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作者: 樹齢二千年
残酷な描写あり R-15
48話『王都メレク/謁見』
 ──シオンを出発して、二日。

 一行は途中で宿を見つけることに成功し、無事に王都メレクへと到着した。
 ソテル教の重要機関──教皇庁が位置する都は規模、人口ともにシオンを軽く凌駕しており、アウラが訪れた街の中でも間違いなく最大の都市である。

 彼らは早速、手紙を手渡す為に城へと向かっている最中であった。
 レンガ造りの建物が立ち並び、街にはゴミ一つ落ちていない。

「やっべ、緊張してきた……もし不手際とかあったらどうすんだ? 全員揃って打ち首にでもなるのか……?」

 緊張のあまり胸の辺りを押さえ、青ざめた様子のアウラ。
 教皇、即ちソテル教のトップにして一国の王との謁見がこれから控えている。何か問題を起こせば首が飛ぶのはまず免れない。
 今のアウラ達は、言わばエリュシオンを代表してこの国に来ている。王都に来て、彼はようやくその実感を得たのだ。

「そこまで緊張する必要はありませんよ。我らが教皇は些細な失態程度で異国の使者を無下にするほど狭量な方ではありませんから」

「そうよ。自然体で行きなさい、自然体で」

 気負う事はないと、カレンはアウラの肩をポンと叩く。彼程緊張している訳ではないのか、調子は普段のそれである。

「お前、緊張しないのな」

「緊張も何も、ただ手紙を渡すだけでしょ? そんなんで一々オドオドしてちゃやってらんないわよ。ねぇクロノ?」

 歩きながら、彼女は肩をすくめる。 
 如何なる状況でも調子を崩さないのが、カレンという少女の素だ。襲撃の際にも平静を崩さず対処に当っていた辺り、かなり肝が据わっている。

「いえ、実は私も少し緊張してます……」

「ほら、こんな状況で胸張れって方が無理だろ。そんな軽口叩けんのはお前だけだよ」

「そういえば、手紙は誰が渡すんだ? 一応教会側にはエリュシオンの冒険者のうち一人が持参するって話で伝えておいたが」

「あぁ、それならカレ────」

「──アウラで」

「──アウラさんで」

 アウラがそう言いかけた所で、遮るように二人の魔術師が答えた。
 両サイドから青年の方を指さし、練習でもしたかのようにピッタリなタイミングで。

「了解だ。それなら、教皇にはアウラの手から渡して貰う事にしよう」

「いや、ちょっと待って。拒否権無し?」

「拒否権も何も、手紙はアンタの内ポケットにあるんだから、アンタ以外いないでしょ」

 そう彼女に言われて、アウラは不思議そうに懐に手を入れる。
 確かに中には長方形の薄い物体が仕舞われており、手紙は彼の手元にある状態だった。
 だが一つ不可解な点があったのか、怪訝そうに、

「この手紙、昨日はカレンが持ってなかったっけ? 俺、お前から渡された記憶ないんだけど」

「昨日の夜一泊した時、アンタがお風呂行ってる間に上着に入れといたのよ」

 そう言い、ウィンクと共に親指を立てる。
 当然、アウラの方は開いた口が塞がらずに唖然としている。

「いつの間に……!」

「そういうことだから頼むわよ、アウラ」

「ぐっ……あー、まぁ仕方ないか。カレンに交渉しても無駄だろうし、クロノに押し付けるのも申し訳ないし、分かったよ」

 半ば諦め気味に受け入れる。いっそ開き直ってしまえば気持ち的には問題ないと高を括った。
 断り切れず、最終的には請け負ってしまうというのがアウラの性分である。

 ロギアとセシリアに先導され、一行は目的地──宮殿へと進む。

 城門を潜り抜けた時から見える、一際巨大な建造物。
 王都の通りはそのまま宮殿へと通じており、迷う事はまずない。建物自体は王都の真北に位置しており、到着までそこまで時間がかかるという訳でもない。
 ただ在るだけで威容を放つ教皇の住処が、すぐそこまで迫っている。

 しかし、それに負けず劣らずの存在感を放つ建物を、彼らは通り過ぎる。

「あっちの建物も随分とデカいな」

 アウラの視線の先、王都の西側には、幾つかの施設が併設されたかのような建物があった。
 何より目を引くのが、天を突くように聳える塔。その周囲に横長の校舎を思わせる建築物が付随している。
 様式だけで言えば、エリュシオンのギルドに似通ってはいる。アウラが元いた世界で言うゴシック建築というものだ。
 王都の一角に立つ施設を見て、クロノが

「あれは確か、エクレシア教皇庁でしたか。セシリアさん達の本部もあそこにあるんでしたよね?」

「えぇ。私達使徒──巡礼機関の本拠地みたいなものです。横にあるのが王立メレク大図書館、それから教会が運営しているイクテュス神学校と、その寮ですね」

「神学校ってことは、司祭を目指す人は皆あそこに通ってるのか。総本山でソテル教の勉強が出来るなんて、環境としてはこれ以上無いんじゃないか?」

「あの学校で教鞭を取ってる人の中には、元々教会の上層部にいた人もいるからな。俺も一度臨時で講師を務めた事があるが、在学している子達の質も高かったよ。そういえば、セシリアも一時期いたらしいな」

「暫く過ごしていた修道院の院長の推薦で、講師の方々の助手をしながら座学の方を修めていました。……まぁ、そこから使徒に引き抜かれて今に至る訳ですが」

「ソテル教の構造とかは殆ど知らないけど、教会内でも優秀な人材は積極的に引き抜かれるものなんだな」

「教会の歴史やソテル教神学に関する知識や信仰心も必要だが、それ以上に異端狩りとしての素質も選抜の材料になる。その点では、当時14歳で使徒に選ばれたセシリアは異質だな」

「ロギアさんは神学校に通って無かったんですか?」

「俺は一身上の都合で後から使徒になったからな。というか、そもそも信徒ですら無かったし」

「そうだったの? 俺はてっきり、長年教会に属しているもんだと」

「使徒になったのは今から5年前。それまでは雇われで傭兵みたいな仕事を請け負ってたんだ」

「傭兵、ですか」

「要人の護衛とか暗殺の依頼は多かったよ。まぁでも、荒事って意味では今とそう大差ないさ。その頃に依頼で一度使徒と手を組んだことがあってな、人より戦えるって事で誘われて使徒になったんだ」

「随分と軽いわね……」

 自分の住む村の人々を鏖殺されたことが切っ掛けで教会に属する事になったセシリアに対し、ロギアが使徒になった理由は至極シンプルなものだった。
 拍子抜けしたように笑うカレンだが、ロギアは続ける。

「いや本当、俺もそう思うよ。給料は出すから戦闘員みたいな者として所属して欲しいって頼まれたから二つ返事で入ったけど、蓋を開ければ各地の教会の査定が一番しんどい仕事になるなんて、最初は思っても見なかったよ」

「でも良いじゃないですか、ここ数日は休めたでしょう?」

「休みって言ったってお前、どうせこの仕事が終われば何処かに飛ばされるんだ。疲れが取れてもそれ以上の疲労が待ち受けてるんだから、2日3日の休みなんざ意味ないよ」

 憂鬱そうにロギアは俯いている。
 日頃の激務に慣れてしまっているせいか、最早受け入れてしまっていた。

「俺達みたいな冒険者は依頼が直接来ない限り、ある程度の自由はあるけど、使徒の仕事って滅茶苦茶過酷なんだな。俺なら絶対に身体が保たねぇわ……」

「私との鍛錬でヒィヒィ言ってるものね」

「いくら頑張ってもお前が俺の更に上を行くからだろうが……よくよく考えれば、カレンに一太刀浴びせた事ないな、俺」

「だって、私がわざと作った隙にまんまと飛び込んで来るんだもの。そりゃ私からすれば格好の餌食に決まってるじゃない。そこが甘いのよ、アウラは」

「相変わらず辛辣ですね、カレンさんは……」

「そりゃあ、一応アウラは私の弟子な訳だし。悪いとこはきっちり指摘しとかないと」

「隙を見抜くって、具体的にどうすれば良いのさ? 出来る限り好きを見逃さないように注意は置いてるつもりなんだけど」

「そこは洞察力を鍛え抜くしか無いわね。或いは、多少のリスクを負ってでも相手の誘いに乗って、実力で押し切るかのどちらかよ」

「結局は腕っ節って言いたいけど、あながち間違ってないんだよなぁ。まぁ、カレンらしいっちゃらしいけど」

 さも当然のように言うカレンに、アウラは納得するしかない。
 彼女は多少のリスクを負ったとしても、確実に敵を仕留めにいくというスタイルを徹底している。
 加えて、あえて相手の挑発に乗り、真っ向から勝負する程の度胸も持ち合わせている。
 傷を負う事を前提として、敵の命を掠め取る。それが彼女の戦い方だ。

「いや、偽神アヴァターラになったとは言っても、そもそも地力が桁違いだし、その差はまだあって当然か……」

「司教相手に大立ち回りしたからって、あんまり思い上がると足元掬われるわよ」

 それは、先輩の魔術師としての忠告。
 どれほど強大な力を手にしようと、驕りがあれば慢心が生まれるのは必定。

 神の力を振るう術を手に入れても、反動が大きい以上、そう易々と使える物ではない。素の状態のアウラの実力がカレンやロギアに比べて劣っているのは変わらないのだ。

「……あぁ、肝に命じておくよ。ありがとな」

 こうして小言を言われるのも、アウラにとっては久々だった。
 師としての彼女からの言葉を確かに受け止め、彼は王宮へと向かっていく。
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