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作者: 龍崎操真
残酷な描写あり R-15
第22話 暴走する半吸血鬼
「おい……なんだこりゃあ……」

 Hunter's rustplaatsから明嗣を追いかけて来たアルバートは、目にした物を前に素直な感想をこぼした。
 現在、彼の目の前には、むごいとしか形容出来ない光景が広がっていた。抉れて空洞となってしまったアスファルト。ミンチとなった肉塊。血溜まりの中に浮かぶ紺の布地ぬのじは、おそらく警官の制服の物だろうか。そして、近くには遊底スライドが後退したままのスプリングフィールドXDMが落ちている。
 アルバートはジャケットの中からイタリア製のショットガン、ベネリM3 スーパー90を取り出し、いつでも撃てるようにボルトハンドルを動かした。携帯性を高めるためにカスタマイズしたその銃には、鹿を撃つ時の散弾ではなく対吸血鬼用の純銀製スラッグ弾が装填されている。
 ゆっくりと歩みを進め、周囲を探っていく。血が乾ききっていない上に、何かがぶつかるような衝撃音が聞こえてくる事から、おそらく明嗣はまだ近くにいるはずだ。

 丸腰の状態で血を流しているんなら、早めに助けに入らないとまずいな……。急がねぇと……。

 目撃者に注意を払う意味も込めて、アルバートは周囲を見回しながら、音のする方へ進んで行った。



 一方、明嗣の身体を乗っ取った内なる吸血鬼は皮膚が裂けるのも気にせず、“切り裂きジャック”へ突撃していた。そして、拳の射程距離内にまで肉薄すると力いっぱいに握りこんだ右ストレートを繰り出す。
 対して、“切り裂きジャック”は軽く身を引いて攻撃をいなした後、ナイフを突き出して反撃した。
 内なる吸血鬼は首を傾ける事で攻撃を避けるが、回避が甘かったのか、刃が肌を撫でるような感触を覚えた。その際、なんとも言えない快感が身体の中を走り抜ける。
 
「ッシャア!!」

 突き出した腕を取った内なる吸血鬼は、掛け声と共に“切り裂きジャック”を背負い投げで地面へ叩きつけた。

「カハッ……!?」
「オマケだぜッ!」
 
 背中から叩きつけられ、空気を吐き出した“切り裂きジャック”の腹へ追撃のかかと落としが降りかかる。しかし、“切り裂きジャック”が咄嗟に身体を転がして後退した事により、標的を失ったかかと落としは地面へ突き刺さった。
 その威力の強大さはヘコんだアスファルトの地面が物語っており、“切り裂きジャック”は当たらなくて良かった、と胸を撫で下ろした。

「おいおい、さっきまで調子良かったのはどうした? もっと遠慮なく来いよ。お前も吸血鬼なんだからちょっとドツイただけで死にゃしねぇだろ」

 調子を確かめるように軽く飛び跳ねて身体をほぐす内なる吸血鬼は、つまらなそうに挑発した。対して、“切り裂きジャック”は今まで打って変わって獰猛な獣のような戦い方に困惑の声を上げる。

「驚いたよ……。別人だというのは本当なんだね……。しかも、切れた皮がすぐに塞がっている」

 切っても切っても傷一つない綺麗な皮膚へ修復されていく様子に、素直に感嘆の声を漏らす“切り裂きジャック”。すると、内なる吸血鬼は肩を落として返事をした。
 
「あぁ、そうさ。なんせ、明嗣コイツ事にすら気付いてねぇ。だから俺がそれを教えようとしてんのに聞きやしないから困ったもんだ、まったく」
「今みたいに君が主導権を握る事でかい?」
「そういう事。だからよぉ……」

 跳ねるのを止めた内なる吸血鬼は、力を溜めるように腰を落とした。そして、“切り裂きジャック”の首を狙うように右手で拳を握り、狙いを定め、弓を引くように引き絞る。

「デモンストレーションに付き合ってもらうぜ!」

 つがえた矢が発射されるように内なる吸血鬼は地を蹴り、“切り裂きジャック”へ突撃した。そして、射程内に入ると内なる吸血鬼は右ストレートにひねりを加えたコークスクリューパンチを繰り出す。
 対して、“切り裂きジャック”は腕を交差させてコークスクリューパンチを受け止めた。その後、ナイフを逆手に持ち替えつつ、柄の部分を力いっぱい握り込んで内なる吸血鬼の顔面を殴りつける。
 グシャリと鼻の骨が折れる音が響いた。一瞬だけ血が吹き出すが、すぐにそれも止まり、修復されていく。だが、そんな事は関係ないとばかりに“切り裂きジャック”は口元を歪ませた。殴られたことにより、内なる吸血鬼は怯んで一瞬だけ硬直した。その隙に“切り裂きジャック”は内なる吸血鬼へ飛びついた。

「うぉッ!?」

 驚きの声と共に内なる吸血鬼は“切り裂きジャック”に押し倒される。内なる吸血鬼はとっさに受け身をとってダメージを流したが、“切り裂きジャック”にマウントポジションを取られてしまう。そして、ナイフを両手で握ると内なる吸血鬼の首元へ振り下ろす。

「どうだい? 遠慮なくこいって言ったから言うとおりにしてみたけど」
「ああ。いいねぇ。やりゃできんじゃねぇか」

 ナイフの刃を掴んで止めた内なる吸血鬼の顔に手のひらから血が流れ落ち、身体に快楽の電流が走りぬける。

「目覚めてからずっと疑問だったんだけど、このナイフで切りつけられた人達って皆そんな風に興奮するんだよね。どうしてかな?」
「知るかよ。自分テメェの事は自分テメェで調べろ」
「そう言えば、君は僕のことを同じ吸血鬼だって言ったよね? もしかしたらそれが関係してたりしてね」

 などと、朗らかに笑いかけながら“切り裂きジャック”は体重をかけてナイフを押し込んでいく。内なる吸血鬼も力を入れて押し返そうと努力するが、やはり吸血鬼相手に半吸血鬼では膂力が弱く、力負けしてしまう。抵抗も虚しく、刃先が喉元に触れる5mm前まで迫ったその時。突如、自動拳銃より大きな銃声が鳴り響いた。

「おい! さっさとそこをどかないと次は当てるぞ!」

 コッ、と地面に何かが落ちる音がした。音のした方へ目を向けるとショットガンを構える黒いジャケットを羽織った白髪混じりの中年オヤジ、アルバートが睨み付けている。足元にはショットガンに使用する弾丸、ショットシェルの薬莢が転がっている。先程の銃声はアルバートの持っているショットガンから放たれた物だったのだ。

「明嗣! 生きてるか!?」
「生きてるよー」

 とりあえず内なる吸血鬼は返事をして生存を報告した。一方、“切り裂きジャック”は不快感を隠すことなく舌打ちをした。

「今日はよく邪魔が入るなぁ……! そんなに死にたいのか?」

 “切り裂きジャック”は押さえ込んで動きを封じた内なる吸血鬼から視線を外し、殺気立った視線をアルバートへ向ける。

「今、腹が空いて仕方ないんだ。おじさん、あんまり美味しくなさそうだけど腹の足しにはなりそうだね」
「やめとけ。腹に入れるモンは慎重に選んだ方がいいぞ。例えば、今お前が組み伏せている奴なんかは考え直した方が良い奴の筆頭だな。なんせ、そいつは半分だけ吸血鬼のゲテモノだからな」

 冗談を飛ばしつつアルバートはショットガンから、腰のガンベルトに差した回転式拳銃リボルバー、ルガー スーパー・レッドホークに持ち替え、早撃ちクイックドロウした。込めた弾丸は|自動拳銃に用いる9mmパラベラム弾より強力な純銀製弾頭の.44マグナム弾だ。しかし、不意を突いた早撃ちでも“切り裂きジャック”には届かない。放たれた銀の銃弾は風の刃により真っ二つに切られ、撃墜された。

「こりゃ、驚いたな……。お前さん、真祖アルファなのか」

 たった今起きた事象について、アルバートは驚きの声を上げた。すると、聞き慣れない単語を耳にした“切り裂きジャック”は怪訝な表情を浮かべる。
 
真祖アルファ……? なんだいそれは? 僕、吸血鬼だって教えてもらった事以外、自分がどんな状態なのかも分からないんだ」
「さっきみたいに手を使わずに弾丸撃ち落としたりだとか、妙な手品を使える奴の事をそう呼ぶんだよ」
「へぇ、そうなんだ。勉強になるなぁ……」
「おい、俺を置いて話を進めてんじゃあ……ねぇッ!!」

 喉元にナイフを突きつけられている内なる吸血鬼は、覆いかぶさっている“切り裂きジャック”の脇腹へ膝蹴りをした。横からの衝撃で力の向きが変えられた事により、ナイフはアスファルトに突き立てられる。その隙に内なる吸血鬼は“切り裂きジャック”の拘束より脱出した。

「明嗣、いったん退くぞ!」
「なんでだよ! 俺はまだやれるぜ、!」
「今の手持ちじゃ俺が死ぬんだよ! 良いから黙って言う事聞け!」

 呼びかけながらアルバートは懐からジッポオイルの缶を取り出し、上空へ放り投げた。その後、ルガー スーパー・レッドホークで撃ち抜く事で中身を周囲に撒き散らす。その後、アルバートは懐から取り出したジッポライターに火を点けた。
 対して、“切り裂きジャック”は逃さないと言いたげに周囲に風をまとわせる。
 
「おとなしく逃がすと思っているのかい!」
「コイツで丸焼きローストされちまいな!」

 捨てゼリフを吐きながらアルバートは点火済みのジッポライターを投げつけた。すると、撒き散らしたジッポオイルの助けも借りて、燃え広がる炎が結界となった。

「クソっ! こんな物!」

 鬱陶しいと言わんばかりに“切り裂きジャック”は風で炎の結界を吹き飛ばした。そのままアルバートと内なる吸血鬼を追いかけようとしたが、炎が消えた時には既に、二人の姿は消えていた。

「逃したか……」

 空腹の苛立ちも相まって“切り裂きジャック”は恨めし気に舌打ちをしてその場を去っていった。



 一方、無事に撤退することに成功したアルバートと内なる吸血鬼は……。

「なんとか逃げ切れたか……」

 肩で上下させ、アルバートは安全を確認できた事でほっと息を吐いた。対して、内なる吸血鬼は不満を漏らした。

「チッ……いいトコで水差してくれたよな」
「そりゃそうだろ。弾丸通らない相手なんて出直すしかねぇ。そんな事より――」

 呼吸を落ち着かせたアルバートは、ガンベルトからルガー スーパー・レッドホークを抜き、自分の隣にいる少年のこめかみへ突きつけた。すると、突きつけられた方は、手を上げてその意図を尋ねた。

「おいおい、なんでこんな事すんだよ? もしかしておかしくなっちまったか?」
「とぼけるなよ。さっきお前が俺をと呼んだのを気づかねぇとでも思ったか?」
「それがどうしたんだよ。オッサンなのは事実だろ?」

 少年は口の端を吊り上げて口を返す。すると、アルバートも同じように口の端を吊り上げた。

「いい事教えてやるよ。俺が知ってる明嗣おまえはな、俺のことを呼ぶ時はどんな時でもマスターって呼ぶんだよ。オッサンと呼ぶ度に拳骨食らわせてきたからな」
「ワァオ、児童虐待だな……」

 アルバートに確固たる証拠を突きつけられた事で、明嗣のフリをやめた内なる吸血鬼は苦笑いを浮かべて感想を口にした。すると、アルバートはスーパー・レッドホークの撃鉄を起こして話を続けた。

「俺は古い人間なんでな。口で叱るよか鉄拳制裁の方がしょうに合ってるんだよ。その代わり、ニュースに出るようなバカみてぇに無闇やたらとぶん殴って教育だと言い張るような事はしてねぇ。そんなことより……誰だお前」

 アルバートは低く重い声で尋ねながら、銃口で内なる吸血鬼のこめかみを小突いた。すると、内なる吸血鬼は残念そうに肩を落とした。

「あーあ……バレちまったか……。このまま血をすすりまくって吸血鬼として生きるしかないようにしてやろうと思ってたのによ」
「だから誰だお前。答えねぇとこのまま弾くぞ」
「今答えてやるからせっつくなよ。俺は明嗣コイツの中にいる吸血鬼。さっきの野郎に追い詰められていたからちょっと手を差し伸べてやったのさ」
「ほー、親切なこったな。話は聞いてる。助けてやった言う割にはずいぶん悪どい事を考えていたようだが」
「まぁ、それは親切料ってやつさ。ご褒美ってのは何事にも必要だろ?」

 ククッっと笑いつつ、内なる吸血鬼は横目でアルバートの様子を伺った。銃口は頭に向けられている。そして、すでに引き金にはすでに指が掛かっている。少しでも妙な動きをしたら即座に風穴を開けられることだろう。
 そして、何よりも重要なのは、先程の戦闘でダメージを受けすぎている事だった。
 吸血鬼の身体にはその場ですぐに塞ぐことができる程の再生力が備わっているが、能力の発揮には大量の血を必要とする。そして、半吸血鬼は吸血鬼であると同時に人間なのだ。散々切り刻まれて傷を塞いだ分、血を消費しているために現在、明嗣の身体は貧血でグロッキー状態。当然、明嗣の身体を間借りしている内なる吸血鬼もその影響を受けており、頭の中がクラクラとしていた。

 さぁて……今の状態でこのオッサンを相手にできるかな……。

 内なる吸血鬼はこめかみに銃口が向けられている状態でどうするか思案し始めた。たぶん、この男は知っている奴が相手でも遠慮なく引き金を引く事ができる覚悟がある。そう思わせるだけの凄みがアルバートから滲み出ていた。
 とりあえず、何をするにもまず、この銃口をどかさなければ話にならない。内なる吸血鬼は銃身をはたいて向きを逸らそうとタイミングをはかる。やがてお互いの緊張感が最高潮に達した瞬間だった。突如、内なる吸血鬼が膝から崩れ落ちる。

 ここでタイムオーバーか……。根性なしめ……!

 心のなかで毒づいた後、内なる吸血鬼も意識を失い、その場で倒れ込んでしまった。銃を向けられているのにも関わらず、すぅすぅと寝息を立てて眠る明嗣。その寝顔で一応危険が去った事を確認したアルバートは疲れたように息をいた。

「はぁ……ヒヤヒヤさせてくれるよお前……」

 スーパー・レッドホークの撃鉄を戻し、銃を納めたアルバートは明嗣の身体を背負ったまま、Hunter's rastplaatsへ戻っていった。



 翌日の朝。目を覚ました明嗣は周囲を見回した。照明機材に照らされた標的ターゲット、グツグツと鍋の中で煮えたぎる融けた銀、そして工具が散乱している作業台。どうやら、明嗣が現在いる場所はHunter's rastplaatsの地下工房のようだ。

 あれ……俺……。

 意識がおぼつかないなりに明嗣は昨夜の記憶を振り返った。
 たしか昨夜はズタボロの女が店に飛び込んできて、それから……。

 そうだ“切り裂きジャック”!

 明嗣は慌てて立ち上がろうと全身に力を入れる。だが、なぜか視線の位置が高くなる事はなかった。

 はぁ?

 なぜ、目線が高くならないのかと明嗣は自分の身体を確認しようと、視線を下ろす。すると、その目に映っていたのはロープで椅子に縛り付けられている自分の胴体だった。
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