Exspetioa2.5.14 (2)
休息の時間が終わり、解散しました。明日からはおのおのの時間を過ごされます。どうか、幸せな時間を過ごされますように。
「あの、シスター・セナ」
シスター・ルゴサが、後ろから私を呼びました。
もしかしたら、昨日のお話の続きかもしれない。「あのお方」のことかもしれない。
私は、そう思って、やっぱりお伝えできないことを言おうとしました。ですが、私が口を開ける前に、シスター・ルゴサが、
「昨日考えたんだけど、やっぱり、『あのお方』が誰か、聞かなくていいわ。気にはなるけど、知る勇気がないなって思って……」
とおっしゃいました。
「申し訳ありません、うまくお答えできなくて」
「ううん。でも、その代わりってことでもないんだけど……私、シスター・セナに、お願いがあるの」
「はい。私にできることであれば」
「できるわ! あのね……お手紙のやりとりを、してほしいの」
「はい。喜んで書かせていただきます」
「本当! よかった、嬉しいわ! じゃあさっそく……実はね、私、書いてきたの。明日……ううん、無理は言わないわ。お返事、書いてくれる?」
「もちろんです。頑張ります」
シスター・ルゴサは本当に嬉しそうに、元気いっぱいに駆けていきました。手の甲の花の花びらがピンと立っていました。私もとっても嬉しくなりました。この後、想いを込めて書かせていただきます。
その後、私はすぐに、マザーのもとへ向かいました。
ノックをすると扉が開き、マザーが私を見上げて、「待ってたよ。さあ、来て」とほほ笑みました。そして私の手を引きました。お会いするたび、神の色である白のワンピースを身にまとうマザーは、本当に尊くいらっしゃるな、と思います。光のような淡い金色の髪がよく映えていらっしゃいます。
マザーに導かれるまま赤い絨毯を渡り、部屋の最奥に向かいました。透明の扉を開け、マザーのための小さな庭園にお邪魔しました。小さな空間を取り囲む白い花たちはとても元気に咲き誇り、今日はお手入れをしなくても大丈夫かもしれない、と思いました。
今日も、庭園の真ん中にある白い机に、お菓子とハーブティーをご用意いただいていました。お忙しいのに、とてもありがたいことです。
向かい合って座ると、マザーは、顔をお隠しになっているヴェールをお取りになりました。礼拝の時など、他の方がいらっしゃる場面では常にヴェールを被っていらっしゃるのですが、二人きりの「神の学び」の時間はいつも、「セナの前だと安心するから」とおっしゃり、外してくださいます。そうおっしゃるということは、それ以外のお時間は、気持ちを張り詰めていらっしゃるということ。私との時間で、少しでも羽を伸ばし、心を休めていただけたら幸いです。
「さて、今日の話をする前に。その手紙は誰から?」
「シスター・ルゴサからです。お手紙のやりとりのお誘いをいただいて」
「へえ……。エスになる前のやりとり、みたいだね」
私は、びっくりしました。マザーからエスというお言葉が出るなんて。
「エスのこと、ご存知だったのですね」
「もちろん」
マザーは頬杖をついて、楽しそうにニコニコ笑い、足をぶらぶらさせていらっしゃいました。膝丈の裾が、ふわりふわりと踊りました。マザーは私より頭ひとつ分小さくいらっしゃるので、お座りになると、地面から足が離れてしまわれます。尊く美しいお方でいらっしゃるのですが、こういった仕草は、どうしてもかわいらしく映ってしまうのです。
「セナは、エスなんか興味ないよね。『神の花嫁』になるんだから」
「そんなことはありません。たしかに、私にはご縁のないことだと思いますが、エスは、美しい関係だと思います。互いを想い、愛することはとても美しいことです。絆を結ぶことで、さらに大きな幸せが育まれていくように思えます。私たちが幸せに、美しく咲くことで、神様も幸せな気持ちになってくださるのではないかと思います」
「セナが誰かとエスになりたいなんて思わなければ、それでいい。けれど、わかっているよね」
マザーの瞳に、威厳が宿りました。神様のお話をされる――そう察し、私は、背筋を伸ばしました。
「神は、他の花の修道女のことは気に留めない。何をしていても、誰を想っていても構わない。だけど、セナは違う。セナが他の子とエスになろうものなら、神は孤独になり、悲しみに暮れる。だからセナは、神だけを愛していて。神のために咲いていて。それが正しい、美しい在り方」
私は、「はい」とうなずき、指を組んで誓いました。
「セナ。セナは、『神の花嫁』となるもの。この世界でただひとり、神の楽園をつくることができるもの。だから、神の理想である、『神だけを愛し、神のために咲く』、イヴのような、イヴ以上の、美しい花にならなければならない。正しいのは、すべて神。そして、それを伝える私の言葉。私の言葉に従って。なにか考えや感情が浮かんだら、私に確かめて。ひとつひとつ教えて、セナを神の理想とする正しい美しさに導いてあげる」
マザーの正しいお言葉で、私の在り方や進むべき道を示していただける……。なんとありがたいことでしょう。とても心強いことです。これからもマザーのお言葉に従い、神様の望む美しい花で在れるよう、神様の楽園をつくることができるよう、努めていきたいと思います。
「でも、いいなあ。私も、セナからの手紙が欲しい。私、セナが書いた字、セナに字を教えた時の練習用紙しか持ってない」
マザーは、はあ、とため息をついて、また足をぶらつかせました。マザーが神様のことを語られた後、かわいらしいご様子に戻ると、一層かわいらしく思えて、とてもいとおしい気持ちになります。
ただ、この時はそのいとおしさに浸ることはできませんでした。練習用紙を捨てていらっしゃらなかったことに、驚く気持ちと恥ずかしい気持ちでいっぱいだったのです。私は「捨ててください」とお願いしたのですが、「やだ」と笑顔で返されてしまいました。私は恥ずかしさのあまりうつむきました。
「じゃあ、私にも手紙を書いて。二人分書くの、大変?」
「とんでもありません。マザーのためなら、頑張って書かせていただきます」
「よかった。楽しみに待ってるよ」
そういう経緯で、この後、マザーにもお手紙を書くことになりました。いつもお話していることとは違う内容や、いつもお伝えできないことなどをしたためたいと思います。とても楽しみです。
「神の学び」の時間を終えて中庭に戻ると、午前と同じように、塔の上から、あのお方が私にほほ笑みかけてくださっていました。
今日も、お会いできて嬉しかったです。
いつかあのお方にも、お手紙を渡すことができたら……。
とても、夢のようです。
今日の日記はここまでにします。
今日もすべての時間が楽しく、幸せで満たされていました。すべて、この世界や私たちを生んでくださった神様のおかげです。
神に感謝。神に愛を。
「あの、シスター・セナ」
シスター・ルゴサが、後ろから私を呼びました。
もしかしたら、昨日のお話の続きかもしれない。「あのお方」のことかもしれない。
私は、そう思って、やっぱりお伝えできないことを言おうとしました。ですが、私が口を開ける前に、シスター・ルゴサが、
「昨日考えたんだけど、やっぱり、『あのお方』が誰か、聞かなくていいわ。気にはなるけど、知る勇気がないなって思って……」
とおっしゃいました。
「申し訳ありません、うまくお答えできなくて」
「ううん。でも、その代わりってことでもないんだけど……私、シスター・セナに、お願いがあるの」
「はい。私にできることであれば」
「できるわ! あのね……お手紙のやりとりを、してほしいの」
「はい。喜んで書かせていただきます」
「本当! よかった、嬉しいわ! じゃあさっそく……実はね、私、書いてきたの。明日……ううん、無理は言わないわ。お返事、書いてくれる?」
「もちろんです。頑張ります」
シスター・ルゴサは本当に嬉しそうに、元気いっぱいに駆けていきました。手の甲の花の花びらがピンと立っていました。私もとっても嬉しくなりました。この後、想いを込めて書かせていただきます。
その後、私はすぐに、マザーのもとへ向かいました。
ノックをすると扉が開き、マザーが私を見上げて、「待ってたよ。さあ、来て」とほほ笑みました。そして私の手を引きました。お会いするたび、神の色である白のワンピースを身にまとうマザーは、本当に尊くいらっしゃるな、と思います。光のような淡い金色の髪がよく映えていらっしゃいます。
マザーに導かれるまま赤い絨毯を渡り、部屋の最奥に向かいました。透明の扉を開け、マザーのための小さな庭園にお邪魔しました。小さな空間を取り囲む白い花たちはとても元気に咲き誇り、今日はお手入れをしなくても大丈夫かもしれない、と思いました。
今日も、庭園の真ん中にある白い机に、お菓子とハーブティーをご用意いただいていました。お忙しいのに、とてもありがたいことです。
向かい合って座ると、マザーは、顔をお隠しになっているヴェールをお取りになりました。礼拝の時など、他の方がいらっしゃる場面では常にヴェールを被っていらっしゃるのですが、二人きりの「神の学び」の時間はいつも、「セナの前だと安心するから」とおっしゃり、外してくださいます。そうおっしゃるということは、それ以外のお時間は、気持ちを張り詰めていらっしゃるということ。私との時間で、少しでも羽を伸ばし、心を休めていただけたら幸いです。
「さて、今日の話をする前に。その手紙は誰から?」
「シスター・ルゴサからです。お手紙のやりとりのお誘いをいただいて」
「へえ……。エスになる前のやりとり、みたいだね」
私は、びっくりしました。マザーからエスというお言葉が出るなんて。
「エスのこと、ご存知だったのですね」
「もちろん」
マザーは頬杖をついて、楽しそうにニコニコ笑い、足をぶらぶらさせていらっしゃいました。膝丈の裾が、ふわりふわりと踊りました。マザーは私より頭ひとつ分小さくいらっしゃるので、お座りになると、地面から足が離れてしまわれます。尊く美しいお方でいらっしゃるのですが、こういった仕草は、どうしてもかわいらしく映ってしまうのです。
「セナは、エスなんか興味ないよね。『神の花嫁』になるんだから」
「そんなことはありません。たしかに、私にはご縁のないことだと思いますが、エスは、美しい関係だと思います。互いを想い、愛することはとても美しいことです。絆を結ぶことで、さらに大きな幸せが育まれていくように思えます。私たちが幸せに、美しく咲くことで、神様も幸せな気持ちになってくださるのではないかと思います」
「セナが誰かとエスになりたいなんて思わなければ、それでいい。けれど、わかっているよね」
マザーの瞳に、威厳が宿りました。神様のお話をされる――そう察し、私は、背筋を伸ばしました。
「神は、他の花の修道女のことは気に留めない。何をしていても、誰を想っていても構わない。だけど、セナは違う。セナが他の子とエスになろうものなら、神は孤独になり、悲しみに暮れる。だからセナは、神だけを愛していて。神のために咲いていて。それが正しい、美しい在り方」
私は、「はい」とうなずき、指を組んで誓いました。
「セナ。セナは、『神の花嫁』となるもの。この世界でただひとり、神の楽園をつくることができるもの。だから、神の理想である、『神だけを愛し、神のために咲く』、イヴのような、イヴ以上の、美しい花にならなければならない。正しいのは、すべて神。そして、それを伝える私の言葉。私の言葉に従って。なにか考えや感情が浮かんだら、私に確かめて。ひとつひとつ教えて、セナを神の理想とする正しい美しさに導いてあげる」
マザーの正しいお言葉で、私の在り方や進むべき道を示していただける……。なんとありがたいことでしょう。とても心強いことです。これからもマザーのお言葉に従い、神様の望む美しい花で在れるよう、神様の楽園をつくることができるよう、努めていきたいと思います。
「でも、いいなあ。私も、セナからの手紙が欲しい。私、セナが書いた字、セナに字を教えた時の練習用紙しか持ってない」
マザーは、はあ、とため息をついて、また足をぶらつかせました。マザーが神様のことを語られた後、かわいらしいご様子に戻ると、一層かわいらしく思えて、とてもいとおしい気持ちになります。
ただ、この時はそのいとおしさに浸ることはできませんでした。練習用紙を捨てていらっしゃらなかったことに、驚く気持ちと恥ずかしい気持ちでいっぱいだったのです。私は「捨ててください」とお願いしたのですが、「やだ」と笑顔で返されてしまいました。私は恥ずかしさのあまりうつむきました。
「じゃあ、私にも手紙を書いて。二人分書くの、大変?」
「とんでもありません。マザーのためなら、頑張って書かせていただきます」
「よかった。楽しみに待ってるよ」
そういう経緯で、この後、マザーにもお手紙を書くことになりました。いつもお話していることとは違う内容や、いつもお伝えできないことなどをしたためたいと思います。とても楽しみです。
「神の学び」の時間を終えて中庭に戻ると、午前と同じように、塔の上から、あのお方が私にほほ笑みかけてくださっていました。
今日も、お会いできて嬉しかったです。
いつかあのお方にも、お手紙を渡すことができたら……。
とても、夢のようです。
今日の日記はここまでにします。
今日もすべての時間が楽しく、幸せで満たされていました。すべて、この世界や私たちを生んでくださった神様のおかげです。
神に感謝。神に愛を。