残酷な描写あり
3.蓮蕾の女王-3
執務室は完全防音である。ぴたりと窓を閉じてしまえば、庭に溢れ返る、夏を奏でる蝉の歌すらも届かない。
外界から遮断され、静寂に見舞われた、ふたりきりの部屋。存在する音は、空調からの送風と、自身と相手の息遣いだけのはずだ。
しかし、リュイセンの耳に響いているのは、無垢な笑顔で告げられた、アイリーの言葉だった。
『私はこれでも王族で、女王様だから』
次代の王に恵まれないときは、自分のクローンを作る。
彼女はずっと、そう考えていたという。
腹の底で、怒りに似た苛立ちが渦を巻く。それを表に出さないように、リュイセンは必死になって、感情を抑える。
黄金比の美貌から表情が消え、彫像のように凍りついた。双刀を宿したような鋭利な双眸は、彼女を凝視したまま、瞬きひとつしない。
ふたりの視線が交錯した。
深みのある漆黒と、澄んだ青灰色の、対象的な眼差し。相容れないようであり、対でもあるようなふたりが、互いの姿を己の瞳に映す。
「リュイセン、ありがとう」
ふわりと。
アイリーが破顔した。
その瞬間、リュイセンは秀眉を吊り上げる。
「なんで礼を言うんだよ?」
「だって、リュイセンは、ちゃんと『私』を見てくれるから。生き神様じゃない、『私』を」
彼女は白金の髪を波打たせ、彼の顔を覗き込むように身を乗り出す。綺羅の美貌が近づき、青灰色の瞳が潤んでいることに、彼は気づいた。
同時に、察してしまった。
彼女の視力は、彼が思っていたよりも、おそらく弱い。
ときどき妙に距離が近くなるのは、近づかなければ見えないからだ。近視などとは違い、先天性白皮症に依る弱視は眼球の内部の形成異常が原因だとかで、眼鏡やコンタクトレンズでは矯正できないらしい。――王の異色が先天性白皮症だと知ったあと、後学のためにと調べて得た知識だ。
勿論、彼女の人懐っこい性格も影響しているだろうし、普段の生活に支障はない程度には見えているのも分かる。
けれど、明らかに先天性白皮症の弊害だ。
リュイセンは知れず、奥歯を噛んだ。
かつて、鷹刀一族は王族のために近親婚を繰り返し、健康な子供が生まれにくい状態になってなお、〈贄〉として血族を捧げてきた。しかし、アイリーを見ていると、王族である彼女もまた、国を支えるための生贄のようだ。しかも、それを当然のように受け止めている……。
胸が悪くなるような忌まわしさがこみ上げてきた。それを振り払うように、リュイセンは頭を振る。
「お前が、いろいろ考えていることは分かった。けど、『ライシェン』の未来は、ルイフォンとメイシアに託されている。だから、お前の考えは、ふたりに伝えて、選択肢のひとつに加えてもらう。――それでいいよな?」
「そうね、それがいいわ。私たちだけで決めることじゃないし、こうしてリュイセンと睨み合っているのは嫌だもの」
アイリーも素直に頷く。
刹那、リュイセンは反射的に鼻に皺を寄せた。
「今のは『睨み合い』じゃないだろう?」
彼は間違っても、彼女に悪感情など抱いていない。理不尽な現状を嫌悪していただけだ。なのに、彼女に誤解されるのは、非常に不本意である。
つまり、先ほど目線を絡めていたのは『睨み合い』ではなくて……。
――『見つめ合い』?
頭に浮かんだ単語を、リュイセンは慌てて打ち消す。いくらなんでも、それは不適切だろう。
それまで不機嫌な様子であった顔を急に赤らめ、黒目を右へ左へと彷徨わせたリュイセンを、アイリーは不思議そうに見つめていた。だが、理由を訊いても答えてくれそうもないと感じたのか、やがて、ふと呟く。
「できるなら、直接、『ルイフォン』に会って、話をしたいわ。彼にも会ってみたいの。……勿論、難しいのは分かっているわよ?」
聞き分けのない子供じゃないのよ、と。弁解するような上目遣いで首をすくめる。
「……っ」
無邪気な仕草に、どきりとした。リュイセンは、申し訳ない気持ちを押し殺し、沈黙する。
アイリーは既に、ルイフォンと会っている。
ただし、『仕立て屋の助手の少女』という女装姿の彼と、であるが。
ヤンイェンと接触するための、必要に迫られての女装であり、むやみに明かしては弟分の沽券に関わる。あとで、きちんと本人の承諾を得てから話すつもりのリュイセンは、アイリーに悪いと思いつつ、今はひとまずシラを切る。
「あ……ああ、お前がお忍びで出掛けるのは、簡単なことじゃないよな。そもそも、今日は、どうやって王宮を抜け出してきたんだ?」
話題をそらすための質問であった。しかし、口にしてから、先に確認しておくべき事柄だったと気づく。彼女が鷹刀一族の屋敷に来てから、それなりの時間が過ぎている。王宮は大騒ぎになっていないだろうか。
今更のように焦り始めたリュイセンに、アイリーは唇に人差し指を当て、内緒話を打ち明けるように告げる。
「あのね、王宮からじゃなくて、神殿から抜け出してきたの。昔、セレイエがよく、外に連れ出してくれた方法で」
「は!?」
またしても、セレイエなのか? あの異母姉は、当時、王女だったアイリーを、頻繁に脱走させていたというのか?
セレイエと一緒に暮らしたことのないリュイセンは、実のところ、彼女と異母姉弟だという認識は低い。しかし、身内として、さすがに血の気が引いた。
「ええと、〈七つの大罪〉が、王の私設研究機関なのは知っているわよね? それで、〈悪魔〉たちは、必要に応じて、王や王族と対面するわけだけど、その場所が神殿にある『天空の間』なの。――あ、『天空の間』というのは……」
「『天空の間』なら知っている。王族や貴族が、自分の屋敷に、ひと部屋は作るという、『神に祈りを捧げ、神と対話するための部屋』だろう?」
上流階級のしきたりなど詳しくない、詳しくなりたくもないリュイセンだが、『天空の間』のことはよく覚えている。
〈蝿〉が、『最高の終幕』の舞台に選んだ場所だからだ。
リュイセンが知っているのは、〈蝿〉が潜伏していた菖蒲の館の『天空の間』であるが、もと貴族のメイシアによれば、どの屋敷でも同じような造りであるという。天上の世界を表しているとかで、壁も絨毯も調度も白一色で整えられた、奇妙な部屋だ。
「ああ、そうか。〈蝿〉が言っていたな。防音のよく効いた『天空の間』は、王と〈悪魔〉の密談の場だった、と」
ふと思い出して口にすると、アイリーが「話が早くて助かるわ!」と、声を弾ませる。
「〈悪魔〉たちが、こっそり出入りするために、神殿の『天空の間』と外を繋ぐ、秘密の通路があるのよ。そこを通って抜け出してきたの。『天空の間』に入るときに『神と語ってまいります』と言えば、誰も付き添うことはできないし、半日くらいなら平気でしょう?」
「……」
仮にも、神の名を借りて国を治めている王が、神との対話だと偽って、無断外出をしてよいのだろうか……?
発案者はセレイエだ。自分の異母姉が、幼い王女に悪知恵を授けていたという事実に、生真面目なリュイセンは頭が痛くなる。
「セレイエが一緒のときは、黒髪の鬘や、カラーコンタクトを用意してくれたんだけどね。私じゃ手配できなかったから、今日は、いつもの格好で出てきちゃった……」
寂しげな口調で、アイリーがソファーに畳んだ黒いパーカーを見やる。黒づくめの服装は『お忍び装束』ではなく、彼女の外出には必須の『普段着』であったらしい。
「セレイエは、無敵の護衛だったのよ。危険な目に遭ったときは、〈天使〉の羽で相手を操って守ってくれたの。私の正体がバレそうになったときには、羽で記憶を誤魔化してくれたりしてね……」
青灰色の瞳が切なげに細められた。
かつてセレイエに連れられて、普通の女の子のように遊びに出かけた日々を思い出しているのだろう。
禁忌ともいえる〈天使〉の能力を、セレイエが気軽に乱用していたようなのは気になるが、それでも、リュイセンの口の中に苦いものが広がる。
「ごめんなさい。余計なことを言ったわ」
白金の髪を揺らしながら、アイリーが左右に首を振った。そして、「話を戻すわね」と、無理やりに口角を上げる。
「王女だったときならともかく、今は女王様になっちゃったから、私が頻繁に王宮を離れて神殿に行くのは難しいの。今日は、凄く運が良かったのよ。この次に、いつ抜け出せるのかは、ちょっと分からないわ。――だから、リュイセン。私の考えを『ルイフォン』に伝えるの、よろしくね」
「ああ。分かった」
「外に出られる機会があったときは、携帯端末で連絡するわ。あらかじめ予定が分かっていれば、ルイフォンも、このお屋敷に来られるでしょう? ……あ、それよりも、ユイランさんもいる、草薙家のところに、私が行くほうがいいわ! リュイセン、連れて行ってね!」
先の予定を楽しそうに語るアイリーに、これきりの縁ではないのだという実感と、彼女がそろそろ帰ろうとしている現状を解し、リュイセンの胸に不可思議な漣が立った。
……ともあれ。今日はこれで、お開きだ。神殿の『天空の間』に繋がる、秘密の通路とやらの入り口まで、アイリーを送ってやろう。
やるべきことをやるを信条とする彼が、自分の中でそうまとめたとき、不意にアイリーが叫んだ。
「そうだわ! 私がお忍びで行くんじゃなくて、ルイフォンに王宮まで来てもらえばいいのよ!」
彼女は顔を輝かせ、ぐいとテーブルに身を乗り出す。
「ユイランさんに頼んでいる衣装の、次の打ち合わせのとき、ルイフォンに人夫として同行してもらうの。そうすれば、監視の目の厳しいヤンイェンお異母兄様も、ルイフォンに会えるわ! やっぱり、『ライシェン』の未来は、お異母兄様抜きには決められないでしょう?」
「…………」
それは既に、実行に移され、成功を収めた作戦だ……。
――良心が咎める……。
正直者のリュイセンとしては、さすがにこれ以上、黙っていることは不可能だった。
彼は観念して、「実は……」と、ルイフォンの王宮訪問について、訥々と語り始めた。
外界から遮断され、静寂に見舞われた、ふたりきりの部屋。存在する音は、空調からの送風と、自身と相手の息遣いだけのはずだ。
しかし、リュイセンの耳に響いているのは、無垢な笑顔で告げられた、アイリーの言葉だった。
『私はこれでも王族で、女王様だから』
次代の王に恵まれないときは、自分のクローンを作る。
彼女はずっと、そう考えていたという。
腹の底で、怒りに似た苛立ちが渦を巻く。それを表に出さないように、リュイセンは必死になって、感情を抑える。
黄金比の美貌から表情が消え、彫像のように凍りついた。双刀を宿したような鋭利な双眸は、彼女を凝視したまま、瞬きひとつしない。
ふたりの視線が交錯した。
深みのある漆黒と、澄んだ青灰色の、対象的な眼差し。相容れないようであり、対でもあるようなふたりが、互いの姿を己の瞳に映す。
「リュイセン、ありがとう」
ふわりと。
アイリーが破顔した。
その瞬間、リュイセンは秀眉を吊り上げる。
「なんで礼を言うんだよ?」
「だって、リュイセンは、ちゃんと『私』を見てくれるから。生き神様じゃない、『私』を」
彼女は白金の髪を波打たせ、彼の顔を覗き込むように身を乗り出す。綺羅の美貌が近づき、青灰色の瞳が潤んでいることに、彼は気づいた。
同時に、察してしまった。
彼女の視力は、彼が思っていたよりも、おそらく弱い。
ときどき妙に距離が近くなるのは、近づかなければ見えないからだ。近視などとは違い、先天性白皮症に依る弱視は眼球の内部の形成異常が原因だとかで、眼鏡やコンタクトレンズでは矯正できないらしい。――王の異色が先天性白皮症だと知ったあと、後学のためにと調べて得た知識だ。
勿論、彼女の人懐っこい性格も影響しているだろうし、普段の生活に支障はない程度には見えているのも分かる。
けれど、明らかに先天性白皮症の弊害だ。
リュイセンは知れず、奥歯を噛んだ。
かつて、鷹刀一族は王族のために近親婚を繰り返し、健康な子供が生まれにくい状態になってなお、〈贄〉として血族を捧げてきた。しかし、アイリーを見ていると、王族である彼女もまた、国を支えるための生贄のようだ。しかも、それを当然のように受け止めている……。
胸が悪くなるような忌まわしさがこみ上げてきた。それを振り払うように、リュイセンは頭を振る。
「お前が、いろいろ考えていることは分かった。けど、『ライシェン』の未来は、ルイフォンとメイシアに託されている。だから、お前の考えは、ふたりに伝えて、選択肢のひとつに加えてもらう。――それでいいよな?」
「そうね、それがいいわ。私たちだけで決めることじゃないし、こうしてリュイセンと睨み合っているのは嫌だもの」
アイリーも素直に頷く。
刹那、リュイセンは反射的に鼻に皺を寄せた。
「今のは『睨み合い』じゃないだろう?」
彼は間違っても、彼女に悪感情など抱いていない。理不尽な現状を嫌悪していただけだ。なのに、彼女に誤解されるのは、非常に不本意である。
つまり、先ほど目線を絡めていたのは『睨み合い』ではなくて……。
――『見つめ合い』?
頭に浮かんだ単語を、リュイセンは慌てて打ち消す。いくらなんでも、それは不適切だろう。
それまで不機嫌な様子であった顔を急に赤らめ、黒目を右へ左へと彷徨わせたリュイセンを、アイリーは不思議そうに見つめていた。だが、理由を訊いても答えてくれそうもないと感じたのか、やがて、ふと呟く。
「できるなら、直接、『ルイフォン』に会って、話をしたいわ。彼にも会ってみたいの。……勿論、難しいのは分かっているわよ?」
聞き分けのない子供じゃないのよ、と。弁解するような上目遣いで首をすくめる。
「……っ」
無邪気な仕草に、どきりとした。リュイセンは、申し訳ない気持ちを押し殺し、沈黙する。
アイリーは既に、ルイフォンと会っている。
ただし、『仕立て屋の助手の少女』という女装姿の彼と、であるが。
ヤンイェンと接触するための、必要に迫られての女装であり、むやみに明かしては弟分の沽券に関わる。あとで、きちんと本人の承諾を得てから話すつもりのリュイセンは、アイリーに悪いと思いつつ、今はひとまずシラを切る。
「あ……ああ、お前がお忍びで出掛けるのは、簡単なことじゃないよな。そもそも、今日は、どうやって王宮を抜け出してきたんだ?」
話題をそらすための質問であった。しかし、口にしてから、先に確認しておくべき事柄だったと気づく。彼女が鷹刀一族の屋敷に来てから、それなりの時間が過ぎている。王宮は大騒ぎになっていないだろうか。
今更のように焦り始めたリュイセンに、アイリーは唇に人差し指を当て、内緒話を打ち明けるように告げる。
「あのね、王宮からじゃなくて、神殿から抜け出してきたの。昔、セレイエがよく、外に連れ出してくれた方法で」
「は!?」
またしても、セレイエなのか? あの異母姉は、当時、王女だったアイリーを、頻繁に脱走させていたというのか?
セレイエと一緒に暮らしたことのないリュイセンは、実のところ、彼女と異母姉弟だという認識は低い。しかし、身内として、さすがに血の気が引いた。
「ええと、〈七つの大罪〉が、王の私設研究機関なのは知っているわよね? それで、〈悪魔〉たちは、必要に応じて、王や王族と対面するわけだけど、その場所が神殿にある『天空の間』なの。――あ、『天空の間』というのは……」
「『天空の間』なら知っている。王族や貴族が、自分の屋敷に、ひと部屋は作るという、『神に祈りを捧げ、神と対話するための部屋』だろう?」
上流階級のしきたりなど詳しくない、詳しくなりたくもないリュイセンだが、『天空の間』のことはよく覚えている。
〈蝿〉が、『最高の終幕』の舞台に選んだ場所だからだ。
リュイセンが知っているのは、〈蝿〉が潜伏していた菖蒲の館の『天空の間』であるが、もと貴族のメイシアによれば、どの屋敷でも同じような造りであるという。天上の世界を表しているとかで、壁も絨毯も調度も白一色で整えられた、奇妙な部屋だ。
「ああ、そうか。〈蝿〉が言っていたな。防音のよく効いた『天空の間』は、王と〈悪魔〉の密談の場だった、と」
ふと思い出して口にすると、アイリーが「話が早くて助かるわ!」と、声を弾ませる。
「〈悪魔〉たちが、こっそり出入りするために、神殿の『天空の間』と外を繋ぐ、秘密の通路があるのよ。そこを通って抜け出してきたの。『天空の間』に入るときに『神と語ってまいります』と言えば、誰も付き添うことはできないし、半日くらいなら平気でしょう?」
「……」
仮にも、神の名を借りて国を治めている王が、神との対話だと偽って、無断外出をしてよいのだろうか……?
発案者はセレイエだ。自分の異母姉が、幼い王女に悪知恵を授けていたという事実に、生真面目なリュイセンは頭が痛くなる。
「セレイエが一緒のときは、黒髪の鬘や、カラーコンタクトを用意してくれたんだけどね。私じゃ手配できなかったから、今日は、いつもの格好で出てきちゃった……」
寂しげな口調で、アイリーがソファーに畳んだ黒いパーカーを見やる。黒づくめの服装は『お忍び装束』ではなく、彼女の外出には必須の『普段着』であったらしい。
「セレイエは、無敵の護衛だったのよ。危険な目に遭ったときは、〈天使〉の羽で相手を操って守ってくれたの。私の正体がバレそうになったときには、羽で記憶を誤魔化してくれたりしてね……」
青灰色の瞳が切なげに細められた。
かつてセレイエに連れられて、普通の女の子のように遊びに出かけた日々を思い出しているのだろう。
禁忌ともいえる〈天使〉の能力を、セレイエが気軽に乱用していたようなのは気になるが、それでも、リュイセンの口の中に苦いものが広がる。
「ごめんなさい。余計なことを言ったわ」
白金の髪を揺らしながら、アイリーが左右に首を振った。そして、「話を戻すわね」と、無理やりに口角を上げる。
「王女だったときならともかく、今は女王様になっちゃったから、私が頻繁に王宮を離れて神殿に行くのは難しいの。今日は、凄く運が良かったのよ。この次に、いつ抜け出せるのかは、ちょっと分からないわ。――だから、リュイセン。私の考えを『ルイフォン』に伝えるの、よろしくね」
「ああ。分かった」
「外に出られる機会があったときは、携帯端末で連絡するわ。あらかじめ予定が分かっていれば、ルイフォンも、このお屋敷に来られるでしょう? ……あ、それよりも、ユイランさんもいる、草薙家のところに、私が行くほうがいいわ! リュイセン、連れて行ってね!」
先の予定を楽しそうに語るアイリーに、これきりの縁ではないのだという実感と、彼女がそろそろ帰ろうとしている現状を解し、リュイセンの胸に不可思議な漣が立った。
……ともあれ。今日はこれで、お開きだ。神殿の『天空の間』に繋がる、秘密の通路とやらの入り口まで、アイリーを送ってやろう。
やるべきことをやるを信条とする彼が、自分の中でそうまとめたとき、不意にアイリーが叫んだ。
「そうだわ! 私がお忍びで行くんじゃなくて、ルイフォンに王宮まで来てもらえばいいのよ!」
彼女は顔を輝かせ、ぐいとテーブルに身を乗り出す。
「ユイランさんに頼んでいる衣装の、次の打ち合わせのとき、ルイフォンに人夫として同行してもらうの。そうすれば、監視の目の厳しいヤンイェンお異母兄様も、ルイフォンに会えるわ! やっぱり、『ライシェン』の未来は、お異母兄様抜きには決められないでしょう?」
「…………」
それは既に、実行に移され、成功を収めた作戦だ……。
――良心が咎める……。
正直者のリュイセンとしては、さすがにこれ以上、黙っていることは不可能だった。
彼は観念して、「実は……」と、ルイフォンの王宮訪問について、訥々と語り始めた。