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作者: 金星タヌキ
R-15
part Aki 10/17 pm 5:12




「あら。もう 帰るの? 夕飯も食べて行ってくれていいのに~」

「ありがとうございます。でも バイト入んないといけないんで。あの お昼ごはんとケーキ ありがとうございました。美味しかったです」


 こんのさんは 玄関で靴を履きながら ママに挨拶をしている。


「ママ。ボク こんのさん 家まで送ってくるね」

「暗くなり始めるし ママが車で送ってあげるわよ?」

「大丈夫。自転車 押していって 帰りは 乗って帰ってくるし。学校帰りの時間と変わんないから 大丈夫だよ」

 

 恋人を 家まで送るのは 男の子として当然の義務。そんなことにママの手を借りるワケには いかない。ガレージから 愛車のママチャリを出し 国道までの緩い下り坂を歩く。もちろん 車道側は ボク。

 

「出会った頃から ずっーと車道側 歩いてくれてるよね。あたしが気づいてないときも あたしのこと ちゃーんと守ってくれてたんだよね。ありがと」


 もちろん そのつもりで車道側を歩いてきたけど こんのさんに面と向かってお礼を言われると スゴく照れくさい。


「……ボク ずっと 男の子だから」
 
「うん」


 
 沈みかけの夕日が 西の空の下辺を 朱く染めて 最後の輝きを放っている。辺りは 徐々に暗くなり 少し肌寒い。自転車を押しているせいで 手を繋げないのが ちょっぴり口惜しい。


「……ずっと 男の子だったんでしょ? いつから あたしのこと 好きだったの?」

「4月6日の 朝6時17分」

「ナニ それ?」

「……ボクが 初めて こんのさんを見た時刻」

「一目惚れだったってこと?」

「うん」


 半年前 4月6日の朝 桜橋駅の藤浜方面行き階段を上りきったときの衝撃を 今も鮮明に思い出すことができる。


「この世界に こんなに綺麗な人がいるんだ…って思った。今も思ってる」


 宵闇が 少しボクのテンションを上げているのか いつもなら 気恥ずかしいような言葉も 淀みなく言える。もちろん 本心だけど。


「……もう。そんなこと言って。他の女の子にも 言ってるんじゃないの?」


 ちょっとキザ過ぎたみたい。照れたのか こんのさんは ボクのこと軽く小突いてくる。


「まさか こんのさんだけだよ。……それに こんのさん以外の子にとって ボクは 女の子だから」

「……そっか。そだね。ゴメン。早く あたしが普通にヤキモチ妬ける日がくるといいね」


 坂道の下の方に Yin&Yanの黄色と黒の看板が見え始める。
 
 
「……なんか 変わったよね」

「そう?」

「うん。話し方だけじゃなくて 雰囲気とか 全体的に 輪郭がクッキリしたってゆーか」

「嫌な感じ?」

「ううん。なんか新鮮でドキドキする。あたしにも彼氏できたんだって実感する」


 こんのさんは 少しの間うつむいて 黙った後 顔を上げて言った。


「ねぇ 『亜樹』って呼んでいい? 『あきちゃん』って あたしの中では 親友の女の子だから。男の子の恋人は 亜樹」

「うん。わかった」

「それとさ…。あたしのことも『瞳』って呼んで欲しい」

「瞳」

「うん。ありがと。亜樹」


 Yin&Yanの前に差し掛かる。もうすぐお別れの時間だ。信号待ちを していると 瞳が口を開く。


「あたしさ…。自分の『瞳』って名前 あんまり好きじゃなくて…」


 今 『瞳』って呼んで欲しいって言ったのに? いつものことながら 瞳の話は 唐突で反応に困る。


「『瞳』って なんか 女の子っぽくって 可愛い感じじゃない…。あたしみたいなガサツなデカ女には 似合わないって ずっと思ってて。亜樹はさ 最初から『こんのさん』って呼んでくれてたけど 他の友だちにもさ『こんの』とか『こんちゃん』とか名字で呼んでって 頼んでたの……。でも 亜樹の前でなら 『瞳』でいられるって思ったんだ」

 
 瞳か…。確かに可愛い名前。だけど こんのさんの顔立ちの中で 目が一番惹き付けられる。綺麗だし 力があるって思うし あの魅力的な千差万別の表情の源でもある。だからこそ ボクも時間をかけてキャンバスに描いた。お家の人が『瞳』ってつけたのは スゴく納得できる。


「うん。ボクは瞳の名前も 目も大好きだよ。……あのさ 今 コンクールに出しちゃってるんだけど こないだ描いた 瞳の絵 今度 見て欲しい。瞳の目を描いたんだ。自分で言うのも アレだけど 上手に描けたって思うし…」

「わかった。楽しみにしてるね」


 信号が青に変わり 広い国道を渡る。オレンジ色のビニルファサードに赤字で『烈風伝』。瞳の家の前に着く。


「今日はありがとう。瞳のこと これから ずっと大事にするから…」

「……亜樹。もうちょっとだけ 時間あるから 裏口に廻ってもらってもいい?」


 瞳に言われるまま お店の裏側に廻り 駐輪場に自転車を停める。


「……こっち来て?」


 瞳は お店の裏側の奥まった場所にあるペールボックスの前に ボクを誘う。


「……キスして欲しい」


 ここなら 国道は もちろん お店の横の道からも見えにくい。駐車場に停まってる車の陰にもなってるし。今日 3回目のってゆーか 人生3回目のキス。暗がりに誘われたときから 予感は してたけど やっぱり胸がドキドキする。軽くハグしあって 唇を交わそうとするけど 悲しいかな 2人とも立った姿勢だと 背伸びをしても 瞳の唇に ボクの唇は 届かない…。瞳の方から少し身を屈めて ボクの唇を求めてくる。目を閉じて 唇を合わせる。ボクの唇を割って 瞳の舌が侵入してくる。必死で防戦するけど 姿勢の関係なのか 瞳の舌が どんどんボクの中に入ってくる。ボクの口腔の中で 瞳の舌が翻るたびに 身体の奥がジンって熱くなっていく。

 ……あううっ。このままじゃ 女の子気分にされちゃう。

 そんな考えが 脳裏をよぎるけど 幸せで 気持ちいいから どうでもいいや。もっと 瞳を感じたくて さっき瞳がやってくれたみたいに 首に両腕を回し 唇同士を さらに密着させる。



 ……ガチャ。

 

 突然 ボク達のすぐ横で扉の開く音がする。



「………ええっ!? ……ひっ 瞳? …アッ アンタ 何やってんだい!?」


 ………。
 ……。
 …。 


            to be continued in “part Kon 10/17 pm 5:38”






 
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