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作者: gaction9969
R-15
Ally-09:鉄壁なる★ARAI(あるいは、テーラーメイド服を/脱がしかけて戻さないで)
 結局、僕の元には訪れなかった……

「……ジロー」

 甘く心ときめかす展開など訪れなかった……

「ジロちゃん?」

 何とかその場は取り繕えたものの、そうこうする内にそれ以上の言葉はかわせないまま、友達の女子のひとりに腕を引っ張られるようにして三ツ輪さんは去っていった。

 神様が間違えて放った棒球に、泡食って色々考えてしまって、結局バットを構えることすら出来なかった……そんな虚無なる思考が先ほどから脳裡を駆け巡っている……

いや、別にそんなね? 何かに期待していたとかね? そんなことは無いんだけれどね?

「聞いとるとがや? ナブチばが慟哭どぅんこぅんくしとるようじゃがにき」

 ふい、といった感じで、現実に意識は引き戻された。そして、

 目の前に座る、今日も悪目立つ赤白スタジャンを肩に引っ掛けた不穏な外観の持ち主が、この学食でいちばん安いかけそばにネギとか揚げ玉を限界まで盛って嬉々としてすすり込んでいる情景を視認するに至り、ああそうだこれが僕の日常だったよねちょっと履き間違えちゃってたよははは……と抜けかけていた魂を吸い戻すかのように僕も二番目に安い限界まで薄くされたやけに甘い油あげだけが乗ったきつねうどんをたぐっていくなかで、

「あ、ごめん、今ちょっと幸福のについて本気出して考えてみてた……」

 喪失感からそんな遠回しにもやもやとした呟きが、うどんと歯とうどんの隙間からため息を煮出したような滴となって漏れ出て来るけど、もちろんそんな僕の気持ちを斟酌する御仁では無いわけで。とか思ってたら。

「……何ちょ? じ、ジローはあんげオ×コがちゃ好いよっちょ? あがんげなぁ、あんなんのんはの、博愛じゃがげに。ジローのごたる少数派マイヌルテーばにも、そん有り余る慈愛を恵んでばやがろうっちう、な、何ていか、上からの施しみたいなもんじゃっかぎ。期待とかすんたらあかん」

 意外に、射て欲しく無かった的を精密に射抜いてきた。そしてマイノリティー度が県内トップ3くらいに高そうな人から斟酌の欠片も無くそこまで言われて、僕の自尊心も大きく抉られた。

そげなっちょりあ、と、その二秒後には何事もなかったかのように、揚げ玉のカスを口から勢いよく飛ばしながら、画面の所々が蜘蛛の巣のように割れているスマホを向けて来るのだけれど。

「……ファミコン」

 思わずそう呟いてしまった。そこに表示されていたのは、僕らの世代でも有名メジャーであるところの、家庭用ゲーム機界にまさにの革命を起こした、伝説の臙脂と白のボディであったのであって。

「つ、つんぎ任務ミショーンば、こんばとらい。じ、ジローもようぎ知っとろうがに」

 実は僕も、このアライくん発の謎案件に巻き込まれてから「1985年」周辺のことを調べ始めていた。当然、そこにはこの「ファミリーコンピュータ」もど真ん中辺りに鎮座していたわけで、案件に便乗するような形で現行機でいろいろとプレイしてみたけど、今なお色褪せない面白さが厳然と存在していたわけで。

 そして正に「1985年」こそが、名作と語り継がれるゲームたちが百花繚乱に萌芽し咲き乱れた輝かしき伝説の年だったのである……ッ(諸説アリ)

 ももももちろんだよ何と言っても「スーパマリオブラザーズ」でしょぉでも「バルーンファイト」「アイスクライマー」あたりの二人同時プレイのも外せないよねぇ「ギャラガ」とか「ドルアーガの塔」「スパルタンX」ほほ他にもいろいろあってととても語り尽くせないなぁ「いっき」「カラテカ」「スペランカー」「頭脳戦艦ガル」なんていうネタものもこの年出てるなんていやぁホント奇跡だよねぇ……とか僕にしては珍しく饒舌に語ってしまった。

 それがいけなかった。

「……」

 喋らないで真顔のアライくんが、こんなに恐ろしいとは思わなかった。どんぶり越しに下からねめつけるように、そのイキれた眼光が、少し調子に乗って浮ついてしまった僕を冷たく貫く。なんで他人のこういうのは許せないの?

「ジローがよぉぅ。ぁらが伊達イタチ酔狂スイクンでこん任務ばやっちょるが無いっちゃりこつ、さんざか説明したがに、伝わっとる思ちょったぁが阿保あっぽやったんぎょりかねぇ……」

 最近よく繰り出すようになった、遠回しのようでそうでない嫌味たっぷりの言葉を、「蔑み」という二文字を両頬に浮かばせたかのような顔から、しゃがれた音波に乗せられてぶつけられると、出来のいいVR世界にて本物の昭和の姑になじられているかのようなひどく不快な気分にさせられる。

 そもそも「任務」も何も、僕に与えられている情報なんてほぼほぼ無いわけで、「1985年の追体験」なら、ファミコンをやって楽しむっていうのもそれに充分当たるような気がするわけだけど。でも言い返すことも出来ずについ委縮してしまうダメな僕がいる。と、

「ま、ちょこ言い過ぎたいよっと。ただジローには、本物モノホンば『1985年』を体験せんごとにゃぱ、なんぞ意味が無ぎっつうごんきんもーっ☆に銘じて欲しいかったがばごりあて……」

 優位マウントを取ったと確信した瞬間、余裕のある尊大な態度を取り始めるのもまあいつもの事だったので余裕で耐えることは出来た。が、

「今回もソフトだぎは有るじゃーのんけ、また本体がば方をちゃ、調達してくるちゅが今宵の任務ミショーンば。そげを達成クリヤーした者ごっつだげが、この親父おやっさんの遺した至高ばるコリクションを堪能できるっつー寸法スンポーだんみっつ」

 そんな、「調達」と「窃盗」とを履き違えた体で、傍らのどう見ても偽物フェイク偽造コピーを二年くらい風雨に野ざらした質感のヴィトンのセカンドバッグから引きずり出して意気揚々と掲げたのは、

<バイナリィランド>
<けっきょく南極大冒険>
<ぺんぎんくんウォーズ>

 薄ピンク・黒・ショッキングピンクのカセットだったのだけれど。うぅん、ぺんぎん縛りでもあったんだろうか当時の親父様……

 そんな、日常いつも通りのぽんこつ感に包まれて、また面倒くさいことにならなければいいけど、みたいな真顔でうどん汁をすすっていたら。

 またしても非日常が……ッ!! 舞い降りてきたのであった……ッ!!

「ああっ、それ『ぺんぎんくんウォーズ』っ…… 弟たちとやってたぁ、なつかしい……」

 三ツ輪さんッ!! なぜこのような油じみた小汚い学食なんぞにッ!? そしてファミコンに食いついてくるとはッ!?

 現れた天使の放つオーラに、僕らのみならず周りのモブい男子たちも慄く。どういうことだ……ッ!? 甘く心ときめかす展開を、この世界を司る者が、望んでいるとでもッ!? 何でかまた来たぞ……僕の人生の打席にありえないほどの棒球が……ッ!!

相方の方を必死で見やるけど、あれ? 何か冷静だ。先ほどの深い洞察といい、ことこの三ツ輪さんに対しては何かスタンスが安定している。不気味だ。

 アライくんは意外と可憐なるものに対しては鉄壁こうはなメンタルを持っていそう……だけどこれだけは心の中で叫んでおかなくてはならない……監督ぅーッ!! 投手かみさまの肩はもう限界ですぅーッ!!
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