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作者: 唯響-Ion
第五十話 鋭い眼光
 五条の提案で、一行はシメのラーメンを食べに行く。そこで出会ったラーメン店のマスターの眼光に、弥勒はたじろぐ。
 中洲の店を出た後、五人はタクシーに乗って、五条行きつけだというラーメン屋まで向かった。
 弥勒はタクシーに乗るのは、初めてであった。今まではやはり安全上の理由から、全て送り迎えが着いていた。九州に来てからの移動も、大分の別府へ向かった時を除いて、常に家の者の送迎があった。
 タクシーは人数の理由から、二台に別れた。五条と鷲頭が先導する形で移動していたが、信号で距離ができると、後続車両に乗る弥勒は焦った。その度に巳代から「落ち着け」といわれ、呆れられた。店名は聞いているから焦る必要はないと弥勒も頭では分かってはいたが、それでもやはり、多くの通りがある都会で、異なる道を通って大きく遅れたりはしないだろうかと思っしまうのだ。
 だが弥勒は、隣で寛(くつろ)ぐ渋川を見て、それもアリだなと感じた。彼女はやはり、鷲頭が苦手なようだ。渋川は、五条が渋川へ興味を持つ度に、鷲頭から獲物を狙う猛禽類の様な圧を掛けられていた。
 美人というのは、男性からの性的な加害の他にも、同性から向けられる敵意もあるのだと、弥勒は悟った。
 優しそうなお嬢様である渋川にとって、その理不尽は耐え難いものだろうと弥勒は思った。だが、彼女はそれを望んだのだ。冒険というものは、望まぬ困難もあるものだ。彼女は、それを踏まえて、親友である秋月へのリスペクトと自分達への協力の為に故郷を出てきたのだ。その事実に弥勒は改めて、渋川への敬意が溢れた。
「大丈夫、渋川さん」
「ありがとう……大丈夫だわ。鷲頭杏奈ちゃん……仲良くなれないかもしれないわ」
 そういって渋川は、窶(やつ)れきった苦笑いを浮かべた。

 一行は博多区内にあるラーメン屋へ辿り着き、下車して入店した。
 店主が「おおいらっしゃいー今日も新しいお友達かい」と、五条へいった。
 弥勒は、先程の中洲の店とは打って変わって、気さくなお店だと思った。そして案の定、五条は先程よりも自然な笑顔で、楽しんでいる様だった。
 五条は着席後、慣れた手つきでメニューを開き、テーブルの上に乗せた。全員が見られる様に、横向きに置いていた。
 五条は「なん食べようかな〜」と呟きながら、ページをめくった。それだけの仕草でも、満ち足りた様な表情をしていた。
 秋月同様に、五条もまた仕来りから逃れる為、自由を求めている。自由は美味しく、楽しく、理不尽なものだと、弥勒は思った。だが九州に来るまでの、仕来りや据(しがらみ)が溢れる生き方も、弥勒に取っては不快なものではなかった。だからこそ、どうしてここまで彼女らが自由を求めるのか、理解ができなかった。
「弥勒君も豚骨でよか? 硬さは?」
「硬さは……硬で」
「流石、麺の硬さも硬派なんやね〜杏奈も硬派やし、渋川ちゃんは普通で巳代君はやわなの面白くない? 性格と麺の硬さは比例すっとかいな……まぁいいや、マスター注文お願いします!」
 注文を通して数分後、マスター直々にラーメンを運んできた。
 マスターは想像よりもずっと大柄だった。ずっとマスターがいた厨房は、床が低かった様だ。
 弥勒の目には、身長は百九三センチメートルはありそうに見えた。稲葉よりも少し大きい様に感じた。だが稲葉よりも主に上半身が細く、その若干のスタイルの良さが、彼をより縦長に見せた。
 だが人目を引くその恵体よりも、特徴的な箇所があった。それは彼の眼だった、やたらと窪み、険しさに満ちたその眼には、まるで真実を見極めようとして世界を貫く様な、刃にも似た眼光の鋭さがあった。
 しかし五条がマスターが運んできたラーメンを見て、笑顔を見せた途端、マスターも微笑み、その眼光の鋭さも和らいだ。
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