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作者: 唯響-Ion
第五七話 神州の再興
 弥勒は周布の話から、大友修造と藤原氏の目的に見当を付ける。
 日本の表に立ち、今も尚その存在感の大きさが目を見張る、藤原氏という大輪の花。その花はいつしか、八百万の国にツタを伸ばし続け、人と八百万のあいだに立つ帝でさえも凌駕しようとしている。現人神(あらひとがみ)と呼ばれ、八百万の長ともされたこともある帝という大樹でさえ、藤原を脅威だと感じていた。千三百年もの長きに渡り、その蟠りは今日に至るまで残り続けていた。
「どうして八百万は……藤原氏や周布(すふ)さんから神通力を奪い取らなかったのでしょうか」
「それは分からない。私と藤原氏の他に事例はない。私は神通力の求道者として勝手に常夜に入ることで、多少は未来を見ることが出来た。私は剣を振るい、常夜の終わりなき森の中で、戦っていた。それは私がよく訪れる常夜だった。そして同じ様に見た未来では、藤原氏が……この九州に集い、祈祷台を囲んで儀式をしたり、なにかを企んでいる景色が見えた。それから察するに……私や藤原氏が神通力を持ち続けていることには、なにか特別な意味がある様な気がするんだ」
 弥勒は、藤原氏と大友修造の関係について思案した。神童と称された男と日本屈指の名家が九州に集ったことは、無関係ではないだろう。彼らの力が合わされば、陰陽部の協力がなくとも八百万を意のままに操り、国家転覆を図れるだけの高い神通力のコントロールが出来るのかもしれない。それはある意味、軍事クーデターよりも政府や帝が抗えない武力であり、一滴の血も流さず、また諸外国にも変革を悟られず、隙を見て攻撃を受けることも無い。
 つまり大友修造は藤原氏の手先、ということになる。藤原氏の息がかかった皇位継承者が帝となり、神童である大友修造が惟神庁を掌握し再建することで、日本は再び、八百万とそれを信じる日本人の為の国になる。
 弥勒は、もしこの仮説が正しければ、大友修造がなぜ国家転覆を狙うのか、その真意が理解出来ると思った。彼の悲願が、諸外国の人々や神に乗っ取られつつある日本を、日本人と八百万の国である神州(しんしゅう)に戻すことにあるのだと思えば、そういう愛国者が生まれても仕方がない時勢だと悟ったのだ。
 しかし、父正仁から藤原氏の話など、聞いたことはなかった。大友修造による国家転覆説を唱える第一人者である父正仁ならば、先ず初めに藤原氏の関係を疑い、情報を伝えてくるはずだ。
 よもや、惟神庁の長官ともあろう存在が、藤原氏の神通力が帝にも奪えなかった事実を知らなかったのだろうか。現に父正仁が知らないことを知らなかったことを、緒方が知っていたという事例がある。ありえない話ではないと、弥勒は思った。
近衛文麿(生:1891年10月12日〜没:1945年12月16日)……藤原北家嫡流近衛氏で、日本の元総理大臣。爵位は最高位の公爵。近衛声明で当時日本と戦争中だった中国の交戦意欲を高める失態、国家総動員法の制定や日独伊三国同盟の締結で、日本を大東亜戦争へ導いた。

藤裔会……年に一回、藤原氏の末裔が奈良県の春日大社に集い親睦を務める会。

藤原五摂家……鎌倉時代に隆盛を誇った藤原氏の五つの家。そのいずれも藤原氏嫡流の北家の系譜。
現人神……神道が国家宗教とされた昭和前期に、帝を人間の姿をした神だと定義付けしていた為、帝をこう称した。
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