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作者: 唯響-Ion
第六三話 別行動
 三組に分かれて別行動をとり出した六人。巳代は厚東家や厚東陽菜本人のことについて尋ねる。
「思いの交錯に……時間は隔たりは関係がないのだろうか。それとも死後の世界の一つである常夜と現世では、時間の流れが違う……? 約七十年の隔たりはないにも等しいということか……?」
 弥勒は理解をしようと試みたが、自分の知識では答えは見つけられなかった。だが緒方なら知っていると思い、連絡を入れておいた。

 それから弥勒らは観光を再開した。
 鷲頭は、五条とのウキウキ気分を阻害されたと感じ、なぜ眼鏡橋へ立ち寄ったのか、厚東へ詰問していた。
 二人はどうやら面識はあるようだが、そんなに親しくはないようだ。
 厚東は鷲頭の当たりの強さに辟易しながらも、観光案内の一貫だったと説明した。
 五条は鷲頭を宥めながら、惟神学園生徒としては来るべき場所だったと、思ってもいないことをいった。
 鷲頭はそれが本心ではないと気づきながらも、同時に彼女が自分を落ち着かせようとしている気遣いだと悟り、やがて落ち着いた。

 夕飯を食べるまでのあいだ、各々が別行動をとることになった。
 五条と鷲頭は、海を一望できる水辺の森公園という場所へと向かっていった。弥勒と渋川は、ミルクセーキを食べる為に浜町へと戻って行った。
 巳代と厚東は気が付けば二人だけになっていた。そして二人はどこへ向かうわけでもなく、散歩を始めた。
「お前、いつ剣道を辞めたんだ? 二年の時は大会に出てなかったろ」
「あぁ……二年になった後すぐにかな」
「なんで辞めちまったんだ? お前、才能あったのに」
「一年の大会で、なんか違うなってなって。つまんなかったっていうか」
「お前も、スポーツが嫌いなタチか」
「いわれてみたらそうかも。なんか……ルールって要らんよなって思ったんだ。そのルールのお陰で勝ってる奴とか、それで喜んでるやつとか、なんか違うなって。理不尽あってこそこ武術じゃん?」
「よく分かるよ。だからか、お前と戦っていた瞬間は、血が沸き立つ思いがしたのを覚えてるよ」
 巳代は品川分校の代表として、二年連続で剣道の大会に出場していた。巳代は殺しの術として、剣術を身に付けたかった。剣道で竹刀を手に持つ際も、負ければ命を失うという、強迫観念にも似た暗示を掛けながら、その一太刀に魂を込めていた。
 ルールは、人を本当に殺めたりしなくて済む様にする為の縛りだった。だが周囲は全くそんなことを考えてはおらず、ルールの範囲で上手く勝つことしか考えては居なかった。
 厚東も、巳代と同じ様に考えていた。だからこそ、巳代と戦っていた数分間は、心臓の鼓動が異様な程に早くなり、走馬灯さえ駆け巡る程の死闘を繰り広げることが出来た。そして、戦いの後は、生を実感した。
「試合の後、もう会うことはないとうちは思ったよ。勝敗が決した時、今生の別れになると、思った」
「あぁ、俺もだ。だから、充足した対戦相手に敬意を示しながらも、挨拶もしなかった」
 二人は、バスに乗り、とある場所へと向かった。それは長崎市内の伊良林(いらばやし)に鎮座する、若宮稲荷神社(わかみやいなりじんじゃ)だった。
 ここは、坂本龍馬を初めとした多くの幕末志士が参拝に訪れた場所だった。
 厚東は、巳代をここへ連れてきたったのだ。
「刀の全盛期は幕末だった。戦はなく暗殺ばかりだったこの時代では、志士は、刀の一太刀に命を賭していた。その一太刀が時代を動かし、日本の夜明けに繋がると信じていたんだよ。ねぇ巳代君、ここはうち達の聖地だと思わない?」
 厚東は微笑んでいた。
 巳代は満更でもない様子だった。ニヤリとしながら思わず目を逸らして、首を横に振っていた。そして頷き、真っ直ぐと厚東の方を見詰めた。
「ありがとうな陽菜。いい場所へ連れてきてくれて」
若宮稲荷神社(わかみやいなりじんじゃ)……竹ン芸と呼ばれる伝統芸能が奉納される稲荷神社。

坂本龍馬……(生:1836年1月3日〜没:1867年12月10日)……幕末の土佐藩士、倒幕の要であった薩長同盟の実現に貢献するなどした。また司馬遼太郎の小説「竜馬がゆく」の主人公のモデルとなり、日本人の多くに幕末の偉人の一人として認識されるようになった。
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