第五八話 慧眼
夜も深くなり、弥勒は帰宅するべく、迎えの車を待つ。
「周布さん、僕は藤原氏が神通力の使い手であるという話を聞いたことがありません。それは学校の授業からも、父である惟神庁長官からもです。それは周布さんが突き止めた、知られざる事実なのですか?」
弥勒は周布へ尋ねた。それが分かれば、自分が立てた仮説の信憑性が高まると、弥勒は思った。
「そうだ。常夜で神通力を使い八百万と意思疎通を計ったことで、彼らが見てきた日本の記憶を覗き見て、知ることができた事実だ」
弥勒の中で、仮説の信憑性が高まり、真相に近づけた気がした。
「もう夜も遅い。客も来ないし、今日はもう締めることにするよ。送っていこうか」
「いいえ、迎えを呼びます。学園の人か、家の者に運転を頼む様に、父からいい付けられているんです」
「堅実だな。通りまで送ろう」
時刻は二一時を回っていた。博多は九州一の都たる福岡の中心地であるというのに、人は疎らで、まるで田舎町の様に過疎化していた。こんな時間に過疎化することなど、通常ならばありえない。やはり、先日の殺人事件が、影響しているのだと、弥勒は悟った。
「客が来る筈もないな。最近は暴力団の抗争や、要人の殺害なんてことが立て続けに起きている。ここは本当に日本なのかと疑いたくなるほど程、治安が悪化していっているな」
「あの時車から出てきた黒服の男は、衝突した車の運転手へ発砲する前に、なにか叫んでいる様な口と表情の動きをしていましたが……なにか言葉を発していたのですか?」
「小野、といっていたよ。きっと小野佳奈美(おのかなみ)福岡県警察本部長のことだろうな」
小野佳奈美は、福岡県警のトップであり、暴力団の追放と検挙、更には新興宗教組織による心霊商法の検挙に力を入れる人物で、その功績の大きさから女傑と呼ばれる程の人物だった。
「小野さんは、山内組を初めとした多くの暴力団を弱体化させた人だ。そしてその暴力団が、営利団体でもある屑財団という宗教組織の下っ端であるという説を唱え、財団の解体と要人の逮捕を目指しているといわれている。だからこそ、山内組に命を狙われたのだろうな」
「星の屑財団ってなんですか?」
弥勒は、知らない振りをして尋ねた。周布が、大友修造側の人間ではないと弥勒は考えていた。しかし、どれだけの知識があるのか、知りたいと思ったのだ。
「高橋薫という、惟神学園の出身者が運営する企業だ。奴は、神通力を奪われている。しかし妙でな……弥勒君。これは君にだから話すが……星の屑財団には、神通力の痕跡があるんだ。怪異に祈祷をして、人を呪った形跡ということだ。小野佳奈美が星の屑財団を付け狙うのも、道理だな。数年前の新聞記事曰く、錯乱した組員がいるらしいが……神通力を奪われた関係者が惟神庁や学園について告発しても神通力が証明できずに直辿る末路と同じだな。本当のことをいっても、信じて貰えないんだ」
「でも、高橋薫は神通力を使えないんですよね? 感覚感応では、痕跡は残らないはずです」
「そうだ。ここが大事な所でな……組織を立ち上げたのは大友修造という男で、今は故人とされている。この男は惟神学園在学中に高い成績を残していたが、学園の体質が合わず、惟神庁には入らなかった。その後、今の私の様に在野で神通力の探求を続け、あらゆる宗教のあらゆる教えを融合した独自の組織を立ち上げ、それが今日の星の屑財団となった。組織の公表されている面々を調べても、神通力の使い手はこいつだけだ。そして……これ程強力な呪いは、並の神通力使いでは出来やしない」
「呪いって、所謂お迎えのことですか?」
「直接死に至らしめるのはまだ良心的で、不運と感じる程度に運命を狂わせたり、心に作用して鬱的な人格になる様な洗脳さえも、怪異には可能だ。神通力とは恐ろしいだろう……単に自身を鍛える感覚感応とは、その底力が異なる」
「つまりは……大友修造が、暴力団や新興宗教の犯罪組織を操って、九州の治安を悪化させているんですね」
概ねの解釈は一致していた。そしてなにより、大友修造について調べあげ、脅威として認識している。弥勒は、周布という男が父正仁と同じく、慧眼なのだと悟った。そして大友修造について自分に明かしてくれた周布が、信用できる人間なのだと、理解した。
弥勒は周布へ尋ねた。それが分かれば、自分が立てた仮説の信憑性が高まると、弥勒は思った。
「そうだ。常夜で神通力を使い八百万と意思疎通を計ったことで、彼らが見てきた日本の記憶を覗き見て、知ることができた事実だ」
弥勒の中で、仮説の信憑性が高まり、真相に近づけた気がした。
「もう夜も遅い。客も来ないし、今日はもう締めることにするよ。送っていこうか」
「いいえ、迎えを呼びます。学園の人か、家の者に運転を頼む様に、父からいい付けられているんです」
「堅実だな。通りまで送ろう」
時刻は二一時を回っていた。博多は九州一の都たる福岡の中心地であるというのに、人は疎らで、まるで田舎町の様に過疎化していた。こんな時間に過疎化することなど、通常ならばありえない。やはり、先日の殺人事件が、影響しているのだと、弥勒は悟った。
「客が来る筈もないな。最近は暴力団の抗争や、要人の殺害なんてことが立て続けに起きている。ここは本当に日本なのかと疑いたくなるほど程、治安が悪化していっているな」
「あの時車から出てきた黒服の男は、衝突した車の運転手へ発砲する前に、なにか叫んでいる様な口と表情の動きをしていましたが……なにか言葉を発していたのですか?」
「小野、といっていたよ。きっと小野佳奈美(おのかなみ)福岡県警察本部長のことだろうな」
小野佳奈美は、福岡県警のトップであり、暴力団の追放と検挙、更には新興宗教組織による心霊商法の検挙に力を入れる人物で、その功績の大きさから女傑と呼ばれる程の人物だった。
「小野さんは、山内組を初めとした多くの暴力団を弱体化させた人だ。そしてその暴力団が、営利団体でもある屑財団という宗教組織の下っ端であるという説を唱え、財団の解体と要人の逮捕を目指しているといわれている。だからこそ、山内組に命を狙われたのだろうな」
「星の屑財団ってなんですか?」
弥勒は、知らない振りをして尋ねた。周布が、大友修造側の人間ではないと弥勒は考えていた。しかし、どれだけの知識があるのか、知りたいと思ったのだ。
「高橋薫という、惟神学園の出身者が運営する企業だ。奴は、神通力を奪われている。しかし妙でな……弥勒君。これは君にだから話すが……星の屑財団には、神通力の痕跡があるんだ。怪異に祈祷をして、人を呪った形跡ということだ。小野佳奈美が星の屑財団を付け狙うのも、道理だな。数年前の新聞記事曰く、錯乱した組員がいるらしいが……神通力を奪われた関係者が惟神庁や学園について告発しても神通力が証明できずに直辿る末路と同じだな。本当のことをいっても、信じて貰えないんだ」
「でも、高橋薫は神通力を使えないんですよね? 感覚感応では、痕跡は残らないはずです」
「そうだ。ここが大事な所でな……組織を立ち上げたのは大友修造という男で、今は故人とされている。この男は惟神学園在学中に高い成績を残していたが、学園の体質が合わず、惟神庁には入らなかった。その後、今の私の様に在野で神通力の探求を続け、あらゆる宗教のあらゆる教えを融合した独自の組織を立ち上げ、それが今日の星の屑財団となった。組織の公表されている面々を調べても、神通力の使い手はこいつだけだ。そして……これ程強力な呪いは、並の神通力使いでは出来やしない」
「呪いって、所謂お迎えのことですか?」
「直接死に至らしめるのはまだ良心的で、不運と感じる程度に運命を狂わせたり、心に作用して鬱的な人格になる様な洗脳さえも、怪異には可能だ。神通力とは恐ろしいだろう……単に自身を鍛える感覚感応とは、その底力が異なる」
「つまりは……大友修造が、暴力団や新興宗教の犯罪組織を操って、九州の治安を悪化させているんですね」
概ねの解釈は一致していた。そしてなにより、大友修造について調べあげ、脅威として認識している。弥勒は、周布という男が父正仁と同じく、慧眼なのだと悟った。そして大友修造について自分に明かしてくれた周布が、信用できる人間なのだと、理解した。
現人神……神道が国家宗教とされた昭和前期に、帝を人間の姿をした神だと定義付けしていた為、帝をこう称した。