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作者: 龍崎操真
残酷な描写あり R-15
第17話 澪の追求
 心象世界で突如始まった明嗣と内なる吸血鬼の戦いは続く。
 襲い来る大剣の攻撃を紙一重で躱しつつ、明嗣は果敢に反撃の拳を繰り出すが、手応えがまるで感じられない。しかも、ダメージを与えるどころかむしろ、元気になっているのではないか、と思うほどに攻撃は苛烈になっていく。反対に武器を持っていない丸腰の明嗣は、徐々に追い詰められているような焦燥感を覚えていく。

 俺にも何か武器が欲しいけど、どうやって出しゃ良いんだ……!?

 贅沢は言わないからせめて、自分にも何か武器が欲しい。このままではジリ貧になり、いつか致命的な一撃をもらう事になってしまう。
 だが、どうやって? 必死に攻撃をいなしながら明嗣は頭を回す。すると、攻防の最中に明嗣はある可能性を考えついた。

 そういや、ここは俺の心の中だと言ってたな……。なら、もしかして……!

 明嗣は大ぶりに振り下ろされた大剣を側宙で躱し、さっそく欲しい物を念じた。すると、両手の中に最近手に入れた白と黒の双銃、ホワイトディスペルとブラックゴスペルが現れる。
 思い通りに欲しいものが現れたことで、明嗣はひとまず安堵の息を吐いた。

「やっぱりか。考えてみればそりゃそうだ。ここは俺の心の中なんだからな」
「あーあ、気付いたのかよ。このまま、嬲っちまおうかと思ったのに……なァ!!」

 残念がるようにため息を吐いた内なる吸血鬼は、ここからが本番だと言わんばかりに両手でしっかりと柄を握り込む。そして、地を這わせるように剣を振る。明嗣はその攻撃をバックステップで回避し、自分と同じ顔した標的へ向けてためらいなく双銃の引き金を引いた。とっさに刀身を盾代わりに銃弾を防いだ内なる吸血鬼はニヤリと口を吊り上げ、明嗣へ声をかけた。

「おいおい、同じ顔しているのにずいぶん遠慮なくぶっ放すな? そんなに自分の顔が嫌いか?」
「遠慮がねぇのはお互い様だろ? 丸腰なのに斬りかかって来やがって」
「そりゃそうさ。お前を倒せば血が吸い放題なんだから当たり前だろ? それに、俺は人間おまえと違って……欲望に素直だからなッ!!」

 再び内なる吸血鬼が明嗣へ向けて突っ込んでいく。明嗣も引き金を引いて応戦するが、先程と同じように大剣を盾にして銃弾が弾かれてしまい、剣の間合いまで接近を許してしまった。上段の袈裟斬りの構えが見えたので、目が慣れてきた明嗣は回避した後の戦略を立て始める。

 こんだけ分かりやすく振りかぶったんなら、簡単に避けられる。身体を反転させて空振らせた後に頭と心臓にち込めば俺の勝ちだ!

 思考に余裕にできたので心なしか身体が軽くなったように感じる。余裕が表情にも現れたのか、無意識に明嗣は口の端を吊り上げていた。しかし、内なる吸血鬼はその余裕をいとも簡単に打ち砕く。
 途中まで同じスピードで振り下ろされていた大剣だったが、明嗣の頸動脈付近にまで来た辺りで突如、内なる吸血鬼は右手で剣の柄をバイクのスロットルを開くように捻った。すると、エンジンが一気に高回転域レッドゾーンまで吹け上がるような高音が響き、刀身を黒炎が包み込む。同時に打ち出された弾丸のように剣が加速し、明嗣の胴体を一閃する。

「ぐああああアァッ!!」

 明嗣は身を切り裂かれる痛みと、傷口を業火であぶられる痛みでたまらずのたうち回る。その様子を目にした内なる吸血鬼は、期待外れだ、と言いたげにつまらなそうなため息を吐いた。

「ちょっと本気出したらこれかよ。がっかりだ。ちょうどお迎えの時間が来たみたいだし、命拾いしたな」

 お迎え……だと……?

 痛みで気が遠くなり、心象世界に来た時と同じように明嗣の意識は真っ黒に染まった。




 意識を取り戻した明嗣は荒い呼吸を繰り返していた。眠っている時に呼吸をしていなかったのか、浅かったのか分からないけれど、とにかく全力疾走した後のように心臓の脈打つスピードが早い。そもそも、ここは現実なのか? 確認するために急いで身体を起こした際、明嗣はゴツッと音を立てて頭を何かにぶつけた。

「いでっ!」
「〜っ! ちょっと! いきなり飛び起きないでよ!」
「はぁ……?」

 ぶつけた額を押さえながら、明嗣は声のした方へ目を向けた。すると、向けた先には同じように額を抑えて睨む鈴音の姿があった。どうやら、明嗣が頭をぶつけたのは鈴音の額だったらしい。額をぶつけたことで一気に目が覚めた明嗣は周囲の状況を把握した。どうやら意識を失った後、工房に設置された休憩用のソファに寝かされたらしく、背中には革とスプリングの感触がある。今いる場所が工房だというのは把握した。だが、学校にいるはずの鈴音がなぜここにいるのか。疑問に思った明嗣はすぐに彼女がいる理由を尋ねた。

「鈴音……? なんでお前がここにいんだよ」
「なんでって、もう学校終わって夕方だよ? 仕事ないか聞くついでにご飯食べに来たら、マスターが一人で準備してたんだもん。明嗣は、って聞いたらここにいるって言ったから様子見に来たの。そしたら、なんかうなされているっぽくて起こそうとしたらこれって酷くない!?」
「あー……そりゃあ、まぁ……悪い」
「はぁ……まぁ、コブとかできてないから良いけど。それでバイクがなんでここにあるの?」

 怒りが収まってスッキリしたのか、鈴音は例のバイクを指さした。明嗣は深呼吸してから、疲れ切った声で質問に答える。

「親父が乗ってた馬」
「馬? これが?」

 鈴音は警戒するようにバイクを睨んでいた。鈴音の様子に疑問を抱いた明嗣は、彼女へ声をかけた。

「どした」
「嫌な感じ……。何か良くない物が中にいるでしょ、これ」

 なにか良くない物がいる。その言葉に明嗣は納得したように頷いた。
 
「なるほど、それでか……」
「何が?」
「コイツに触った瞬間、俺は意識を失って心の中の世界に引きずり込まれたんだよ。で、そこでもうひとりの俺に会ったんだ。しかもそいつ、俺の吸血鬼の部分だって言うんだぜ? 笑えるだろ?」
「そんな事本当にあるんだ。で、どうしたの?」
「いきなり馬で轢こうとするわ、斬りかかってくるわで散々な目に遭ったよ」
「なにそれこわっ」

 平然としているのが信じられない、と言いたげに鈴音は明嗣の事を見つめていた。しかし、意に介す事なく明嗣はグッと身体を伸ばした。そして、スマートフォンを取り出して時刻を確認した。

「もう午後六時か……。準備しねぇといけねぇな」

 明嗣は作業台に置いてある愛銃が収まったホルスターへ手を伸ばす。とりあえず、依頼が来ていた時に備えて整備しておいた方が良いだろう。だが、鈴音がホルスターを着ける事に待ったをかけた。

「待って。明嗣にお客さんを連れて来てるんだけど」
「客?」
「うん。っていうか付いてきちゃったが正しいかな……」

 鈴音は影を背負うように目を泳がせた。その様子は何かミスしたような視線の逸らし方に思える。不審に思いながらも、明嗣は整備を後回しにして鈴音が連れてきた客に会ってみる事にした。



 地下から店に戻った明嗣は頭を抱える事となった。なぜなら、鈴音が連れてきた客の正体は……。

「あ、やっと来た! 持月さん、たまに明嗣くんと一緒にここへ入っていくって噂になってたけど、やっぱりあたしの考えた通りだったんだ!」
「な、な……」

 明嗣の姿を見つけたその客、澪は待ってましたとばかり椅子から立ち上がった。澪の姿を見た明嗣は拳を握り、鈴音に小声で怒りの言葉をぶつけた。

「なんで彩城がここにいるんだよ……! お前、俺があいつに付きまとわれてる知ってたよな……?」
「だ、だってまさか尾けられているなんて思わなかったんだもん……。って言うか、あの子は何?」
「吸血鬼に襲われている所を助けたら目を付けられたんだよ。まさかここまで来るとは俺も思わなかったけどな……」
「あの時問い詰められてのはそういう事だったんだぁ……ってやばいじゃん! どうするの!?」
「だから今困ってんだよ! どうやって追っ払うか……」
「ねぇ、こそこそ二人で何を話しているの? あたしも混ぜて欲しいな」

 事情説明する明嗣と状況を理解して狼狽する鈴音の間に澪の声が割り込む。話を中断しておそるおそる澪の表情を伺うと、なんと彼女は笑顔を浮かべていた。それも文句のつけようがない程に完璧な、微笑むような笑顔。だが、笑顔の先にいる明嗣と鈴音にとっては、逆に不気味な物に思えた。鈴音はどうしようかと言いたげな視線を明嗣へ向ける。対して、明嗣は面倒だと言いたげな表情で頭をかくと人差し指をクイクイと動かし、澪について来いと伝えた。
 同時に厨房で夜の準備をしているアルバートへ呼びかけた。

「マスター、ちょっと外出る」
「ああ、分かった……っていつ目が覚めた!?」

 明嗣の呼びかけに驚くアルバートと、どうするのかと言いたげな視線をぶつけてくる鈴音を店に残して、明嗣は澪を連れ出した。



 店を出た明嗣と澪の二人は無言のままひたすら歩く。そして、5mまで歩いた所で明嗣は足を止めて口を開いた。

「あのな、ここまで追い回して来る理由はなんだよ? そんなにあの夜の真実が知りたいのか?」
「それだけじゃないよ。これ見て」

澪はスマートフォンを取り出して指を滑らせた後、明嗣へ画面を突きつけた。画面の中には白くぼやけた人型のなにかが映っている。

「これ、同じクラスの子が明嗣くんを撮ったらこうなったって言ってたんだけど、初めて会った時に見せた写真と同じ事が起きてるよね? どういう事か説明してよ」
「盗撮かよ。感心しねぇな」
「良いから答えて。なんで初めて会った時は黙ってたの?」
「さてね、なんでかな?」

 初日から怖い目に遭ったストレスが溜まっていたのもあったのだろう。あくまで答える気はないと言いたげな明嗣の態度に、神経を逆撫でされた澪は、ついにその不満を爆発させた。

「ふざけないで! あたしの事を馬鹿にしてるの!? 明嗣くん、学校で会った時からずっとそう! 答えを知ってたくせに、今までどういうつもりであたしの話を聞いてたの!?」
「馬鹿になんてしてねぇよ。つーかさ、逆に聞くが……」

 明嗣は冷めた視線を澪へ浴びせ、切り込むように疑問を投げかけた。

「なんで答えないのか、彩城はその理由を考えた事をあるのか?」
「え……」

 その一言で澪は一気に言葉を詰まらせてしまった。そこへ明嗣は追撃の言葉を口をする。

「親切心で言っておくが彩城、好奇心や正義感で首突っ込もうとしてんならやめといた方が良いぜ。それともう一つ、ちょこまか付きまとわれると迷惑だ」

 ぴしゃりと言い放ち、明嗣は店へ戻っていった。その後ろ姿を見送る澪は呆然と立ち尽くし、ショックを受けた表情を浮かべていた。



 店へ戻るとさっそく鈴音が明嗣へ声をかけた。

「あ、戻ってきた。ねぇ、どうだったの?」
「丁重にお帰り頂いた」
「はぁ!? お前、せっかくの商売チャンスをよくも……」

 新しいリピーターが生まれるチャンスを潰されたアルバートの抗議の声が上がった。が、明嗣はカウンター席へ腰を下ろしつつ、難なく受け流した。

「悪かったよ。次は邪魔しないようにするさ。けど、色々嗅ぎ回られるよか良いだろ?」
「それはそうだが……」
「それより、メシくれよ。腹減っちまった」

 明嗣は強引に話題を変えて、澪の話題を打ち切った。過ぎた事は仕方ないと割り切ったアルバートも明嗣と鈴音に食事を作り始めた。
 現代社会は光と闇の境界が曖昧だ。ふとしたきっかけで、陽のあたる場所から光が差すことすらないドブ泥の世界に迷い込んで抜け出せなくなる、なんて事もザラにある。何も知らない人を食い物に私腹を肥やす外道ならともかく、少しでも良心が残っているのなら元いた場所へ突っ返してやるのが筋と言うものだろう。
 二人で食事の到着を待っていると、鈴音はふと純粋な疑問を明嗣へぶつけた。

「今更だけど、クラブの時みたいに吸血鬼の事を忘れろって命令できないの? その眼の力でさ」
「あー……まぁ、できなくはねぇと思うけど……あんまやりたくはねぇな……」

 答える明嗣の表情からは、少し複雑な心境が滲み出ている。対して、鈴音は不思議そうに首を傾げながら疑問を重ねた。

「なんで? それならこんな事にもならなかったのに……」 
「漫画やドラマでよくあるだろ? 記憶を消してもう一度初めましてってやる奴。あれの当事者になるのが嫌だなって」
「あー……あれ切ないよね……。たしかにそう考えると嫌かも……」
「そう言う事。それに記憶ってのは、脳が勝手に抜け落ちた箇所を自然な流れになるよう補完する事もあるけど、それにだって限界がある。だから、そう簡単にホイホイ消す訳にもいかねぇの」
「そっか……。その眼、便利だなって思ってたけど持ったら持ったで苦労してるんだね」
「見たくねぇモンまで見える時あるしな。世の中そう都合良くはねぇって事だよ」

 明嗣の言い分に納得した鈴音は、それ以上この話題について深堀することはしなかった。その後、アルバートが食事を持ってやってきたので、そのまま夕食の時間となった。
 そして、食事を終えた休憩中に合言葉が必要な吸血鬼狩りの依頼オーダーの電話が掛かってきたので、地下へ下りた明嗣は愛銃の整備を始めた。



 今回の依頼は、比較的簡単に片付けられる物だった。なぜなら、その吸血鬼は繁華街の片隅に潜んでおり、浮浪者のような出で立ちで、今まさに居酒屋にでも寄って酒盛りをしていたと思われる酔っ払いを襲おうとしていた所だったのだから。
 なので、明嗣は容赦なく吸血鬼の方を蹴り飛ばし、白銀の銃、ホワイトディスペルを向ける。

「ほら、さっさと逃げろよ」

 酔っ払いは何が起きたのか理解できてないようなので、明嗣は端的に去るよう促した。
 一方、吸血鬼の方はすぐに命の危機に陥っている事を理解し、明嗣へ命乞いを始める。

「お、お願いだ! もう人間を襲わない! 見逃してくれ!」
「ダメだね。お前、もう何人もってんだろ。信用できる訳がねぇ」
「ほ、本当だ! 俺はもう血を吸わない! 神に誓ってもいい! だから助けてくれ!」
「俺がこの世でもっとも信用してない言葉のひとつは『神に誓ってもいい』だ」

 明嗣は命乞いを一蹴し、撃鉄を起こして吸血鬼の頭へ狙いを定める。あとは指に力を入れて引き金を引くだけの簡単な仕事だ。
 だが、その簡単な仕事に思わぬ横槍が入った。
 突如、明嗣の耳に知ってる少女の声が飛び込んできた。

「め、明嗣……くん……?」

 いつかの時のような不安げに呼びかけるその声に、明嗣は思わず背中を跳ねさせる。声のした方へ視線を向けると、もう首を突っ込むなと忠告して別れた澪が信じられないと言いたげに明嗣を見つめていた。

「な、何……やってるの……? 手に持ってるそれ……何……?」

 信じられないといった面持ちで澪は明嗣へ呼びかける。
 当然だ。これではまるで、明嗣が命乞いを無視して、冷徹に引き金を引く殺し屋のようにしか見えないのだから。
 思わぬ人物の出現により、明嗣の注意が吸血鬼から澪の方へ向いてしまう。その一瞬を突き、吸血鬼は銃を奪おうと明嗣へ襲いかかった。
 しかし、銃を奪う事は叶わず、反射的に引き金を引いた明嗣に頭を撃ち抜かれてしまった。
 絶命した事で吸血鬼の身体が灰へと変わる。安全が確認されたので、明嗣は撃鉄を戻し、ホワイトディスペルを納めて澪へ呼びかけた。

「これが答えなかった理由だ。詳しい事は説明するからまず――」

 もうここまで来たら誤魔化すのは無理だと悟った明嗣は、店へ連れて行って事情説明するため、澪へ近付く。
 だが、明嗣が一歩踏み出すと同時に、澪は一歩後ずさりをし、震え出してしまった。

「あ……」

 思わず、澪から声が漏れた。おそらく無意識だったのが伺える。だが、本人にそのつもりがなくても、これは紛うことなき拒絶する意思表示以外の何物でもなかった。
 それを受け、明嗣も動けずにいた。そのまま、二人の間を重い沈黙が包み込む。やがて、どうしたら良いのか分からなくなった澪は、明嗣に背を向けて逃げ出した。
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