残酷な描写あり
第一話
王立アレシウス魔法学院。
魔法先進国として名高いフィロマ王国の中でも、最高峰の魔導士養成学校として揺るぎ無い地位を確立している学院である。
古の大魔導士アレシウス=ミュラーが設立してから千年もの歴史を刻み、名だたる魔導士たちを幾人も輩出してきた。
当然ながら入学は困難を極めるが、卒業することができれば将来は約束されたも同然である。
フィオナは、そんな由緒正しきアレシウス魔法学院の一年生に所属する15歳の少女だ。
彼女は辺境の片田舎で生まれ育った平民で、魔法学院への入学を機に王都へとやって来た。
王都には親戚や知人等は居ないため学院の寮で暮らしている。
この世界では魔法は誰でも使えるものではなく、生まれつきの特別な才能が必要とされている。
それは血筋に依るところが大きく、大抵は貴族階級である事が殆どだ。
だから辺境の片田舎の、何の変哲もない平民の娘が魔法の才能を有するなどと言うのは、極々稀な事であった。
彼女に魔法の才能が有ることが分かったのは5歳の時。
母親が料理の最中に不注意で小火を起こしかけ……幼いフィオナが咄嗟に魔法で水を出して消火した事がきっかけである。
両親は驚き戸惑ったが、娘に稀有な才能があることを喜んで、それを伸ばすために手を尽くした。
平民にとっては非常に高価な魔導書を買い与えたり、隠居して田舎暮らしをしていた魔導士に師事できるようお願いしたり……
その甲斐もあってか、フィオナはついに学院に合格することが出来たのである。
……と、両親は思っていたのだろうが、事実は少々異なる。
と言うのも、フィオナが魔法の才能を持つ理由には、ある秘密があるのだ。
それは……
「はぁ……今日の授業も退屈だったな……。まぁでも、せっかく父さん母さんがアレコレ支援してくれて入学したんだし、ちゃんと卒業して親孝行しないとね……」
本日の授業が終わり、フィオナはそんな呟きを漏らす。
周りのクラスメイトたちは授業が終わったと同時にさっさと帰り支度をして出ていったため、それを聞き咎める者は誰も居なかった。
「しかし、アレシウス=ミュラーが没してから千年もの歳月が流れてると言うのに……魔法学は進歩するどころか、むしろ衰退してるんじゃないか?」
幼少時に両親が買い与えてくれた魔導書を読んだり、師匠の老魔導師の教えを受けた時から漠然と考えていたことだが……学院に入学して暫く授業を受けた事で、それは確信になりつつあった。
彼女がそう思うのは、彼女自身が魔法学の全盛期を知るからだ。
それはフィオナの記憶ではなくフィオナの前世の記憶である。
そして……その前世の人物こそ、大魔道士アレシウス=ミュラーその人に他ならない。
大魔道士アレシウスは自身の寿命が尽きようとする時、彼が長きにわたる研究の末に編み出した『転生の秘術』を用いて自らの意識と記憶を未来に託そうとした。
果たしてそれは成功し、千年の時を経てフィオナとして生まれ変わったのだった。
彼が転生をしたのには、特に深い理由は無かった。
波乱に満ちてはいたが、学院を創設し多くの弟子を育てた人生には満足していたので、寿命で穏やかに死ねるのなら本望であると思っていた。
強いて心残りがあるとすれば……せっかく編み出した『転生の秘術』が本当に効果があるのかが分からなかった事と、研究に明け暮れてついに最後まで家族を持たなかったことくらいか。
そして彼の……いや、彼女の新しい人生が再び始まった。
先ずは『転生の秘術』が成功したのを確認できた事は嬉しかったが、女として生まれたのは少々誤算だった。
まあそれも些細な問題だ、と気を取り直して新しい人生を謳歌しようと思ったのだが……前世の人生は何かと波乱万丈であったので、今生では平凡で静かな人生を送ってみたいと彼女は考えた。
なので、転生して直ぐに今生でも魔法が使えることは確認したが、それは封印するつもりであった。
しかし彼女が5歳の時にそれがバレて……両親の期待の眼差しを無下にすることも出来ずに今に至る……と言う訳だ。
そんなこんなで彼女は今、学院生として日々勉学に励んでいるのだった。
クラスメイト達が殆ど帰っても、自席でぼんやりとしていたフィオナであったが、そんな彼女に声をかける者がいた。
「フィオナさん?授業はもう終わりましてよ?ぼーっとしてないで、早く帰って勉強しなければ直ぐに授業に追いつけなくなりますわよ」
「……あ、レフィーナさん。うん、そうだね……もう帰るよ。わざわざ声をかけてくれてありがとね」
実はフィオナは学院ではその実力を隠している。
入学試験こそ両親をがっくりさせないようにと少し本気を出していたが、今生はなるべく目立たないように生きたいと願ったためだ。
何とか無事に卒業できればそれで良い……そう考えていた。
普段の授業で質問されても分からないフリをしたり、試験では落第にならない程度のギリギリの点数を狙ったり……その努力(?)の甲斐あって、彼女はクラスの中で特に目立った存在ではない。
……と思っているのは当人だけだ。
彼女にその自覚はないが、まず容姿の点で目立っている。
美しい艷やかなプラチナブロンドの髪に透き通った海を思わせるブルーの瞳。
有り体に言えば、物凄い美少女だ。
だから当然、彼女の意思に関わらず注目される。
そして、そんな中で成績は落第ギリギリなものだから……『残念美少女』とか、単に『落ちこぼれ』なんて呼ばれて馬鹿にされてたりする。
言われる当人はまるで意に介して居ないのだが、それも彼女の思惑とは裏腹に悪目立ちする結果となってる。
その事実に彼女は全く気付いていないのであった。
声をかけてきた少女……同じクラスのレフィーナに礼を言って、フィオナは寮に帰ろうとする。
しかし、それをレフィーナの取り巻きの少女達が阻む。
「?どうしたの?」
「ちょっと貴女……レフィーナ様に対して馴れ馴れしい口の聞き方じゃなくて?」
「そうよ!レフィーナ様は公爵家のご息女なのよ!平民が気軽にお話できるような方ではないのよ!」
「はぁ……(そっちが話しかけてきたんでしょうに)」
釈然としないが、言い返しても更に面倒になるだけなのでフィオナは曖昧に生返事をする。
それが癪に障ったのか、尚も取り巻きの少女たちは言い募ろうとするが……
「およしなさい。この学院では身分を持ち出すことはご法度ですわよ。それに、多少の言葉遣いくらいで目くじらを立てるようでは、私の品格が疑われてしまいますわ」
「す、すみません……」
「良いのですわ。私の為を思って下さったのでしょう?……それにフィオナさんも、余計なことを言って申し訳ありませんでしたわ」
「あ、いえ……お気遣いありがとうございます?(あれ?イヤミを言ってるのかと思ってたんだけど……もしかして純粋に心配してくれてるの?)」
どうやらそうらしい……とは思ったが、あまり高位貴族に目を付けられるのも厄介だと思ったフィオナはそれ以上余計なことは言わずに、そそくさと教室を出ていくのであった。
「……行ってしまわれましたか(あああ~っ!!また余計なことを言ってしまいましたわ……。私はただ、フィオナさんと仲良くなりたいだけですのにっ!)」
「レフィーナ様……?やはり、あの子の態度がお気に召さないのでは……」
「いえ、そんな事はありませんわ。だからあなた達も余計なことはしないように(これ以上、ややこしくしてたまるものですか!)」
そんなレフィーナの心の内を知る者は……取り巻きの少女たちの中にはいないのであった。