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作者: 霜月かつろう
意味のあるバトン その7
「ええ? それじゃあ。美波ちゃんの彼氏が最後のメンバーってことかい? 随分と若いメンツになったなぁ」

 たしかにメンバーの顔を思い浮かべれば二十代前半から十代までとこれまでに前例がないほどの若さだ。まるで世代交代とでも言わんばかりの勢い。高田さんが驚くのも無理はなかった。

 って言うかいつもくるけど、暇なのか高田さんの店は。

「こりゃ。まじで対抗戦フィギュアスケート初勝利もあるかもなぁ」

 そうは言ったって若いだけではどうにもならない。相手は長年、出場し続けいてる人たちが多い。

 ちょうど、学たちのひと世代下辺りの人たちだ。まだまだ活力もあるし、発展し続けている北口の関係者だけあって勢いも衰えない。

 コーチも昔からこの地区で活躍している人を付けている。選手枠もそのコーチから厳選された優秀な人達ばかり。毎度のことながら五人のメンバーを用意しておきながら、ひとりだって勝てたことはない。

「それに最後のひとりだってまだ仮決定だしな。わからないさ」

 美波が彼氏にお願いすることに決まったのは昨日だ。昨日の今日でそんなに話が進むはずもない。まずはどの程度滑ることが出来るのか、本番までに間に合うのかだ。

「わからないって海藤さんよ。言っても期待しちゃってるんじゃないのかい? こんなに楽しみな対抗戦は初めてだよ」

 口では否定しているものの高田さんの気持ちには同感だ。こんなに期待できる対抗戦は記憶にある限り初めて。もしかしたらなんて期待は高まる。

 でもだ。みんなにその期待を背負わせていいのだろうかという不安はつきまとう。大体勝ったところで、ちょっと商店街が潤うだけ。対抗戦メンバーには大きく関係しない。

 なにかの歯車が噛み合ったかのようにみんなのモチベーションが高い。こんなことはきっとこれから先ありえないことだと思うくらいだ。であれば期待くらいしてもいいのかとも思う。

「高田さんの気持ちはわかるがな。とは言え美波の彼氏とやらがどれくらいのものかまだわからないんだ。あんまり期待し過ぎもよくない」
「はっ。美波ちゃんが選んだ男だ。そんな心配いらないよ」

 高田さんは笑ってそう言ってくれるが、それに合わせて笑うこともできやしない。覚悟を決めたつもりだけれど、実際に見てみたらどういう感情を抱くかも想像できない。こんなやつに娘を。と思ってしまう可能性だってある。

「そうだといいんだけどな。俺はそろそろ行くよ。移動するのにも時間がかかって仕方ありゃしない」
「今日も練習だって? 気合入ってる証拠じゃんか。でも無茶しすぎるんじゃないぞ。けが人なんだから」
「ああ。わかってるさ。それに俺が滑るわけじゃないんだから大丈夫だよ」

 今日だって一般滑走で学校帰りの美波の彼氏を滑らせるだけだ。学自身に負担がのしかかることはない。

「それにしても海藤さんが美波ちゃんの彼氏を認めるとはなぁ」

 急に高田さんがおかしなことをいい始めるから咳き込んでしまい流石に老婆心過ぎやしないかという言葉は詰まった

「おいおい。まだ認めちゃいないぞ。どんなやつかも見てない状況だしな」
「ふーん。それにしちゃ、そわそわしてるみたいだけどな」

 ぐっ。バレてたか。

 朝から美波の相手のことを考えては想像を風船みたいに膨らませて、そこに顔を思い描いた。爽やか系なのか、ゴリゴリ系なのか、無いとは思うがチャラ男か。優男なのか。どれもしっくりこないと割っては膨らませの繰り返しだ。

「まっ。気持ちはわかるよ。なんにせよ。今年のスケート対抗戦は盛り上がりそうだ。みんなにも応援に来るように言わなくちゃだな。おっと、もうこんな時間じゃないか。俺はそろそろ行くよ。じゃな。海藤さん。頑張ってな」

 なにを頑張れなんだ。時計を確認すると慌ててその場から立ち去る高田さんに掛ける言葉も見つからない。
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