼の瞳は、どうしようもなく絶望に染まり切っていた。
「なぜ? お分かりの筈ですよ、シェイド様」
だが、暗い闇の底に叩き落されたかのようなシェイドの心は、次のセレンの言葉で更なる混沌に見舞われる。
「彼女こそが呪いの元凶、街の不幸の源に他ならないからです」
「えっ……!?」
思わず、シェイドはサニーを振り向く。サニーも驚愕に目を見開いている。
「な、な……!? 何言ってるの!? 冗談じゃないわ!!」
恐怖で竦み上がっていたサニーだが、それでも精一杯の勇気を振り絞り、セレンの聞き捨てならない言い掛かりに対して猛然と怒りの声を上げた。
「あなたこそが、そうじゃない!! レッド・ダイヤモンドを持っているのはあなたなんでしょう!? それなのに、自分の罪をあたしに押し付けてっ!!」
断固としたサニーの告発。
だが、それを受けてもセレンは動じない。
「妄言です! 貴女こそ、全ての責任を私に被せようとなさっている!」
毅然とした態度で、負けじと大声を張り上げる。
「な……! な……!?」
相反する二人の女性の言葉に、シェイドの顔がサニーとセレンの間を彷徨う。さしもの彼も、異常過ぎるこの状況を前にして流石に動揺を隠せないでいる。
――ブルルッ!
右往左往する主人と対照的に、ケルティーだけが肚の据わった様子で激しくセレンを睨み付ける。
「シェイド様! その女を信じてはいけません! 思い出してください! その女が来てから、『影』と成り果てる人が増えたのですよ!?」
「――っ!?」
無表情なセレンの顔に、哀願するような色が浮かび上がる。
久しく自分に向けられなかった妹分の、生身の感情。
それは、揺れに揺れているシェイドの内心を、更に激しく掻き乱した。
「先日のアングリッドも! 今夜のジュディスさんも! その女が近くに居た時に『影』化が起こったんです! 一度目なら偶然でも、二度目となれば必然に決まっています! これで無関係だと考える方が馬鹿げているじゃありませんか!!」
シェイドの脳裏に、先程までの街の人々の表情が蘇る。
いずれも、大なり小なりサニーに対する疑いを募らせていた。はっきりと口に出す者、言葉にはしないが態度でサニーを避けようとする者。
それらに気付きながらも、恐怖から生じる猜疑心に過ぎない、とシェイドは問題にしなかった。それよりも優先すべき事柄が沢山あったとは言え、サニーとこれまで行動を共にしてきたシェイドは、彼女の人となりを正確に把握しているつもりだったし、少なからず信用も置いていた。
ましてや、ケルティーとアングリッドを庇う為に自らの身を『影』の前に晒したサニーを目の当たりにして、彼女を疑おうなどという気持ちが起こりうるものか。
「シェイド様! その女は巧妙にも自己の本心を隠して、貴方様をたらしこもうとしております! だからこそ私は、貴方様に危害が及ぶ前にその女を始末しようと決めたのです! 全ては貴方様と、レインフォール家の御為にございます!!」
しかしながら、今此処でそのサニーを断ずる言葉を口にしているのは、彼女より遥かに長く自分と同じ時間を過ごした、掛け替えのない妹分であるのだ。
その事実が、シェイドの判断力を麻痺させる。現実を正しく認識する力を弱め、彼を甘く爛れた欺瞞の世界に導こうとする。
冷静に考えれば、どちらがおかしな事を言っているのか、間違えようもなく明らかであるというのに…………
「出鱈目言わないでっっ!!」
虚構に落ちようとしたシェイドの心を、サニーの力強い声が押し留めた。
「シェイドさんをたらしこもうとしているのはあなたよ、セレンさんっ!!」
恐怖を振り払った目で、激しくセレンを睨むサニー。身勝手な言い掛かりの連続にふつふつと心に煮えてきた怒りが、サニーに勇気と活力を与えた。
「シェイドさんの信頼を利用して! 長年彼を騙し続けて! 彼の願いを弄び、踏み躙って!! あなたは最低!! 人として間違ってるわ!!!」
「ど、どういう事なんですか、サニーさん!?」
シェイドの心と意識が、セレンから離れてサニーに集中する。彼女の言うことを聞き漏らすまいと、全身全霊で耳を傾ける。
「シェイドさん、聴いて下さい!! 玄関に飾られてあったお父様の胸像! あの中から手紙が出てきたんです!!」
「手紙、ですって……!? それは……?」
「――っ!」
セレンの顔が歪む。視線だけで人を殺せそうな程の激しい憎悪と狂気を込めて、サニーを睨み付ける。
「シェイドさんのお婆さん、フリエさんの手紙ですっ!! そこに書かれてあったんです! 何もかも! アンダーイーヴズの、呪いの正体も!!」
「……!? なんですって……!?」
「この街に呪いを掛けたのは、フリエさんじゃないっ!! シェイドさんのお婆さんは、そんな事をしていないっ!! アンダーイーヴズを恨んでいたのは……! この街に、復讐しようとしていたのは……っ!!」
「やめてっっ!!」
セレンが叫ぶ。
サニーは一瞬だけ目を落としたが、すぐに葛藤を抑え込んだ顔で決然と言い放った。
「シェイドさんのお父さん――!! フリエさんの息子の、ジャックさんですっっ!!!」