残酷な描写あり
R-15
26話『久々の会食。そして呼び出し』
多くの冒険者や民間人で賑わう店内。楽し気な声が途切れる事はなく、店内では数人ウェイターたちがせわしなく働いていた。
ナルが臨時でヘルプに入っているというレストラン──名を、『ヘスペリデス』。
アトラスという都市名に因んで名付けられた食事処の恐ろしさを、アウラは既に体験している。「山盛り」などという範疇を遥かに凌駕する量の料理が、この店の際たる特徴だ。
並の量の料理も提供しているらしいが、初見殺しも甚だしい。
「食べきれるだろう」という甘い考えを真っ向から完膚なきまでに粉砕し、胃袋の限界に挑戦せざるを得ない状況に陥らせる。
前回はカレンとの二人だったが、今回はクロノを加えた三人で訪れていた。
「それじゃ、アウラの初依頼の達成を祝して……かんぱーい!!」
快活な声で、白を基調としたウェイトレス姿のナルが乾杯の音頭を取った。
続くように、他の三人もグラスを突き合わせる。
アウラとクロノがギルドに戻り、依頼の達成報告をした後のことだ。
ナルはどうやら今日がヘスペリデスにヘルプに入る日だったらしく、その流れでアウラの依頼達成祝いを兼ねて食事に行く事になったのだ。
テーブルには前回同様、香ばしい焼きたてのパンや瑞々しい野菜の数々。メインデッシュであろう肉の煮込み料理が大皿で配膳されている。
「何か作って欲しい料理あったら遠慮なく言ってな。すぐに持ってくるからさ。それとアウラにはこれを」
ナルはそう言うと、懐から一枚のカードを取り出し、アウラに手渡した。
「そうだ……! まだ貰ってなかったんだった。……完っ全に忘れてたわ」
「いや~ごめんね。アタシも前々から渡そうと思ってたんだけど、すっかり渡すの忘れちゃっててさ。一応、それがあればとりあえず冒険者である事の証明になるから、常に携帯しといて。それと、ギルドの細かい規則なんかは裏側に書いてあるから」
「分かった。ありがとな、ナル」
「どういたしまして。……っと、お客さんだ。悪いけど、アタシはここいらで失礼するよ」
彼女は軽い足取りで入口の方へと戻り、業務に勤しむ。
ナルは年齢だけで言えばアウラ達より少し年下だが、年齢以上に逞しい少女という印象があった。
手渡されたカードには、アウラという名前と職業、それから現状の位階が記録されていた。言わば免許証のようなもの。この街のギルドに所属している事を証明するただ一つのものだ。
まじまじと見つめるアウラは、少し表情を綻ばせていた。
「アウラさん、嬉しそうなのが顔に出てますよ?」
「えっ嘘!? 出てた!?」
「そりゃもうハッキリ出てたわよ」
悪戯っぽく笑うクロノに指摘され、アウラはやや頬を紅潮させた。
自分でも完全に無意識だったのか、口回りを手で覆って誤魔化そうとするも、その様は二人にしっかり見られていた。
「その気持ちも分かりますよ。一人の冒険者である証なんですから……私も、初めて貰った時は見返してはニヤニヤしてましたし」
「三ヶ月も遅れての配布だけどな。──でもやっぱ、ようやく認められたって感じがするよ」
そう語るアウラは苦笑しつつも、満足気な表情を浮かべていた。
冒険者、そして魔術師としてカレンに弟子入りし、ひたすら鍛錬に打ち込むこと三ヶ月。初の依頼を終えたばかりの彼だが、自分がギルド所属という事を物として示されると、より実感が湧くというものだ。
アウラはカードを懐に仕舞い、籠に盛られたパンに手を付ける。半分に割ってバターを少し塗り、一緒に口に含んだ。
「ん……んまいな、やっぱ」
外側はサクサクで、少量のバターの塩気が生地の甘さを際立させる。焼き立てというのもあり、香りが鼻から抜けていくのも非常に心地良かった。
普段は一人で軽く済ませる事が多いが、複数人で一緒に食べるというのも味わいを倍増させる要素だ。
「ホントだ……フワフワで美味しいですね……!」
口元を手で隠しながら、クロノも続いて言う。彼女がこの店を訪れるのは初めてらしく、その味を噛み締めていた。
人間は誰しも、美味い物を食べると表情が緩むというもの。
大皿から肉料理を取り分け、そのソースに残ったパンを少し浸して口に入れると、クロノは満面の笑みで
「これも美味しい~~!!」
と、飛び跳ねそうな勢いで感想を口にする。
最早語彙力が壊滅的なレベルにまで落ちているが、他に形容する言葉を見つける暇はないのだろう。
「クロノ、お前本当に美味しそうに食べるな」
「あはは……実は結構お腹減っちゃってまして……」
「意外と健啖家だったりする?」
「幼い頃はよく実家の畑仕事の手伝いとかで運動してたので、よく食べるのはその頃の名残かもしれません」
成る程、とアウラが納得する。
やや照れ臭そうに頭を掻くクロノだが、食事の時だけはいつも以上に素が出ている。
普段の落ち着いた彼女ではなく、よく食べよく遊ぶ田舎娘のような少女の姿だ。
クロノの食欲旺盛さは目に見えてアウラとカレンを凌駕しており、恐ろしい速度で卓上の料理が消えていく。
他の二人も一応食べてはいたが、気が付けば皿の上は空になっていた。
三人が手を合わせて「御馳走様でした」と食事を終えると────
「────お、誰かと思えば、カレンじゃないか。それにアウラ君も」
声を掛けたのは、エリュシオンの検問所に勤めるサウルだった。
体形が隠れがちな仕事着ではなく、茶色を基調としたチュニック。かつての冒険者活動の中で鍛えられた体格が強調され、爽やかな好青年という印象を強める。
他に連れがいる訳ではなく、一人で来ていたらしい。
「サウルさんじゃない。今日は奥さんと一緒じゃないの?」
「妻は今実家に帰省してるから、一人寂しく夕食だよ。えっと、そこの彼女は……確かこの間、アウラ君と一緒にいたよね?」
「クロノ・レザーラです。話すのは初めてですね」
「クロノには、私の代わりにアウラの依頼に同伴して貰ってたのよ。なんでも、ケシェル山の洞窟に巣食ってたナーガを討伐してきたんだって」
カレンが補足すると、サウルは目を見張った。その原因は勿論、彼女が発した単語──魔獣の名だ。
「ナーガって、あの竜種を二人で!?」
「しーっ!声がデカいって!!」
声を押さえ、アウラは驚きを隠せないサウルを諫める。
周囲も十二分に騒がしかったが、アウラとしては変に噂になるのは本意ではない。
「あぁ、ごめんごめん……でもソレ、本当なのか? ナーガって言えば、随分と昔の魔獣な筈だろ?」
「どういうわけか、洞窟の中に棲息してたんですよ。召喚魔術の痕跡があったし、大方、誰かしらに召喚されたって考えるのが妥当でしょうが」
「成る程ねぇ、でも凄いじゃないか。流石カレンが連れてきただけある。期待の新人だな」
横に座るカレンは「どうだ」と言わんばかりに鼻を鳴らしている。
自分が鍛え上げた弟子が最初の依頼で大金星を挙げて帰って来たのだから、師としては鼻が高い。
一応、サウルはアウラにとっても先輩に相当する人物だ。後輩が活躍したというのを祝福こそすれ、妬むような事はない。
「次に何の依頼を受けるのかは決まったのか?」
「いえ、その辺りはまだ何も。暫くはカレンに鍛錬の相手をして貰おうとは思ってますけど────」
彼がそこまで言いかけたところで、その言葉は遮られる事になる。
グラスの中の水を飲み干し終えた、カレンによって。
「────ああ、そのことだけど。アウラ、貴方明日ギルドに来てくれない?」
「え?」
アウラが計画していた予定通りには、そうそういく筈もなく。彼はカレン師匠からの有難い呼び出しを受けたのであった。
友人であるが、弟子でもある以上師の言う事を拒否する事は出来ない。
腕組みする彼女は続けて言う
「出来れば朝一で来て欲しいんだけど」
「朝一かぁ……起きれるか分かんないけど。というか理由は? ……もしかして俺なんかやらかした!?」
「別にそういうのじゃないわよ。ウチのギルドのアホ上司……グランドマスターが貴方に会いたいらしくてね。出来ればクロノも一緒に来てくれると助かる」
「──ちょっとごめん。単純な質問なんだけど、グランドマスターってそもそもどんな人なんだ? ギルド内で一番偉い人ってぐらいしか知らないんだけど」
軽く手を挙げるアウラ。実際、彼は冒険者になって3ヶ月にはなるものの、細かいギルドの構造などは殆ど知らない状態だったのだ。
この二日間は何かと忙しく、他の事に目を向けていた事もあり、聞くタイミングが中々無かった。
「グランドマスターは、私達の属するアトラス、エドムのアンスールを含めた「四大ギルド」の統括者の事よ。普通のギルドの場合は単にギルドマスターなんて呼ばれるわ。基本的な職務は同じだけど、自分の所だけじゃない……他の小規模なギルドの管轄も任されているの」
カレンは自分のグラスに水を注ぎながら説明する。
俗に言う「四大」は他のギルドよりも規模、戦力ともに凌駕しているギルドだ。それらを統括するとなれば、必然的に通常のソレよりも強い権力を持つ事になる。
「特にウチのグランドマスターなんかは、東の大陸の一大国家のトップと親交があるみたいだし、これだけでも他との規模の違いが分かると思う」
「一国のトップって、確かに普通のギルドじゃあ考えられないな……んで、その人直々に俺が呼び出しを食らった、と」
「要件に関しては私は何も聞かされてないから分からないんだけど、アウラに関してはせいぜい顔合わせ程度だと思うから、そんなに緊張しなくて良いわよ。一応私も同席するけど、クロノにも来て貰えると助かる」
「えっ? 私もですか?」
「ええ。あのロクデナシの事だから、どうせ次の依頼を言い渡して来るでしょうし」
「アホ上司にロクデナシって、言いたい放題だな、お前」
あまりの言い様に、苦笑いで指摘してしまうアウラ。
今の所、カレンからグランドマスターへの評価は散々だ。ここまで酷いと、寧ろ興味すら湧いて来る。
「人使い荒い上に肝心な時に街にいないし、もう勘弁して欲しいわ」
「あー……そういやカレン、俺と会った時も直接依頼振られて森に来てたんだっけ」
「そうよ。休暇だったのに急に呼びつけられた上に駆り出されて、そこでジェヴォ―ダン共に追われている貴方と遭遇したってワケ」
「クロノさんは何かとパシられてますけど、いつも仕事はちゃんとこなして来るから一周回って信用されてるんじゃないですか?」
「そうかもね。……何だかんだ安請負いし過ぎなのかしら……」
少し俯いて考え込む。
彼女とて第三階級の座を持つ冒険者であり、依頼に抜かりはない。徹頭徹尾こなすタイプの人間だ。
その性格が災いして、ギルドの長から良いように扱われている可能性もある。
珍しく思い悩むカレンの姿を見て、アウラは宥めるように
「まぁまぁ、信頼されてるのは良い事じゃんか。カレンにしか頼めない仕事があるって事なんだし」
「実際、グランドマスターから直接依頼を振られるのは私やカレンさんぐらいですしね」
アウラの意見にクロノも同意する。
現状の冒険者で、グランドマスターが直に依頼できる程の力量に至っている者はごく少数。うち一人は行方知らずになっている為、そのしわ寄せがカレンに来ているのだろう。
クロノも依頼では無いが、ある日急に呼び出され、あろうことか最高位の術師と共に世界を巡らせられるという経験をしている。そういう点ではカレンと近い境遇だ。
「はぁ……こればっかりは仕方ないか」
溜め息と共に、諦めたように言うカレン。
何を言おうともアトラスに所属している以上、この状況が変わる事はない。かといって、手を抜くというのは彼女自身のプライドが許さない。
同じ境遇の友人がいる事がいるのであれば、愚痴を零すぐらいしてもバチは当たらない。彼女はそう心の中で割り切る事に決めたのだった。
※※※※
カレン達と解散して路地裏の方へと向かい、街灯の無い、暗い夜道を歩いて行く。
飲食店のある市街地とは何処までも対照的で、話し声はおろか、自然音すら、あまり聞こえてくる事はない。
自宅に着くまでの間にある階段も、数ヶ月も歩いていれば慣れたものだ。
無事に帰って来れたという安堵感が心の中に満ちるが──、
「────あれ?」
家の2階──寝室に相当する部屋を見て、アウラは違和感を吐露する。
「明かりが点いてる……?」
当然、この古い外観の家に住んでいるのはアウラだけ。彼に使用人を雇うような余裕は無く、彼が見ている光景は異様だった。
やや表情を強張らせながら、アウラはドアノブに手を掛け、二日ぶりの帰宅を果たす。
ナルが臨時でヘルプに入っているというレストラン──名を、『ヘスペリデス』。
アトラスという都市名に因んで名付けられた食事処の恐ろしさを、アウラは既に体験している。「山盛り」などという範疇を遥かに凌駕する量の料理が、この店の際たる特徴だ。
並の量の料理も提供しているらしいが、初見殺しも甚だしい。
「食べきれるだろう」という甘い考えを真っ向から完膚なきまでに粉砕し、胃袋の限界に挑戦せざるを得ない状況に陥らせる。
前回はカレンとの二人だったが、今回はクロノを加えた三人で訪れていた。
「それじゃ、アウラの初依頼の達成を祝して……かんぱーい!!」
快活な声で、白を基調としたウェイトレス姿のナルが乾杯の音頭を取った。
続くように、他の三人もグラスを突き合わせる。
アウラとクロノがギルドに戻り、依頼の達成報告をした後のことだ。
ナルはどうやら今日がヘスペリデスにヘルプに入る日だったらしく、その流れでアウラの依頼達成祝いを兼ねて食事に行く事になったのだ。
テーブルには前回同様、香ばしい焼きたてのパンや瑞々しい野菜の数々。メインデッシュであろう肉の煮込み料理が大皿で配膳されている。
「何か作って欲しい料理あったら遠慮なく言ってな。すぐに持ってくるからさ。それとアウラにはこれを」
ナルはそう言うと、懐から一枚のカードを取り出し、アウラに手渡した。
「そうだ……! まだ貰ってなかったんだった。……完っ全に忘れてたわ」
「いや~ごめんね。アタシも前々から渡そうと思ってたんだけど、すっかり渡すの忘れちゃっててさ。一応、それがあればとりあえず冒険者である事の証明になるから、常に携帯しといて。それと、ギルドの細かい規則なんかは裏側に書いてあるから」
「分かった。ありがとな、ナル」
「どういたしまして。……っと、お客さんだ。悪いけど、アタシはここいらで失礼するよ」
彼女は軽い足取りで入口の方へと戻り、業務に勤しむ。
ナルは年齢だけで言えばアウラ達より少し年下だが、年齢以上に逞しい少女という印象があった。
手渡されたカードには、アウラという名前と職業、それから現状の位階が記録されていた。言わば免許証のようなもの。この街のギルドに所属している事を証明するただ一つのものだ。
まじまじと見つめるアウラは、少し表情を綻ばせていた。
「アウラさん、嬉しそうなのが顔に出てますよ?」
「えっ嘘!? 出てた!?」
「そりゃもうハッキリ出てたわよ」
悪戯っぽく笑うクロノに指摘され、アウラはやや頬を紅潮させた。
自分でも完全に無意識だったのか、口回りを手で覆って誤魔化そうとするも、その様は二人にしっかり見られていた。
「その気持ちも分かりますよ。一人の冒険者である証なんですから……私も、初めて貰った時は見返してはニヤニヤしてましたし」
「三ヶ月も遅れての配布だけどな。──でもやっぱ、ようやく認められたって感じがするよ」
そう語るアウラは苦笑しつつも、満足気な表情を浮かべていた。
冒険者、そして魔術師としてカレンに弟子入りし、ひたすら鍛錬に打ち込むこと三ヶ月。初の依頼を終えたばかりの彼だが、自分がギルド所属という事を物として示されると、より実感が湧くというものだ。
アウラはカードを懐に仕舞い、籠に盛られたパンに手を付ける。半分に割ってバターを少し塗り、一緒に口に含んだ。
「ん……んまいな、やっぱ」
外側はサクサクで、少量のバターの塩気が生地の甘さを際立させる。焼き立てというのもあり、香りが鼻から抜けていくのも非常に心地良かった。
普段は一人で軽く済ませる事が多いが、複数人で一緒に食べるというのも味わいを倍増させる要素だ。
「ホントだ……フワフワで美味しいですね……!」
口元を手で隠しながら、クロノも続いて言う。彼女がこの店を訪れるのは初めてらしく、その味を噛み締めていた。
人間は誰しも、美味い物を食べると表情が緩むというもの。
大皿から肉料理を取り分け、そのソースに残ったパンを少し浸して口に入れると、クロノは満面の笑みで
「これも美味しい~~!!」
と、飛び跳ねそうな勢いで感想を口にする。
最早語彙力が壊滅的なレベルにまで落ちているが、他に形容する言葉を見つける暇はないのだろう。
「クロノ、お前本当に美味しそうに食べるな」
「あはは……実は結構お腹減っちゃってまして……」
「意外と健啖家だったりする?」
「幼い頃はよく実家の畑仕事の手伝いとかで運動してたので、よく食べるのはその頃の名残かもしれません」
成る程、とアウラが納得する。
やや照れ臭そうに頭を掻くクロノだが、食事の時だけはいつも以上に素が出ている。
普段の落ち着いた彼女ではなく、よく食べよく遊ぶ田舎娘のような少女の姿だ。
クロノの食欲旺盛さは目に見えてアウラとカレンを凌駕しており、恐ろしい速度で卓上の料理が消えていく。
他の二人も一応食べてはいたが、気が付けば皿の上は空になっていた。
三人が手を合わせて「御馳走様でした」と食事を終えると────
「────お、誰かと思えば、カレンじゃないか。それにアウラ君も」
声を掛けたのは、エリュシオンの検問所に勤めるサウルだった。
体形が隠れがちな仕事着ではなく、茶色を基調としたチュニック。かつての冒険者活動の中で鍛えられた体格が強調され、爽やかな好青年という印象を強める。
他に連れがいる訳ではなく、一人で来ていたらしい。
「サウルさんじゃない。今日は奥さんと一緒じゃないの?」
「妻は今実家に帰省してるから、一人寂しく夕食だよ。えっと、そこの彼女は……確かこの間、アウラ君と一緒にいたよね?」
「クロノ・レザーラです。話すのは初めてですね」
「クロノには、私の代わりにアウラの依頼に同伴して貰ってたのよ。なんでも、ケシェル山の洞窟に巣食ってたナーガを討伐してきたんだって」
カレンが補足すると、サウルは目を見張った。その原因は勿論、彼女が発した単語──魔獣の名だ。
「ナーガって、あの竜種を二人で!?」
「しーっ!声がデカいって!!」
声を押さえ、アウラは驚きを隠せないサウルを諫める。
周囲も十二分に騒がしかったが、アウラとしては変に噂になるのは本意ではない。
「あぁ、ごめんごめん……でもソレ、本当なのか? ナーガって言えば、随分と昔の魔獣な筈だろ?」
「どういうわけか、洞窟の中に棲息してたんですよ。召喚魔術の痕跡があったし、大方、誰かしらに召喚されたって考えるのが妥当でしょうが」
「成る程ねぇ、でも凄いじゃないか。流石カレンが連れてきただけある。期待の新人だな」
横に座るカレンは「どうだ」と言わんばかりに鼻を鳴らしている。
自分が鍛え上げた弟子が最初の依頼で大金星を挙げて帰って来たのだから、師としては鼻が高い。
一応、サウルはアウラにとっても先輩に相当する人物だ。後輩が活躍したというのを祝福こそすれ、妬むような事はない。
「次に何の依頼を受けるのかは決まったのか?」
「いえ、その辺りはまだ何も。暫くはカレンに鍛錬の相手をして貰おうとは思ってますけど────」
彼がそこまで言いかけたところで、その言葉は遮られる事になる。
グラスの中の水を飲み干し終えた、カレンによって。
「────ああ、そのことだけど。アウラ、貴方明日ギルドに来てくれない?」
「え?」
アウラが計画していた予定通りには、そうそういく筈もなく。彼はカレン師匠からの有難い呼び出しを受けたのであった。
友人であるが、弟子でもある以上師の言う事を拒否する事は出来ない。
腕組みする彼女は続けて言う
「出来れば朝一で来て欲しいんだけど」
「朝一かぁ……起きれるか分かんないけど。というか理由は? ……もしかして俺なんかやらかした!?」
「別にそういうのじゃないわよ。ウチのギルドのアホ上司……グランドマスターが貴方に会いたいらしくてね。出来ればクロノも一緒に来てくれると助かる」
「──ちょっとごめん。単純な質問なんだけど、グランドマスターってそもそもどんな人なんだ? ギルド内で一番偉い人ってぐらいしか知らないんだけど」
軽く手を挙げるアウラ。実際、彼は冒険者になって3ヶ月にはなるものの、細かいギルドの構造などは殆ど知らない状態だったのだ。
この二日間は何かと忙しく、他の事に目を向けていた事もあり、聞くタイミングが中々無かった。
「グランドマスターは、私達の属するアトラス、エドムのアンスールを含めた「四大ギルド」の統括者の事よ。普通のギルドの場合は単にギルドマスターなんて呼ばれるわ。基本的な職務は同じだけど、自分の所だけじゃない……他の小規模なギルドの管轄も任されているの」
カレンは自分のグラスに水を注ぎながら説明する。
俗に言う「四大」は他のギルドよりも規模、戦力ともに凌駕しているギルドだ。それらを統括するとなれば、必然的に通常のソレよりも強い権力を持つ事になる。
「特にウチのグランドマスターなんかは、東の大陸の一大国家のトップと親交があるみたいだし、これだけでも他との規模の違いが分かると思う」
「一国のトップって、確かに普通のギルドじゃあ考えられないな……んで、その人直々に俺が呼び出しを食らった、と」
「要件に関しては私は何も聞かされてないから分からないんだけど、アウラに関してはせいぜい顔合わせ程度だと思うから、そんなに緊張しなくて良いわよ。一応私も同席するけど、クロノにも来て貰えると助かる」
「えっ? 私もですか?」
「ええ。あのロクデナシの事だから、どうせ次の依頼を言い渡して来るでしょうし」
「アホ上司にロクデナシって、言いたい放題だな、お前」
あまりの言い様に、苦笑いで指摘してしまうアウラ。
今の所、カレンからグランドマスターへの評価は散々だ。ここまで酷いと、寧ろ興味すら湧いて来る。
「人使い荒い上に肝心な時に街にいないし、もう勘弁して欲しいわ」
「あー……そういやカレン、俺と会った時も直接依頼振られて森に来てたんだっけ」
「そうよ。休暇だったのに急に呼びつけられた上に駆り出されて、そこでジェヴォ―ダン共に追われている貴方と遭遇したってワケ」
「クロノさんは何かとパシられてますけど、いつも仕事はちゃんとこなして来るから一周回って信用されてるんじゃないですか?」
「そうかもね。……何だかんだ安請負いし過ぎなのかしら……」
少し俯いて考え込む。
彼女とて第三階級の座を持つ冒険者であり、依頼に抜かりはない。徹頭徹尾こなすタイプの人間だ。
その性格が災いして、ギルドの長から良いように扱われている可能性もある。
珍しく思い悩むカレンの姿を見て、アウラは宥めるように
「まぁまぁ、信頼されてるのは良い事じゃんか。カレンにしか頼めない仕事があるって事なんだし」
「実際、グランドマスターから直接依頼を振られるのは私やカレンさんぐらいですしね」
アウラの意見にクロノも同意する。
現状の冒険者で、グランドマスターが直に依頼できる程の力量に至っている者はごく少数。うち一人は行方知らずになっている為、そのしわ寄せがカレンに来ているのだろう。
クロノも依頼では無いが、ある日急に呼び出され、あろうことか最高位の術師と共に世界を巡らせられるという経験をしている。そういう点ではカレンと近い境遇だ。
「はぁ……こればっかりは仕方ないか」
溜め息と共に、諦めたように言うカレン。
何を言おうともアトラスに所属している以上、この状況が変わる事はない。かといって、手を抜くというのは彼女自身のプライドが許さない。
同じ境遇の友人がいる事がいるのであれば、愚痴を零すぐらいしてもバチは当たらない。彼女はそう心の中で割り切る事に決めたのだった。
※※※※
カレン達と解散して路地裏の方へと向かい、街灯の無い、暗い夜道を歩いて行く。
飲食店のある市街地とは何処までも対照的で、話し声はおろか、自然音すら、あまり聞こえてくる事はない。
自宅に着くまでの間にある階段も、数ヶ月も歩いていれば慣れたものだ。
無事に帰って来れたという安堵感が心の中に満ちるが──、
「────あれ?」
家の2階──寝室に相当する部屋を見て、アウラは違和感を吐露する。
「明かりが点いてる……?」
当然、この古い外観の家に住んでいるのはアウラだけ。彼に使用人を雇うような余裕は無く、彼が見ている光景は異様だった。
やや表情を強張らせながら、アウラはドアノブに手を掛け、二日ぶりの帰宅を果たす。