残酷な描写あり
幕間3 『王都にて』
ブレーゼン侯爵が領都ブレゼンタムを出立してはや数週間。
侯爵が乗った馬車はようやく王都アクサレナ近郊の衛星都市の一つに到達していた。
夕刻には王都の別邸に到着できるだろう。
「閣下。お嬢様からのお手紙が届きました」
御者台に通じる窓をノックされ手紙を渡される。
「あん?早鳥か?大抵の政務はリファーナとルシェーラに代行許可を出してるんだが…あ~、もしかして遺跡の方で何かあったのか?」
と、独り言ちながら手紙の封を切る。
小さな文字は、揺れる馬車の中で読むには老眼が始まりつつある目に辛いところだが、何とか読み進めていく。
その表情がだんだんと呆れのそれになっていく。
「…まあ、次から次へと忙しいこった。って、他人事じゃねぇな。全く、まだ王都に着いてもいねぇってのに報告のネタばかり増えてくな」
手紙の内容はこうだった。
先ず、予てより調査中のあの遺跡はやはり神代のものとの事。
既に貴重な資料も発見され、かなり価値の高いものだと言う。
一時ダンジョン化したが、考古学的価値を鑑みこれを解除。
「まあ、妥当な判断だな」
お飾りの令嬢ではなく、ちゃんと自分で考えて判断が出来る事に嬉しく思う。
そして、遺跡最奥部にてカティアの印に反応して隠し部屋が発見され、そこで謎の幼女を保護したと言う。
遺跡内で発見した資料によれば、彼女こそが『神の依代』では無いかと目されていた。
そして、カティアがエメリール様に確認したところによれば、その正体は古代の魔道士が生み出した人造人間だと言う。
今はカティアが保護しているということだ。
「って言うかエメリール様とも直接話ができるとか、嬢ちゃんどんだけなんだよ」
真面目な報告はそこまで。
しかし、それと同じくらいの分量で書かれた続きには…
カイトとカティアの進展具合?が事細かに報告されていた。
曰く、野営の夜にいい雰囲気だった。
曰く、しかし二人とも奥手で非常にもどかしい。
曰く、保護した幼女からは父母として非常に慕われており、まるで本当の親子のようだが、それが逆に二人の仲が進展しない要因にならないか心配。
「…はあ、俺にこれを報告してどうしろってんだ。…しかし、カイトよ。いよいよ覚悟を決めるつもりか…?それならそれで俺も協力は惜しまんつもりだがな」
王都到着まであと数刻。
真面目な好青年の行く末に思いを馳せながら、馬車の揺れに身を任せしばしの休息を取ることにした。
「おかえりなさいませ旦那様。長旅でお疲れでしょう。湯も食事も準備できておりますのでお申し付け下さい」
「ああ、社交シーズンでもねぇのにすまねぇな。取り敢えずメシでも食いながら今後の予定を確認させてくれ」
「畏まりました」
「取り敢えず、陛下との謁見予定は?」
「はい。到着次第すぐにでも、とのご指示でしたので、明日一番を押さえております」
「ああ、助かる。それから、資料はいろいろ送っといたが、会議用の纏めはどうなってる?」
「すべて滞りなく。あとは閣下の裁可が頂ければ」
「分かった。メシの後にすぐ確認する」
到着早々に次々と確認、指示を行うさまは、粗野な風貌や言動とは裏腹にやり手の政治家と言った風情だ。
到着後もゆっくりする暇もなく、結局就寝できたのは深夜になってからの事だった。
王都到着の翌日、侯爵は長旅の疲れもそのままに、その日一番の謁見に臨んでいた。
「ブレーゼン侯爵家ご当主、アーダッド=ファルクス=ブレーゼン侯爵様ご入場!」
謁見の間への入場の許可が降り、赤い絨毯が敷かれた謁見の間に入場する。
謁見の間の両側には何人かの文官や護衛の近衛騎士が控える。
玉座に座すのはイスパル王国の国王、ユリウス=イスパルその人である。
金髪碧眼の美丈夫で、壮年といった年代に思われるが生気に溢れる様子はそれよりも若々しい印象を与え、鍛え上げられた肉体は横に控える護衛騎士にも劣らぬほどである。
その隣には王妃のカーシャ=イスパルが柔和な笑みを浮かべて控えている。
夫である国王より少し若く、美しいと言うよりは可憐で可愛らしいと言ったほうが相応しい。
代々のイスパル王家直系の血筋は王妃が引いているため、本来であればユリウスは王婿にあたるはずであるが、彼女は一歩退いた立場を望み、彼女から全権を譲られたユリウスが国王となったのだ。
侯爵は玉座に座る国王の目前、決められた位置まで進み出て跪き口上を述べる。
流石にこの場においては口調も貴族のそれらしく、普段の彼を知るものから見たら「誰?」となるに違いない。
「面を上げて楽にせよ」
「はっ!」
「遠路遥々ご苦労だったな」
「勿体ないお言葉です」
「…ああ、すまんが、人払いを頼む」
国王のその言葉で、両側に控えていた者たちが退室していく。
ある程度予想していたのか幾分慣れた感じである。
そしてその場に残ったのは国王と王妃、侯爵の他は宰相やごく僅かな護衛の近衛騎士のみとなった。
「相変わらず、笑いをこらえるのが大変だったぞ」
人払いされたのを確認した国王は、さっきまでの威厳に満ちた話しぶりとは異なり砕けた口調で話しかける
「そりゃないでしょう。こちとら真面目にやってるてぇのに…それに、そりゃあお互い様ってもんですぜ」
侯爵も普段から比べれば幾分かは丁寧だが、王が態度を変えたのに合わせて口調を切り替える。
「ははっ、違いない。まあ、よく来てくれたな。手土産は厄介事だが」
「俺だって好きで来た訳じゃ無いんですがね。いっそ陛下に丸投げしても良いんですぜ?」
「あなた、そんな風に言うものじゃないわ。せっかくアーダッド様が重要な情報を報告して下さったのですから」
「ああ、もう、悪かったって。だが、厄介事には違いないだろ。報告には一通り目は通したがな。暗黒時代の再来なんてごめんだぞ」
「そうさせないためにも、国内のみならず諸国とも連携して警戒しなけりゃならんのですよ。グラナの動きも注視しとかにゃならねぇし」
「ああ、分かってるさ。詳細は会議で揉むとして、だ。俺がこの場で聞きたかったのは例の娘の事なんだが…」
そう切り出した王の言葉に、侯爵は思わずこの場に残っている面々を確認する。
「ああ、大丈夫だ。この場にいるのは側近中の側近。軽々しく情報を漏らすような奴らではない」
「…まあ、俺も嬢ちゃんと約束しちまったもんで…頼みますよ」
「分かってる。だが、正直なところ目の届く範囲にいてくれた方が…とも思うんだよな。ブレゼンタムは遠すぎる」
「…嬢ちゃんを何か利用しようってんで?」
「逆だ。何かのきっかけで情報が漏れるとも限らん。そうした時に良からぬ連中が良からぬ事を企んでも、近くにいなければフォローしたくともできないかもしれんだろう?」
「そりゃそうかも知れませんが…」
「何も無理やりって事じゃない。自然と王都に居てくれるような理由さえあればな」
と、そこまで黙って二人の話を聞いていた宰相が始めて会話に入ってくる。
今は人払もして、ある程度無礼講な感じだ。
いちいち発言の許可を取ってから、と言うこともない。
「侯爵殿、確かその娘は旅芸人一座の者という事でしたな」
「ああ。もはや旅芸人一座なんて規模じゃ無いけどな」
「ええ。更には非常に人気だとも聞いてます」
「そうだな。半年ほどウチに滞在してるが、客足が衰える気配はないな。それが?」
「陛下、確か王都の国立劇場の稼働率が低いのが以前より問題となったおりましたな」
「ああ、なるほど。そこを本拠地にしてもらえれば、という事か」
「はい。それほど人気の一座であれば、民からも歓迎されるでしょう」
「あら、素敵ですわね」
「あ~、確かにダードの奴もそろそろどこかに落ち着く事も考えてたみてぇだから、ちょうどいい話かもしれねぇ」
「『剛刃』のダードレイだったか。先の大戦の功績から叙爵の話もあったんだがな」
「そう言うのには全く興味が無い奴なんですよ。周りの連中も含めてね。まあ、俺も奴らのそういうところが気に入ってんですがね」
「そうか。一度会ってみたいものだ。…よし、では打診してみようではないか」
「はっ。そうすると、滞在先の確保なども必要でしょうな。そのほか、招致に必要な事項を整理して計画案を提出いたします」
「ああ、頼んだぞ。細かい話はそれができてからだな」
一座の話はそれで一旦終了し、残りの時間はブレーゼン領の近況報告などを行なって、その日の謁見は終了した。
侯爵の仕事の本番はこれから先に行われる会議や諸々の調整などであり、これからしばらくは王都に滞在することになる。
侯爵が乗った馬車はようやく王都アクサレナ近郊の衛星都市の一つに到達していた。
夕刻には王都の別邸に到着できるだろう。
「閣下。お嬢様からのお手紙が届きました」
御者台に通じる窓をノックされ手紙を渡される。
「あん?早鳥か?大抵の政務はリファーナとルシェーラに代行許可を出してるんだが…あ~、もしかして遺跡の方で何かあったのか?」
と、独り言ちながら手紙の封を切る。
小さな文字は、揺れる馬車の中で読むには老眼が始まりつつある目に辛いところだが、何とか読み進めていく。
その表情がだんだんと呆れのそれになっていく。
「…まあ、次から次へと忙しいこった。って、他人事じゃねぇな。全く、まだ王都に着いてもいねぇってのに報告のネタばかり増えてくな」
手紙の内容はこうだった。
先ず、予てより調査中のあの遺跡はやはり神代のものとの事。
既に貴重な資料も発見され、かなり価値の高いものだと言う。
一時ダンジョン化したが、考古学的価値を鑑みこれを解除。
「まあ、妥当な判断だな」
お飾りの令嬢ではなく、ちゃんと自分で考えて判断が出来る事に嬉しく思う。
そして、遺跡最奥部にてカティアの印に反応して隠し部屋が発見され、そこで謎の幼女を保護したと言う。
遺跡内で発見した資料によれば、彼女こそが『神の依代』では無いかと目されていた。
そして、カティアがエメリール様に確認したところによれば、その正体は古代の魔道士が生み出した人造人間だと言う。
今はカティアが保護しているということだ。
「って言うかエメリール様とも直接話ができるとか、嬢ちゃんどんだけなんだよ」
真面目な報告はそこまで。
しかし、それと同じくらいの分量で書かれた続きには…
カイトとカティアの進展具合?が事細かに報告されていた。
曰く、野営の夜にいい雰囲気だった。
曰く、しかし二人とも奥手で非常にもどかしい。
曰く、保護した幼女からは父母として非常に慕われており、まるで本当の親子のようだが、それが逆に二人の仲が進展しない要因にならないか心配。
「…はあ、俺にこれを報告してどうしろってんだ。…しかし、カイトよ。いよいよ覚悟を決めるつもりか…?それならそれで俺も協力は惜しまんつもりだがな」
王都到着まであと数刻。
真面目な好青年の行く末に思いを馳せながら、馬車の揺れに身を任せしばしの休息を取ることにした。
「おかえりなさいませ旦那様。長旅でお疲れでしょう。湯も食事も準備できておりますのでお申し付け下さい」
「ああ、社交シーズンでもねぇのにすまねぇな。取り敢えずメシでも食いながら今後の予定を確認させてくれ」
「畏まりました」
「取り敢えず、陛下との謁見予定は?」
「はい。到着次第すぐにでも、とのご指示でしたので、明日一番を押さえております」
「ああ、助かる。それから、資料はいろいろ送っといたが、会議用の纏めはどうなってる?」
「すべて滞りなく。あとは閣下の裁可が頂ければ」
「分かった。メシの後にすぐ確認する」
到着早々に次々と確認、指示を行うさまは、粗野な風貌や言動とは裏腹にやり手の政治家と言った風情だ。
到着後もゆっくりする暇もなく、結局就寝できたのは深夜になってからの事だった。
王都到着の翌日、侯爵は長旅の疲れもそのままに、その日一番の謁見に臨んでいた。
「ブレーゼン侯爵家ご当主、アーダッド=ファルクス=ブレーゼン侯爵様ご入場!」
謁見の間への入場の許可が降り、赤い絨毯が敷かれた謁見の間に入場する。
謁見の間の両側には何人かの文官や護衛の近衛騎士が控える。
玉座に座すのはイスパル王国の国王、ユリウス=イスパルその人である。
金髪碧眼の美丈夫で、壮年といった年代に思われるが生気に溢れる様子はそれよりも若々しい印象を与え、鍛え上げられた肉体は横に控える護衛騎士にも劣らぬほどである。
その隣には王妃のカーシャ=イスパルが柔和な笑みを浮かべて控えている。
夫である国王より少し若く、美しいと言うよりは可憐で可愛らしいと言ったほうが相応しい。
代々のイスパル王家直系の血筋は王妃が引いているため、本来であればユリウスは王婿にあたるはずであるが、彼女は一歩退いた立場を望み、彼女から全権を譲られたユリウスが国王となったのだ。
侯爵は玉座に座る国王の目前、決められた位置まで進み出て跪き口上を述べる。
流石にこの場においては口調も貴族のそれらしく、普段の彼を知るものから見たら「誰?」となるに違いない。
「面を上げて楽にせよ」
「はっ!」
「遠路遥々ご苦労だったな」
「勿体ないお言葉です」
「…ああ、すまんが、人払いを頼む」
国王のその言葉で、両側に控えていた者たちが退室していく。
ある程度予想していたのか幾分慣れた感じである。
そしてその場に残ったのは国王と王妃、侯爵の他は宰相やごく僅かな護衛の近衛騎士のみとなった。
「相変わらず、笑いをこらえるのが大変だったぞ」
人払いされたのを確認した国王は、さっきまでの威厳に満ちた話しぶりとは異なり砕けた口調で話しかける
「そりゃないでしょう。こちとら真面目にやってるてぇのに…それに、そりゃあお互い様ってもんですぜ」
侯爵も普段から比べれば幾分かは丁寧だが、王が態度を変えたのに合わせて口調を切り替える。
「ははっ、違いない。まあ、よく来てくれたな。手土産は厄介事だが」
「俺だって好きで来た訳じゃ無いんですがね。いっそ陛下に丸投げしても良いんですぜ?」
「あなた、そんな風に言うものじゃないわ。せっかくアーダッド様が重要な情報を報告して下さったのですから」
「ああ、もう、悪かったって。だが、厄介事には違いないだろ。報告には一通り目は通したがな。暗黒時代の再来なんてごめんだぞ」
「そうさせないためにも、国内のみならず諸国とも連携して警戒しなけりゃならんのですよ。グラナの動きも注視しとかにゃならねぇし」
「ああ、分かってるさ。詳細は会議で揉むとして、だ。俺がこの場で聞きたかったのは例の娘の事なんだが…」
そう切り出した王の言葉に、侯爵は思わずこの場に残っている面々を確認する。
「ああ、大丈夫だ。この場にいるのは側近中の側近。軽々しく情報を漏らすような奴らではない」
「…まあ、俺も嬢ちゃんと約束しちまったもんで…頼みますよ」
「分かってる。だが、正直なところ目の届く範囲にいてくれた方が…とも思うんだよな。ブレゼンタムは遠すぎる」
「…嬢ちゃんを何か利用しようってんで?」
「逆だ。何かのきっかけで情報が漏れるとも限らん。そうした時に良からぬ連中が良からぬ事を企んでも、近くにいなければフォローしたくともできないかもしれんだろう?」
「そりゃそうかも知れませんが…」
「何も無理やりって事じゃない。自然と王都に居てくれるような理由さえあればな」
と、そこまで黙って二人の話を聞いていた宰相が始めて会話に入ってくる。
今は人払もして、ある程度無礼講な感じだ。
いちいち発言の許可を取ってから、と言うこともない。
「侯爵殿、確かその娘は旅芸人一座の者という事でしたな」
「ああ。もはや旅芸人一座なんて規模じゃ無いけどな」
「ええ。更には非常に人気だとも聞いてます」
「そうだな。半年ほどウチに滞在してるが、客足が衰える気配はないな。それが?」
「陛下、確か王都の国立劇場の稼働率が低いのが以前より問題となったおりましたな」
「ああ、なるほど。そこを本拠地にしてもらえれば、という事か」
「はい。それほど人気の一座であれば、民からも歓迎されるでしょう」
「あら、素敵ですわね」
「あ~、確かにダードの奴もそろそろどこかに落ち着く事も考えてたみてぇだから、ちょうどいい話かもしれねぇ」
「『剛刃』のダードレイだったか。先の大戦の功績から叙爵の話もあったんだがな」
「そう言うのには全く興味が無い奴なんですよ。周りの連中も含めてね。まあ、俺も奴らのそういうところが気に入ってんですがね」
「そうか。一度会ってみたいものだ。…よし、では打診してみようではないか」
「はっ。そうすると、滞在先の確保なども必要でしょうな。そのほか、招致に必要な事項を整理して計画案を提出いたします」
「ああ、頼んだぞ。細かい話はそれができてからだな」
一座の話はそれで一旦終了し、残りの時間はブレーゼン領の近況報告などを行なって、その日の謁見は終了した。
侯爵の仕事の本番はこれから先に行われる会議や諸々の調整などであり、これからしばらくは王都に滞在することになる。