残酷な描写あり
第四幕 15 『流星』
「カイト!!」
あ…身体が動く!
「カティア!大丈夫か!?」
「う、うわ~んっ!!怖かったよ~!!」
かつて無い危機的状況から助かった安堵感で感情が爆発して、思わずカイトの胸に飛び込んで抱きつく。
カイトは私の背中に手を回して、一度ぎゅっと抱きしめてくれる。
だが、すぐさま引き離して私の意識を現実に戻す。
「カティア、すまないがまだ終わっていない。今はミーティアが抑えていてくれている。加勢しないと」
「へ?ミーティア?」
「窓から飛び出して行った。追いかけるぞ!」
確かに、部屋の窓が破れている。
たしかこちら側は中庭に面していたはずだ。
近づいて外を見てみると…
中庭には確かに、不思議な色の光を纏ったミーティアがいた。
なんであの子がここにいるの?
いや、そもそもカイト達はどうやってここまで来たの?
突然現れたように感じたけど…
って!?
ミーティア、何だか大きくなってない!?
「ママを虐めるやつは許さない!!」
彼女がそう言うと、纏った光の輝きは更に強さを増して…翼を象ったような印が現れる!
「印!?」
見間違うはずもない、あれはリル姉さんの印だ。
印発動と共に、その輝きは極限まで強くなり、そこから無数の光の弾が撃ち出される!
彼女の名、流星の如き光の弾丸が雨霰と降り注ぐ先には…漆黒の闇を身体に纏い正体を現したマクガレンがいた。
『うおぉーー!!何だ!?この光は!!小娘!お前は何なのだ!?』
光の弾丸がマクガレンの纏う闇を尽く削り取っていく。
だが、ヤツの身体からはまるで際限が無いように闇が吹き出して、削り取った部分を即座に埋め合わせてしまう。
光と闇の攻防は、一方的に見えつつもその均衡は未だ崩れていない。
いや、それどころか徐々に闇の勢力が増大してきているようにすら見える。
それは気のせいなんかではなく、明らかに闇が光を押し戻し始め、ついにマクガレンとミーティアの丁度真ん中あたりで拮抗するようになった。
やはり人間ベースだと地力が圧倒的ということか…!?
私が以前対峙したオーガもどきなどとは一線を画すほどの力を持っているようだ。
『我が妻との逢瀬の時間を邪魔した償いはしてもらうぞ!!』
そう言った途端、闇の威力が増大して均衡を崩し始める。
「カティア!お前も印を発動して加勢するんだ!!」
はっ!?
そうだ!
黙って見てる場合じゃない!
このままじゃミーティアが危ない!
我に返った私は、カイトとともに窓から飛び降りて中庭に着地する。
そして、私も印を発動するべく意識を集中させる。
だが、今回の相手はただの迷い子などではない。
人に取り憑くことで明確な自我を持つに至った難敵だ。
ここは子守歌よりも相応しい歌…東方に伝わる『禍祓の神祇歌』で発動させる!
天神地祇に我が歌を捧げ希い奉る
地に禍つことあり
我が歌は地に響き十重に二十重に織り重ならん
禍事は尽きざる定めなれど
此度は尽く祓い給え清め給え
神ながら守り給え幸え給えと申し奉る
天清浄
地清浄
内外清浄
六根清浄と祓給う
すると、私の身体から金にも銀にも見える不思議な色合いの光が溢れ出し、私の目の前に一対の翼を象ったような光り輝く印が現れた。
ミーティアと同じリル姉さんの印だ。
前回、子守歌によって発動した時はどこか包み込むような優しさを感じる光だったが、今回は私の意を汲んで魔を打払い滅するのに相応しい激しい輝きを持っている。
そして、今回はただ光を垂れ流しにするだけでなくその流れをコントロールするように心がける。
私が放った光の奔流はマクガレンを捉えると、ドーム状の結界のようになった。
これならどうだ!
二人分の印の力を浴びるんだ、唯では済まないはず!
こちら側に押されつつあった禍々しい闇を押し返し、ついに光の結界の中に閉じこめる。
そして拮抗を破ったミーティアが放つ無数の光の弾丸が再び流星群となってマクガレンに襲いかかる!
『ぐあああぁーーーーっっ!!!』
これには堪らずマクガレンも苦悶の悲鳴をあげる。
しかし、まだ倒し切るには至らない…!
やはり肉体を持ってる以上はそれも滅ぼさないと完全に消滅させる事ができないが、印の光は物理的な攻撃力が皆無だ。
「我が血の中に眠る古の力よ、今こそ目覚めて顕現せよ…!」
カイトの言葉に呼応して、彼の身体を淡い燐光が包み…額に鳥が羽ばたくような印が浮かび上がった!
え!?
まさか、あれも印!?
そして凄まじいスピードでマクガレンに向かって駆け出し、剣を一閃させる!
ザシュッ!!
『ぐあああーー!!おのれっ!おのれーーっ!!』
大きく袈裟に切り裂かれた身体からぶわっと闇が溢れ出るが、まだ倒すことができない…!
私も、多分ミーティアも、もう限界が近い…
早く仕留めないと!
「ルシェーラ!!お前の神聖槍戦斧なら有効打を与えられるはずだ!!」
カイトは再び攻撃を加えながらどこかに向かって叫ぶ。
すると…!
「はあーーーっっ!!!」
ぶおんっ!ドシュッッ!!
カイトの叫びに応えるようにお嬢様が三階の窓から飛び降りながら槍戦斧を頭上から叩き込んだ!
頭の天辺から地面に向かって一直線に叩き込まれた槍戦斧はマクガレンを唐竹割にする。
ついにこれが止めになったのか、左右に分かたれた肉体はボロボロと崩れ落ちていく。
そして身体から吹き出した闇と共に私の結界とミーティアの流星に飲み込まれ、溶けて消えていくのだった。
「お嬢様!」
「何がなんだか…ですが、あれで良かったんですのよね?」
「ああ、上出来だ。助かったぞ」
「美味しいところを持ってきましたね」
「…いつの間にやら眠ってしまった上に、最後まで目覚めなかっただなんて。醜態ですわ…」
「そんな事ないですよ。私だってカイトとミーティアが助けに来てくれなかったら今頃…」
手篭めにされてたね…
本当にギリギリだったよ。
「そうだ!ミーティアは!?」
さっきまでいた場所を見てみると…
倒れている!?
急いで駆け寄って抱き起こす。
すると…
「す~、す~…むにゃ…」
「ほっ、疲れて眠ってるだけみたい…よかった…」
「ミーティアちゃん…?何だか大きくなってません?」
「そうなんですよ…助けに来てくれたときには既にこの状態で…あ、ちゃんと服も調整されてる。…そういえばカイト、どうして助けにこれたの?」
こちらから連絡を取ろうとしても取れなかったのだ。
私に(貞操の)危機が迫ってる事なんて、カイト達には分からなかったはずだ。
「ああ…それは…」
「カティア!無事か!?」
と、カイトが説明しようとしたタイミングで、父さんたちやヨルバルトさんたちレジスタンスの面々がやって来た。
そして、今ようやく気が付いたのだが…邸中の至るところで騒ぎが起こっているようで、争うような激しい声が頻繁に聞こえてくる。
所々で火の手も上がっているみたい。
これらは陽動部隊が仕掛けているのだろう。
その甲斐もあってか、未だここまでやってくる衛兵はいない。
あとはマクガレンを打倒したことを伝えれば、多分この場はおさまるだろう。