残酷な描写あり
第五幕 14 『試練〜勇気と知恵』
「「「……」」」
絶句。
扉をくぐった先、今目の前にある光景に誰もが言葉を発せないでいる。
「うわ〜、すごい穴だねえ〜」
いや、ミーティアだけは通常運転だった。
彼女の言う通り、目の前には穴。
そうとしか言えない光景だ。
扉の先には広大な空間が広がっていた。
そして、私達が今立っているところ以外に床がない。
まさしく大穴だ。
そして、その大穴の底は全く見通すことが出来ず、一体どれほどの深さがあるのか想像もつかないほどだ。
「…え?…これをどうしろと?」
「勇気を試す…確か『勇気を持って一歩を踏み出すべし』、だったか?…まさかここに飛び込め…と言う事か?」
「う〜ん、どうかなぁ…でも、精神世界って事だからそれも有りなのかな…?」
カイトと二人で悩んでいると、ちょいちょい、とレティがまた内緒話するように耳打ちしてきた。
(ねぇカティア、これってアレじゃない?)
(アレ?)
(勇気を試す。一見床がないように見える部屋。一歩を踏み出すべし。ピンと来ない?)
(…あぁ、なるほど。そういう事…?)
(私って転生前はそれ程ゲームをやってた訳じゃないんだけど、それでも有名どころのRPGくらいはやってたんだ)
レティの言わんとしてることは私にも分かった。
確かに某有名RPGにそんなイベントがあったね。
つまり、見えない床があるんじゃないかと。
穴に飛び込むよりは、そっちのほうが断然良いのだけど…
「とにかく、ちょっと試してみるよ」
私はそう言って足場の縁ギリギリに立ち、剣で探ってみると…
こつっ、と手応えを感じるところがあった!
「レティ、当たりだね。見えない床があるよ」
「やっぱり!どうよ、私がついてきて正解でしょ?」
「お姉ちゃんすご〜い!」
「でしょでしょ!」
「本当に…よく分かったな」
「へへ〜!」
「はいはい、調子に乗らないの…でもこれ、結構幅が狭い感じだよ。一人歩くのがやっとだね」
「…確かに、勇気の試練だな。あと根気もいりそうだ」
「……そっか、ここを行かないといけないのか…うう、バランスを崩したら真っ逆さまだよぅ…」
「レティ、大丈夫?何だか顔色が悪いよ?」
先程の得意満面な態度とはうってかわって、ここを進まないといけないと思った途端に怖気づいたようだ。
「だ、大丈夫だよ!私だって運動神経が悪いわけじゃないから!…多分」
…ちょっと不安だけど、ここでこうしていても仕方がない。
床を探りながら慎重に行けば問題ないはずだ。
「ミーティア、私が歩いたところを歩くんだよ」
「うん、分かった!」
…この子はぜんぜん物怖じしてないね。
ガクブルしてるレティより頼もしいよ。
「じゃあ、慎重に行きましょうか」
「ゆ、ゆっくりね!」
はいはい…
「こ、怖かったよ〜…」
「まあ、私もちょっと肝が冷えたよ」
「確かに勇気が試されたな」
「お空を歩いてるみたいで楽しかった!」
何とか全員対岸に渡りきり、胸を撫でおろしてるところだ。
レティはホッとして地面にへたりこんでいる。
そして約一名、感想がズレてる子がいるね…
幸いにも見えない道は真っ直ぐ続いていて、比較的スムーズに渡り切ることができた。
途中でいきなり道が曲がったりしないかと、神経をすり減らしながらではあったが。
ともかく、これで試練の一つはクリアだ。
「さあ、次に行こう!ほら、レティしっかり!」
「うう…カティアって結構スパルタ…」
へたりこんだレティを叱咤して、私達は更に先に進んで行く。
第一の試練をクリアして進んだその先には、またしても扉が。
「また何か書いてあるね。なになに…『見事勇気を示した者たちよ。第二の試練は汝らの知恵を試すものなり。目に映るものだけが真実にあらず。目に見えぬ真実を看破せしとき、道は開けるだろう』…だって」
「目に見えぬ真実…。きっとこれもヒントになってるんだよね。神代語が読めないと自力で考えないといけなかったのかぁ…」
そうだね、改めてオキュパロス様には感謝しないと。
「とにかく、進まなければ始まらないよ!レッツゴー!」
と、第一の試練のときと同じように、レティは思い切って扉を開けた。
「…なるほど。そう来たか…」
「これはまた…厄介な」
扉を入ると、かなり広い扇形の部屋になっていた。
私達が入ってきた扉のところが扇の要にあたる。
そして円弧を描く部屋の壁面にはずら〜っと無数の扉が。
これ一体いくつあるんだろ?
100くらいはありそうだ。
「この扉のうちのどれかが正解ってことかな?」
「…いえ、さっきのヒント…『目に映るものだけが真実にあらず』という言葉からすると、この扉はダミーなんじゃないかな?」
「ああ、俺もそう思う」
「でも、そうすると『目に見えない真実』っていうのは何?隠し扉でもあるのかな?」
「そうかもしれないね。仮に隠し扉があるとして…この試練は『知恵』なんだから、考えれば分かる類のものだと思うのだけど…」
「この扉もただのダミーではなく、何らかのヒントになってるのでは?」
「そうだね…ただのダミーって言うのも考えにくいか…」
「ねえママ、あのとびらなんかかいてあるよ?」
それまで黙って部屋の様子を観察していたミーティアが何かに気付いたらしく、私に教えてくれた。
「扉に…?あ、本当だ!…数字が書いてあるね」
ミーティアの言うとおり、パッと見では気付かないくらいだが小さく数字が書いてあった。
どうやら、向かって左の扉から順番に数字が振られているみたいだ。
「一番左が『1』で、最後は…『97』?随分半端だね…」
確かに。
そこは100とかでも良さそうなものだが…
何か意味があるのか?
数字に意味があるとすれば…
ん?
97…?
何かその数字に引っかかりを覚える。
一体どこで…?
97…97…
あ?
そうだ、その数字は確か…
「…素数だね」
「え?…あ!?ホントだ!」
あぁ…それをすぐに理解できるってことはレティも理系なんだ。
「素数?」
「え〜と…1とその数自身でしか割れない数の事だよ」
「…確かに97はそのような数字だな。すると…その素数に該当する扉を開けてみるのか?」
「分からないけど、試してみる価値はあるかも」
「…間違ってたら失敗で戻される?」
「そうかもしれないけど。でも扉の数が97であることの理由が他に思い当たらないし、やってみるしかないよ。多分、『目に見えない真実』って言うのは、素数の規則性の無さを暗喩してる…とか?」
「ちょっと無理がある気もするけど…まあ、やってみますか。じゃあ最初は…1は素数だっけ?」
「ううん、1は違うよ。2、3、5、7の順だね」
そうして、素数に該当する番号の扉を開けていく。
扉を開けてもそこには壁があるだけで何もなかった。
「…11、13、17、19、23、その次は…29か」
「…31、37、41、43、47、53」
「…59、61、67、71、73、79」
「…83、87…は3で割れるね、89…次で最後かな?97!」
素数に該当する全ての扉を開け終わった。
さあ、これでどうだ!?
すると、開けた扉がら光が溢れ出した!
「ビンゴ!?」
「まだ分からない!」
溢れた光は部屋いっぱいに広がって視界を白く染め上げる。
「なにも見えないよ〜!」
しばらくすると光は徐々に収まり…視界がもとに戻ったとき、私達の目の前にはただ一つだけ扉が残されていた。
「…やったっぽいね?」
「…うん、行ってみよう!」
その最後に残った扉を開けると…期待通りに通路が続いていた。
「よしっ!やったね!」
「ママ!すごいの!」
「カティアは本当に博識だな…どこでそんな知識を身に着けたんだ?」
「え?え〜と…私、結構図書館で本読んだりするから、それで…」
「なるほど…勉強家なんだな」
素数を知ってるのは前世の知識からなんだけど、私が図書館で本を読んでたというのは本当の事だ。
「それにしても…素数の知識なんて分かる人は限られるでしょーに、この試練って普通は突破できないんじゃない?それに、知恵と言うよりは知識だよねぇ…」
と、レティが疑問を呈する。
「それはほら、ロアナ様が試練を受ける人によって内容が変わるって言ってたじゃない。多分、私やレティに合わせて設定されたんだろうね」
「あ…そういえばそうだったね…」
「それに、知識が前提でも、それをもとに仕掛けを解くのは知恵ってことなんでしょ」
「それもそうだね。知識があっても応用が効かなければ、ってことか」
「…まぁ、素数の知識が役に立ったのは初めてなんだけど。普通の生活の中では使いどころなんて無いよねぇ…」
前世では情報工学とかで応用されてたみたいだけど。
ともかく、これで試練は二つ突破できた。
さあ、この調子で残りもサクサク行くよ!