第五九話 開眼者
周布を信頼し、弥勒は彼こそが開眼者であると感じる。
弥勒の迎えの到着し、弥勒は車を指さした。周布はなにごとも起こらなかったことに、安堵し、微笑んだ。
「最後に一つだけ聞いてもいいですか、周布さん」
「勿論だ」
「周布さんは、大友の目的はなんだと思いますか。なぜ生きていることを隠しながら、犯罪組織を配下にして、九州で要人を殺しているのだと思いますか」
「これは確証がない想像でしかないが……今の日本をあるべき姿に戻したいのだろうな。私は藤原氏と大友修造が無関係ではないと思うんだ。藤原氏が再び日本を手に収める為には、優れた神通力使いである大友の協力が必要不可欠だろう。そして大友はその見返りとして、神州日本の再興する許可を得ている。そういうことかもしれんが……どちらかといえば、私はそういう政治には興味が無い。勢力争いや日本の八百万事情などどうでもいいんだ」
「どういうことですか……?」
「私はただ、自分を見つめていたいのさ。神通力や八百万も、その要素のひとつに過ぎない」
「分かりません……どういう意味ですか……?」
「神通力の探求とは即ち、人が人を超え、一柱の神として混ざるということだと、私は考えている。難しかろう。とにかく噛み砕いていえば……自ずから然り、あるがままに居たいということさ」
弥勒は全く噛み砕かれていないと考えながらも、周布の言葉で、視野が広がった気がした。探求の方向は、必ずしも勢力争いと関わる訳では無いだろう──。今まで、長官という惟神の組織の頂点に立った父を真近で見続け、また学業では成績という優劣で計られたことで、神通力の理解や会得には競争が生まれることが必定だと錯覚していた。しかし、そうではないのだ。
弥勒は車に乗り込み、周布へ「大友が神童ならば、あなたは開眼者ですね」と告げ、扉を閉めた。
翌日、学校で巳代へ、昨晩周布から得た知識を共有した。
「つまり大友は、怪異という最強の兵士を操れる軍団長で、藤原氏が日本の王様ってことだな、弥勒。確かに、得体の知れない元神童が表社会に現れて日本の舵取りをするよりも、正当性はあるだろうな。だからこそ、藤原氏が穏便な方法であれ強引な方法であれ政権と皇室、八百万を完全に掌握できれば、軍は当然藤原氏と大友らの新政権に味方するだろうな」
「それに巳代、もうすぐあの時期がやってくる」
「あぁ……譲位だ」
修文三十年十月となった今、帝の譲位が近づいていた。
二年前の修文二八年八月、帝本人による譲位の意向が国民へ向け発表された。二度の外科手術や、高齢によって、帝の務めを全身全霊で果たせなくなるのではないかという懸念についての、お気持ちが表明されたのだ。
その結果、帝はその位を皇太子へ譲ることとなった。それは翌年、修文三一年四月三十日の退位と、五月一日の即位によって完了する予定であることは、既に公表されていた。
「一大事というのは、少なからず隙が生まれるものだよ。だからこそ、そこを奴らが突いてくる可能性がある」
「つまり弥勒、お前の考えは……帝の譲位後、皇太子が暗殺される可能性がある……ということだな。しかしそれだけではダメだ。藤原氏の手中にある、別の皇族が必要になる。正当な血筋の皇族だ」
「藤原氏の血を引く皇族ということかな? いや、今上(きんじょう)陛下の先祖には藤原氏の血筋が入っている。しかも五摂家で、増えすぎた雑多な藤原氏の庶流ではないよ」
「歴史に学べばそうなるが……リベラルな俺の考えは違う」
そういうと巳代は弥勒の目をまっすぐ見て伝えた。
「血より実理だ。いいなりになる皇族……あるいはそう信じさせられる偽物がいれば、それでいいんだ」
「最後に一つだけ聞いてもいいですか、周布さん」
「勿論だ」
「周布さんは、大友の目的はなんだと思いますか。なぜ生きていることを隠しながら、犯罪組織を配下にして、九州で要人を殺しているのだと思いますか」
「これは確証がない想像でしかないが……今の日本をあるべき姿に戻したいのだろうな。私は藤原氏と大友修造が無関係ではないと思うんだ。藤原氏が再び日本を手に収める為には、優れた神通力使いである大友の協力が必要不可欠だろう。そして大友はその見返りとして、神州日本の再興する許可を得ている。そういうことかもしれんが……どちらかといえば、私はそういう政治には興味が無い。勢力争いや日本の八百万事情などどうでもいいんだ」
「どういうことですか……?」
「私はただ、自分を見つめていたいのさ。神通力や八百万も、その要素のひとつに過ぎない」
「分かりません……どういう意味ですか……?」
「神通力の探求とは即ち、人が人を超え、一柱の神として混ざるということだと、私は考えている。難しかろう。とにかく噛み砕いていえば……自ずから然り、あるがままに居たいということさ」
弥勒は全く噛み砕かれていないと考えながらも、周布の言葉で、視野が広がった気がした。探求の方向は、必ずしも勢力争いと関わる訳では無いだろう──。今まで、長官という惟神の組織の頂点に立った父を真近で見続け、また学業では成績という優劣で計られたことで、神通力の理解や会得には競争が生まれることが必定だと錯覚していた。しかし、そうではないのだ。
弥勒は車に乗り込み、周布へ「大友が神童ならば、あなたは開眼者ですね」と告げ、扉を閉めた。
翌日、学校で巳代へ、昨晩周布から得た知識を共有した。
「つまり大友は、怪異という最強の兵士を操れる軍団長で、藤原氏が日本の王様ってことだな、弥勒。確かに、得体の知れない元神童が表社会に現れて日本の舵取りをするよりも、正当性はあるだろうな。だからこそ、藤原氏が穏便な方法であれ強引な方法であれ政権と皇室、八百万を完全に掌握できれば、軍は当然藤原氏と大友らの新政権に味方するだろうな」
「それに巳代、もうすぐあの時期がやってくる」
「あぁ……譲位だ」
修文三十年十月となった今、帝の譲位が近づいていた。
二年前の修文二八年八月、帝本人による譲位の意向が国民へ向け発表された。二度の外科手術や、高齢によって、帝の務めを全身全霊で果たせなくなるのではないかという懸念についての、お気持ちが表明されたのだ。
その結果、帝はその位を皇太子へ譲ることとなった。それは翌年、修文三一年四月三十日の退位と、五月一日の即位によって完了する予定であることは、既に公表されていた。
「一大事というのは、少なからず隙が生まれるものだよ。だからこそ、そこを奴らが突いてくる可能性がある」
「つまり弥勒、お前の考えは……帝の譲位後、皇太子が暗殺される可能性がある……ということだな。しかしそれだけではダメだ。藤原氏の手中にある、別の皇族が必要になる。正当な血筋の皇族だ」
「藤原氏の血を引く皇族ということかな? いや、今上(きんじょう)陛下の先祖には藤原氏の血筋が入っている。しかも五摂家で、増えすぎた雑多な藤原氏の庶流ではないよ」
「歴史に学べばそうなるが……リベラルな俺の考えは違う」
そういうと巳代は弥勒の目をまっすぐ見て伝えた。
「血より実理だ。いいなりになる皇族……あるいはそう信じさせられる偽物がいれば、それでいいんだ」