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作者: Siranui
残酷な描写あり
第九十話「英雄のプライド」
 暗い。何も見えない。真っ暗な視界にほんの僅か光が差し込む程度だ。次第に温度すら感じられなくなり、身体が剥がれ落ちる感覚に陥られるように闇に沈んでいく――




「はっ――」

 もう何度同じ目に遭ってるだろうか。ここだけでも3回は同じように意識を失っては目を覚ます。もう1度くらい死んでるのではないだろうか。

「はぁ……」

 生きてる心地がしない。こうなる度に死んで生まれ変わってる感覚がして過去の記憶が飛んでしまいそうになる。

「あ、ああ主さまぁ! だっだだ大丈夫……ですか!?」
「……お前か」

 俺が目を覚ましたのに気づいたのか、人間と化した魔剣……殺歪剣エリミネイトが見舞いに来てくれた。とは言ってもここ俺の教室なんだが。

「あ、主様は……その、突然倒れてて……えっと、血を流しながら風呂場から出てきて、その……心配、でしたっ……!」

 あぁ……ついに俺の剣にまでも心配されるのか。情けねぇな……無茶してこのザマだし、おまけにここまで運ばれるし……
 ……ん? 待て。右目に眼帯のようなものがついてる。右半分が見えない。まさか魔眼の使いすぎで失明したというのか……!?

 思わず眼帯を外すと、右半分の視界が見え始めた。一先ひとまず失明はしてないようで安心した。視力にも支障はない。

「もう……無理、しないでくださいぃぃっ……!!」

 魔剣の少女はポロポロと大粒の涙を零しながら俺に抱きついてきた。俺の制服を両手で握りしめ、嗚咽を漏らしながら両目から溢れ出る涙で濡らす。
 そこまで心配してくれた彼女の暖かさと涙で一部が濡れた制服の冷たさが混ざり、何とも言えなくなってしまった。

「……すまない」

 ただその4文字しか口から出せなかった。だがこれは俺自身が強くなるためには仕方ないことだったのだ。
 殺歪剣エリミネイトを完全に使いこなせるためには、無理をしてまで己を地獄のように厳しく叩き込まなければならないのだ。

 ――これは、俺のプライドなんだ。元から高いわけではないし、そもそも運命に弄ばれてる時点でそんな意地張っても無駄だが、これだけは決して譲れないんだ。

「……しばらく泣いてろ。今はその涙全てを受け止める事が俺の任務だ」
「……ぐすっ」

 涙の一つ一つから俺を心配する声が直接心臓に響き、その痛みに胸が締め付けられる。

 ……これ、またエレイナの分も受け止めなきゃいけないんだろうな。また泣かせちまう事になるからな。
 あれだけ運命に復讐するとか言っておいて、二人の仲間を……女性を泣かせてる時点で運命に復讐なんて出来るわけがない。

 本来俺が望む運命みらいに悲しき涙は必要無いと言うのに。一体何のために3度目の生を授かったんだ。

「はぁ……」

 あらゆる感情が混ざったため息を少しずつ、長く吐き、そっと少女の頭に手を置いた。
 俺の両目が少しずつ熱くなっていく感触がした。胸の痛みによるものなのだろうか――
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