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作者: Siranui
残酷な描写あり
第六話「演舞の兆し」
 緊急任務:依頼者マリエルの救出、『海の魔女』の正体の捜索、及び討伐
 遂行者:八岐大蛇、アレス
 犠牲者:0名



 何の意図かも分からないまま、突然始まった戦闘は俺の勝利で幕を下ろした。お互い卑怯な手を使いながらも、結局は実力と経験による差が勝負を決めた。

 勝負は卑怯な者ほど勝つ。だがそれ以上に経験と技量がある者が戦い自体を制するのだ。

「ま、まぁ……ずるいのはお互い様として。それより、どうやって顔の傷消したんだ!?」
「さっきも説明しただろ、治癒魔法だ」
「ち、ちゆまほう?」
「はぁ……」

 全く何だこいつは。ただ何の意味も無い勝負に勝つ事だけを考えて、ろくに人の話も聞かない。どの時代も男は馬鹿ばかりだ。俺も大概では無いが。

 心の中で愚痴を言っていると、海の方から女性らしき声が聞こえた。


「あれ〜っ? あの黒髪の子、どこいったのかしら?」
「……?」

 俺は声に気づいた途端愚痴るのを止め、ふと海の方に振り向いた。偶然か、丁度海面の女性と目があった。


「あっ、いた!!」
 
 赤髪の女性は何故か俺の方へ向かってきた。やがてエイジも彼女に気付く。

「おい大蛇、知り合いっぽいけどあの子何者だ?」
「知るか。この世界の事ならお前の方が知ってるはずだ」
「確かにそうだが……。俺はこの時期海に入る人は初めて見る」
「何故だ? 今は時期的に夏だと思うが」

 今ここの海は蒸し蒸しとしていてとても暑い。海や涼しい風が恋しくなる季節だろう。日本だと7月下旬から8月中旬といったところか。

 普通これくらいの暑さなら、ここじゃ無くても海に入る人くらい必ずいると思う。

 しかし、エイジの口から放たれた言葉は、予想だにしない事だった。

「実際そうなんだけどな。何なら元々ここでもこの時期に海水浴に来ている人は多くいた。
 だけど、最近『海の魔女』の存在が恐れられてる。今でもそいつのせいで世界の半分以上の海が汚染され、魚が生きられなくなってる。
 それを知らずに魔女の領域内の海に入って死んでしまった人も多く出てきている。だからここに住んでる人達全員、この季節でも海に入ることを禁止されてるんだよ」
「――!」

『海の魔女』。やはりそいつの仕業だったのか。今すぐ海に潜って正体を探りたい所だが、海への立ち入りが禁止されているとなれば、当然それが出来ない。

「かなり厄介だな……」
「ん? どうした大蛇?」
「いや、何でも無い。気にしなくていい」

 任務の事を他人に知らせるべきではない。これはネフティスがここまで大きくなる前から規則として成り立っている。

 万一その情報を知った者が拡散したりすれば、任務の妨害や討伐対象がその対策をとって任務遂行が困難になる恐れがある。

 ここは何とかして話題を変えよう。

 俺は知らぬ間に目の前に立っている赤髪の女性に指を指してエイジを引きつける。

「それよりエイジ。あの赤髪の子……」

 見事な事に頬を膨らませている。恐らく怒っているな、これ。

「ちょっと! 何で今まで私に気づかなかったのよ! ……というか気づいてないフリしてたでしょっ!!」
「そもそもお前は誰だ? あと下半身が魚なのによく陸地に自立出来るな。余程バランス力に長けていると見たぞ」
「はあああ!? あんた海から救ってあげたのにその言い方は無いんじゃないの!?
 大体ねぇっ、あそこで私が近づいてるの知ってたら手を振るなり呼ぶなりしなさいよ! ほんとに女心無いんだから!」

「無茶言うな、俺は男だ。女心などあるわけが無い」
「そういうことじゃないわよ! 女の子に対する気遣う心の事を言ってるのよバカぁぁ!!」
「生憎俺には女性と関わる機会が無くてな」
「無くてもそれくらい分かるでしょこのポンチンカンっっ!!」
「ははっ……」

 下らない事で本気で言い争う二人を見て、その後ろでエイジは苦笑いをしていた。

「というか君達って、初対面……なんだよね?」
「あぁ。そうだg」
「違うわよ! この子が突然海に降ってきたときから知ってるわよ!」
「海に降ってきた……!?」

 エイジは息を詰まらせる。しかし、どこか心当たりがあるような驚き方をしていた。

「……それで、俺に何の用だ」
「だから女の子に気遣っ……いや違う。とりあえず時間が無いから私についてきてほしいんだけどぉ……。そ、その前に二人にまじないをかけるから目を閉じて!」
「「まじない?」」

 男二人は同時に呟く。赤髪の少女がどんなまじないをするのかも分からずに二人はただ目を閉じた。


 そして、少女のまじないが2人に唱えられた――




 三分もしないうちに赤髪の少女はまじないをかけ終えた。今のところ俺とエイジの身体に変化は無い。むしろ本当にかけたのかと疑ってしまう。
 

「今二人に『海中呼吸のまじない』をかけたわ。早速で悪いけど私についてきて!」

 そう言うと、赤髪の少女は瞬きする間に海の中へと消えていった。男二人は何が何だか分からずにお互いの顔をずっと見つめていた。

「えっと……、今の何だ?」
「とりあえずついて来いと言われてるんだ。行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ大蛇!!」

 広い海の中へ入る俺を追いかけるようにエイジも海の中へ消えていった。




 俺とエイジが赤髪の少女の後を追っていると、少女は俺達の方へ振り向き、自己紹介をしてくれた。

「えっと……紹介が遅れてごめんね。私の名前はマリエル。私のことはマリエルでいいわよ!」

「マリエル――!?」

 そう、間違いない。あのマリエルだ。今回この任務で助けるのはこの少女だ。俺に説教をした後に俺がその子を助けるのは少し変な感じだ。

 そう思いながら俺はマリエルの姿と顔をしっかりこの目に焼き付けた。やがてエイジもマリエルに自己紹介をする。

「マリエルさん。えっと、俺はここレイブン王国の王子カルマの学友のエイジと言います……」
「俺は八岐大蛇だ」
「エイジ、大蛇……うん、二人の名前はもう覚えたわ。これからよろしくね!」
「は、はい……!」

 軽い自己紹介が終わってしばらくマリエルを追っていると、何やら黄色い魚が現れてマリエルに話しかけた。

「マリエル〜、どこに行ってたんだい? 今日はお父様にダンスを披露する日のはずだよ!」
「この人達を助けてたのよ!」


 黄色い魚はマリエルの後ろにいる俺はとエイジを見て驚いた。

「え、人間!? 陸に上がれないのにどうやって助けたの?」
「アレスと同じく、溺れてたところをまじないをかけて助けただけよ」

「アレス……!?」

 俺はマリエルの口から相棒の名前が出てきた途端に驚いた。なら今頃アレスはこの海の中にいるはずだ。急いで探さなくては。だが、救助対象であるマリエルがここにいる……

 そう考えてる間にも、黄色い魚とマリエルは話し続けている。

「ま、まじない!? でも海に住む生き物以外に使っちゃ危ないはず……」
「え、マジで?」

 エイジが驚いた。まるでこれから迫りくる死を恐れているような顔をしていた。

「安心しろ。確かに危険とは言ったが命に関わる程ではない。もしそうだったら俺達にそんなまじないをかけないはずだ」
「そ、そうか。そうだよな……」

 エイジは俺の説明にあっさり納得した。

 俺とエイジが話している間に、何か黄色い魚とマリエルの会話から喧嘩が始まりそうな雰囲気が漂ってくる気がした。

「別にいいのよ! ここまでついてこれてる時点でこの2人はもう人間じゃないわよ!」

「さらっと悪口言ってんじゃねぇぇぇ!!」

 ちゃんと人間のエイジはマリエルと黄色い魚の間に割り込んでツッコんだ。そうしている最中に、突如として人魚らしき影がこっちに向かってきた。


「マリエル〜! 探したわよ〜!!」
「あれ、新しい人間二人発見〜!」
「あちゃ〜っ、こんな大事なときにこれか〜」
「お父様がそろそろダンス見に来るから、早く行くわよ!」


 金髪の人魚はマリエルの腕を強く掴んで引っ張った。

「ちょっと姉様、何するのよ! 離して!!」
「ごめんね、人間さん達! ちょっとマリエル借りるね〜」

 そう言って四人の人魚はマリエルと一緒に海の中へと消えてしまった。理不尽に取り残された俺とエイジに、黄色い魚はマリエル達が急いでいる事情を話した。

「いきなりごめんね、人間さん。僕はセンリ。マリエルの友達だよ。
 で、マリエルはこれからお父様にダンスを披露するんだよね。それで待たせるわけにはいかないから四姉妹がマリエルを探してたんだよ」

 魚が喋ってる……何だこの生き物は。

 なんてことここでは言えないので心の中で呟くだけにしておく。

「な、なるほどな。どうりであんなにマリエルが急いでたわけだ」
「ところで、センリさん。そのダンスってそんなに大事なことなの?」

「うん、一年に五回お父様に披露しないといけなくてね。更に他の魚達もその踊りを見に来るんだよ」

「つまり、ミュージカルみたいなものか」
「みゅうじかる……?」

 エイジがまた何か分からない顔をした。流石にミュージカルが存在しない世界はもう終わってるだろ。

 そう思いながら俺は懸命にエイジに説明した。

「あ、えっとな……ミュージカルってのはその……演劇みたいなものだ、うん」
「演劇か。なるほどな」

 何とか分かりやすく説明してみたが、演劇が分かってミュージカルが通じないという違和感を感じた。


「ところで君達は、マリエルにずっとついてきてたんだよね?」
「あぁ、そうだが」
「それなら僕についてきて! 多分君達にダンスを見せるためだと思うんだ。今からダンス会場へ案内するよ!」

 これは好都合だ。もしかしたら海の魔女もその中にいるかもしれない。

「おぉ! ありがとう、センリ!」
「よし、行くぞ」

 俺とエイジはセンリの後を追った。追っているうちに後ろを向くと、色鮮やかな魚達が俺達を追うように泳いでいた。

 まるでこれから始まる演舞の予兆かのように――
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