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作者: 龍崎操真
残酷な描写あり R-15
第11話 利用のツケ
 鈴音が連行されてきた場所は、このクラブの様子を監視するモニタールーム兼スタッフ達が休憩に使用するスタッフルームである。

「ほら、入れ」
「痛っ! ちょっと蹴らないでよ!」

 抗議の声と共に鈴音が電子の錠を外した部屋の中に放り込まれた。
 中の様子は、無数のモニターがところ狭しと並んでおり、ダンスフロアの様子が全部映し出されている。怪しげな売買の様子から、トイレの入り口前でキスをしているカップルの様子まで、文字通り全部だ。
 いきなり、「プラベートなど存在するか」と言いたげな部屋に連れて来られた鈴音は、それはもうドン引きといった表情で圧倒されていた。

「うわぁ……もしかしてアタシ、最初から目をつけられてたの?」
「その通り」

 モニターの前に座っていた男が椅子をくるりと回転させて振り返った。回転椅子に座っていたのは白いスーツに赤いシャツ、一歩間違えば任侠映画に出てきたとしてもおかしくない見た目の男だった。グラス片手にふんぞり返るその男は、鈴音を見るなりククッと笑みを浮かべる。

「やぁ、お嬢さん。ウチの事務所へようこそ。狭い所だがゆっくりしていってくれ」
「じゃあ、この人たちをアタシの周りからどかしてくれない? それと、女の扱い方も教え直した方が良いかも」
「おいおい、今は男女平等の時代だろ? 男も女も同じ扱いにしねぇと最近うるさいからなぁ……。我慢してくれよ。さてと、それじゃあ自己紹介といこうか。俺は吾妻だ。ここを仕切っている。言ってみりゃここの経営者だな」
「知ってる。ニュースでよく出てるもんね。『指定暴力団の吾妻組』って。ここってその『吾妻さん』のとこだったんだ」
「へぇー。最近の若者はスマホばっか見ていると言われているが案外馬鹿にはできねぇもんだな」
「で? その暴力団の人がアタシに何?」

 さっさと本題に入れと鈴音は白スーツの男、吾妻を睨みつけ、用件を尋ねた。吾妻は口調はそのままに声を重くして鈴音の質問に答えた。

「いや、何。大した事じゃない。お嬢さん、ウチに入る時なんかなげぇモン持ってたよな? ありゃなんだ? 何が入っている?」
「さぁ? っていうか、そんな物持ってたっけ? 忘れちゃった。男の子が一緒に来ているから、そっちに聞いてみれば?」
「男の子? なんの事だ? ボディチェックを受けたのはお嬢さん、?」
「え……嘘……。そのモニターの監視映像に映っているでしょ?」
「おい、出せ」

 取り巻きの一人に指示を飛ばして、吾妻は鈴音がボディチェックを受けている映像をモニターで確認した。すると……。

「うそ……!?」

 鈴音は絶句してしまった。なんとそこに映っていたのは。明嗣の姿なんて文字通り、影も形もなかったのだ。
 全く予想外だった事態に鈴音は、頭の中が真っ白になっていく。その様子を受け、吾妻は愉快そうに口を歪めた。

「ははは。こりゃおもしれぇ! おい、嬢ちゃん。男の子はどこにいるのか言ってみろよ! なぁ!」
「そんな……!? だって明嗣はアタシの目の前で……」

 突きつけられた現実を前に鈴音の顔が青ざめていく。鈴音の反応に満足した吾妻は固定電話の受話器を手にし、内線の番号へ電話をかけた。30秒後、一人の男が入ってきた。黒のジャケットに白いシャツ、スーツ姿と言われれば誰もが想像するような服装の顔色が悪い男が入ってきた。

「なぁ、吸血鬼が存在するって言ったら信じるか? コイツがそうなんだけどよ。これがすげぇ。拳銃ハジキで撃たれても短刀ドスで刺されても死なねぇんだよ。試してみるか?」

 冗談めかした口調で吾妻は木製の白く細長い物を差し出す。頭が働かない鈴音がおそるおそる引っ張ると、中から鈍く光る刀身の短い刃が出てきた。短刀、業界用語で言う所のドスだ。鈴音が手にしているのが木だけのあたり、引っ張ったのはどうやら鞘の方だったらしい。いったい何を思って鞘の方をわざわざ差し出したのだろう、と鈴音は当然の疑問を抱いた。
 その回答はすぐに提示された。立ち上がった吾妻は顔色が悪い男の方へ歩いていくと、一気に短刀で腹を貫いた。声もないままに顔色の悪い男が倒れる。

「ちょっと何してるの!?」

 思わず鈴音が声を上げた。いきなり人が刺されれば、誰でもこうなる当然の反応だ。対して、吾妻は鈴音の反応に「まぁ見てろ」と笑うだけで取り合ってくれない。
 全員が固唾をのんで見守っていると、異常が起きた。なんと、たった今腹を刺されて倒れたはずの男が何事もなかったかのように立ち上がったではないか。
 
「な? すげぇだろ? ハジキの方も試してみるか?」

 本当に愉快そうに、吾妻は笑っていた。まるでお気に入りのおもちゃを遊んでいる時の子供のようだ。しかし、鈴音は知っている。
 それは、腹を空かせた猛獣をいたずらに刺激するにも等しい、もっとも危険な行為だということを。
 鈴音がその行為の意味を教えようと口を開いた瞬間、部屋の外からドンドン、と扉を叩く音が聞こえてきた。

「……ッス! ……○ーイー……ッス! ピザの……りましたッス!」

 声の主が扉の向こうなのでよく聞こえないが、どうやらピザが届いたらしい。しかし、この場にいた者達は皆、困惑の表情を浮かべた。

「おい、お前ピザ頼んだのか?」
「いや、知らない」
「じゃあお前か? 今夜の夜食はお前の担当だったよな」
「いや、おれも知らない」

 誰がピザを頼んだのかと話し合う中、扉の向こうにいる者は言葉を続けた。

「……かい。……ぁ……いす……よ!」

 くぐもった声がんだと思った瞬間だった。突如、電子錠で施錠された扉が爆発音と共に吹き飛んだ。その後、もうもうと立ち込める煙の中よりゆらりと黒い影が現す。その影は手に持った大型自動拳銃を指先で回して弄び、呆れた声を出した。

「居るんならとっととドア開けろよ。じゃねぇとこんな風にふっ飛ばされても文句は言えねぇぞ」

 煙が晴れ、影の正体が姿を現した。つまらそうに左手に握った黒鉄の銃をクルクルと回し、黒いコートの裾を揺らしながら悠然と部屋へ入ってくる明嗣だ。
 いきなり扉を吹き飛ばして押し入るという暴挙に出た明嗣を前に、吾妻は背中がスッと冷えるような声で明嗣へ呼びかけた。

「誰だてめぇ。どっかの組から送り込まれた鉄砲玉か?」
「まさか。ただピザ届けに来ただけさ」
「ふざけてんのか? ただの宅配屋がそんなデケェ拳銃ハジキを持ってる訳ねぇだろ」

 吾妻の指摘に対し、明嗣は「そりゃそうか」と素直に無理がある事を認めて頷いてみせた。
 一方、鈴音は状況が飲み込めず、明嗣にここへやって来た理由を尋ねた。

「なんでここに来たの? アタシ、助けてって言った覚えないけど」
「勘違いすんなよ。勝手にしろっつったから好きに動いてるだけだ。ってか、簡単に捕まってんじゃねぇよ」
「アタシだって好きで捕まったわけじゃ……」
「まぁ、そのおかげで吸血鬼エモノはここにいる事が分かったから結果オーライだけどな」

 不敵な笑みを浮かべ、明嗣は吾妻の方へ向き直った。対して吾妻は納得したように頷いた。
 
「ははぁ、そこのお嬢さんが言ってた男の子はお前の事だったのか。まぁ監視カメラに映ってねぇ理由を聞きてぇ所だが、それは後回しにするとして……。 エモノとはなんのことだ?」
「俺は掃除屋だ。社会のルールじゃキレイにできないこっぴどい汚れを掃除する掃除屋スイーパーさ。だから掃除しに来た」
「なるほど? つまり俺の事を掃除しにきたって訳か」

 聞くだけ野暮だった、と吾妻は笑ってみせた。が、明嗣は吾妻の背後を指差し、吾妻の言葉を否定する。
 
ちげぇよタコ。俺が用あんのはおたくの後ろにいるもやし野郎の方。最初からヤクザ映画みてぇな格好したチンピラなんか眼中にねぇっての」
「アァ?」

 吾妻はチンピラ呼ばわりされた事に対し、不快げに眉を潜めた。その反応を受け、明嗣は憐れむようにため息をつく。 

「あーあー、どうやら自分が置かれている状況に気付いてないらしい」
「なんの事だ?」
「ソイツらはな、吸血鬼ってバケモンなんだよ」
「知ってるよ。だからウチの用心棒として飼っているんだ。ちょっとやそっとの傷じゃ死なねぇ、おまけに殺しにやって来た奴の血を与えてりゃ従順に従う最強の兵士だ」

 未だに明嗣の言わんとする事を理解できない吾妻は自慢げだ。そんな吾妻に対し、痺れを切らした明嗣はついに核心をつく質問を口にする。
 
「じゃあ、そんな奴がどうして大人しく従っていると思う? まさか、いつまでも同じ量の血で満足すると思ってるのか?」
「はぁ?」
「ほら、わかんねぇか? すぐ近くにお前の喉元狙っている猛獣がいるんだぜ」

 瞬間、吾妻は背中がゾッとするような感覚を覚えた。その原因を探ろうと周囲を見回すと答えはすぐに見つかった。それは自分の部下だと今まで思い込まされていて、たった今明嗣が「もやし野郎」と揶揄した黒いスーツで色白の男、吸血鬼だった。
 さらに鈴音の周りにいる吾妻の部下達を指差しながら、明嗣は言葉を続ける。

「さらに、そこの奴らも吸血鬼にされているぜ。手駒を増やしてここを乗っ取るつもりだったのか?」
「はぁ!? どういう事だよそれは!?」
「映画見た事ねぇのか? 吸血鬼に噛まれたら吸血鬼になるっつーあれだよ。噛まれた時に血を飲まされたって所だろうさ。まぁ、正確に言うなら吸血鬼ってよりは眷属になったが正しいけどな」

 明嗣は端的に状況を説明しつつ、右手で懐を探ってホワイトディスペルを引っ張り出した。が、撃鉄を起こす前にわなわなと震えていた吸血鬼が獣じみた叫びを上げ、吾妻へと襲いかかる。

「う、うわああああ!!」

 やっと自分の行動の意味を理解した吾妻は、腰を抜かしてリノリウムの床に尻もちを着いた。ここから待ち受けている結末はただ一つ。今まで良いように使ってきたツケの支払いとして、血を吸われて死ぬのみだ。
 現実を受け入れた吾妻は覚悟を決めてこれからに備えて目をつむる。だが、そこへ割って入る者がいた。

「焦んなよ。こんな奴の血ぃ吸ったって腹壊すだけだぜ」
「はぇ……!?」

 おそるおそる、吾妻は目を開けて何が起きたのかを確認した。すると目の前には、大きく開いた吸血鬼の中にホワイトディスペルの銃口を突っ込む明嗣の背中があった。
 異物を口に入れられた不快感から、吸血鬼は銃身へ牙を突き立てる。しかし、ガチガチ鳴るだけで壊すまでには至らない。その滑稽な様子を前に、明嗣は口の端を吊り上げて引き金に指を掛ける。

「Bang!」

 撃針が装填された弾薬の雷管を叩くと同時に、赤黒い液体が周囲へ飛び散った。同時に、頭が吹き飛び、胴体だけになった身体が膝から崩れ、灰の山を築く。
 これが10mm水銀式炸裂弾エクスプローシブ・シルバー・ジャケットの威力。着弾した瞬間に弾頭が皮膚を食い破り、中の炸薬が爆ぜると共に水銀が床に落ちた液体のように拡散する。通常の鉛弾なまりだまではできない、対吸血鬼に特化した弾薬だからこそできることなのだ。
 以前、説明を受けてはいたものの、実際に目にした威力を前にした鈴音は思わず息を呑む。どう考えてもあれは、ではない。嫌でも人間じぶんとの違いを痛感してしまう。

「ほら、伏せねぇと頭吹っ飛ぶぜ!」
「え……?」
 
 明嗣の言葉で鈴音は現実に帰ってきた。気づくと双銃を水平に構えて自分の方へ銃口を向けている明嗣が姿が見える。

「ちょっ! 待っ……」

 鈴音が慌ててその場にしゃがみ込んだ次の瞬間、五発の銃声が鳴り響く。同じように頭を吹き飛ばされた吾妻の部下たちがその身体を灰の山へと変えた。
 撃鉄を戻した明嗣は銃口から立ち上る硝煙を振り払うように、くるりと回してからホルスターへ収める。

「嘘だろ……!? だって俺たちの拳銃ハジキじゃ……」
「吸血鬼には銀の弾頭。これも俺らの業界じゃ常識」

 吾妻の言葉に明嗣は、本当に何も知らないんだな、と言いたげな呆れた視線を浴びせた。対して、吾妻は腰を抜かしたまま、呆けた表情で明嗣を見つめている。
 これで完全に終わりか。ふぅ、と一仕事終えたつもりだった明嗣は、撃鉄を倒して銃口から立ち上る硝煙を振り払うように回してから銃をホルスターに収める。
 安全が確保された事を確認した鈴音はおそるおそる明嗣へ声をかけた。

「め、明嗣って、カメラに映らないの?」
「まぁな。今は映る映らねぇを切り替える事ができるけど、小さい頃は俺だけ全部ピンぼけして上手く撮れなかったんだ」
「じゃあ吸血鬼と人間を見分ける事ができるのも?」
「ああ。だから俺は一人でもやっていけるし、お前みたいなのは逆に足手まといなんだよ」
「アタシは――!」

 再び明嗣の物言いに反感を覚え、鈴音は明嗣へ詰め寄っていく。しかし……。
 
『きゃあああああ!!』

 突如、モニターの方から悲鳴が聞こえてきた。いったい何事かと明嗣と鈴音の二人が悲鳴の聞こえてきたモニターを覗くと、そこにはダンスフロアで首から血を流して横たわる客達の姿が映っていた。

 
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