残酷な描写あり
Bet1
罠をからくも逃げ延びた二人は、本格的に復習を計画する——
「お前さんは人使いが荒いというかなんというか。俺が心配してやることでもねえとは思うがよ、今回はちっとばかしアシが出てるんじゃないか? ミワ」
ここは尾久屋のペントハウス。秋葉原で合流した後、二人は用意してもらった箱の中に入り荷物として回収された。
「これが本当の箱入り娘ってね」
などと軽口を叩いては嗜められつつ、今ここにいる。
「ちょっとどころか、まるまる大赤字だよ。今のところはね」
千寿ミナミに支払った情報料、尾久屋に支払った諸々の装備品とサービス料を合わせると、悠にCクラスAMGが一台買える額になる。反面、確定している収入の見込みはなかった。これまで、ミワが貯めに貯めてきた金で賄っている。
「アテはないのか?」
「そんなものはない! ないけど、ここまでコケにされたんだ。金に糸目なんてつけないよ。なにがあっても落とし前はつけさせてやる。うへへへ」
「こいつ……。まぁ、なんでもいいけどよ、執着しすぎるんじゃねえぞ。足元掬われるからな」
「おーけー。熱いハートでクールに復讐するわ」
紅焰はため息をつき、首を振った。
「落とし前つけるつっても、これからどうすんだ? また乗り込むのか? 言っちゃ悪いが、お前らは一度返り討ちに」
人差し指を振り、発言権を奪う。
「今回は、外堀から埋める」
「外堀?」
「サン、テレビ〜」
「私はテレビじゃない」
肩をすくめてテレビをつける。どこの局も現職総理爆殺事件で持ちきりだった。わざわざチャンネルを回す必要もない。
「こいつだ」
指を差したのは、会見で二人を捕まえると息巻いている小竹橋だった。
「こいつは大臣だけど、小物だ。脅せばしゃべるはず」
「なにをしゃべらせるんだ……まさか、お前さんたちがいたっていう暗殺機関のことをか?」
「そう」
「いやぁ、流石にしゃべるかねぇ?」
訝しむが、ミワの表情を見て思い当たったことを口にする。
「……おいおい、拷問でもする気かよ。えげつねぇな。十代の女の子のする発想じゃねぇぞ」
「あたしはなにも言ってないよ」
「顔に書いてるよ、まったく。で、なにを用意して欲しいんだ?」
「オグさん、話わかるー。じゃあ、このメモの物を用意してくれる? それとサン」
「なに?」
話を振られるとは思ってなかったサンは慌てて聞き返す。
「あんたもさ、銃もナイフも取られちゃったでしょ。欲しいものリクエストして」
「あー」
――言われてみれば確かにそうだ。
「では、グロック26とサプレッサー、それとフォックスナイブズのカランビットをお願いします。マガジンの数は……ミワに任せます。どうせ作戦を考えるのはミワですし」
慣れ親しんだ得物が一番使いやすい。隠匿携帯にも向く。
「お、素直にあたしの言うこと聞く気になったかー?」
「今回に限り」
釘を刺しておく。
「わかった。用意する。なんでもいいが、ヘマはするなよ」
そう言い残し、紅焰は立ち去った。
「あとはー」
名刺を取り出し、備え付けの電話でどこかにかける。
「なんでスマートフォンを使わないの」
「バカだな、宮野らにバレっちまうだろうがよ。あっ、ミナミー? あたしあたし。あ、ニュース見た? あたしら超有名人になっちゃってんのね、まじウケる」
世間話のノリで話す内容ではない。
「んでそのことでさー、ミナミ。お小遣い稼ぎに興味ない?」
✒︎ ✒︎ ✒︎
電話からちょうど三十分後、千寿ミナミは尾久屋へとやってきた。
「ちょっと、ミワ。部外者招き入れて大丈夫?」
耳打ちするも、ミワは心配ないと取り合わない。サンにとってこの情報屋がどういう倫理観の元に仕事をしているのか掴めない以上、警戒せずにはいられなかったのだが。
「サブロク機関の証拠となり得る証言? まじ?」
「まじまじ。手に入れたら欲しい? 欲しいっしょ?」
「いや、欲しいわ。欲しいよ、当たり前じゃん。そんなん表の仕事でスクープ取れるわ」
――表の仕事?
首を傾げるサンを見て、ミナミが捕捉する。
「あぁ、町谷ちゃん。わたし情報屋は裏の仕事でね。本業というか、表の仕事はフリーライターなんだ」
「スクープって、そんなに儲かるんですか?」
素朴な疑問。
「んー、内容によるけど、政治家の汚職スキャンダルならいい値段になるね。有権者はそういうの気にするからさ。しかも、ここ数年ずっと政府に首根っこ掴まれてたでしょ、マスメディア。表向きは尻尾振る御用記者も多いんだけどさ、結構根に持ってるとこ多いんだよね。政治家って王様気取りでクソ偉そうだし。だから、すごく需要がある的な?」
「なる、ほど?」
「あーあと、できればカルト教団との癒着の証言も欲しいかなー。今まだ疑惑な部分多いしさ。二ヶ月前に殺されたほうの総理が長年にわたって積み上げてきたバックレ答弁が浸透しちゃってるじゃん。言い逃れできないモノ突きつけないとまーたその場限りの嘘ついて逃げるからさ、政治家ら」
「どこの世界もクソ野郎ばっかりですね」
「町谷ちゃんはいい子でいてね」
「努力します」
「まるであたしがうすらクズみたいな言い方に聞こえるんだけどー?」
「「事実でしょ」」
「は?」
不貞腐れて、ペットボトルに口をつける。
「で、わたしはいくら君らに払えばいいんだ?」
サンがピクッと反応する。今回の一連の事件で初めての収入源である。ミワがいくらと提示するのか気になり顔を見る。しかし。
「あー、お金? いらんよいらんいらん。無料でくれてやる」
「はぁ⁉︎」
「なんでお前が反応する、サン。さてはお前ー、金にがめついタイプか?」
「いやいや、そういう問題じゃないでしょ! 取れるお金はちゃんと取らないと!」
「サンちゃん、あまり買い手の前でそういうこと言って欲しくないかな」
ミナミが引く。
「まぁ聞け、サン。あたしは無料とは言ったけど無償とは言ってない」
「どういうこと?」
「……ミワ、わたしになにをさせるつもり?」
ただより怖いものはないという言葉を思い出し、ミナミはおっかなびっくり尋ねる。
それまでのおちゃらけたものとは声色を変え、
「簡単なことだ。あたしたちの情報を誰にも売るな。もし売って、あたしたちが捕まったり死んだりすれば情報は手に入らない。そして万が一、それであたしたちが生き延びた場合――」
ごくり、と喉が鳴る。
「ミナミ、あたしは絶対にお前を殺しにいく。逃げても無駄だ。裏切りは許さない」
背筋にヒヤリと冷たいものが走る。裏世界を渡り歩く情報屋でも、殺し屋に殺意を向けられることは滅多にない。
「簡単、だろ?」
「うん、とても、簡単。わたし、絶対に口を割らない。二人のことは、誰にも、喋らない。わたしたち、友達」
「理解していただけて嬉しいよ、ミナミ。あたしたちはずっと友達だ」
釣り合っていない握手を交わす二人を見て、サンは開いた口が塞がらなかった。サンとミワを売って金を得ても、万が一自分たちが生き延びた場合確実に殺される。
何億で売ったとしても釣り合いが取れないはずだ。ミワは、上限なしの高値で売りつけることに成功したということだ。
――えげつな……。
サンは他に言葉が見つからなかった。
ミナミとの話はそれからもう少しだけ続いた。小竹橋邸の調査依頼だ。
「早ければ早いほどいい。セキュリティと対象がいついるか。それだけわかればいい」
「わかった。できるだけ早く用意する。電話はさっきの番号でいい?」
そうして、ミナミは足早にこの場を後にした。
ここは尾久屋のペントハウス。秋葉原で合流した後、二人は用意してもらった箱の中に入り荷物として回収された。
「これが本当の箱入り娘ってね」
などと軽口を叩いては嗜められつつ、今ここにいる。
「ちょっとどころか、まるまる大赤字だよ。今のところはね」
千寿ミナミに支払った情報料、尾久屋に支払った諸々の装備品とサービス料を合わせると、悠にCクラスAMGが一台買える額になる。反面、確定している収入の見込みはなかった。これまで、ミワが貯めに貯めてきた金で賄っている。
「アテはないのか?」
「そんなものはない! ないけど、ここまでコケにされたんだ。金に糸目なんてつけないよ。なにがあっても落とし前はつけさせてやる。うへへへ」
「こいつ……。まぁ、なんでもいいけどよ、執着しすぎるんじゃねえぞ。足元掬われるからな」
「おーけー。熱いハートでクールに復讐するわ」
紅焰はため息をつき、首を振った。
「落とし前つけるつっても、これからどうすんだ? また乗り込むのか? 言っちゃ悪いが、お前らは一度返り討ちに」
人差し指を振り、発言権を奪う。
「今回は、外堀から埋める」
「外堀?」
「サン、テレビ〜」
「私はテレビじゃない」
肩をすくめてテレビをつける。どこの局も現職総理爆殺事件で持ちきりだった。わざわざチャンネルを回す必要もない。
「こいつだ」
指を差したのは、会見で二人を捕まえると息巻いている小竹橋だった。
「こいつは大臣だけど、小物だ。脅せばしゃべるはず」
「なにをしゃべらせるんだ……まさか、お前さんたちがいたっていう暗殺機関のことをか?」
「そう」
「いやぁ、流石にしゃべるかねぇ?」
訝しむが、ミワの表情を見て思い当たったことを口にする。
「……おいおい、拷問でもする気かよ。えげつねぇな。十代の女の子のする発想じゃねぇぞ」
「あたしはなにも言ってないよ」
「顔に書いてるよ、まったく。で、なにを用意して欲しいんだ?」
「オグさん、話わかるー。じゃあ、このメモの物を用意してくれる? それとサン」
「なに?」
話を振られるとは思ってなかったサンは慌てて聞き返す。
「あんたもさ、銃もナイフも取られちゃったでしょ。欲しいものリクエストして」
「あー」
――言われてみれば確かにそうだ。
「では、グロック26とサプレッサー、それとフォックスナイブズのカランビットをお願いします。マガジンの数は……ミワに任せます。どうせ作戦を考えるのはミワですし」
慣れ親しんだ得物が一番使いやすい。隠匿携帯にも向く。
「お、素直にあたしの言うこと聞く気になったかー?」
「今回に限り」
釘を刺しておく。
「わかった。用意する。なんでもいいが、ヘマはするなよ」
そう言い残し、紅焰は立ち去った。
「あとはー」
名刺を取り出し、備え付けの電話でどこかにかける。
「なんでスマートフォンを使わないの」
「バカだな、宮野らにバレっちまうだろうがよ。あっ、ミナミー? あたしあたし。あ、ニュース見た? あたしら超有名人になっちゃってんのね、まじウケる」
世間話のノリで話す内容ではない。
「んでそのことでさー、ミナミ。お小遣い稼ぎに興味ない?」
✒︎ ✒︎ ✒︎
電話からちょうど三十分後、千寿ミナミは尾久屋へとやってきた。
「ちょっと、ミワ。部外者招き入れて大丈夫?」
耳打ちするも、ミワは心配ないと取り合わない。サンにとってこの情報屋がどういう倫理観の元に仕事をしているのか掴めない以上、警戒せずにはいられなかったのだが。
「サブロク機関の証拠となり得る証言? まじ?」
「まじまじ。手に入れたら欲しい? 欲しいっしょ?」
「いや、欲しいわ。欲しいよ、当たり前じゃん。そんなん表の仕事でスクープ取れるわ」
――表の仕事?
首を傾げるサンを見て、ミナミが捕捉する。
「あぁ、町谷ちゃん。わたし情報屋は裏の仕事でね。本業というか、表の仕事はフリーライターなんだ」
「スクープって、そんなに儲かるんですか?」
素朴な疑問。
「んー、内容によるけど、政治家の汚職スキャンダルならいい値段になるね。有権者はそういうの気にするからさ。しかも、ここ数年ずっと政府に首根っこ掴まれてたでしょ、マスメディア。表向きは尻尾振る御用記者も多いんだけどさ、結構根に持ってるとこ多いんだよね。政治家って王様気取りでクソ偉そうだし。だから、すごく需要がある的な?」
「なる、ほど?」
「あーあと、できればカルト教団との癒着の証言も欲しいかなー。今まだ疑惑な部分多いしさ。二ヶ月前に殺されたほうの総理が長年にわたって積み上げてきたバックレ答弁が浸透しちゃってるじゃん。言い逃れできないモノ突きつけないとまーたその場限りの嘘ついて逃げるからさ、政治家ら」
「どこの世界もクソ野郎ばっかりですね」
「町谷ちゃんはいい子でいてね」
「努力します」
「まるであたしがうすらクズみたいな言い方に聞こえるんだけどー?」
「「事実でしょ」」
「は?」
不貞腐れて、ペットボトルに口をつける。
「で、わたしはいくら君らに払えばいいんだ?」
サンがピクッと反応する。今回の一連の事件で初めての収入源である。ミワがいくらと提示するのか気になり顔を見る。しかし。
「あー、お金? いらんよいらんいらん。無料でくれてやる」
「はぁ⁉︎」
「なんでお前が反応する、サン。さてはお前ー、金にがめついタイプか?」
「いやいや、そういう問題じゃないでしょ! 取れるお金はちゃんと取らないと!」
「サンちゃん、あまり買い手の前でそういうこと言って欲しくないかな」
ミナミが引く。
「まぁ聞け、サン。あたしは無料とは言ったけど無償とは言ってない」
「どういうこと?」
「……ミワ、わたしになにをさせるつもり?」
ただより怖いものはないという言葉を思い出し、ミナミはおっかなびっくり尋ねる。
それまでのおちゃらけたものとは声色を変え、
「簡単なことだ。あたしたちの情報を誰にも売るな。もし売って、あたしたちが捕まったり死んだりすれば情報は手に入らない。そして万が一、それであたしたちが生き延びた場合――」
ごくり、と喉が鳴る。
「ミナミ、あたしは絶対にお前を殺しにいく。逃げても無駄だ。裏切りは許さない」
背筋にヒヤリと冷たいものが走る。裏世界を渡り歩く情報屋でも、殺し屋に殺意を向けられることは滅多にない。
「簡単、だろ?」
「うん、とても、簡単。わたし、絶対に口を割らない。二人のことは、誰にも、喋らない。わたしたち、友達」
「理解していただけて嬉しいよ、ミナミ。あたしたちはずっと友達だ」
釣り合っていない握手を交わす二人を見て、サンは開いた口が塞がらなかった。サンとミワを売って金を得ても、万が一自分たちが生き延びた場合確実に殺される。
何億で売ったとしても釣り合いが取れないはずだ。ミワは、上限なしの高値で売りつけることに成功したということだ。
――えげつな……。
サンは他に言葉が見つからなかった。
ミナミとの話はそれからもう少しだけ続いた。小竹橋邸の調査依頼だ。
「早ければ早いほどいい。セキュリティと対象がいついるか。それだけわかればいい」
「わかった。できるだけ早く用意する。電話はさっきの番号でいい?」
そうして、ミナミは足早にこの場を後にした。