第五六話 藤原氏
弥勒は、周布が日本の支配者と形容する藤原氏について、周布と語る。
ラーメンを平らげた弥勒を見て、周布(すふ)は話を再開した。
「藤原氏の概要については知っているな。乙巳の変や大化の改新に貢献した中臣鎌足(なかとみのかまたり)が、天智帝より藤原姓を賜り、藤原鎌足(ふじわらのかまたり)を名乗ったことが起源の家だ。それから今日に至るまで千三百年ものあいだ、皇族と交わり親戚となったり、時には帝の権力さえもしのぎながら、その命脈を残し続けている名家中の名家だ。どのくらい高貴かと聞かれれば、旧皇族の皇(すめらぎ)家とどちらの方が高貴か、単純には測れぬ程だ」
「しかし今は政治からは離れています。帝の輔弼(ほひつ)役である関白(かんぱく)が明治時代に廃せられて以降、華族の公爵に列せられてからは権威こそあれども実権が奪われている筈です。政界に進出した者も居ますが……支配者だなんて、聞いたこともありません。だって彼らは、神通力が使えないんですよ?」
支配者となるには、やはり神通力が使えることが必須条件だった。政治家として総理や幕僚という高位に着いたとしても、日本中にいる八百万と繋がる術がなければ、悪意を持った神通力使い、あるいは八百万の意思でお迎えが来たり、呪われて不幸が授けられることになるのだ。つまりそういう政治家も、日本の支配者と呼ばれる陰の存在の意向を無視することは、難しかった。
「関白を代々務めてきた藤原氏の五つの家、藤原五摂家は無論、華族制度が廃止された今でも途絶えてはいません。今でも帝や神社本庁と強い関係性があります。しかしながら、惟神庁との関係は全く無い筈です。帝が藤原氏の台頭を警戒し、それを禁じていているからです」
「本当によく学んでいるな。確かにその通りだが、穴があるんだ。君はそもそも、神通力がどの様にして人に宿るか、知っているかね」
「帝が……貴族や華族に叙任した者に、儀式でその力が宿されます。現代では神通力を探求し秘匿することを約束したその末裔が、惟神庁やその管轄の学園に所属し表舞台から隠れることで、帝からその力を奪われずに済んでいます……だから表舞台に立つ貴族や華族の末裔は神通力が使えず、その筆頭が藤原氏である筈です」
「ではどうして、惟神庁へ登用されず、学園からも除籍された私が神通力を操れると思うかな」
「それは……確かにおかしな話です……!」
「それも同じカラクリだ。帝はあくまで、八百万と人のあいだに立って、八百万が人と神通力で繋がる道を開く儀式を執り行う存在に過ぎない。つまり、実際に神通力を与えるのも取り上げるのも、八百万の神々一柱一柱の意思次第なのだよ。私も当然、帝の力からは逃れられず、神通力を失う筈だった。しかしなぜだか、八百万は私からその力を取り上げなかった」
「藤原氏も……神通力を奪われる筈が、帝でも奪えなかったということですか?」
「そうだ、近衛文麿(このえふみまろ)以降の五摂家は本来、その身分を失った後に惟神庁に入らず表に出た為、神通力を奪われる筈だった。しかしそうはならず、今も彼らは藤原氏の末裔のみが参加するという藤裔会(ふじすえかい)という会を催し、そこで政界や皇族への影響力を強めようと画策している。その結果は徐々に現れているな」
「そうですね……近衛(このえ)氏の血を引く熊本の細川謙三(ほそかわけんぞう)が総理となった時期もありましたし、その実弟で五摂家嫡流の近衛(このえ)家現当主の近衛光輝は、赤十字社名誉社長です。近衛家のみならず、五摂家の鷹司(たかつかさ)家、九条(くじょう)家、二条(にじょう)家、一条(いちじょう)家もそれぞれ、政界や皇族、神社本庁と強い結び付きがあります。それが帝を神通力を持ったままということは……」
「帝をも凌ぎ、日本を乗っ取ることさえできよう……神通力という脅威を排除する為にも、彼らが人を介して惟神庁を不抜けにさせることもできる。それは帝も同じだ。藤原氏が未だに神通力を使える以上、その仲間となりかねない惟神庁の力を削ぎ、藤原氏を警戒するというのは合理的だろう?」
「藤原氏の概要については知っているな。乙巳の変や大化の改新に貢献した中臣鎌足(なかとみのかまたり)が、天智帝より藤原姓を賜り、藤原鎌足(ふじわらのかまたり)を名乗ったことが起源の家だ。それから今日に至るまで千三百年ものあいだ、皇族と交わり親戚となったり、時には帝の権力さえもしのぎながら、その命脈を残し続けている名家中の名家だ。どのくらい高貴かと聞かれれば、旧皇族の皇(すめらぎ)家とどちらの方が高貴か、単純には測れぬ程だ」
「しかし今は政治からは離れています。帝の輔弼(ほひつ)役である関白(かんぱく)が明治時代に廃せられて以降、華族の公爵に列せられてからは権威こそあれども実権が奪われている筈です。政界に進出した者も居ますが……支配者だなんて、聞いたこともありません。だって彼らは、神通力が使えないんですよ?」
支配者となるには、やはり神通力が使えることが必須条件だった。政治家として総理や幕僚という高位に着いたとしても、日本中にいる八百万と繋がる術がなければ、悪意を持った神通力使い、あるいは八百万の意思でお迎えが来たり、呪われて不幸が授けられることになるのだ。つまりそういう政治家も、日本の支配者と呼ばれる陰の存在の意向を無視することは、難しかった。
「関白を代々務めてきた藤原氏の五つの家、藤原五摂家は無論、華族制度が廃止された今でも途絶えてはいません。今でも帝や神社本庁と強い関係性があります。しかしながら、惟神庁との関係は全く無い筈です。帝が藤原氏の台頭を警戒し、それを禁じていているからです」
「本当によく学んでいるな。確かにその通りだが、穴があるんだ。君はそもそも、神通力がどの様にして人に宿るか、知っているかね」
「帝が……貴族や華族に叙任した者に、儀式でその力が宿されます。現代では神通力を探求し秘匿することを約束したその末裔が、惟神庁やその管轄の学園に所属し表舞台から隠れることで、帝からその力を奪われずに済んでいます……だから表舞台に立つ貴族や華族の末裔は神通力が使えず、その筆頭が藤原氏である筈です」
「ではどうして、惟神庁へ登用されず、学園からも除籍された私が神通力を操れると思うかな」
「それは……確かにおかしな話です……!」
「それも同じカラクリだ。帝はあくまで、八百万と人のあいだに立って、八百万が人と神通力で繋がる道を開く儀式を執り行う存在に過ぎない。つまり、実際に神通力を与えるのも取り上げるのも、八百万の神々一柱一柱の意思次第なのだよ。私も当然、帝の力からは逃れられず、神通力を失う筈だった。しかしなぜだか、八百万は私からその力を取り上げなかった」
「藤原氏も……神通力を奪われる筈が、帝でも奪えなかったということですか?」
「そうだ、近衛文麿(このえふみまろ)以降の五摂家は本来、その身分を失った後に惟神庁に入らず表に出た為、神通力を奪われる筈だった。しかしそうはならず、今も彼らは藤原氏の末裔のみが参加するという藤裔会(ふじすえかい)という会を催し、そこで政界や皇族への影響力を強めようと画策している。その結果は徐々に現れているな」
「そうですね……近衛(このえ)氏の血を引く熊本の細川謙三(ほそかわけんぞう)が総理となった時期もありましたし、その実弟で五摂家嫡流の近衛(このえ)家現当主の近衛光輝は、赤十字社名誉社長です。近衛家のみならず、五摂家の鷹司(たかつかさ)家、九条(くじょう)家、二条(にじょう)家、一条(いちじょう)家もそれぞれ、政界や皇族、神社本庁と強い結び付きがあります。それが帝を神通力を持ったままということは……」
「帝をも凌ぎ、日本を乗っ取ることさえできよう……神通力という脅威を排除する為にも、彼らが人を介して惟神庁を不抜けにさせることもできる。それは帝も同じだ。藤原氏が未だに神通力を使える以上、その仲間となりかねない惟神庁の力を削ぎ、藤原氏を警戒するというのは合理的だろう?」
乙巳の変(645年6月12日〜13日)……皇族の中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)が中臣鎌足と共に、当時の朝廷で有力勢力であった蘇我氏宗家を滅亡させた事件。
大化の改新(645年〜650年)……大化年間に後の天智天皇である中大兄皇子によって行われた国政改革。この改革により、豪族中心の政治から帝中心の政治に変わった。
大化の改新(645年〜650年)……大化年間に後の天智天皇である中大兄皇子によって行われた国政改革。この改革により、豪族中心の政治から帝中心の政治に変わった。