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作者: 唯響-Ion
第六五話 ミルクセーキを食べながら
 弥勒と渋川は、長崎のお菓子であるミルクセーキを食べながら、穏やかな時を過ごしていた。
 弥勒と渋川は二人で、喫茶店に入っていた。そこは明治時代からある老舗で、長崎のスウィーツであるミルクセーキが有名なお店らしかった。
「なんだかんだ来るならこういうお店だよね、渋川さん。ミーハーでいいじゃない」
「さっきは、ミーハーっていわれたことに動揺しちゃったけど、普段の私ならそんな風にはならないと思うわ。理由を考えたのだけれど、私、厚東ちゃんのことも苦手かもしれないわ。故郷を出てからというもの、私って……人付き合いが苦手なんだなってつくづく思わされているわ」
「鷲頭さんとか五条さんのことも苦手だったよね」
「環奈のお陰で女の子と友達でいることは、なんら難しいことじゃない、普遍的に成り立つものだと思ってたわ。でも……」
「なんだか前にも似たようなことをいっていた気がするけど、気のせいかな」
「分からないわ。ずっとそう感じているから」
「なんだか歴史の話みたいだね」
「どういうこと?」
「戦国時代の歴史だよ。室町時代、現在の中国地方の雄として君臨していた大内氏。その分家が鷲頭氏だ。そして戦国時代、大内氏と争い敗れて、中国地方から九州へ落ち延びたのが厚東氏。いずれも余所者(よそもの)で、九州の長たる九州探題の渋川氏からしたら、勝手な都合で九州に流れ込んできた迷惑な外国人で、嫌って当然だなって」
 渋川は、不意を突かれたのか、思わず吹き出した。そして恥ずかしそうに顔を隠した後、あからさまに隠したことを誤魔化そうとして、ミルクセーキが付いた唇をハンカチで拭った。
「まるで運命の悪戯(いたずら)ね。人生の半分は遺伝子で決まっているという人もいるけれど、お互いに好きになれない形質でも持っているのかしら。だとすれば……仕方がないわよね。でも今回は、私が日向から押しかけた余所者よ」
「そうだね。でも……好きになれない形質は、過去にいがみ合った全ての人が持っている訳じゃないよ」
 弥勒はミルクセーキの最後の一口を頬張った。
「どうしてそう思うの?」という渋川の問いに答える前に、弥勒は口をハンカチで拭った。
「大内氏の傘下にいた益田氏の分家は周布氏で、周布さんの一族だ。でもラーメン屋で渋川さんは特に周布さんを嫌いだとは感じなかったし、本流の益田氏と敵対してまで大内氏に味方した周布氏の子孫と鷲頭氏の子孫は、先祖は味方同士だったのに互いに睨み合ってた」
 渋川は頷きながら、微笑んだ。
「確かに、二人とも獣みたいな目だったわ」
 そういうと、鮮明にその殺伐とした景色を思い出した渋川は、笑いが止まらなくなった。しかし、その後の本当の殺し合いを思い出し、彼女は静かになった。
 弥勒は察した。渋川から放たれる強烈な不安のストレスを和らげようと、弥勒は彼女と同じ様に、あの時感じた不安を思い出し、同調した。
 心に寄り添ったのである。
 それに気がついた渋川が俯いた顔を上げた時、弥勒は微笑んだ。
 二人は見つめあっていた。
 少しの時が流れて、渋川もまた微笑んだ。
 それから二人は店を出て、歩き出した。
「ありがとう弥勒君。私も頑張るわ。心が挫けることがあっても、私も立ち止まらないわ」
 そういって渋川は、勇気に満ちた笑顔を見せた。
ミルクセーキ……長崎の伝統的なお菓子。ミルクに卵と砂糖を混ぜてシェイクした氷菓子。
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