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作者: 龍崎操真
残酷な描写あり R-15
第28話 二人で出かける土曜日
 問題の土曜日がやって来た。明嗣は指定された集合場所、澪と初めて出会った交魔駅にいた。本日の明嗣は珍しくロングコートではなく、白いTシャツに黒いスキニーパンツ、そして真っ赤なパーカーを上に羽織っている。そう。この服装から推察できる通り、これから明嗣は澪と出かけるのだ。
 交魔駅の前にて待ちぼうけの明嗣は、ぼうっと天を仰ぎ、心のなかで愚痴をこぼした。

 暇だなちくしょう……。こんな事だったら意地でも誘いを蹴っときゃ良かったな……。

 パーカーのポケットからスマートフォンを取り出し、明嗣は画面のロックを解除した。こういう時、すぐに多彩な娯楽に触れる事ができるのが、現代の良き点であると同時に悪しき点である。適当に画面をスクロールさせ、何か目を引く物はないかとSNSやネットサイトを巡っていく。あらかた覗き終わった所で、「おまたせー!」と声が聞こえてきた。
 声に気づいて明嗣は視線を上げた。すると、明嗣の前には白いシャツに桜色のカーディガンを羽織り、ボトムスはスカイブルーのデニムパンツといった服装の澪が立っていた。肩には青いトートバッグが掛けてある。即座にパーカーのポケットへスマートフォンをしまった明嗣は、不満げに腕を組んで澪を出迎えた。

「ごめんね。待った?」
「ああ。10分ほど」
「そこは『待ってないよ』って言う所じゃない?」
「デートじゃあるまいし、そういう歯の浮くようなやり取りをする気ねぇな」
「せっかくだから雰囲気作ってくれても良かったのに」

 付き合いが悪い明嗣に対して、澪は不満げに頬を膨らませた。一方、明嗣は取り合う気はないと言いたげに鼻を鳴らした。とりあえず挨拶を終えたので、澪は背筋を正し、ぺこりとお辞儀をした。

「じゃあ、今日は一日よろしくお願いします」
「はぁ……俺と出かけてもつまんねぇと思うけどな……」

 明嗣はため息を吐いて肩を落とす。そして、なぜこんな事態になったのかを振り返り始めた。



 遡る事2日前。いきなり「今度の土曜日、自分に付き合ってほしい」などと言い始めた澪に、明嗣は理解できないと言いたげな表情で固まっていた。いつまでたっても返事が来ない事に痺れを切らした澪は、恥ずかしいのを誤魔化すように、明嗣へ呼びかける。

「その、黙ってないで返事してよ……」
「お前、自分で何言ってるか分かってんのか……?」
「分かってるよ。これでも結構勇気出したんだからね?」
「理由は?」

 いったいどんな言葉が飛び出して来るのか。何が来ても良いように身構える明嗣へ、澪は意を決した表情で真っ直ぐに明嗣を見据えた。

「昨日、明嗣くんがいっつも行ってるお店の人に会ってね、色々話していたらあたしは自分の周りで何が起きているかも知らないんだって感じて。そのくせに色々好き放題言ってたなって思い始めたら、なんかすごく申し訳なくなってきたんだよね。だから、まずは明嗣くんの事を知らなきゃ、って思ったの。」

 あまりに純粋な目で言うものだから、明嗣は呆気に取られた表情で澪を見つめていた。そして、何も言えないでいる明嗣へ、畳みかけるように澪は言葉を続けた。

「明嗣くんが迷惑だって思ってるのは分かってる。でもこのままじゃダメだとも思うんだ。だから、これで最後。土曜日に付き合ってくれたら、もう何も聞かない。それじゃダメ……かな?」

 その真剣な表情に、いつの間にか澪のペースに飲み込まれた明嗣は、いつの間にか首をコクリと動かして頷いていた。



 と、いう訳で今日一日、澪は明嗣の休日に付いて回る事になった。とはいえ、さすがに一から十までいつもの休日を見せる訳には行かないだろう、と考えた明嗣は古本屋に連れていく事にした。
 理由は、時間を潰すのにちょうどいいから、この一点である。品揃えは昔の小説からちょっと前に流行った漫画の全巻セット、少し古めのゲームソフトや中古のオーディオ機器など、バラエティに富んでおり、見ているだけでも満足できる。さらに誰かと一緒に訪れたとしても、各自で好きな本を物色という体で個人行動が取れるので、一人が好きな明嗣としては良い事ずくめであった。
 という訳で、さっそく入口で澪と別れて、何か面白そうな物はないかと店内を冷かそうと思ったのだが……。

「なぁ、一つ聞いて良いか?」

 人差し指でどれを取ろうかと狙いつけながら、明嗣は隣で興味深いと言いたげにその様子を眺める澪に声をかける。

「どうしたの?」
「どうして俺の横を引っ付いているんだ?」
「明嗣くんって、どんな本を読むのかなって思って」
「俺が何読んでようとどうだって良いだろ。適当に好きなの取れよ」

 明嗣はドラマ化された警察小説を手に取り、裏表紙に書いてあるあらすじを確認しながら、ぶっきらぼうに答える。すると、澪は少し困ったような表情で明嗣に助けを求めた。
 
「あたし、雑誌ばっかで小説はあんまり読んだ事ないんだよね。だからさ、明嗣くんのオススメ教えてくれない?」
「悪いな。10代女子ティーンエイジャーの趣味に合う物なんて皆目見当かいもくけんとうもつかねぇんだ。少女漫画のコーナーがあるから、そこ見てくりゃ良いんじゃねぇの」
「むぅ、なんか偏見を感じる言い方だなぁ」

 もしかして、10代の女子は少女漫画しか読まない、とでも思っているのだろうか。失礼な。少年漫画だって読むのに。流行りのやつだけだけど。
 心の中で密やかに抗議をしつつ、澪は明嗣の隣で小説を物色し始めた。せっかくだから、目の前にある物の中から選んで普段触れないジャンルの物語を楽しむのも良いだろう。
 幸い、目の前に並んでいる本は五十音順で並んでいるだけで、ジャンル分けされている訳ではないから、すぐに場所を移動する必要はない。興味が湧いた一冊を手に取り、パラパラとページめくると澪はふと口を開いた。

「ねぇ、明嗣くん」
「なんだよ」
「適当に何冊か手にとってみたんだけどさ、全部イラストがないんだけど……」
「そりゃそうだろ」
「でも、学校で小説を読んでいる人見かけた事あるけど、その本には表紙とか中にかわいい女の子のイラストが描かれてたよ?」
「そりゃライトノベルって奴だ。俺も前読んでたけど、最近はめっきり読まなくなったな……」
「違いがよくわからないよ……」
「まぁ、要所要所にイラストがあるのがラノベ、ないのが小説、くらいの認識で良いと思うぞ。たぶん……」

 あらすじがお気に召さないのか、明嗣は不満げな表情を浮かべて手に取った本を棚に戻した。その後、小説コーナーを後にして明嗣は漫画コーナーへ移動したので、澪もそれに続く。

「あ、これ見た事ある。小さい頃にアニメやってたよね」

 澪は手に取った黒い背表紙の単行本を懐かしいと言いたげな表情で見つめた。内容は、10代の少年が魔界より呼び出された悪魔と戦うダークファンタジーの少年漫画だった。
 一方、まだ読んでない名作を求めてタイトルを精査する明嗣は興味なさげに口を返す。

「それ、途中までは順調だったけど、作者が燃え尽き症候群で連載ペースが落ちちまったんだよな……。全然話も進まなくなっちまったし、読もうって気が湧かなくなっちまった」
「そうなんだ……。明嗣くんが持ってるそれはどんなお話?」

 アタリをつけた作品の第1巻を手に取り、軽くパラパラと中身を改める明嗣へ、澪は話題を振ってみた。すると、明嗣は気に入ったのか、続きを何冊か買い物かごに入れながら答える。

「魔女が天使をぶっ殺して回る話」
「なかなかハードな内容だね……」
「まぁ、R-17のゲームが原作だしな」

 興味本位で、澪もちょうどまだ残っていた第1巻を手に取り、明嗣に倣って軽くパラパラと中味を確認した。すると、澪はあまりな内容に引きつった表情を浮かべる。
 その内容は記憶喪失の魔女が失われた自らの記憶を求めて、立ちはだかる天使達と熾烈な戦いを繰り広げながら旅をするといった物だった。これだけだったら良かったのが、澪の表情が引きつった理由は、その絵面にあった。
 断頭台による斬首、万力による圧殺、鉄の処女アイアン・メイデンによる全身串刺しの刑など、とにかく魔女が天使に行う攻撃が苛烈過ぎたのだ。
 あまりに血みどろで残酷な事をするので、自分には合わないな、と思いつつ澪は単行本をそっと棚に戻した。
 とりあえず、明嗣が会計をしている間にドラマの原作になった漫画を見つけた澪は、それを購入した。
 その後、時計が十二時を指していたので、古本屋を後にした二人は、昼食を求めて移動した。
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