残酷な描写あり
第四幕 17 『夜明け』
「…やったか?」
だからっ!?
父さんはフラグを立てるのをやめなさいっ!
…
……
………大丈夫みたいだね。
「よしっ!成敗!」
「…情報を聞き出したかったところではありますが、逃げられるよりはマシですわね」
「あの状況じゃ無理ですよ」
「ええ、分かってます。ですが、今回の件は組織的犯行のようでしたので…」
「ああ…邪神の教団だったか?」
「そうです。悲嘆に暮れるマクガレンを巧みに唆した黒幕。一体どのようにしたのか皆目見当もつきませんが、異界の魂を意図的に人に憑かせるなど…とても真っ当な宗教とは思えません」
「何がしたいんスかね?」
「力は魔王に及ばない、とか言っていたな。ということは、最終的には魔王クラスを生み出したいのではないか?…『黒き神』との共通点もあるし、グラナ絡みが濃厚だと思うが」
「そうかも知れねぇがな。俺たちは所詮唯の庶民だ。そう言う事は上の者が考える事だな。ルシェーラ嬢ちゃんがまた報告飛ばすんだろ?」
「はい、おじさま。それはもちろんです。若輩とはいえ、私もその『上の者』の娘ですから」
「…だけど、ここまで来るともはや無関係とも言えないし、お嬢様に丸投げというのも気が引けるよ」
特に私はねぇ…?
「…ああ、そうでしたわ」
と言って、お嬢様は…
…って!?
何で私の前で跪いてるんです!?
ああ!?
ヨルバルトさんも!?
「ちょ!?何してるんですか、お嬢様!?ヨルバルトさんも!!」
「先ほどの印…あれは紛れもなくこの国の王家に伝わるディザール様のもの。それはつまり、カティア様は紛れもなくイスパル王家の血筋であることに他なりません。知らぬ事とはいえ、これまでの無礼の数々…平にご容赦下さいませ」
そうだった。
無我夢中で訳もわからず発動したが、リル姉さんのものとは異なる印を発動したのだった。
私も見覚えがある。
夢の中で、イスパル王国の王女リディアが発動していたものと同じ…ディザール様の印だった。
だけど…
「や、止めてください!…た、確かに、何か…発動しちゃいましたけど…それだけで王家の血筋だなんて!イスパル王国だって歴史が長いのですから、どこかで王家の血が市井に混じった事だってあるんじゃないですか?」
「確かに、そういう事もあるかもしれません。しかし、その長い歴史の中で王族以外のものが印を宿した事はない…と言うのも事実です」
「…だが、一人の人間が二つの印を発動させる…なんて話も聞いたことがないぞ?」
「それもそうですわね。…まあ、カティアさんも嫌がってますし、そろそろ事態を収拾させないとですし…その話はまた後にしましょうか」
そのお嬢様の言葉で、この件は一旦保留となった。
うう…でも、また面倒な話になりそうだな…
「叔父上!」
「…ヨルバルトか。心配をかけたな」
「いえ、ご無事で何よりです。…ケイトリン、ありがとう」
どうやら目が覚めたケイトリンさんが、先代領主様達の安全を確保してくれたらしい。
ケイトリンさんの背中で幼い子供が寝息を立てているが、この子が傀儡に仕立て上げられた現領主様なんだろう。
それにしても、なぜマクガレンさんはこの二人を生かしていたのだろうか?
多分だけど…異界の魂に囚われて、なお残っていた本人の魂が…その意志が踏みとどまらせたんだ。
…きっと、そうだったに違いない。
深い悲しみに付け込まれた…それは裏返せば、それ程の愛情の持ち主という事なのだから。
先代領主様は長い監禁生活であったにもかかわらず、比較的しっかりとした足取りで元気なご様子。
ヨルバルトさんと何事か言葉を交わしている。
取り急ぎ事態の収拾を図るべく相談してるみたい。
「さて、邸内も街も混乱してるであろうから収拾せねばなるまい。だれか、[拡声]を使えるものはおらんかね?」
「それには及びませんよ、マクガイア様」
先代領主様が行動に出ようとしたその時、新たにやってきた人物から待ったがかかった。
声がした方向に皆が注目する。
現れたのは、如何にも貴族然とした男性。
金色の長髪を後ろで束ね、瞳は碧色。
穏やかな笑みを浮かべた優男といった風だが眼光は鋭い。
一見華奢に見えるがその実鍛え上げられた身体、その服装、腰に下げた剣から、騎士のように見える。
「あなた様は……!」
「え!?リュ、リュシアン様!?どうしてここに!?」
え?
リュシアンって確か…
「やあ、ルシェーラ。その髪も素敵だね。相変わらず勇敢なようで何よりだ。でも、婚約者としては、もう少し心配かけないでくれると助かるかな?」
「ごめんなさい…ですが、どうしても見過ごすことなど出来ませんでしたわ」
「ああ、いや、すまない。責めてるわけじゃないんだ。その真っ直ぐなところが君の美点の一つなのだからね」
やっぱり。
お嬢様の婚約者だ。
どうしてここに?
「なに遅れてきたくせにスカしたこと言ってんですか。遅いんですよ、もう」
ケ、ケイトリンさん!?
仮にも公爵家の嫡男に対する言葉としては乱暴な物言いに、当人以外の全員が目を剥いて驚きを表す。
「いや、すまないね、ケイトリン。これでも最大限急いで来たんだよ」
「間に合わなければ意味がないですよ。まったく、愛しの婚約者様だって危なかったのに。愛想を尽かされても知りませんよ?その点、カティアさんのカレシは正に乙女のピンチ!というところで颯爽と現れて…羨ましいったらありゃしない」
「え?見てたんですか?」
あの時、お嬢様もケイトリンさんも意識がなかったはずだけど…
「ああ、声は出せなかったけど、うっすらと意識はあったんだよ。多分、個人ごとに耐性が違ったんだろうねぇ…それにしても、『え~ん、怖かったよ!』なんて抱きついちゃって…可愛いかったわ」
「やだ、恥ずかしい…じゃなくて!…あなたは一体何者なんです?」
「ふふふ…良くぞ聞いてくれました!…ある時は可愛らしい町娘、ある時は美貌の女レジスタンス…しかし!それは世を忍ぶ仮の姿!その正体は…!」
「私の部下の騎士です。イスパル王国騎士団所属のね」
「だああぁ~~っ!?何で私の名乗りを邪魔するんですか!?いま一番いいところですよ!?」
…あれ?
こんな愉快な人だっけ?
「…随分と仲がよろしいのですわね?」
あ、お嬢様がジト目でリュシアン様を睨んでる。
嫉妬してるのだろうか?
確かに気安い関係に見えるけど、アレはそういうのじゃ無いと思うけどなぁ…?
「ルシェーラ…まさか、コレとの関係を疑ってるのかい?…甚だ不本意なことだよ」
めっちゃ凹んでる。
本気で嫌みたいだよ。
「コレとはなんですか。私こそこんな人使いの荒い上司は願い下げですよ。それより、お給金上げてください。あと、休暇も!私、貴方と違って頑張ったんですから!」
「ほう。そう言うからには、随分活躍したのでしょうね?」
「そ、それはもちろん!」
「ふむ…先程、意識がどうとか言ってましたが…」
「ぎくっ!?い、いや~、今回は遠慮しておきますわ、おほほほ…」
…なんだろう?
この残念臭は…
凄腕の女レジスタンスのイメージが、ガラガラと音を立てて崩れ去って行くよ…
「まあ、馬鹿話はこれくらいにして…マクガイア様、街や邸内は問題ありません。騎士団の方で収拾しましたので。多少怪我人はいるようですが、死者が出る事態にはなってませんのでご安心を」
よかった。
衛兵の人達だって多くは好きで従ってた訳じゃ無いのだから。
「リュシアン様…レジスタンスの処遇はどのように…?」
「ああ、安心してください。事件解決の功労者たちを無碍に扱うことなんてしてませんよ」
「…ありがとうございます」
「あ~、じゃあうちの連中も問題ねぇかな?」
「ダードレイ一座の皆さんですね。……まあ、問題無いですよ」
「…今の間は?」
「いや…我々が来たときちょうど衛兵とやりあっていたのですがね…『喧嘩上等!官権が怖くて劇団できるか!ヒャッハー!』などと言って三つ巴の戦いに発展しまして…何とかその場は収めることができましたが」
「…ティダをこっちに回したのはマズかったか」
「ウチの馬鹿どもがご迷惑をおかけして申し訳ありません…」
取り敢えず頭を下げて謝っておく。
て言うか、騎士団に喧嘩売るとか馬鹿なの!?
「ああ!いえ、頭をお上げくださいカティア様!」
「…もしかして、リュシアン様も見てらしたのですか?」
「ええ、遠目でしたがあの鮮烈なる青い光を見紛うはずもありません。あれこそ正にディザール様の御業。ならば、あなた様がイスパル王家に連なる方なのは明白です」
「…何かの間違いだと思いますけど」
「リュシアン様、カティアさんは市井で過ごされた方ですから、そのような扱いは慣れていらっしゃらないのです。普通に接して頂いたほうがカティアさんも安心すると思いますわ」
と、お嬢様がフォローしてくれる。
そうそう、いきなりそんなこと言われてもね。
私はダードレイ一座の歌姫、カティアなんだから。
「そうですか…分かりました。何れにせよレジスタンスのメンバーも一座の皆さんもご無事なので安心してください」
「はい、ありがとうございます」
「さて、事後処理は色々あるかと思いますが、皆さんお疲れでしょうし、詳しい話は休んでからにしましょうか。…マクガイア様、急で申し訳ないのですが、何名か邸に宿泊させてもらってもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。この騒ぎで使用人たちも起きてるでしょうし、急ぎ支度させますのでお待ちください」
「すみませんがお願いします」
こうして長い夜は終わり、いつの間にか朝を迎えようとしていた。
地平の彼方に昇り始めた太陽が邸を赤く染め上げる。
空は雲一つ無く澄み渡っていた。
それはまるで、闇に閉ざされていたリッフェル領の夜明けを象徴するかのようであった。
ーー ???? ーー
「…何とか転移が間に合ったか。まさかもう一つ印を持っているとはな…あの娘はいったい何なのだ?」
どうやら光の奔流に飲み込まれる直前、転移で難を逃れたらしい。
「それに、エメリールの印を持つ小娘がもう一人。…一人が二つの印を持つことも、同じ時代に同じ印を持つ者が現れることも、長い歴史の中では無かったこと。…面白い。今後は、あの者たちも暫く観察しておくか」
カティア達は知る由もないが、かつて軍団との戦いの様子を眺めていた者と同じ人物に見える。
もっとも…フードを目深に被っているため、本当に同一人物かどうかは分からないが。
何れにせよ『実験』と称していたことから、軍団の事件もマクガレンの事件も、繋がりがあることが窺える。
だが、現時点でこれらの事件を結びつけて考える者は誰もいなかった。
彼ら、歴史の裏で暗躍する者たちを除いて…