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作者: Siranui
残酷な描写あり
第一話「死による始まり」

 西暦不明 12月16日 日本 地域不明


 白く冷たい無数の粒が視界をさまたげる。それと同時に黒いローブを少しずつ白に染めていく。

 睫毛が凍る。頬が冷たくなる。寒さで指がかじかみ、黒剣を握る力が弱まる。

 それを気にもせずに、俺――八岐大蛇やまたのおろちは視界に映る標的を殺し続ける。かじかんだ右手に持つ禍々しい黒剣で。

「ふっ……!!」

 俺はこの吹雪の中、数多あまたの魔物を一人で殺す。何の理由も意味も無い。だが、強いて言うなら己の運命に対する八つ当たりだろうか。

 ザシュッと音を立てると同時に魔物の血飛沫ちしぶきを浴びる。白い雪に染まった黒のローブが赤くにじむ。

「くっ……!」

 俺はただ運命から逃げるために剣を振るう。こうなったのも全てはあの少女……エレイナとの出会いが元凶だ。

 何故俺はかつて敵族だったあの子に恋心を抱いたのか、自分でも理解し難い。

 でも昔からエレイナは底抜けに明るく元気いっぱいで、いつも氷のように冷たい俺を暖かく照らしてくれた。そんな彼女を生涯守り切るとあの時誓った。

「はああっ!!」

 なのに、守れなかった。むしろ自分から別れようと言ってしまった。その後すぐにエレイナをこの剣で突き刺し、その後すぐに己の心臓に突き刺した。罪から逃れるかのように。

 結局は俺という醜い存在に対する八つ当たりだ。我ながら情けないったらありゃしない。

「はぁ、はぁっ……」

 俺は命尽きるまで魔物を斬り続け、いつかは自分も己の血を白い地にばらく。それが恋人との別れを永遠にしてしまった……今の俺に唯一残された道なのだ。

 どんな形でもいい。この運命から逃れられるなら。あの時犯した『過ち』を償えるのならそれでいい。


 ――それが俺の選んだ選択だ。


「うぉぉおおあああ!!!」


 これで最後の一匹。剣の軌道に合わせて盛大に赤黒い液体が宙を舞う。そして雪と共に地に広がる。

 黒剣についた血を振り払う。その後手元から黒剣が透明な破片はへんとなって消えた。


「……このままでは凍え死んでしまう。今日はもう帰ろう」

 会話をするように一人でぼそっと呟きながらローブのポケットに手を突っ込み、俺は真っ白い雪道の中を歩く。




 その日の夜――
 
「はぁ〜、疲れたなオロチ!」
「……俺の身体はまだ疲れていないぞ」
「全く、外は冷えただろう? 二人共早くお風呂に入ってこい」

 今日もこうして唯一の親友であるアレスと養父のアズレーン・シューベル博士と他愛たあいもない話をして朝を迎える……

 そんな時間が今の俺の数少ない生きがいである。だが、俺の心に空いた大きな穴を埋める事は無かった。

 アレス達と話すのは楽しいが、やはり物足りなさを感じてしまう。不足しているのは一体何なのだろうか。


 ――気づけばもう20時を過ぎている。そろそろ風呂に入ろうと俺は風呂場へと足を運んだ。

「おいオロチ! 先俺だっての!!」
「悪いなアレス。早い者勝ちだ」
「くっそ〜っ!!」

 悔しがっているアレスを楽しそうに見て、いざ風呂に入ってゆっくりしようと風呂場のドアを開ける。


――その刹那、アズレーン博士のパソコンからサイレンの音が盛大せいだいに鳴り響いた。全員サイレンに驚きながらもすぐに目の前のパソコンに目を向ける。

【緊急任務 広島県付近に霧がかった謎の建物が出現。直ちに捜査せよ】

「オロチ、アレス、こんな時間に悪いけど今から向かってくれないか?」

「え〜、風呂入りたかったな〜! まぁいいや、了解!」
「……了解」

 こんな時に任務はタイミングが悪すぎないかと文句を言いたいところだが、流石にそんなことは言えないので我慢する。

 家のドアを開けてすぐ俺とアレスは謎の建物があると思われる広島県へ向かうべく、背中から妖精の羽みたいなものを精製して吹雪で荒れている空を飛んだ。






 身体が空を切る。そのせいかとても寒く感じる。飛んでいるうちに身体が震えてきた。夜だから余計に寒く感じるだけだろうか。

 そんな事を考えている中、アレスは俺にこんな事を言った。


「何ビビってるんだよ、大蛇! こんな任務パパッと遂行しようぜ!!」
「べっ、別にこんな事くらいで怖気おじけづく俺じゃない。緊急任務には慣れている」

 この時の俺はいつも倒している魔物より少し強い程度の敵だろうと思ったのも束の間、上空を飛んでいる最中にその思いは一瞬にして消えた。

「なっ――」


 そこにはさっきの画面通りに建物全体が霧がかっていた。吹雪いていたので、雪なのかきりなのかよく分からない。

 だが、上空から見ると観覧車のようなものがかすかに見える。


「えっ……遊園地? おいオロチ、広島にこんなのあったか?」
「いや、無かったはずだ。それにここは権現山だ。一体何の意図でこんな山にこんなものを……」

 一先ひとまず中の様子を確認するべく下降する。徐々に霧の中から観覧車やジェットコースターのレールがはっきりと見えてきた。


「ほ、本当に遊園地じゃないか! でも何でこんな山の頂上にあるんだ……?」
「気をつけろアレス。こんな何もないところに不自然に遊園地があるのはおかしい。間違いなくわながあるぞ」

 俺はアレスに警戒をうながし、慎重に夜の遊園地の中に広がる霧を払いながら歩いた時だった。

「なっ……! 体が急にっ……、痺れて……っ!!」

 突然俺の全身にしびれがしょうじ、あまりの痛さに全身がうずくまる。

「ぐっ、オロチ! こいつただの霧じゃねぇぞ!」

 俺とアレスが霧による痺れに苦しむ中、霧の中から三人の人影が現れた。

「――!!」
「あんたら、早く逃げろ! 霧を吸ったら……死ぬぞっ!!」
 
 しかし三人は逃げる様子もなく、何故か俺達に向かってくる。

「うっふふふ。苦しそうにしてて可愛いこと。この二人、まさか本当に来たとは思わなかったわ。」
「そうだね、! デマの緊急任務で麻痺毒の霧に呼び起こしてからの毒殺どくさつ作戦、大成功だね!! いや〜、この遊園地を作るために頑張って詠唱覚えといて良かった〜!!」

「「――!!」」

「こら、! 勝手に私達の名前と作戦大声で言ってはいけないわよ!まだ生きているかもしれないわ。」
「は〜い」

 あの遊園地はやはり魔術だったか。いやそうでないとこんな山に地方の遊園地と同じ大きさのものを作れないし作らない。

 全ては俺を……俺達を殺すためだけに。

「ごめんね、黒と白の反逆者おにいさん達。あなた達はの命令でどんな手を使ってでも殺せって言われたのよ。
 だ・か・ら、このままリラックスして眠っていいよ〜」

 麻痺で身体の感覚が無くなった後から急激に眠気が襲ってきた。ここでまぶたを閉じれば終わりだ。

 何とか睡魔に負けないように、ありったけの力でピクリとも動かない身体を動かそうとする。しかし、全身が石のように動かない。

「ま…………て……っ!」

 それでも俺はがむしゃらに動かそうとしたが、動く気配もない。

 それを無様に見えたのか、三人は高笑いをしながら霧の中へと消えていった。

「くっ……そっ……!!」

 あぁ、また死ぬのか。恋人を殺した次は友を守れずにこんな山の頂上に建つ遊園地で無様に死ぬのか。

畜生ちくしょうっ……、オ……ロチ……俺達………ここまで、だな……」

 やめてくれ。俺はもうこんな未来を見たくない。自分の無力さで死に際に立つアレスの姿を見たくない。

――運命。これが俺の……エレイナを殺した俺への罰なのか。こんな不可解で情けない死に方でもしないとあの過ちは償えないとでも言うのか。

「ア…………レ……ス……ッ!!」

 俺はとっくに大切な存在の死の痛みを十分に知った。それを自分で殺したのだから尚更だ。
 
「もう、駄目だ……。意識、が…………」

 やめろ。夢なら覚めてくれ。今までの罪なら全て受け入れる。過ちだろうが何だろうが全部俺一人で背負うから。

 アレスを……俺の唯一の親友を奪わないでくれ!!

「じゃあな、オロチ……。地獄で会おうぜ……」
「――!」

 そんな事言うな。地獄に行くのは俺だけでいい。お前は天国にいるエレイナと共に地獄で苦しむ俺の事を存分に憎んでくれ。
 
 
「…………」

 視界が闇にちる。何も感じない。麻痺と睡魔、そして寒さによる体内の脱力感だけ感じる。


 ――あぁ、俺の人生はこんなものだったのか。一度悪かったら全て悪いんだな。

 でも、これは因果応報に過ぎない。一度目の生で恋人をこの手で殺したのだから、今度は俺が理不尽に殺されるのは当然の報いだ。

 それでもあまりに酷すぎる己の死に様で失望を越えて笑みがこぼれてしまう。こんな無様な人生を送るとはな……


 身体が透けていく。細胞の一つ一つが青白い光の粒子となって夜の遊園地を照らす。

 そして俺とアレスの身体は全て光の粒子となって夜の空に消えた。

 そして権現山に建てられた遊園地は、霧を残しながら溶け崩れ、紫と緑の液体となって山の頂上を埋め尽くした。


 しかし、まだこの死は始まりに過ぎなかった――
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