残酷な描写あり
第一幕 13 『宿にて』
なんか気を失ってたみたい。
全く、いきなりあんな事言うから…!
はぁ…一体どうしたって言うんだ【俺】は。
さっきは焦る必要ないなんて思ってたが、転生二日目にして激変し過ぎだよ。
いくら何でも心の処理が追いつかない。
…エメリール様は心のカウンセリングもしてくれるのかな…
いや、そもそもこれは恋愛感情何だろうか?
周りに囃したてられて盛り上がってるだけなんじゃ?
いい大人が小学生のノリなんだよな…
思春期の女の子じゃあるまいし。
…はっ!?
なんてこった…
いま気付いたが、私は今思春期の女の子だったわ…
…惹かれているのだろうか?
何となくだけど【私】の好みなんだろうな~。
どストライクってやつだ。
脳は【私】のものなんだ、引きずられるのは当たり前なのかも…
ともかく、明日の予定は無いし今度こそ神殿に行ってみよう。
報告もあるし、こんな相談もしてみても良いかもしれない。
エメリール様なら親身に話を聞いてくれるだろうし。
あ、オキュパロス様の神殿にもお礼に行かないとだね。
と、そんな事を考えてるうちに報酬の話は終わったみたいだ。
提案した通り、全部の報酬を合わせて両パーティーの全員で平等に山分け。
シンプルで良いね。
あと、ギルドの貢献度(ランクアップに必要なポイント)についても報酬と同じく均等割だ。
依頼の細かい査定についてはギルドの方でこれから行うことになるが、大きな依頼となったため報酬の支払いも貢献度の加算も後日となり、報告はこれで終了。
宿に引き上げることになった。
宿に帰ってきたときには、もうすっかり日は落ちていた。
父さんたちも今回は流石に疲れたのか、ギルドで飲んでいくこともなく一緒に帰ってきた。
カイトさんはさっきまで一緒だったが別の宿なので途中で別れた。
なんか凄く心配されたけど、アナタのせいですからね。
明日『鳶』の他のメンバーも帰ってきたら、打ち上げしようって帰り際に約束した。
そういえば、侯爵様も今回の件を労うために晩餐会を催すから来いって言ってた。
父さんは面倒臭いなんて失礼なこと言ってたけど、美味しいものに釣られて承諾してたよ。
私はあんまり堅苦しいのは苦手なんだけど、あの侯爵様ならそこまで気にしなくても大丈夫だろう。
むしろ、単なる飲み会にしかならない気がする。
「あ!ダード、帰ってきたね!」
「げ…ババァ…」
「聞いたよ!ずいぶん危険な依頼だったらしいじゃないかい!?まったく、うちの看板スターたちを皆連れて行っちまって…何かあったらどうするんだい!?…まあ、ロウエンはどうでもいいけどさ」
「酷いッス!?」
(無事に帰ってきたんだからいいじゃねぇかよ…)
「ああん!?何か言ったかい!?」
「何でもねぇよ(地獄耳め…)」
「まあまあ、ミディット婆ちゃん、今回は放って置くわけにもいかなかったよ。街にも危険が及んだら公演どころじゃないでしょ?」
「…そうかい?まあ、カティアがそう言うならしょうがないねぇ」
「何でこのババァ、カティアには甘ぇんだか…」
「ああっ!?」
宿の扉をくぐって早々に、父さんに詰め寄ってまくし立ててきたのは、一座の裏ボス…もとい、会計やマネージャーのような事をしているミディットさん。
恰幅のよいお婆さんで、年齢の割にバイタリティ溢れる人だ。
傭兵団のころから雑用係をしており、父さんも含めて誰も頭が上がらない。
荒くれ共に負けない腕っぷしを誇り、かつて傭兵団の留守を盗賊に狙われた際にフライパンを片手にこれを全滅させたという猛者だったりする。
だけど私をはじめ、一座の子どもたちには甘く、まるで孫のように可愛がってくれる。
私はもう子供ではないんだけども。
「あんたたち、明日は稽古さぼんじゃないよ!ホール借りるのもただじゃないんだからね!」
「あ、婆ちゃんごめんなさい、私明日もお休みが欲しいの」
明日は二つの神殿をお参りして、その後も少し街をゆっくり散策したい。夕方はカイトさん達と打ち上げの予定だ。
「ああ、カティアは疲れたろう、ゆっくり休みな」
「…この落差よ」
「ああそうだ、アネッサ?」
「なんですか~?ミディットさん~」
「シクスティンとロゼッタが用があるみたいだったよ。何か演出がどうとか…」
と、婆ちゃんが言いかけたとき、突然ロビーに高笑いが響き渡り、一人の女性が乱入して来た。
「おぉ~~っほっほっほっほっほっ…ごほっ!げほっ!!…ふぅ…帰ってきたようね、アネッサ!心配しましたわ!まぁ貴女がいなくとも、ワタクシさえいれば観客は満足するでしょうけども!」
「あら~、ロゼッタ、ごきげんよう~。今日も無駄にテンション高いわね~」
「もう~、ロゼおばさんったら、すごく心配してたくせに」
「こら、リィナ!おばさんは止めなさいっていつも言ってるでしょう!お姉さまと呼びなさい!お姉さまと!」
「あっ、リィナ。さっき振り。いま帰ったよ」
「おかえりなさい、お姉ちゃん。お父さんたちも!」
姉さんの言う無駄に高いテンションで登場したおば…(ギロッ!)お姉さまはロゼッタさん。
大きく波打つ金髪に翠色の瞳、ボンッ、キュッ、ボンッとメリハリのある体型をしたゴージャス系の美人だ。
うちの一座では珍しく舞台女優に専念している。
年齢は、(ジロっ!)…秘密だって。
まあ、アネッサ姉さんと同年代と言っておこう。
アネッサ姉さんが清楚なユリ、ロゼッタ『お姉さま』は大輪のバラと例えられる…らしい。
「シクスティンは一緒じゃないの~?お話があるんでしょう~?」
「そうよ!このワタクシと、ライバルたるあなたが出るからには、常に最高の舞台でなくてはならないのよ!さあ、そのためにもこれから演技と演出の打ち合わせをするわよ!あ、疲れは大丈夫かしら!?」
「打ち合わせくらいは大丈夫よ~。でも~、ご飯は食べさせて欲しいかな~?」
「はっ!?ワタクシとしたことが…気が利かなかったわ!食後に改めてシクスティンのとこに来て頂戴!では後ほど!」
そう言って立ち去っていった…
相変わらず嵐のような人だな…
舞台のテンションそのままなので、話をしてるとちょっと疲れるんだよな。
でも、何だかんだ気遣いは出来るいい人なんだよね。
因みにシクスティンさんと言うのは舞台の演技指導や演出を手掛けるスタッフさんで、ロゼッタさんの旦那さんでもある。
この人も専任だ。
何でも昔、まだ荒削りだった一座の演技に将来性を見出して一座の一員となったとか。
そのおかげもあって飛躍的に舞台の完成度は高まり、人気と名声は徐々に高まっていって現在に至るというわけだ。
私はシクスティンさんからは『大根役者』と評されており舞台に上がらせてもらえない。
ふん、私は歌姫として人気なんだから別にいいんだもんね。
「相変わらずやかましい奴だな…」
「まったく騒がしい子だね。じゃあ、あたしはまだ仕事があるからこれで失礼するよ!」
「じゃあねー、婆ちゃん」
忙しそうにミディット婆ちゃんは宿を出ていった。
他の宿に泊まっているメンバーにも用事があるのだろう。
お疲れ様です。
「何だかどっと疲れちまったな…さあ、メシだメシだ」
そう、父さんは言って宿の食堂に向かう。
「あ、お食事ですね、ご案内しま~す!こちらへどうぞ~」
「あら~、リィナ~。給仕のお手伝いもしてるの~?」
「ふ…婆さんと派手女の後だといっそう癒やされるな」
「あ~、ティダ兄、そんなこと言って!」
可愛らしい給仕さんに案内されて、皆でガヤガヤと食堂に向かうのだった。
今日は一日お疲れ様でした!
皆と食事を取ったあと、私は部屋に戻ってきた。
父さんたちはまだ飲んでいくようだった。
結局飲む場所が変わっただけだね。
アネッサ姉さんは私より一足先に食事を終わらせて、シクスティンさんとロゼッタお姉さまの待つロビーを訪ねていった。
「ふぅ…今日は色々あって疲れたな…」
お風呂から上がって一息つく。
転生二日目にして非常に濃い一日だった。
果たして、あの『異界の魂』こそが【私】の魂を傷付けた原因なのだろうか?
実は、色々考えているうちに私の中では既に答えが出ている。
オキュパロス様にも話したように、もしアイツが原因だとすると謎が残るのだ。
その一つは、私が倒れていたときの状況。
私が目を覚ましたとき、周囲の様子に不審な点は無かった。
アイツと戦闘になったのなら、何らかの痕跡があった筈だ。
何しろあれだけ強烈な気配を放つ相手だ。
不意を突かれて一方的にやられたとは思えない。
周囲に不審な点が無いこと、それが逆に不自然なのだ。
あの暴虐性からして、身体が全く無傷だったのもおかしい。
もう一つが、私が倒れていた場所だ。
そもそも、アイツは数日前に『鳶』のパーティーが遭遇した時点で森の中にいたのだ。
昨日、私が倒れていた場所からは相当な距離がある。
そして、『鳶』はアイツの結界に囚われていてずっと森にいたのだ。
その間も何度か接敵しているし、アイツはずっと森の中から動いていない事になる。
つまり結論としては、あの森で遭遇した『異界の魂』は、私の魂を傷付けた直接的な原因では無いと考えられる。
だが、その特性を考えると全くの無関係ではないだろう。
ギルドで話に出た三百年毎に現れる『ソウルイーター』と呼ばれる魔物。
記録や伝承が伝えるその魔物の特徴は『異界の魂』と一致する。
エメリール様の印持ちが滅したと言う話からも、ソウルイーターと『異界の魂』は、同一の存在であることは間違いないと思われる。
そうすると、これもギルドで言っていた通り『異界の魂』は他にも存在し、恐らくその中に【私】の魂を傷付けた相手がいるのだろう。
もし、その相手を見つけて倒すことが出来れば、失われた魂はこの身体に戻ることが出来るのだろうか?
もし、それが出来たならば、魂が癒えるのを待つこともなく【私】の意識は復活するのだろうか?
その時【俺】の意識はどうなるのか?
エメリール様には、推論の答え合わせとともに、それも聞かなければならないだろう。
「…あ、そうだ、ステータスも確認しておこう。色々あったし、何か情報が変わってるかも…」
=======================
【基本項目】
名前 :カティア
年齢 :15
種族 :人間(女神の眷族)
クラス:ディーヴァ
レベル:37
生命値:1,608 / 1,608
魔力 :3,076 / 3,076
筋力 :292
体力 :188
敏捷 :499
器用 :262
知力 :395
【魔法】 ▼
【スキル】▼
【賞罰】
■請負人相互扶助組合
ランク:B
技量認定(戦闘):上級
技量認定(採取):中級
【特記】
■エメリールの加護(魂の守護)
■エメリールの印
※発動時全ステータス +300
【装備】
=======================
「あ~、前に『???~』ってなってたのが『女神の眷族』『エメリールの印』になったね。印を初めて発動したからかな?あとは…あ、レベルが上がってる」
しかし、このステータスも謎だよね。
現実のこの世界でもこれだけはゲームみたいで…
普通は自分のステータスは見れないんだけど、ギルドなどにある魔道具を用いて測定することが出来る。
だけど、数値とかスキルの習熟度がどのように算出されているのかは謎だ。
どうもその魔道具は神代の遺物の術式を模倣して作られているらしいのだが、研究はされてるものの細かい理論等は不明らしい。
あと、数値自体も謎だ。
一般的な成人男性の平均値がおよそ100前後と言われているのだが、例えば私の筋力はその平均の三倍近い。
でも、見た目は全然そんなふうには見えない。
普通の女の子の体型だ(一部除く)。
腕を見ても適度に筋肉は付いているのだが、柔らかな女性の細腕その物である。
一説によると最大魔力量が影響していると言われており、それが大きければ同じ筋肉量でも出力が大きくなると言われている。
ただし、魔力量が大きいからと言って必ずしも筋力が大きくなるわけではない。
魔力量が大きい人が身体を鍛えると、筋肉が増える前に筋肉量当たりの出力がまず増えていくのだそうだ。
そういう訳で、優れた前衛職は魔力も大きいことが多かったりする。
うちの父さんとかも魔法は使わないが魔力自体はそこそこ大きいらしい。
私の場合は印がステータス面に影響してるのかも。
あるいは逆で、能力値が高いので印を受け継ぐことができたのか。
…それにしても、印発動時のステータス増がヤバい。
プラス三百って…
でも、前回発動した時は直ぐに消えちゃったんだよな。
それだと、あまり意味がないかなあ…
「確認はこれくらいでいいかな…ふわぁ~、もう寝よう…」
いろいろと考え事をしていたら、いつの間にかもう遅い時間になっていた。
心地よい疲れに身を委ねゆっくりと眠りに落ちていく。
転生二日目はこうして終了するのであった。
…あ、またこの夢?
いや、夢じゃなかったか…?
「あ、お兄ちゃん。こんにちは!」
「…あ。こんにちは。え?…カティアちゃん?なんだか昨日より大きくなってない?」
昨日会った時は確か3歳くらいだったと思う。
いま目の前にいる彼女はそれよりも大きくなっていて…
大体5歳くらいだろうか?
喋り方も舌足らずだったのが随分しっかりした口調になってる。
これは、彼女の魂の修復が少し進んだと言うことなのだろうか?
「?あのね、カティア、お兄ちゃんたちがこわいお化けをやっつけたのを見て、思い出したの」
「え~と、こわいおばけって、黒いモヤモヤを出していたオニのことかな?」
「うん、そう」
「何を思い出したのかな?」
「えっとね、カティア、あの黒いモヤモヤと同じお化けに食べられちゃったんだ」
「!…そっか、それはこわかったよね」
「…うん。でも、今はお兄ちゃんがいるから大丈夫だよ!こんどあのお化けがきても、やっつけてくれるよね?」
「ああ、そうだね。女神さまも守ってくれてるしね」
…やはり、カティアの魂を傷付けたのは別の『異界の魂』と言うことなのだろう。
アレを初めて見た時、忘れていた記憶を刺激するような感覚を覚えたが、それでこの小さいカティアも少しだけ思い出したということなのだろうか。
これで一つ裏付けが取れた…のか?
この夢の事はまだよく分からない。
この夢もまた女神様に相談する事の一つだ。
「ねえねえ、お兄ちゃん?」
「ん?なんだい?」
カティアちゃんは何だか赤くなってもじもじしながら、衝撃的なことを言った。
「あのカイトってお兄ちゃん、カッコいいね!わたし、およめさんになりたいな」
「!?」
な、なんですと?
「え、え~と?カティアちゃんはカイトさんが好きなの?」
「うん!カッコいいし、優しいし!」
「そ、そっか。えと、俺とかは?」
「ふぇ?お兄ちゃんはわたしでしょ?ん?わたしがお兄ちゃん?」
…ええいっ!カイトぉ!
【私】が欲しくば【俺】を倒してからにしろ!
心の中(?)で血涙を流しながら叫ぶのだった。
全く、いきなりあんな事言うから…!
はぁ…一体どうしたって言うんだ【俺】は。
さっきは焦る必要ないなんて思ってたが、転生二日目にして激変し過ぎだよ。
いくら何でも心の処理が追いつかない。
…エメリール様は心のカウンセリングもしてくれるのかな…
いや、そもそもこれは恋愛感情何だろうか?
周りに囃したてられて盛り上がってるだけなんじゃ?
いい大人が小学生のノリなんだよな…
思春期の女の子じゃあるまいし。
…はっ!?
なんてこった…
いま気付いたが、私は今思春期の女の子だったわ…
…惹かれているのだろうか?
何となくだけど【私】の好みなんだろうな~。
どストライクってやつだ。
脳は【私】のものなんだ、引きずられるのは当たり前なのかも…
ともかく、明日の予定は無いし今度こそ神殿に行ってみよう。
報告もあるし、こんな相談もしてみても良いかもしれない。
エメリール様なら親身に話を聞いてくれるだろうし。
あ、オキュパロス様の神殿にもお礼に行かないとだね。
と、そんな事を考えてるうちに報酬の話は終わったみたいだ。
提案した通り、全部の報酬を合わせて両パーティーの全員で平等に山分け。
シンプルで良いね。
あと、ギルドの貢献度(ランクアップに必要なポイント)についても報酬と同じく均等割だ。
依頼の細かい査定についてはギルドの方でこれから行うことになるが、大きな依頼となったため報酬の支払いも貢献度の加算も後日となり、報告はこれで終了。
宿に引き上げることになった。
宿に帰ってきたときには、もうすっかり日は落ちていた。
父さんたちも今回は流石に疲れたのか、ギルドで飲んでいくこともなく一緒に帰ってきた。
カイトさんはさっきまで一緒だったが別の宿なので途中で別れた。
なんか凄く心配されたけど、アナタのせいですからね。
明日『鳶』の他のメンバーも帰ってきたら、打ち上げしようって帰り際に約束した。
そういえば、侯爵様も今回の件を労うために晩餐会を催すから来いって言ってた。
父さんは面倒臭いなんて失礼なこと言ってたけど、美味しいものに釣られて承諾してたよ。
私はあんまり堅苦しいのは苦手なんだけど、あの侯爵様ならそこまで気にしなくても大丈夫だろう。
むしろ、単なる飲み会にしかならない気がする。
「あ!ダード、帰ってきたね!」
「げ…ババァ…」
「聞いたよ!ずいぶん危険な依頼だったらしいじゃないかい!?まったく、うちの看板スターたちを皆連れて行っちまって…何かあったらどうするんだい!?…まあ、ロウエンはどうでもいいけどさ」
「酷いッス!?」
(無事に帰ってきたんだからいいじゃねぇかよ…)
「ああん!?何か言ったかい!?」
「何でもねぇよ(地獄耳め…)」
「まあまあ、ミディット婆ちゃん、今回は放って置くわけにもいかなかったよ。街にも危険が及んだら公演どころじゃないでしょ?」
「…そうかい?まあ、カティアがそう言うならしょうがないねぇ」
「何でこのババァ、カティアには甘ぇんだか…」
「ああっ!?」
宿の扉をくぐって早々に、父さんに詰め寄ってまくし立ててきたのは、一座の裏ボス…もとい、会計やマネージャーのような事をしているミディットさん。
恰幅のよいお婆さんで、年齢の割にバイタリティ溢れる人だ。
傭兵団のころから雑用係をしており、父さんも含めて誰も頭が上がらない。
荒くれ共に負けない腕っぷしを誇り、かつて傭兵団の留守を盗賊に狙われた際にフライパンを片手にこれを全滅させたという猛者だったりする。
だけど私をはじめ、一座の子どもたちには甘く、まるで孫のように可愛がってくれる。
私はもう子供ではないんだけども。
「あんたたち、明日は稽古さぼんじゃないよ!ホール借りるのもただじゃないんだからね!」
「あ、婆ちゃんごめんなさい、私明日もお休みが欲しいの」
明日は二つの神殿をお参りして、その後も少し街をゆっくり散策したい。夕方はカイトさん達と打ち上げの予定だ。
「ああ、カティアは疲れたろう、ゆっくり休みな」
「…この落差よ」
「ああそうだ、アネッサ?」
「なんですか~?ミディットさん~」
「シクスティンとロゼッタが用があるみたいだったよ。何か演出がどうとか…」
と、婆ちゃんが言いかけたとき、突然ロビーに高笑いが響き渡り、一人の女性が乱入して来た。
「おぉ~~っほっほっほっほっほっ…ごほっ!げほっ!!…ふぅ…帰ってきたようね、アネッサ!心配しましたわ!まぁ貴女がいなくとも、ワタクシさえいれば観客は満足するでしょうけども!」
「あら~、ロゼッタ、ごきげんよう~。今日も無駄にテンション高いわね~」
「もう~、ロゼおばさんったら、すごく心配してたくせに」
「こら、リィナ!おばさんは止めなさいっていつも言ってるでしょう!お姉さまと呼びなさい!お姉さまと!」
「あっ、リィナ。さっき振り。いま帰ったよ」
「おかえりなさい、お姉ちゃん。お父さんたちも!」
姉さんの言う無駄に高いテンションで登場したおば…(ギロッ!)お姉さまはロゼッタさん。
大きく波打つ金髪に翠色の瞳、ボンッ、キュッ、ボンッとメリハリのある体型をしたゴージャス系の美人だ。
うちの一座では珍しく舞台女優に専念している。
年齢は、(ジロっ!)…秘密だって。
まあ、アネッサ姉さんと同年代と言っておこう。
アネッサ姉さんが清楚なユリ、ロゼッタ『お姉さま』は大輪のバラと例えられる…らしい。
「シクスティンは一緒じゃないの~?お話があるんでしょう~?」
「そうよ!このワタクシと、ライバルたるあなたが出るからには、常に最高の舞台でなくてはならないのよ!さあ、そのためにもこれから演技と演出の打ち合わせをするわよ!あ、疲れは大丈夫かしら!?」
「打ち合わせくらいは大丈夫よ~。でも~、ご飯は食べさせて欲しいかな~?」
「はっ!?ワタクシとしたことが…気が利かなかったわ!食後に改めてシクスティンのとこに来て頂戴!では後ほど!」
そう言って立ち去っていった…
相変わらず嵐のような人だな…
舞台のテンションそのままなので、話をしてるとちょっと疲れるんだよな。
でも、何だかんだ気遣いは出来るいい人なんだよね。
因みにシクスティンさんと言うのは舞台の演技指導や演出を手掛けるスタッフさんで、ロゼッタさんの旦那さんでもある。
この人も専任だ。
何でも昔、まだ荒削りだった一座の演技に将来性を見出して一座の一員となったとか。
そのおかげもあって飛躍的に舞台の完成度は高まり、人気と名声は徐々に高まっていって現在に至るというわけだ。
私はシクスティンさんからは『大根役者』と評されており舞台に上がらせてもらえない。
ふん、私は歌姫として人気なんだから別にいいんだもんね。
「相変わらずやかましい奴だな…」
「まったく騒がしい子だね。じゃあ、あたしはまだ仕事があるからこれで失礼するよ!」
「じゃあねー、婆ちゃん」
忙しそうにミディット婆ちゃんは宿を出ていった。
他の宿に泊まっているメンバーにも用事があるのだろう。
お疲れ様です。
「何だかどっと疲れちまったな…さあ、メシだメシだ」
そう、父さんは言って宿の食堂に向かう。
「あ、お食事ですね、ご案内しま~す!こちらへどうぞ~」
「あら~、リィナ~。給仕のお手伝いもしてるの~?」
「ふ…婆さんと派手女の後だといっそう癒やされるな」
「あ~、ティダ兄、そんなこと言って!」
可愛らしい給仕さんに案内されて、皆でガヤガヤと食堂に向かうのだった。
今日は一日お疲れ様でした!
皆と食事を取ったあと、私は部屋に戻ってきた。
父さんたちはまだ飲んでいくようだった。
結局飲む場所が変わっただけだね。
アネッサ姉さんは私より一足先に食事を終わらせて、シクスティンさんとロゼッタお姉さまの待つロビーを訪ねていった。
「ふぅ…今日は色々あって疲れたな…」
お風呂から上がって一息つく。
転生二日目にして非常に濃い一日だった。
果たして、あの『異界の魂』こそが【私】の魂を傷付けた原因なのだろうか?
実は、色々考えているうちに私の中では既に答えが出ている。
オキュパロス様にも話したように、もしアイツが原因だとすると謎が残るのだ。
その一つは、私が倒れていたときの状況。
私が目を覚ましたとき、周囲の様子に不審な点は無かった。
アイツと戦闘になったのなら、何らかの痕跡があった筈だ。
何しろあれだけ強烈な気配を放つ相手だ。
不意を突かれて一方的にやられたとは思えない。
周囲に不審な点が無いこと、それが逆に不自然なのだ。
あの暴虐性からして、身体が全く無傷だったのもおかしい。
もう一つが、私が倒れていた場所だ。
そもそも、アイツは数日前に『鳶』のパーティーが遭遇した時点で森の中にいたのだ。
昨日、私が倒れていた場所からは相当な距離がある。
そして、『鳶』はアイツの結界に囚われていてずっと森にいたのだ。
その間も何度か接敵しているし、アイツはずっと森の中から動いていない事になる。
つまり結論としては、あの森で遭遇した『異界の魂』は、私の魂を傷付けた直接的な原因では無いと考えられる。
だが、その特性を考えると全くの無関係ではないだろう。
ギルドで話に出た三百年毎に現れる『ソウルイーター』と呼ばれる魔物。
記録や伝承が伝えるその魔物の特徴は『異界の魂』と一致する。
エメリール様の印持ちが滅したと言う話からも、ソウルイーターと『異界の魂』は、同一の存在であることは間違いないと思われる。
そうすると、これもギルドで言っていた通り『異界の魂』は他にも存在し、恐らくその中に【私】の魂を傷付けた相手がいるのだろう。
もし、その相手を見つけて倒すことが出来れば、失われた魂はこの身体に戻ることが出来るのだろうか?
もし、それが出来たならば、魂が癒えるのを待つこともなく【私】の意識は復活するのだろうか?
その時【俺】の意識はどうなるのか?
エメリール様には、推論の答え合わせとともに、それも聞かなければならないだろう。
「…あ、そうだ、ステータスも確認しておこう。色々あったし、何か情報が変わってるかも…」
=======================
【基本項目】
名前 :カティア
年齢 :15
種族 :人間(女神の眷族)
クラス:ディーヴァ
レベル:37
生命値:1,608 / 1,608
魔力 :3,076 / 3,076
筋力 :292
体力 :188
敏捷 :499
器用 :262
知力 :395
【魔法】 ▼
【スキル】▼
【賞罰】
■請負人相互扶助組合
ランク:B
技量認定(戦闘):上級
技量認定(採取):中級
【特記】
■エメリールの加護(魂の守護)
■エメリールの印
※発動時全ステータス +300
【装備】
=======================
「あ~、前に『???~』ってなってたのが『女神の眷族』『エメリールの印』になったね。印を初めて発動したからかな?あとは…あ、レベルが上がってる」
しかし、このステータスも謎だよね。
現実のこの世界でもこれだけはゲームみたいで…
普通は自分のステータスは見れないんだけど、ギルドなどにある魔道具を用いて測定することが出来る。
だけど、数値とかスキルの習熟度がどのように算出されているのかは謎だ。
どうもその魔道具は神代の遺物の術式を模倣して作られているらしいのだが、研究はされてるものの細かい理論等は不明らしい。
あと、数値自体も謎だ。
一般的な成人男性の平均値がおよそ100前後と言われているのだが、例えば私の筋力はその平均の三倍近い。
でも、見た目は全然そんなふうには見えない。
普通の女の子の体型だ(一部除く)。
腕を見ても適度に筋肉は付いているのだが、柔らかな女性の細腕その物である。
一説によると最大魔力量が影響していると言われており、それが大きければ同じ筋肉量でも出力が大きくなると言われている。
ただし、魔力量が大きいからと言って必ずしも筋力が大きくなるわけではない。
魔力量が大きい人が身体を鍛えると、筋肉が増える前に筋肉量当たりの出力がまず増えていくのだそうだ。
そういう訳で、優れた前衛職は魔力も大きいことが多かったりする。
うちの父さんとかも魔法は使わないが魔力自体はそこそこ大きいらしい。
私の場合は印がステータス面に影響してるのかも。
あるいは逆で、能力値が高いので印を受け継ぐことができたのか。
…それにしても、印発動時のステータス増がヤバい。
プラス三百って…
でも、前回発動した時は直ぐに消えちゃったんだよな。
それだと、あまり意味がないかなあ…
「確認はこれくらいでいいかな…ふわぁ~、もう寝よう…」
いろいろと考え事をしていたら、いつの間にかもう遅い時間になっていた。
心地よい疲れに身を委ねゆっくりと眠りに落ちていく。
転生二日目はこうして終了するのであった。
…あ、またこの夢?
いや、夢じゃなかったか…?
「あ、お兄ちゃん。こんにちは!」
「…あ。こんにちは。え?…カティアちゃん?なんだか昨日より大きくなってない?」
昨日会った時は確か3歳くらいだったと思う。
いま目の前にいる彼女はそれよりも大きくなっていて…
大体5歳くらいだろうか?
喋り方も舌足らずだったのが随分しっかりした口調になってる。
これは、彼女の魂の修復が少し進んだと言うことなのだろうか?
「?あのね、カティア、お兄ちゃんたちがこわいお化けをやっつけたのを見て、思い出したの」
「え~と、こわいおばけって、黒いモヤモヤを出していたオニのことかな?」
「うん、そう」
「何を思い出したのかな?」
「えっとね、カティア、あの黒いモヤモヤと同じお化けに食べられちゃったんだ」
「!…そっか、それはこわかったよね」
「…うん。でも、今はお兄ちゃんがいるから大丈夫だよ!こんどあのお化けがきても、やっつけてくれるよね?」
「ああ、そうだね。女神さまも守ってくれてるしね」
…やはり、カティアの魂を傷付けたのは別の『異界の魂』と言うことなのだろう。
アレを初めて見た時、忘れていた記憶を刺激するような感覚を覚えたが、それでこの小さいカティアも少しだけ思い出したということなのだろうか。
これで一つ裏付けが取れた…のか?
この夢の事はまだよく分からない。
この夢もまた女神様に相談する事の一つだ。
「ねえねえ、お兄ちゃん?」
「ん?なんだい?」
カティアちゃんは何だか赤くなってもじもじしながら、衝撃的なことを言った。
「あのカイトってお兄ちゃん、カッコいいね!わたし、およめさんになりたいな」
「!?」
な、なんですと?
「え、え~と?カティアちゃんはカイトさんが好きなの?」
「うん!カッコいいし、優しいし!」
「そ、そっか。えと、俺とかは?」
「ふぇ?お兄ちゃんはわたしでしょ?ん?わたしがお兄ちゃん?」
…ええいっ!カイトぉ!
【私】が欲しくば【俺】を倒してからにしろ!
心の中(?)で血涙を流しながら叫ぶのだった。