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作者: 草上アケミ
残酷な描写あり R-15
救済に手を伸ばして(2)
 汚れた服を着替えて戻ってきたギルは、屋敷の使用人と思しき格好の人間を数名引き連れていた。

 昏睡状態に陥ってから自ら栄養摂取をできていないリーフに対して、何か食べさせてやりたいという気遣いだった。
 ギルの珍しい心配りに、リンとリーフは顔を見合わせた。

 使用人達は汚れた家具を運び出し、代わりのテーブルと椅子を寝台の横に支度した。テーブルの上には四つのティーセットと共にサンドイッチや焼菓子といった軽食、弱った胃腸に優しい牛乳粥やパン粥といった病人食が並べられた。

 食事を運んできたワゴンを残し、リンの指示で使用人達は退室した。

「それにしても、素手で肉の解体を始めるとは。どこで食肉処理を学んだのだい、リン」

 リーフはパン粥を一口含んだ。暫く寝たきりだったせいか、関節が固まって腕の動きがぎこちなかった。

 先程の醜態を指摘され、リンは涙で腫れた顔をさらに赤くして縮こまった。

「そうですよ、手早くやらないと傷んで美味しくなくなっちゃいます!」

 的外れな指摘をするイーハンの手には、ソーセージを刺したフォークがあった。

「俺を食おうとすんな、ガリ鳥」

 ギルが焼菓子を齧りながらイーハンを睨んだ。繋げたばかりの左腕は大事をとって三角巾で吊るし、右手一本で不自由そうに食べていた。

 ギルは黒い血で染まった服を取り替え、首筋まで隠す黒のシャツに黄褐色のジャケットを羽織っていた。淡い青のスカーフで飾った腰からスカートのようなゆったりとしたズボンを履くという、上品な部屋の内装には見合っていない、農民のような格好だった。

「とんでもない。今の状態でも、逆に僕が首飛ばされて吊るされるだけですって」

 イーハンが否定しながら、チキンサンドを平らげた。一口は女子供のように小さいが、何故か食事のペースは一番早かった。

「鳥が鳥を食ってる、だと……」

 イーハンの食べている物を見て、ギルは衝撃を受けていた。イーハンが次に口に運んだ物も、チキンサンドだった。

「ニンゲンが育てた鳥は美味しいですねー。近所の伯父さんなんかよりずっと食い出があります」

 美味しそうに、とてつもない速さでイーハンは鳥肉を咀嚼していった。鶏が穀物を啄む動きにも似ていた。

「共食いすんのかよ、頭おかしいだろテメェら」
「ええー、竜だって子供をサクサク間引きするって聞きましたよ」
「好きでガキ殺してるわけじゃねぇし肉は食わねぇよ。つか、食っちゃ駄目だろ」

 イーハンのさらりとした返しに、ギルも反撃した。

 人外同士の洒落にならない雑談を交えながら、当たり前のように二人の男は皿を半分以上空にしていた。細いイーハンの指が肉類を摘み、無骨な指でギルが砂糖菓子を掴み取っていく。

「さっきから気になっていたのだけれども、ギルもイーハンもどうして実体をもって此処にいるのだい」

 リーフがもっともな疑問を述べた。

 いかなる力が働いているのか、金属の塊に閉じ込められていた筈の二体が普通に言葉を交わし、食事すら摂っていることがリーフには当然不思議だった。
 しかも、少なくともギルは姿をままなのだ。

「人形触媒、というものを使っているらしいです」

 イーハンがリーフの問いかけに答えた。

「人形触媒に魂を合わせることで、ある程度生前の姿が再現できるんです。そのかわり、魔剣の力は使えなくなっちゃうんですけど」
「あと、クッソ脆くてすぐ壊れる」

 ギルは悪態をつきながら果物がのったタルトを手に取った。一口で大半を齧り取り、むしゃむしゃと咀嚼した。

「ギルさんは素の力が強すぎるから、暴れられないよう性能悪いのしか貰えてないんですよ」
「既に四回爆発四散してるよね」

 少し元気を取り戻したリンが意地悪く言った。

「何でちょっと力込めただけで俺の頭の方が弾けんだよ」
「あれはホント傑作」

 不貞腐れるギルに、リンが笑いを漏らした。

「頭ぱーん、て。殴りかかった体勢で頭ぱーん、て」

 ぱーん、のところで手を開いて、リンはとても素敵な笑顔になった。

「此処にいる間、二人が悪さをしないようにってことで、叔母様が使わせているの。誰も触らないよう徹底させて、無理やり」
「……叔母様? リンの親類がかい?」

 喉に柔らかい粥を通し、リーフの声は元の調子に戻っていた。
 リンもリーフと同様に魔戦士タクシディード――つまるところ神獣の血を受け継ぐ家系の人間である。リンの他にも能力に自覚のある血族がいても何ら不思議ではなかったが、リーフの予想を超えて魔剣に詳しいようだった。

「ああ、こいつ、よりにもよってクソ狼の王の血筋だったんだよ」

 菓子の粉がついた指を舐め取り、唸り声を思わせる調子でギルが言った。

「そのクソ狼っていうの、やめてくんない」

 自分の家のことを悪し様に言われ、リンがむっとした。
 それをギルは鼻で笑った。

「内ゲバに他種族よそもの持ち込むのはクソだろ。あん時のことはまだ俺忘れてねぇからな」

 個人的に嫌な思い出があるのか、ギルに態度を改める様子はなかった。

「あの時って、何年前よ」
「何百年も前だ前、数えてねぇから分かんねぇ」

 ティーカップでお茶を啜りながら、数え切れない程の人間を蹂躙してきた魔剣が言った。

「そういうあんたは歳いくつよ」
「十九」

 ギルが間髪入れずに断言した。

 子供っぽい朱色の目が特徴的な、青年というより少年と言っていい顔立ちからの発言に、リーフとリンの目が一瞬にして据わった。片や推定十七歳、片や十六歳である。

「ニンゲンにはそう言うことにしてるってだけな」

 流石に気まずさを感じ取り、手痛い口撃がとんでくる前にギルは慌てて付け加えた。

「現代的な年齢設定を考え直しておいた方がよいと思うよ」

 予防線を無視したリーフの容赦のない一言がギルの胸を抉った。

「話を戻すのだけれど――つまり、此処はリンの親戚の家で、実は神獣の家系だったということなのかい」

 リーフはテーブルに匙を置いた。粥は、まだ半分以上残っていた。

「そう、正解。ギリスアンへモンスターの群れに偽装して偵察していたところに、リーフが落っこちてきて救助されたってわけ」
「覚えていない」

 記憶を探るように、リーフは目を伏せた。

「あの時ほぼ死んでたからな、お前。根性だけでよくあそこまで飛べたよな……俺じゃ飛べねぇから助かったけど」

 ギルが自分のカップに茶を注ぎながら言った。

「それから僕らは、休養も兼ねてメーラン子爵家に匿ってもらってるんです」

 涙目になりながらも、イーハンが会話に参加した。

「そうそう、アリス叔母様に、あんたもしっかり感謝しときなさいよ」

 リンがギルにビシッと指を突きつけた。ギルは苦い顔をした。

「今更感謝すんのかよ……」

 ギルの手がリーフの食べかけの粥に伸びた。皿を掴む前に、リンがその手をはたき落とした。

「ちょっと、意地汚いんじゃないの」
「仕方ねぇだろ、もう全部食ったし」

 口を尖らせてギルが抗議した。
 リンはテーブルの上を見回した。軽食の皿どころか、茶に入れる砂糖まで空になっていた。

 リンの目が、人外の男性二人に冷たく向けられる。

「あんた達、ちょっと、食べ過ぎじゃない?」
「じゃあもっと普段から菓子を寄越せ」
「すみません、とっても美味しくてつい……」

 ギルは悪びれる様子がなくしつこく指先を舐め取っていたが、イーハンは恐縮して縦に長い身体を縮こませた。
 リンはギルを睨んだが、手を叩いて気持ちを切り替えた。

「リーフも起きたことだし、色々と支度しないとね」

 テーブル上の皿を片付けて給仕のワゴンに乗せ、汚れたテーブルクロスをその上に掛けた。

「着替えとか取ってくるから、リーフはちょっと休んでてね」

 リンがリーフを寝かせて布団を掛けた。イーハンはひいひい言いながらテーブルの位置を戻し、ギルは足と右腕でワゴンを部屋の外に押し出した。

「にしても、なんでお前生きてんだよ」
「まだ言うか」

 リンがギルの右腕に掴みかかったが、ひょいと躱して部屋の外に退散した。それを追いかける形で、リンとイーハンも部屋から出ていった。
 閉じたドアの向こう側で、ワゴンがゴロゴロと音を響かせた。

 部屋には一人、リーフだけが残された。
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