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作者: O.T.I
残酷な描写あり
第五話

 あっという間に一週間が経ち、遠征実習の日となった。

 アレシウス魔法学院のあるフィロマ王国の王都を出発し、丸一日かけて野営地となるリゼラ山に向かう。
 そこで三日間かけての野外訓練が行われるのだ。
 訓練には魔物との戦いも含まれるが……安全を考慮してチーム毎にベテランの冒険者が付く事になる。

 また、実習は魔法学院の生徒だけでなく、王立騎士学校の生徒達との合同で行われる。
 実戦においては騎士が前衛、魔導士は後衛……というように、お互いにサポートしながら戦うのが重要となる。



(……昔は魔導士だって身体強化して殴りかかる人も多かったけどな~。雑魚程度ならそっちの方が手っ取り早い事もあるし)

 魔力を体外に放出して魔法として撃ち出す以外にも、体内を循環させて筋力や反射速度、耐久性を高める『身体強化』という技術があったのだが、これも魔法の衰退によって廃れてしまったらしい。

 










 出発の朝、学院の校庭には実習に参加する生徒達が集まっている。
 三人一組の班ごとに集まっているのだが……


「どうだい、フィオナ。緊張してないか?」

「……大丈夫です。というか、何で私と王子が同じ班なんです?」

 ジト目になって王子を問い詰めるフィオナ。
 どう考えても出来過ぎで、彼が何か働きかけたとしか思えなかった。

「何か疑っているようだけど……私は何もしていないよ?」

「班の組み合わせを決めたのはフェルマン先生ですわ」

「………と言うか、レフィーナさんも同じ班って、やっぱり作為的なものを感じる」

 なるべく目立たなく過ごすと言うフィオナの目標からすれば、この非常に目立つ二人が一緒なのは都合が悪い。
 もっとも……当の本人も負けず劣らず目立つ容姿なのだが、相変わらず彼女はそれを分かっていない。
 今も他の生徒……特に男子生徒から注目されているのだが、全く気付いていないのである。


(本当に無自覚なんですのね……ちょっと心配になってしまいますわ)

 そんな調子でフィオナがあまりにも鈍感で無防備なので、レフィーナは何となく庇護欲が掻き立てられてしまうのだった。







 そして学院を出発するのだが……王都の外壁にある正門前の大広場にて、騎士学校の生徒達と合流する。
 普段であれば早朝のこの時間は人も疎らなのだが、今日ばかりは多くの学生でごった返すことになる。

 教師たちが生徒を整列させ、騎士と魔導士の卵たちを引き合わせる。









「あなた達が私達と同じ班か。私は騎士学校3年のジョシュアだ。よろしく頼む」

「同じくアルバートと言う」

「私はリネットよ。よろしくね」

 フィオナ達と同じ班になる騎士学校の学生たちも三人組だ。
 リーダーらしきジョシュアと名乗った男子生徒は、如何にも騎士らしく凛々しい顔立ちのイケメン。
 ……どこかで見たような?とフィオナは思った。

 もう一人の男子生徒であるアルバートは、ガタイの良い巨漢で寡黙な雰囲気。

 リネットと言う女子生徒はショートヘアの美人で、女性としては長身で細身ながらしっかり鍛えられた身体は流石は騎士候補生と言ったところ。


「私はウィルソンです。今回の実習ではよろしく頼みますね」

「レフィーナと申しますわ。まだ1年の若輩者ですが、魔法には自身がありますわ」

「は、初めまして、フィオナと言います。同じく1年です。私はあまり期待しないでもらえると……」

 騎士たちに続いて魔導士組も挨拶をする。

 すると……フィオナが挨拶をしたとき、ジョシュアが目を見開いて彼女の前に進み出る。
 そして。


「フィオナ……結婚してくれ」

「お断りしますっ!!(既視感デジャビュ!?)」

 いきなりのプロポーズにフィオナは速攻で断るが、以前も同じようなことが……と忌々しい記憶が蘇った。


「兄上!!フィオナは私の妻です!横恋慕はやめて頂きたい!!」

「兄弟かよ!?って言うか妻じゃねぇ!!」

「フィオナさん、言葉遣いが乱れてましてよ」

 色々とすっ飛ばしたウィルソン王子の言葉に思わず強烈なツッコミを入れるフィオナ。
 それを嗜めるレフィーナ。
 目を白黒させて唖然とする他の騎士生徒ふたり。

 何ともカオスな初対面であった。










「そうか、フィオナさんはウィルの妻だったのか。残念だが弟の妻を横取りするわけにはいかんな」

「……妻じゃない」

「そうですよ兄上。大体兄上には婚約者がいるでしょう?」

「……『そうですよ』じゃない」

「うむ。だが王族ともなればな、正室の他にも側室が求められるのだよ。これは……と思う女性には声をかけることにしている」

「……最悪だよ、この兄弟」

「何を言う、私は兄上と違ってフィオナ一筋だぞ?」

「王太子のお前こそ側室が必要だと思うがな」

「………」



 顔合わせも終わっていよいよ野営地に向かう学生たち。

 その道すがらの会話でも細かいツッコミが欠かせないフィオナはゲンナリして、すでにどっと疲れが押し寄せてきていた。
 この国の将来は大丈夫なんだろうか?などと、いち平民として心配すら湧き上がる。


 そんなフィオナの心とは裏腹に、空は雲ひとつなく快晴だ。
 彼女以外の生徒たちの足取りは軽やかだ。



「若者は良いねぇ……おじさんは色恋沙汰なんてとんと無縁だよ」

 フィオナ達の会話を微笑ましく眺めながら、そんなことを言うのは冒険者らしき出で立ちの中年男性。
 今回の実習にあたって護衛依頼を受けたベテラン冒険者の一人で、フィオナ達の班を担当する。

「あら、ルードさん。恋愛するのに歳は関係ありませんわよ」

「そうかい?……んじゃあ、レフィーナちゃん、おじさんと付き合ってくれるかい?」

「お断りしますわ」

「だよなぁ」

 何だか似たような光景だった。















 さて、道中はさしたる波乱もなく順調に実習生たちは旅程を消化する。
 そして何度か休憩を取りながら歩き続け、夕陽に赤く大地が染まる頃になって野営地に到着する。
 ここでキャンプを張って三日間の野外実習を行うのだ。

 生徒たちは到着後、休憩をとる間もなくテントなどの設営の準備を始める。
 日が落ちる前に行わなければならないからだ。
 経験がある三年生が指示を出し、不慣れな生徒のサポートもしながら全員が力を合わせて準備を進めていく。



(……何だか懐かしいな、こういうの)

 フィオナは前世の若い頃……まだ駆け出しの未熟な魔道士だった頃を思い出して感傷に浸る。
 その時はこうやって野外活動することも多かった。
 さして前世に未練がある訳では無いが、折に触れてこのように過去を思い出すことがある。

 だがそれもほんの一瞬のこと。
 今の彼女にとって前世の記憶はあくまで過ぎ去った過去。
 大魔導士アレシウスは、もう千年も前の人物なのだから。
 一緒に過ごす友人との何気ない日々こそ愛おしいのだ。


「まぁ、フィオナさん……随分と手慣れてらっしゃるのですわね」

「え?う、うん。ほら、私田舎育ちだから……野外活動は慣れてるんだ」

 とは言っても、フィオナとしては野営をしたことなどないのだが。


 三年生のジョシュア、一年から実習に参加してきたウィルソン、そしてフィオナの手際もあってテントは他の班に先駆けて設営することができた。
 当然男女別に二張りだ。


「何だかワクワクしますわね!」

「そお?」

 例え経験があれど、フィオナはインドア派だったりする。
 敢えて苦労する事を楽しむという感性はあまりない。
 単なる面倒くさがりとも言うが。


(だけど……レフィーナさんてすっかり印象が変わったな~。高位貴族なのに話しやすいし……友達になれてよかったな)

 レフィーナはずっとフィオナと友達になりたいと思って中々言い出すことが出来なかったが……当のフィオナはもう既に友人だと思っており、彼女の知らないうちに願いは達成されていたのだった。
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