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作者: 白糖黒鍵
残酷な描写あり
絡み結ばれるそれぞれの運命
「という訳で、アタシはこれから『世界冒険者組合ギルド』本部に向かうことになっちまった。GMギルドマスターの代理は既に立ててあるから、そこは心配しなくてもいい」

 早朝。執務室にて面倒そうに上着代わりのローブを羽織りつつ、そして実に面倒そうに彼女が言った。

 首筋が薄く隠れる程度にまで伸ばされた紫紺色の髪。それと全く同じ色をした瞳は猛禽類を彷彿とさせるまでに鋭く、冷淡な光を宿していた。

 猛獣を思わせる凶暴な、だがそれでも男を確かに惹きつける確かな美貌を持つその女性は背後を振り向く。

「事態が事態だ。場合によっちゃあ……いや、十中八九アンタも動くことになるだろうから、準備は済ませときな」

 言って、彼女が視線を向ける先にあったのは、来客用の上等なソファ────否、正しくは。



「別に言われなくてもわかってますよ、師匠せんせい



 そこに座る、一人の少女。真白のローブを纏う、それと全く同じ色の髪をした、絵本の中からそのまま飛び出たかのような、そんな可愛らしく幼い容姿をした少女であった。

「……だったら構わないんだけどね」

「ええ。それにしても本当に興味深いですよぉ」

 紫紺色の女性から手渡された一枚の紙と一枚の写真を見ながら、一体何がそんなに面白いのかクスクスと笑いながらそう言う真白色の少女。

「『炎鬼神』ラグナ=アルティ=ブレイズ……この広い広い世界オヴィーリスの中で、私に比肩し得る、私と同じ《SS》冒険者ランカーの一人。そんな彼がある日突然、そうだったのがまるで嘘みたいに弱体化した挙げ句の果て……まさかその性別すら変わってしまったなんて。くふ、ふふふ」

 少女が手に持つその写真には、一人の少女が写っている。

 まるで燃え盛る炎をそのまま流し入れたように、鮮やかに煌めく紅蓮色の髪と真紅の瞳。仏頂面ではあるが、それでも可憐で美麗で。軽く微笑みを浮かばせるだけで世の男を総じて虜にしてしまえる程の、まさに絶世の美少女。

 故に誰もが決して信じはしないだろう────この写真の少女が、

 さらに言えば、その写真の少女が────『炎鬼神』の異名で畏怖され世界最強の一人と謳われた《SS》冒険者、ラグナ=アルティ=ブレイズであるなどと。

「あーあ、こうなっちゃうんだったら接触禁止なんて無視して、さっさと会いに行けば良かったなぁ。後悔先に立たずってこういうことを言うんだなぁ。まあ過ぎたことを幾ら嘆いても仕方ないかぁ。……それにしても、性別の逆転。神にしか許されない、神にのみ成し得られる所業…………神の奇跡」

 まるで何かに囚われているかのように、真白色の少女は写真の少女を見つめる。じっくりと眺める。

 写真に視線を注ぐ少女の瞳は、異質の一言に尽きた。何故なら────其処には定まった色が存在していないのだから。

 赤、青、黄────信じ難いことに、少女の瞳は秒刻みにその色を変えている。言うなれば少女の瞳は──万色であった。

 そんな異様極まる瞳を持つ少女は、そのあどけない顔立ちに良く似合う悪戯な笑みを浮かべて、さらに続ける。

「この私ですら何度挑戦しても失敗続きで終わったというのに……この確かな現実の中で、よもやこんな、とっても大変可愛いらしい事例が先に出てしまうとは。人生何があるか、本当にわからないものですねえ」

 そんな真白色の少女に対し、紫紺色の女性はため息一つ吐きながら。やや投げやりな態度と声音で、一応はという風に言葉をかけた。

「わかっているとは思うが、くれぐれも『世界冒険者組合』を挑発するような真似はするんじゃないよ。指示があるまで待機だからね」

「……はぁーい」

 意味深な一瞬の沈黙を挟んで。わかっているのか、いないのか、それが今一伝わらない妙に間の伸びた返事をする少女。そんな様子の少女に女性は再度ため息を吐きつつ、彼女に背を向けた。

「それじゃあ、私が帰ってくるまでの間は頼んだよ────フィーリア」

 そこで初めて名前を呼ばれた真白色の少女は写真から顔を上げて、こちらに背を向ける女性に今度はきちんとした返事を送る。

「はい、この私に任せてください。師匠……いいえ、お母さん」

 そうして、少女は────世界最強の一人たる《SS》冒険者ランカー、『天魔王』フィーリア=レリウ=クロミアは依然浮かべていた笑みを不敵なものに変えるのだった。














 太陽が昇り始めてまだ間もない空の下、そこに二つの人影があった。二つの、それも大柄な人影が。

 一人は男物で厚手のジャケットを羽織った、燻んで鈍い光を放つ銀髪を短く切り揃えている、一見すると高身長の美青年。

 だが誰の目から見てもわかる程無理矢理に押さえつけられ、しかしそれでも膨らんでいるとわかる胸元とこれまた男物のスラックスに窮屈げに包まれた、張りのある肉付きの良い臀部がその認識が間違いであると主張する。

 その美青年────否、男装の麗人とでも言うべき銀髪の美女が静かに、ゆっくりとその口を開かせる。

「……じゃあ僕は発つけど、後は任せて大丈夫だよな?」

「ああ、問題ない。大船に乗ったつもりで任せてくれ」

 凛として良く響く声音で彼女の質問に答えたのは、その女性らしからぬ彼女の背丈よりも高い、それこそ頭一つ分高い背丈を誇る者。だというのに、なんとこちらも信じられないことに女性であった。

 他の大陸では見られない独特の衣装──この大陸、それも極東イザナと呼ばれる地方独自のものである『着物キモノ』で身を包むその女性は、夜闇の如き漆黒の髪を腰辺りに届く程度にまで伸ばしている。

 そして肝心の顔立ちであるが────それはどうなっているかはわからない。何故ならば、その女性がもはやちゃんと見えているのかすら疑わしいまでの超至近距離で、しかも人の顔程もある一枚の写真を食い入るように見つめているからだ。

 そんな様子の黒髪の女性に対して、銀髪の美女は眉を顰めながら呆れた声を出す。

「そこまで気になるものか……?」

「当然じゃないか。私にとって小さくて大きいのは絶対の正義だ」

「……まあ、別にお前の性癖に口を挟むつもりはないが」

 そこまで言うと、銀髪の美女は踵を返し黒髪の女性に背を向ける。それから背を向けたまま、一言彼女に告げた。

「一応言っておくが、その写真の子は元々は男だからな」

 その銀髪の美女の言葉に、黒髪の女性はようやっと顔から手に持つ写真を離す。

「関係ないさ。いざとなれば私が女の悦びというものを身体と心の隅々にまで教え込み、私色に染め上げればいい」

 と、側から聞いてもとんでもない言葉を口走らせる黒髪の女性は────そんな言葉があまりにも似合わない程に、美しかった。まるで抜身ぬきみの刃を思わせるような、そんな冷たくも凛々しい美貌がその顔に存在していた。

 ……が、しかし。その浮世離れした美貌よりも先に、他者の意識を。視線の全てを否応にも集める要素が彼女の顔にはあって。それは何かというと────だった。右側、右目の瞼を跨ぐ形で、眉の上から顎先にまで。ピッと、縦に引かれた一本の傷跡があったのだ。

「………全く。一体誰に似たんだろうかな」

 凄絶なまでに美麗な分、傷痕がより目立つその顔に浮かべられた微笑みと共に、告げられたその言葉に苦笑を伴わせてそう返し。やがて銀髪の美女はその場から歩き出す。

「精々程々に、な────サクラ」

 その言葉を最後に、この場を去る彼女の背中を、黒髪の女性────世界最強の一人たる《SS》冒険者ランカー、『極剣聖』サクラ=アザミヤは見送りながら、呟いた。

「貴女に言われなくてもわかっているさ。カゼン」















 気がつけば、リビングが明るくなっていた。朝日が差し込み、リビングを照らしていたのだ。それと同時に、鳥の鳴き声が遠くで聞こえてくる。

 ──…………ああ、もう朝になってたのか。

 思考が上手く定まらない頭の中で、僕は呆然とそう思う。それからどうしようもなくなって、無意識に天井を仰いだ。

 結局、あれから一睡もできなかった。……できる訳がなかった。目を閉じる度、瞼の裏に────見えてしまう。





『……まだ、起きてるか?クラハ』

『クラハ。お前、俺のこと……どう思ってんだ?』

『……へえ。クラハ、お前そう思ってんだ。……今でも、そう思ってんのか』

『本当に、そう思ってんのか?俺が……先輩だって、お前は本気で思えんのか?』





 深夜の光景が。先輩の姿が。あの表情が──────その全てが。まるで今さっきあったことのように、恐ろしいくらいに鮮明に。

 ──……これから、どうすればいいんだろう。僕はこれからどう……先輩と接すれば、いいんだろう。

 それだけがずっと僕の頭の中で駆け回っていた。幾ら考えても考えても考え尽くしても、答えの出せない疑問になって埋め尽くしていた。

 そんなこと、僕一人で考えても仕方のないことだというのに。

「……」

 自己嫌悪に苛まれながらも、僕は無言でソファから立ち上がる。朝が来たのだ。いつまでもこうしている訳にはいかない。

 今日から僕の知らない────日常いつもが始まるのだから。

 僅かに冷たいリビングの床を踏み締めて、僕は歩く。扉を開いて先に進んで、トイレへと向かう。

 そして閉ざされているトイレの扉のノブを掴み、当然のように、何の躊躇いもなくそれを開いた。





「…………」





 ……もう既に、トイレには先客がいた。寝間着代わりの僕のシャツを着た、下着パンツを膝辺りにまで下ろし、今まさに便座に腰かけようとしている先客────ラグナ先輩がいた。

「「………………」」

 僕と先輩の間で、沈黙が流れる。そしてこの重く、ひたすらに重く気まずい沈黙を先に破ったのは、先輩だった。

「……あー」

 という、申し訳なさそうな声を漏らして。先輩は脱ぎかけていた下着を、ストンと足首にまで落とし。それから便座に腰を下ろした。

「すまん。鍵すんの、忘れてた。……ん」

 そう、一言僕への謝罪を先に済ませて。そして未だ僕がすぐ目の前にいるにも関わらず、便座に座った先輩は身体から力を抜こうとして──────そこでようやく僕は正気を取り戻し。

「す、すみませんでしたァッッッ?!」

 そう叫びながら脱兎の如くトイレから飛び出し、叩きつけるように扉を閉めてその場から離れるのだった。




















 それは、決して交わることのない運命であった。決して絡み結ばれる、運命いとではなかった。

 だが、一つの出来事を切っ掛けに、運命が交わる。運命が絡み、結ばれていく。

 それが齎すのは、滅びか救いか。与えられるそれは、希望か絶望か。

 この物語の最果てに在るのは──────終わりか始まりなのか。
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