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作者: 龍崎操真
残酷な描写あり R-15
第31話 致命的な欠陥
 Hunter's rastplaatsに到着した時、時計は午後7時を指していた。全速力で走って来た故に、肩で息をするほど乱れた呼吸を整えた明嗣は、店に入るべくドアノブを回した。店に入る度に来店を知らせるドアベルが今日も勤勉に勤めを果たすと、カウンターで洗い終わったグラスの水気をふきんで取っていたアルバートと目が合う。

「おう、来たか」
「マスター、鈴音は?」
「鈴音ちゃんなら今……」

 アルバートが質問に答えようとした瞬間、既に姿を現していた地下工房への扉が勢い良く開け放たれた。
 すると、中から青いショルダーレスのニットワンピースに黒のショートブーツといった服装の鈴音が姿を現した。

「マスター、とりあえず言われた物を用意出来たと思うんだけど……あ、明嗣!」
「よ、よう……」

 明嗣が挨拶を返すと、鈴音はさっそく明嗣へ駆け寄った。

「言われた通りに朱雀を飛ばして澪を探しているけど、いったいどういう事なの? ていうか、そもそも澪と遊びに行ってたのにびっくりしたんだけど。いつの間にそんな仲良くなってたの?」
「いや……その……なんというか成り行きで……」
「それ、説明になってないよね? 詳しく説明するって言ったじゃん!」
「あー!! なんかまっすぐ目ぇ見つめられたらいつの間にかOKしちまってたんだよ! 悪ぃか!」
「ちょっと質問攻めしたくらいでキレる事ないでしょ!」
「はいはいはい、お前らそこまでだ。今は口喧嘩してる場合じゃないぞー。まずは澪ちゃんを助ける作戦考えるのが最優先事項、だろ?」

 手を叩いてアルバートが二人を諌めつつ、テーブルの上に交魔市の地図を広げた。
 ここ、交魔市は大雑把に分けると4つのエリアに区分けする事ができる。クラブや居酒屋、ゲームセンターなどが集まる歓楽街。一戸建ての家や団地などが多い住宅街。海沿いに広がるオフィス街。そして輸送コンテナなどで運ばれてくる輸入品が集まる港の4つだ。
 ここで注目するべきは、輸入品が集まる港のエリアである。なぜなら、交魔市で検挙される密入国者の大半は、この港に運ばれてくるコンテナに乗り込んでやってくるからだ。潜伏する時はコンテナの中にそのまま隠れていれば良い上に、荷下ろしの作業員に見つかっても、吸血鬼の場合は服従の魔眼で見逃してもらえば良いので、吸血鬼から言わせると入国するにはこれ以上無いほどの玄関なのだ。
 以上の理由から、“切り裂きジャック”の行方を探すならまず、この港のエリアに網を張るのが定石セオリーとなる。おそらく、鈴音が捜索に出している式神の朱雀もこの港付近を中心に飛んで“切り裂きジャック”捜索に当たっている事だろう。さらに、裏の世界の情報を取り扱うブローカーも、港に拠点を構えている者が多い。一応、知り合いの情報ブローカーに声を掛けておいたので見つかるのも時間だ。
 アルバートは広げた港近辺の地図、輸送コンテナが集まるエリアの一角に建つ小屋を指差した。

「明嗣が来る前に、変な黒いコートを着た奴がこの小屋に高校生くらいの女連れて入って行くのを見たと連絡が入った。しかも、そいつは目が血みたいに真っ赤だった上に、ここの家主は最近めったに昼に外へ出歩く事がなくなったって話だ。そこで、この小屋に鈴音ちゃんが朱雀でいぶり出した後に俺が魔具を使って奴さんの首をぶった斬る。これが最善手だと思う」
「たしかにマスターが外してもアタシがカバーに入って首を狙えば良いもんね」
「ちょい待ち。俺はどうすんだよ? まさかここで留守番なんて訳じゃないだろ?」

 自分にだけ仕事が割り当てられて無いことに気づいた明嗣が異を唱える。すると、アルバートは「そうだ」と答えた。

「明嗣、今回の仕事にお前の出番はない。大人しく留守番してろ」
「冗談にしては笑えねぇな。俺だけ留守番しなきゃなんねぇなんておかしいだろ」
「いや、俺は至って大真面目だ。はっきりと『お前は足手まといだ』と言わなきゃ分からねぇか?」

 納得いかないと言った表情をしている明嗣へ、アルバートが指を一本立てて言葉を続ける。

「まず一つ。お前の得物は銃だ。前に戦った時、銃弾は通らねぇ事が判明しているから使えねぇ」
「はーい。ちょっと質問」
「どうした鈴音ちゃん」

 鈴音が手を上げて話に割って入った。アルバートが用件を尋ねると当然の疑問を口にした。

「気になってたんだけどさ、明嗣も剣とか刀を使えば良くない? っていうか、むしろその方が明嗣には合っていると思うんだけど?」

 ただでさえ、明嗣は普段から11kgの大型拳銃を片手で振り回す怪力の持ち主。ならば、その膂力を剣を振るう事に使えば非常に強力な武器となる事だろう。やらない理由が鈴音には理解できなかった。鈴音の言うことも一理ある、と頷いたアルバートは明嗣が剣を振るう上で致命的な問題を抱えている事を説明し始めた。

「武器のほうがたねぇんだよ。明嗣コイツが剣を使えば、吸血鬼の首を獲る事もできるが、引き換えに剣の方もぶっ壊れてしまう」
「う〜ん……? 言ってる事がイマイチ……」

 ピンと来ない、と言いたげに首を傾げる鈴音。すると、アルバートが鈴音に一つ、簡単な質問をした。

「突然だが鈴音ちゃん。鈴音ちゃんは刀で物を斬る時、どうやって振ってる?」
「それは、こんな風に刃全体でスゥーって感じに……」

 意図がつかめないながらも、鈴音はゆっくりと手だけで居合の動きを再現して見せた。アルバートはそれが問題だ、と言わんばかりに鈴音を指差す。

「それだ。コイツにはそんな器用な事はできねぇから、必然と叩き切る振り方になる。けどな、コイツのフルパワーを乗っけた刀剣の類はその衝撃に耐えきれねぇから、一発で折れちまう。だから銃を使わせてんのさ」

 刺し身包丁でマグロなどのサク切り身を切る時の動きを想像すると分かりやすいだろう。鈴音が居合で吸血鬼の首を獲る時はそのようにして刀を振っている。刀の刀身に反りがあるのも、この刃全体で引いて切る動きを助けるための物であり、この動きの速さに使い手の技量が現れるのだ。対して、西洋剣は叩きつけるようにして振り、重量で対象を両断する。本来であれば、力自慢の明嗣にはこの西洋剣と相性が良いはずのだが、実はそれが逆に仇となるのだ。なぜなら、いずれの武器もが使う事が前提であり、鍛錬を積んだ人間の膂力をいともたやすく凌駕するが使う事を想定していないのだから。

「じ、じゃあマスターが持ってる武器の中で明嗣の全力に耐えきるのを使わせれば……」
「あいにく、俺のコレクション魔具にそんなモンはない。これから作れば良いかもしれないが、この仕事ヤマには間に合わねぇだろうな」

 淡々と事実を口にし、アルバートは二本目の指を立てた。

「二つ目。今のお前、冷静に動ける状態と言えるのか?」
「っ……!!」

 アルバートの問いに、明嗣は歯噛みするだけで答える事ができなかった。何も言えずにいる明嗣へ、アルバートは追い打ちをかけるように続ける。

「前にボコされた相手に知り合いが攫われたとあっちゃあ、そりゃじっとしてられねぇだろうよ。けどな、それで感情に任せて突っ込んだ後に前回と同じように暴走されちゃ、こっちだって困る。爆弾抱えているようなモンなんだよ。分かるだろ」

 言い返す余地が無いほどの正論だった。戦いにおいて最大の敵とは感情に負けてパニックを起こしそうになる自分自身だ。頭に血が昇った状態では僅かな勝機を見逃してしまう。今の明嗣に必要なのはクールダウンして頭に昇った血を降ろす事だ。

「頭を冷やせっつーこった。分かったら大人しくしてろ」

 突き放すようにアルバートは話を締めくくる。そして、地下工房から用意した黒い刀身の大剣や、もしものための火炎放射器などの荷物をワゴン車に積んだ鈴音とアルバートは、澪の救出へ向かった。
 走り出してから少しして、助手席に座る鈴音がふと口を開いた。

「マスター、なんか明嗣に冷たくない? 何もあんな言い方しなくても良いのに……」

 一人残された明嗣を不憫に思ったのだろう。鈴音の顔には少し心配するような表情が滲んでいる。一方、ハンドルを握るアルバートは真っ直ぐ進行方向を見据えながら答えた。

「いや、むしろ優しい方さ。そりゃ甘い事だけ言ってりゃ、その時は心地良いだろうよ。でも、それじゃあいざという時、役に立たねぇ奴になっちまう。だから、はっきり言ってやる事でシメる所はシメないとな。それでどうすりゃ良いのか考えるのが重要なんだ。できなきゃ、アイツはそこまでだ」
「……厳しいね」

 納得した鈴音はポツリと一言だけこぼして、抱きしめるように抱えた刀を握った。
 二人を乗せた車は港へ向けて走ってゆく。目的の小屋の上空では捜索に出していた鈴音の式神である朱雀が標的の居場所を知らせるように円を描いて飛んでいる。やがて、目的地の100メートル前で車を止めたアルバートは、鈴音と共に“切り裂きジャック”へ夜襲を仕掛ける準備を始めた。



 場所は移り、Hunter's rastplaats地下工房。一人だけ残された明嗣は、地下工房でじっとある物を見つめていた。視線の先にあるそれは一台のバイクだ。死んだ父が残した忘れ形見であり、吸血鬼となった時に授かった戦車馬が長き時を経て変化した物。そして、自分に遺伝した吸血鬼の能力が眠っているものである。中では、今も明嗣の吸血鬼としての本能が血を求めて牙を研いでいる事だろう。
 燃料タンクの部分に手を当てて、明嗣は考え込むように見つめる。そうしている内に、頭の中に声が響いた。

 何やってんだよ。こんな所でじっとしてる場合じゃねぇだろ。

「だよな……」

 頭の中に響く吸血鬼もう一人の自分の声にポツリと呟いて同意する。

 さっさと行かねぇと全部持っていかれるぞ。そうなりゃ、血を吸う所の話じゃなくなるぜ?

「ああ。分かってる」

 短く同意して、明嗣はなおも思案するようにバイクを見つめる。やがて、痺れを切らした内なる吸血鬼が早くしろと明嗣を促した。

 なら、早く追いかけろよ。いつまでも不貞腐れてんなよ。

「いや、その前にやる事がある」

 やがて、思案の末に意を決した明嗣はバイクのアクセルグリップを握った。意識が暗転した明嗣はその場に倒れ込み、もう一人の自分と対面しに向かった。
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