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作者: わやこな
10.203号室、運ゲーの神、クーポンをもらう

 アリヤを意気揚々とつれてきた佐藤原は、先ほどまで自分が座っていた部屋の中心である大画面の前へと案内した。
 そのまま円座クッションにアリヤを座らせてコントローラーを手渡す。
 そして、いつもどおりの表情の薄い顔のまま、佐藤原は説明を始めた。

「御束アリヤさん。あなたを見込んでの依頼です」
「ゲームの検証、でしたっけ」
「はい。これからそこの洞窟に入ると出現するレアエネミーと遭遇して、かつそのときに得られる経験値から必要技能を厳選して、ドロップアイテムを拾うことが可能かを検証します。確率としては遭遇率が8%、技能獲得理論値は5%、ドロップ率が0.2%です」
「はあ……?」

 コントローラーを握ったアリヤが呆気にとられた顔をした。
 何を言っているんだと言いたげな様子だ。皓子も同じ気持ちである。

「わかりますよ。本当に可能なのかと思いますね。緒本皓子さんもどうぞお座りください」

 佐藤原は壁に埋め込まれた戸棚から分厚い冊子を取り出して、皓子たちに見えるように広げた。
 なにやら、攻略本らしき本のようである。
 さまざまなモンスターのイラストと情報が書きこまれている。ページに貼られている付箋にも佐藤原の手による書き込みがされ、視覚に訴える煩雑さがすごいことになっていた。

「このエネミーを狙ってください」
「えーっと、デバッグ作業のようなものです?」
「デバッグではなく、愛のあるプレイです」
「愛のあるプレイ」
「はい、よろしくお願いします。出るまで、お願いします」

 淡々と説明する佐藤原に、アリヤが気圧されながらうなずいてゲームを始めた。
 あまりゲームをしないのだろうか、操作がぎこちない。口を挟むのもと思えて、黙ったまま皓子も静かに見守ることにした。
 しかしながら、運がいい、と言っただけのことはある。アリヤの特異な才能は、さほど待つまでもなく発揮された。

 数歩、ドットのキャラクターが歩く。
 直後、画面にモザイクがかかり佐藤原が言っていたエネミーが現われた。きらきらとした石で出来たモンスターだ。

「決定ボタンは、これ?」
「はい、そうです。幸先良いですね、この調子で厳選もお願いします」
「違うのだとやり直し、ですよね。それはちょっと面倒……」

 そしてアリヤがボタンを押せば、ビット音と共に戦闘が始まる。レトロなゲームではあるが、サクサクと軽快にバトルが進む。見ているだけだが、意外と面白い。
 明るいファンファーレが流れ出して、キャラクターがそれぞれ決めポーズをして画面上部にウィンドウが表示された。
 可愛らしいベルの音と共に、吹き出しが現われた。
 それが、連続して三回。さらにアイテム獲得をウィンドウの文字が知らせた。

 まさかの初回一発クリア。

「……すばらしい」

 ゆったりとした拍手は万感の思いがこもったよう。
 佐藤原はアリヤへ向けて惜しみなく賞賛を送った。

「御束アリヤさん。あなたをこれから、運ゲーの神とお呼びしても?」
「いえ、結構です」

 ノーとはっきり言える男だ。皓子は場違いな感心を覚えた。しかし佐藤原は口角をくっと上げて言った。

「遠慮なさらず。母星の戦艦にデータをお送りしておきますので」
「なんか怖いんで、いいです」

 続けざまに佐藤原がポケットから試験管を取り出した。

「それはさておき。サンプルデータは欲しいので、涙か髪の毛か体細胞をいただきたく」
「それはちょっと……」

 どうにかしろとアリヤが目線で訴えてきた。声には出ていないが、きっとそう言いたいのだろう。
 アリヤが呼び出されたのは皓子のせいでもある。仕方なしと、皓子は佐藤原へと声をかけた。

「佐藤原さーん、駄目ですよ」
「駄目、ですか」

 佐藤原の顔が皓子のほうを向く。眉だけ下げた鉄仮面のような表情は、いささか残念そうだ。

「かわりに、私のでよければ差し上げるので」
「おや。よろしいので?」

 そうでもしないと佐藤原は落ち着かないに違いない。
 特異な能力を研究したがっている佐藤原にとっては、皓子もまた同じ研究材料であった。
 万屋荘に入居して、皓子の能力に気づかれてから、観察されていることには気づいていた。吉祥によって過干渉はしないと契約していたため無害ではあるのが救いだろうか。
 とはいえ、吉祥に知られたら怒られそうな気もする。想像上の吉祥が目をつり上げる姿が容易に浮かんだ。

「ばばちゃんには秘密でお願いします」
「ええ、それはもちろん! 織本皓子さんの力も実に興味深いですからね」
「織本さんの力って?」

 アリヤが口を挟んだ。
 あまり知られてほしいことではないけれど、隠していることでもない。
 だが、一瞬でも嫌な気持ちにはなってしまうだろうか。そんな考えが皓子の頭をよぎる。
 どう言おうか躊躇う皓子を置いて、佐藤原があっけらかんと言った。

「相手の害意を減退させる特殊なフェロモンです」
「フェロモン?」

 アリヤの懐疑的な視線が刺さる。この容姿でとでも思われていそうだと苦笑いがこぼれてしまう。

「あーっと、その、ね。なんというか、人から憎く思われたり嫌われたりは、まずされないんだあ」
「へえ、便利だ」

 確かに、アリヤのような華やいだ容姿ならば役立つ能力かもしれない。

「それで緊張されないから、私といると自分の思っていることを、ついつい話してしまっちゃいそうになるみたい」
「……ああ、だから」

 気づいたようだ。
 この間の夜に皓子へと話したことは、その作用も少なからずあった。人によっては、それは我慢ならないことだろう。皓子はよく知っていた。

 初めて能力を発揮したのは、赤子の頃だったそうだ。
 父が赤子の皓子を抱いて出てきた言葉は「僕にはこの子を育てることは出来ない」だった。そして、その言葉に愕然とした父が、ひと悶着のすえに吉祥へ皓子を預けたという。
 そう、吉祥が教えてくれた。
 どうして自分に親がいないのかと聞いた幼い皓子に、嘘をつかず真摯に吉祥が語ってくれたことだった。

「実に興味深いですね。その力を研究してわが星の技術躍進に役立てたいところです。さ、これを」

 佐藤原が試験管と綿棒らしきものを差し出した。

「耳の裏あたりがいいですね。これでこそいで、こちらの管に入れてください」

 受け取ろうとしたところで、それらはアリヤに奪われた。アリヤはさっさと道具を使って済ますと、試験管に入れて佐藤原に渡した。

「御束くん?」
「自分の代わりに女の子がやるのは、気分悪いから」
「わあ……そういうところ、マロスさんと似てるね」

 そう言うと、アリヤはわかりやすく顔をしかめた。

「もっと気分悪くなるようなこと言わないでよ」
「御束マロスさん! なるほど、比較研究もよいものですね。おっと、そうでした」

 試験管を大事にスーツポケットへ入れた佐藤原が、今度は封筒を出す。
 明らかにポケットに収まる長さではないが、おそらく佐藤原の母星の謎の技術なのだと皓子は思うことにした。
 封筒をアリヤに握らせると佐藤原は機嫌良く言った。

「こちら、ウチの星関係の企業が提携して出している飲食クーポンです。地球の店でも問題なく使えますので、お使いください。御束アリヤさんは飲食店などに毎度違うペアで行っていると記録しています」
「あー……はは、どうも」

 曖昧にアリヤが笑う。いつのまにか身辺調査されていれば、そうもなる。
 ちなみに、佐藤原がいう企業は地球でもそれなりに有名な企業で、田ノ嶋が勤務している会社でもある。

「できたらウチの企業が提携している飲食店でお願いしますね。サービスありますので」

 中のクーポンを確認して、アリヤがこくりとうなずいた。結構な量だ。それほど佐藤原の感謝の気持ちを表さざるを得ない検証だったのだろう。
 そしてそのまま、佐藤原の部屋を二人して出る。
 このまま長居をしても、研究のためにもう少しサンプルを、と言われることが目に見えていたからだ。ポケットに入れた試験管を大事に撫でていたくらいである。示し合わせたわけではないが、二人して言葉は出さずに足早の退去であった。
 階段を下りながら、皓子は先へ行くアリヤへと声をかけた。

「よかったね、御束くん。費用が浮くのはいいことだよ」
「うん、まあ、そうなんだけど……織本さんは動じないね?」

 佐藤原のことだろうか。
 皓子が言うより先に、アリヤが「俺がとっかえひっかえみたいだって言われてたこと」と言った。そのことか、と皓子は納得して返事をした。

「別に、御束くんが色んな人とお食事してても不思議なことでもないし。驚いたところで、変わらないもの。私には関係のないことじゃない? 万屋荘に迷惑かけているわけでもないでしょ?」

 階段を下りきって、アリヤが立ち止まる。

「俺、織本さんのそうやってあっさり受け入れてくれるところ、嫌いじゃないよ」

 どこか力の抜けたような笑みは自然で、皓子もなんとはなしに嬉しくなって笑う。

「ありがとう。ばばちゃんみたいって言われてるみたいで嬉しい」
「いや、そういう褒め方したわけじゃないし、管理人さんがそうとは思わないけど……まあ、いいや」

 皓子としては、度量が深い吉祥のように思えたのだが。
 ともかくアリヤの機嫌は悪くはないようで、「じゃあね」と軽い調子で自分の部屋へと戻っていった。
 それを片手を振って見送り、皓子もまた自分の家へと戻るのだった。



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