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作者: 鈴奈
Exspetioa2.7.10 (1)
 昨晩のことからしっかりと綴っていきたいと思います。

 ぐっすりと眠っていた私の耳に、聞き覚えのある悲鳴が響いてきました。

「――蟲!」

 起き上がった私に、シスター・ルドベキアがうなずきました。

「一緒に、来てくれるか」

「はい……!」

 私はネグリジェのまま、シスター・ルドベキアについて走りました。
 蟲は、中庭にいました。頭部の、まるい黄色の花を、私は、見たことがありました。お菓子づくりの、シスター・タンジーの花です。

「シスター、タンジー……」

 動揺に震える声が、小さく聞こえました。見ると、奥の方で、恐怖のあまり足腰が立たなくなっているシスター・ルコウソウがいらっしゃいました。シスター・タンジーと同じ、お菓子づくりの方です。
 蟲の体のかたちを為す無数の蛇たちが、シャッと音を立て、刃のような舌を伸ばし、シスター・ルコウソウに迫りました。シスター・ルコウソウの悲鳴が響きました。その時です。黄金に瞳を輝かせたシスター・ルドベキアが、白い光をまとう聖剣を手に、シスター・ルコウソウの前に立ちはだかりました。聖剣から半円の光の壁が出現しました。光を浴びた蟲の体が弾かれ、後ろに下がりました。

「シスター・ルドベキア!」

 三人の騎士の方々が、駆けつけていらっしゃいました。シスター・ルドベキアの隣ですらりと剣を構えると、シスター・サンビタリアが、

「あなたは、その子と逃げて! 早く!」

 と叫びました。私ははっとして、シスター・ルコウソウに駆け寄りました。

「逃げましょう!」

 シスター・ルコウソウの体を支え持ち上げ、一緒に走りました。
 次々と、悲鳴が聞こえてきました。外の喧噪に気付き、二階の個室から覗き込んだ花の修道女たちの声のようでした。建物の中に入ると、シスター・ルコウソウが、がくんと崩れ落ちました。がくがくと震えて、「シスター・タンジー……シスター・タンジー……」とぼろぼろ涙を流していらっしゃいました。手の甲の花が、色を失い、枯れはじめているのが見えました。私は、痛いほどに気持ちがわかりました。彼女の手を、いとおしい花を包みました。

「大丈夫です。きっと、またお会いできます」

 再び彼女の体を支え、二階の個室に上がる階段まで送り届けました。中庭からは距離があるので、安全だと思ったのです。
 遠くから、高い奇声と、地面を叩くような低い音が聞こえてきました。

 動かなくては、と思いました。私のできることをしなくては。
 私のできること。それは、私の力を使って、種に戻してさしあげることです。

 私は、急いで中庭に戻りました。シスター・ルドベキア、シスター・サンビタリア、シスター・シルバリー、シスター・ヒイラギが、蟲と戦っていらっしゃいました。ですが、シスター・ルゴサの時よりも、幾分か速い様子でした。皆さんがかわるがわるに攻撃を仕掛けても、挟み撃ちを狙っても、刃はかすりもしないのです。

 私は、立ち尽くしました。こんな激しい攻防の中、どのタイミングで力を出せばよいのでしょう。そもそも、どうやって出すのでしょう? 以前はどうやって出したのでしょう? 私が引き金を引いたあの時に、力が発動したのでしょうか。だとしたら、私が攻撃するタイミングに発動するのでしょうか? 先に勉強しておけばよかったとひどく悔やみながら、私は、武器になりそうなものを探しました。ありません。

 おどおどしていると、シスター・ルドベキアの瞳の輝きが消えました。シスター・ルドベキアの手にある聖剣は、半分に折れたものに戻っていました。シスター・ルドベキアがイクス・モルフォの力を発動できるのは、十分が限度。その限界が、来てしまったのです。
 シスター・ルドベキアは、聖剣を鞘に戻しました。そして、その下にある、騎士のお三方と同じ細い剣を抜くと、蟲に向かって、まっすぐに構えました。

 ふと上を見ると、すべての花の修道女たちが、個室から、蟲と騎士の方々の戦いを見ていました。マザーも、マザーのお部屋の二階の寝室の窓を開け、ご覧になっていました。
 蟲の奇声、シスター・シルバリーの悲鳴が重なりました。シスター・シルバリーが、蟲の右腕部分から伸びた蛇たちに巻きつかれ、囚われてしまったのです。シスター・サンビタリアとシスター・ヒイラギが助け出そうと飛び出しますが、もう片方の腕で払われ、柱に背中を打ち付けてしまいました。

「ハァッ!」

 シスター・ルドベキアが、勢いよく、二階ほどの高さのある蟲より高く飛び上がり、シスター・シルバリーを捕える蛇たちを、上から叩き斬りました。
 ですが、着地したシスター・ルドベキアを、蟲のもう片方の腕が襲いました。無数の蛇の群れが、シスター・ルドベキアの背後にあった柱ごと、全身を縛り上げるかのように巻きついたのです。シスター・ルドベキアは、柱に磔(はりつけ)にされてしまいました。私は慌てて駆け寄り、蛇を引きはがそうと、手を伸ばしました。

「やめろ、シスター・セナ!」

 一匹の蛇に触れた途端、蛇たちが一斉に、私を睨みました。その赤い眼光に体が凍った、次の瞬間。私の手の近くにいた四、五匹の蛇たちが、私の両腕に、一斉に噛みついたのです。私は、あまりの痛みに悲鳴をあげました。

「シスター・セナ!」

 シスター・ルドベキアは満身の力を込め、わずかな隙間をつくりました。そして右手に持っていた剣をうまくお体と蛇の間に入れ、斬り払ったのです。解放されたシスター・ルドベキアは、即座に、私に噛みつく蛇たちを斬り払ってくださいました。
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