ないものねだり その4
「ありがとうございました」
受講生が一斉に頭を下げる。一斉と言ったってたったふたりだ。琥珀ともうひとり。何度か足を運んでもらえているが中々上達しないおばあちゃん。
パソコン教室とっても内容は自由だ。受講者の到達地点や目標地点が異なりすぎるというのが主な理由だ。パソコンを使って何をやりたいかが人によって違い過ぎる。
おばあちゃんは年賀状を送るのにパソコンを使えるようにしたいということだった。これが前途多難な道だ。今日はようやっと年賀状作成ソフトの立ち上げに成功した。まあ、それで時間いっぱいを使っているのだから先は長い。今年中になんとかなるだろうか。割と不安だったりする。
それよりも、問題は琥珀だ。
パソコンの電源の付け方もわからなければダブルクリックやドラッグも伝わらなかった。とても同世代だと思えないパソコン音痴っぷりだ。おかげでおばあちゃんに教えるよりもずっと多くの時間を琥珀に使った。
おばあちゃんは気にしなくていいのよと言ってくれたけれど申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「ごめんね。川島くん。迷惑かけて」
おばあちゃんを見送ると琥珀が気が付けば隣りにいて謝っている。
「い、いや。これが仕事だから」
本当にこれが仕事だと。自信を持って言えるのか。それはこのところずっとわだかまりとして良二の中にある。早くWEBデザイナーにならなきゃと焦り続ける。
「すごいね。川島くん。ちゃんと先生してたもんなぁ。私なんてわからないことばっかりでさ。ここのところ商店街のみんなに働かせてもらってるんだけど、パソコンがわからないって口を揃えて言うもんだからね。ちゃんと役に立ちたいなって。川島くんはもうみんなのために仕事してるんだもんね。えらいなぁ」
楽しそうにしゃべりつづける琥珀に対して良二はどんどん気分が沈んでいく。
流れでそうなっただけ。そんなつもりでやっていない。
「えらいってなんだよ。子どもあつかいか」
だから必死になって。沈んだその気分を無理やり浮上させるように悪態をつく。
「あはは。ごめんごめん。子どもとずっと接しているから、ついクセでね」
「えっ。保育士とかやってるってこと?」
「あっ。違う違う。自分の子どもよ」
えっ。
「でも立花って」
「いろいろあったんだ。それで結婚もしてないの」
言いづらそうにする琥珀に良二はショックを隠しきれなかった。自分に必死に言い聞かせる。それは分かっていたことじゃないか。
思い出されるのは二ヶ月前。
『ママッ』
そう叫ぶ男の子の視線の先。倒れていた女の人。それは立花琥珀他ならない。
「ああ。そうだったな。小さな男の子がいたんだった」
「あれ? 優太に会ったことあるの?」
「ああ。スケートリンクで。立花さんとぶつかったときに泣いて子どもがそうだろ」
「えっ。あのときの相手って川島くんだったの?」
ああ。そうだとも。初心者の良二にぶつかって。忘れかけていた感情を呼び起こして。勝手に気を失って。お陰で良二はスケートリンクに近寄らないようになった。
「あ、ああ」
「じゃあ、リンクの外へ連れ出してくれたのも川島くん?」
「あいや。それは違う。僕も転んで動けなかったから」
たとえ転んでなかったとしても良二のスケート実力じゃそんなの無理だ。
「あ。ごめんなさい。あれはよそ見してた私がいけないの。怪我はなかった?」
「あ。うん。大丈夫だったよ。立花さんのほうが大変そうだったけど?」
気を失ったんだ。よほど頭を強く打ったか、疲れが溜まっていたかのどちらかだ。
「私も大丈夫だったよ。ありがとね川島くん」
「なんでお礼なんて。俺は」
「相変わらずひねくれてるねぇ。素直に受け取りな。私はきっと川島くんにぶつかったから今もこうしてここにいられるの」
ますます頭は混乱していく。それと同時に懐かしさが溢れる。
ひねくれてるね。彼女はそうやって良二のことをよく形容した。
受講生が一斉に頭を下げる。一斉と言ったってたったふたりだ。琥珀ともうひとり。何度か足を運んでもらえているが中々上達しないおばあちゃん。
パソコン教室とっても内容は自由だ。受講者の到達地点や目標地点が異なりすぎるというのが主な理由だ。パソコンを使って何をやりたいかが人によって違い過ぎる。
おばあちゃんは年賀状を送るのにパソコンを使えるようにしたいということだった。これが前途多難な道だ。今日はようやっと年賀状作成ソフトの立ち上げに成功した。まあ、それで時間いっぱいを使っているのだから先は長い。今年中になんとかなるだろうか。割と不安だったりする。
それよりも、問題は琥珀だ。
パソコンの電源の付け方もわからなければダブルクリックやドラッグも伝わらなかった。とても同世代だと思えないパソコン音痴っぷりだ。おかげでおばあちゃんに教えるよりもずっと多くの時間を琥珀に使った。
おばあちゃんは気にしなくていいのよと言ってくれたけれど申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「ごめんね。川島くん。迷惑かけて」
おばあちゃんを見送ると琥珀が気が付けば隣りにいて謝っている。
「い、いや。これが仕事だから」
本当にこれが仕事だと。自信を持って言えるのか。それはこのところずっとわだかまりとして良二の中にある。早くWEBデザイナーにならなきゃと焦り続ける。
「すごいね。川島くん。ちゃんと先生してたもんなぁ。私なんてわからないことばっかりでさ。ここのところ商店街のみんなに働かせてもらってるんだけど、パソコンがわからないって口を揃えて言うもんだからね。ちゃんと役に立ちたいなって。川島くんはもうみんなのために仕事してるんだもんね。えらいなぁ」
楽しそうにしゃべりつづける琥珀に対して良二はどんどん気分が沈んでいく。
流れでそうなっただけ。そんなつもりでやっていない。
「えらいってなんだよ。子どもあつかいか」
だから必死になって。沈んだその気分を無理やり浮上させるように悪態をつく。
「あはは。ごめんごめん。子どもとずっと接しているから、ついクセでね」
「えっ。保育士とかやってるってこと?」
「あっ。違う違う。自分の子どもよ」
えっ。
「でも立花って」
「いろいろあったんだ。それで結婚もしてないの」
言いづらそうにする琥珀に良二はショックを隠しきれなかった。自分に必死に言い聞かせる。それは分かっていたことじゃないか。
思い出されるのは二ヶ月前。
『ママッ』
そう叫ぶ男の子の視線の先。倒れていた女の人。それは立花琥珀他ならない。
「ああ。そうだったな。小さな男の子がいたんだった」
「あれ? 優太に会ったことあるの?」
「ああ。スケートリンクで。立花さんとぶつかったときに泣いて子どもがそうだろ」
「えっ。あのときの相手って川島くんだったの?」
ああ。そうだとも。初心者の良二にぶつかって。忘れかけていた感情を呼び起こして。勝手に気を失って。お陰で良二はスケートリンクに近寄らないようになった。
「あ、ああ」
「じゃあ、リンクの外へ連れ出してくれたのも川島くん?」
「あいや。それは違う。僕も転んで動けなかったから」
たとえ転んでなかったとしても良二のスケート実力じゃそんなの無理だ。
「あ。ごめんなさい。あれはよそ見してた私がいけないの。怪我はなかった?」
「あ。うん。大丈夫だったよ。立花さんのほうが大変そうだったけど?」
気を失ったんだ。よほど頭を強く打ったか、疲れが溜まっていたかのどちらかだ。
「私も大丈夫だったよ。ありがとね川島くん」
「なんでお礼なんて。俺は」
「相変わらずひねくれてるねぇ。素直に受け取りな。私はきっと川島くんにぶつかったから今もこうしてここにいられるの」
ますます頭は混乱していく。それと同時に懐かしさが溢れる。
ひねくれてるね。彼女はそうやって良二のことをよく形容した。