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作者: 夜門シヨ
18頁
「「いったぁ!」」
 
 兄妹が闇から放り出された先。
 
「うぅ……ここどこ?」

 そこは、一面凍りついた森の中であった。光は月明かりしかない世界、ここは凍った葉が空へと広がってしまっていることで、より一層闇が広がっているように見える。
 
「おいナル。やっぱり俺達そのレムレスに騙されてるんじゃ……」
「あらぁ?」

 戸惑う兄妹の元に、ねっとりとした声が、まるで蛇が身体に巻き付いたかのようにぬるりと絡まって、兄妹の動きを鈍らせる。恐る恐る、動かすことができる瞳だけを声のした方へと向ける。

「フェンリルを探しにきたら愛らしい子供がふ、た、り! 銀色の瞳だなんて……彼の瞳の次に欲しいわぁ!」
 
 薄紫色の髪を頭上部に左右に結って可愛らしい髪型だが、妖艶な瞳と唇、身体つきを持つ女性がそこにいた。

「お姉さんは、アングルボザ! ねぇ、あなた達は? お姉さんに名前おしえてぇ」
 
 アングルボザはニタァと気味の悪い笑みを兄妹に向けながら、ジリジリと兄妹へと近づいていく。ナリはそんな彼女の圧に抗いながら、腰に刺していた剣を抜いて妹の前へと出る。

「あらあら、怖い子ぉ! こんな愛くるしいお姉さんに剣を向けるだなんてぇ」
「……どこが? 気持ち悪りぃ目つきで見てくんな」

 ナリの言葉を、笑顔で固まったまま聞いていたアングルボザ。「……へぇ」と頬を紅に染め、舌なめずりを一つ。その瞳は、狂っていた。

「ロキちゃんみたいなこと言うじゃなぁい。お姉さん、気にいっちゃったぁ!」
「ロキ?」

 ナリは知った名前が出たことに一瞬の驚きを見せた。その隙に、彼女はナリの目の前までやってきた。

「その顔が苦痛に歪む姿――」
「――っ!」
「お姉さん。見たいなぁ!」

 アングルボザの出現に驚きながらも彼は戦う姿勢を崩さずにいる。そんな彼の姿により一層笑みを引き攣らせながら、彼女が蹴りを入れよう、としかけた。

「――あっ」

 アングルボザは、勝手に横へと吹っ飛んでいった。吹っ飛んだ衝撃で、氷が割れ、欠片が周辺に飛び散って宝石のようにキラキラと輝いている。……いや、勝手には違っていた。彼女がナリに蹴りを入れようとしたのよりも早く、何者かが彼女に攻撃を仕掛けたのだ。
 その何者かは、冷めきった目でアングルボザが吹っ飛んでいった先を睨んでいる――。
 
「「ロキ!/ロキさん!」」

 突然、自分の名前が呼ばれたことで肩をびくつかせる彼。ロキは、兄妹のいる方へとようやく顔を向ける。その瞳は、いつもの兄妹に向ける温かな瞳だった。今は、若干の焦りが混じっているようだ。
 
「ナリ! ナルちゃん! なんで君達がこんなとこにいるんだ!」

 ロキは兄妹の存在に声を荒げながら聞くものの、当の兄妹もなぜここに飛ばされたのか分かっていないため首を傾げ合う。ロキとナルの目が合う。今度は、ナルが彼から目を逸らしてしまった。
 そこでナルの裾を誰かがくいっくいっと引っ張られる。その動作にナルが振り向くと、そこには兄妹を飲み込んで連れてきた狼型のレムレスがその口で裾を引っ張っていた。そのレムレスはナルが振り向いたのを確認すると、口を裾から離し、闇の奥へと走っていく。

「待って!」
「あ、ナル!」

 ロキが狼型のレムレスに目を丸くしている間に、ナル続いてナリがそのレムレスの後を追っていく。
 
「あー! もうっ! 勝手にどっか行くな!」
「ちょっとロキちゃあん」

 兄妹の行動に呆れて叫んでいるロキに、ねっとりとした声と共に風圧と色白の屈強な拳が、彼の顔面めがけて襲いかかってくる。が、ロキはそれをいとも容易く炎を纏った拳で受け止める。

「なぁに? あの子達、ロキちゃんの知り合いなのぉ?」

 アングルボザは、身体に刺さったいくつもの氷の欠片を抜きもせず、流れる血も拭き取らず、ロキに数多の拳と蹴りを入れていく。
  
「……はぁ。オーディンの目があるとはいえ。やっぱり、逃げ出してたか」
「うっふふ! 私が黙ってうちの怪物ちゃん達を差し出すと思ったぁ?」
「そう言いながらも、もう二体はこっちの手だけど?」
「あっははぁ! うっざぁい! でもでもぉ! 私の最高傑作の氷狼だけでも手中にあればこっちのもんよぉ!」
「よく動く口だな。うるせぇ」
「ねぇ、ロキちゃん! フェンリルと一緒に巨人族に帰ってきてよぉ!」
「はぁ? 嫌だけど」
「やぁん! 辛辣ぅ!」

 二人は互いに拳と蹴りを入れながら、アングルボザは満面な笑みで、ロキは冷めためんどくさそうな顔で戦っている。
 
「ほーんとう。ロキちゃんは私達一族が嫌いよねぇ! 自分の親を殺したスルトの方がもっと嫌な奴じゃなぁい!」

 ロキは無言を貫いた。その行動に、アングルボザはつまらなそうに口をへの字にさせる。が、すぐに何か思いついたのか顔を輝かせる。

「まぁ? 氷狼を逃しても新しいおもちゃ見つけたから、そっちを奪ってもいいかもねぇ。……あの、銀色の兄妹とか」
 
 アングルボザが目を細めながら、ロキを見据える。彼の動きが一度止まり――彼の手に、一本の炎の剣が生まれる。彼女を見つめる彼の瞳は、今までの冷めたものの中にふつふつと、怒りの炎を燃やしていた。
 
「……その口、開かねぇようにしてやる」

 その怒りの瞳に、アングルボザは舌なめずりを一つ。

「あぁ、いい、いい! やっぱり貴方の瞳が大好きだわ私! やっぱり私は、貴方に殺されたいっ!」



 ロキとアングルボザから離れた兄妹と案内役の狼型レムレスは、深い氷の森を走っていた。そこかしこにある森の闇からレムレスが湧いてくるが――。

《ラピオ・ウェンティー》
 呪文を唱えると宝石が光って、風が彼の剣に集まり――それをレムレス共に放つ。その衝撃は鋭き風の刃となって彼奴等をまとめて真っ二つに斬っていく。
 
「お兄ちゃん、いつの間にそんな力を――?」
「この話も帰ったらしてやるよ! それよりもほら! なんか見えてきたぞ!」
 
 兄の不思議な力に戸惑うナルであったが、彼の指差した方角に目を向けると。彼の言う通り、なにやら輝いている空間が見えてきた。
 胸が痛い。ナルは自身の胸元をギュッと掴みながら、その空間へと足取りを緩めず走り抜く。
 そこには――。

「……あ」

 氷の水晶が散りばめられた空間の中央に一体。紺青の大狼が、そこで眠っていた。しかし、彼女達の気配を察知したのか、大きな瞼をゆっくりと開かせる。そこには鋭く光る琥珀色の瞳が、ナルを捕えるのだ。
 
「――フェンリル、さん」
「……なぜ、貴様がここにいるんだ。女」
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