第十五話 決闘
稲葉は惟神の陵王の異名を持つ弥勒と決闘をする切符を手にする為に、巳代と決闘をする。
長い睨み合いが続いた。先に動いたのは、稲葉であった。
その槍は、真っ直ぐと巳代の方へと向かって向かう。長い手と長い柄(え)による有利を存分に活かし、稲葉は、巳代の斬撃をすぐ交わせる様に、足は床へ着けたままであった。
槍の穂が接近する。しかし巳代は鞘から刀を抜かず、柄(つか)を右手で掴んだまま、ただ穂を見続けていた。次の瞬間、巳代は穂のギリギリで避け、槍のすぐ真横を、俊足で駆け出した。
稲葉は腰を落として体幹を固めた後、巳代の方へ槍を振りかぶった。
巳代は刀をぶつけ、槍の勢いを殺しながら器用に鞘から刀を抜き取った。そのまま稲葉へと接近し、彼の眼(まなこ)より高く飛び、背を取った。
稲葉が振り返ると、眼前には剥き出しの刃が向けられていた。
「勝負ありだな、稲葉」
「四勝一敗、今のところは俺の勝ちだな」
「五回勝負なら、このまま俺が五連勝させてもらおう。もうお前の動きは、見切ったからな」
稲葉は、弥勒と手合わせができない事を残念そうにしていたが、弥勒はそれどころではなかった。巳代の早すぎる動きや有り得ない程の跳躍力に、度肝を抜かれていたのだ。
「巳代……さっきの人間離れした動きって……! 剣道嫌いとかいってたのに、実力は神がかってるんだね!」
「剣道が嫌いなのは、あれが実技のフリをした競技だからだ。俺は、剣術を学びたかった。人を殺し、怪異を殺す術を……学びたかったんだ。こういう棒術や剣術を教われる学校は、なぜか東京にはなくってな。俺は待ち望んでいたんだ。こういう闘志の塊みたいなやつと戦えることを」
三人はその後、体育館近くにある石垣に座り、水筒の水を飲みながら話をしていた。
「稲葉さんは夏休みはなにをするの?」
「実家に帰って、親戚と会ったりなんやりだろうなぁ」
「夏休みは東京も宮崎も同じだね。みんな親戚と顔を会わせるんだ。なんだか、どこに在っても家族の在り方は同じなのかなって、安心しちゃうな……でも今実家に帰るって、この辺の出身じゃないの?」
「あぁ。俺は大分の生まれだ。別府って聞いた事あるか?」
「あるよ! 温泉の名所だよね!」
弥勒は九州に来たらやりたいことがあった。その内の一つが、温泉に浸かるというものだった。東京にも天然温泉を運んだ温泉施設はあるし、家族や従士らと熱海や湯河原に行くこともあった。だが九州の温泉は別格だと聞いていた彼は、なにがなんでも大分の温泉に入りたいと思っていた。
なぜか浮き足立っている弥勒の心の内を、巳代は察した。それは神通力を用いたものではなく、たかが数週間であっても友人として共に過ごしたからこそ見抜くことができたのだった。
「稲葉、別府の温泉には寄るのかい?」
「あぁ、毎年行ってるよ。それがどうしたんだ?」
弥勒がにこやかなことに気づいた稲葉も、ようやく気づいた。そして「一緒に行くか、惟神の陵王」の言葉に弥勒は「行こう!」と答えた。
暑い夏だった。蝉の鳴き声や木々のざわめきに包まれた九州の地で弥勒は、新天地で冒険をしている気分に満ち満ちていた。
その槍は、真っ直ぐと巳代の方へと向かって向かう。長い手と長い柄(え)による有利を存分に活かし、稲葉は、巳代の斬撃をすぐ交わせる様に、足は床へ着けたままであった。
槍の穂が接近する。しかし巳代は鞘から刀を抜かず、柄(つか)を右手で掴んだまま、ただ穂を見続けていた。次の瞬間、巳代は穂のギリギリで避け、槍のすぐ真横を、俊足で駆け出した。
稲葉は腰を落として体幹を固めた後、巳代の方へ槍を振りかぶった。
巳代は刀をぶつけ、槍の勢いを殺しながら器用に鞘から刀を抜き取った。そのまま稲葉へと接近し、彼の眼(まなこ)より高く飛び、背を取った。
稲葉が振り返ると、眼前には剥き出しの刃が向けられていた。
「勝負ありだな、稲葉」
「四勝一敗、今のところは俺の勝ちだな」
「五回勝負なら、このまま俺が五連勝させてもらおう。もうお前の動きは、見切ったからな」
稲葉は、弥勒と手合わせができない事を残念そうにしていたが、弥勒はそれどころではなかった。巳代の早すぎる動きや有り得ない程の跳躍力に、度肝を抜かれていたのだ。
「巳代……さっきの人間離れした動きって……! 剣道嫌いとかいってたのに、実力は神がかってるんだね!」
「剣道が嫌いなのは、あれが実技のフリをした競技だからだ。俺は、剣術を学びたかった。人を殺し、怪異を殺す術を……学びたかったんだ。こういう棒術や剣術を教われる学校は、なぜか東京にはなくってな。俺は待ち望んでいたんだ。こういう闘志の塊みたいなやつと戦えることを」
三人はその後、体育館近くにある石垣に座り、水筒の水を飲みながら話をしていた。
「稲葉さんは夏休みはなにをするの?」
「実家に帰って、親戚と会ったりなんやりだろうなぁ」
「夏休みは東京も宮崎も同じだね。みんな親戚と顔を会わせるんだ。なんだか、どこに在っても家族の在り方は同じなのかなって、安心しちゃうな……でも今実家に帰るって、この辺の出身じゃないの?」
「あぁ。俺は大分の生まれだ。別府って聞いた事あるか?」
「あるよ! 温泉の名所だよね!」
弥勒は九州に来たらやりたいことがあった。その内の一つが、温泉に浸かるというものだった。東京にも天然温泉を運んだ温泉施設はあるし、家族や従士らと熱海や湯河原に行くこともあった。だが九州の温泉は別格だと聞いていた彼は、なにがなんでも大分の温泉に入りたいと思っていた。
なぜか浮き足立っている弥勒の心の内を、巳代は察した。それは神通力を用いたものではなく、たかが数週間であっても友人として共に過ごしたからこそ見抜くことができたのだった。
「稲葉、別府の温泉には寄るのかい?」
「あぁ、毎年行ってるよ。それがどうしたんだ?」
弥勒がにこやかなことに気づいた稲葉も、ようやく気づいた。そして「一緒に行くか、惟神の陵王」の言葉に弥勒は「行こう!」と答えた。
暑い夏だった。蝉の鳴き声や木々のざわめきに包まれた九州の地で弥勒は、新天地で冒険をしている気分に満ち満ちていた。