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作者: わやこな
9.203号室、趣味に付き合う

 鼻歌交じりに自転車のペダルをこぐ。
 朝早くから吉祥に叩き起こされ、広告片手に安売りの商品を買いに行かせられても、皓子はご機嫌であった。
 なんといっても、今日から待望のゴールデンウィーク。
 家業の手伝いのためと言って部活動に入っていない皓子にとっては休みばかりの楽しい楽しい日々である。仲の良い友人たちとは空いた時間で遊ぼうと約束もしている。
 青空も爽やかさにさらに気分が浮き立つ。何をしよう、どう過ごそうか考えるだけでも楽しい。

 舗装されていないあぜ道を乗り進んでいけば、大きなイチョウの木が見えてくる。
 道を遮るように根を隆起させて、太く大きな胴は天高く伸び枝葉を風に遊ばせている。皓子の住む地域でも有数の古木だ。
 でこぼこの道を乗り越えて大イチョウを横に通り過ぎると、急に道が開ける。通り過ぎた瞬間、風景が早送りされたように動いて景色が変わるのだ。
 万屋荘の裏口へと続く、せっかちの吉祥が自身と住民の力を利用して取り付けさせた近道だった。
 万屋荘に到着したところで自転車から降りて、押して進める。
 裏口から入った場所には住民用の駐車スペースがあるのだが、生憎活用しているのは皓子や田ノ嶋くらいなものだった。今も、広いスペースにぽつねんと織本家の自転車が二台あるのみだ。田ノ嶋の軽自動車がないことから、本日は仕事の日なのだろう。
 最近では、空間の有効活用と吉祥による畑区画と飛鳥によるガーデニング区画が整備されたため、景観としてはまあ悪くないと皓子は思っている。
 自転車の籠から買い物袋を取り出して持つ。皓子の臨時収入から得たアイスが、今回のご褒美だ。溶けないうちにと足早に歩くと入り口の方に何かが見えた。
 運送業者のトラックだ。有名な会社のロゴマークから、住人の誰かの宅配だろうかと眺めながら入り口に回る。
 ちょうど着いたばかりなのだろう。スタッフ業者が大型の荷物を万屋荘の入り口に下ろしていた。その横では佐藤原がサインをしている。
 サインを受け取り、業者が立ち去るのを見送って、佐藤原は荷物を抱えて二階へと上がっていった。
 ずいぶんと大きいがふらつくことなく、むしろご機嫌な様子だ。軽々と足を進める佐藤原を見つめて、皓子はぱちりと瞬きをした。うきうきとしているのが後ろ姿からでもわかった。

「なんだろ、あれ」

 思わず呟いた言葉は自分からかと思ったが、違った。
 振り返ると、入り口の方からスポーツウェアを着たアリヤが歩いてきた。
 うっすら汗をかいているのを見るに、散歩でもしてきたのだろう。相変わらず、どのような格好をしても絵になるアリヤは、皓子を見つけると愛想良く声を掛けてきた。

「おはよう、織本さん。買い物帰り?」
「うん。御束くんは散歩でもしてたの?」
「外の様子見がてら走ってきたとこ。ちょっと距離はあるけど、コンビニあるんだね」
「そうそう。あそこは11時に閉まるから気をつけてねえ」
「ああそれ、びっくりした。24時間じゃないし、駐車場すごい広いし」

 軽い調子で話したアリヤが笑う。昨夜のことは気にした様子もないようで、皓子は内心でほっと一息をついた。

「さっきの、佐藤原さんだった? 大荷物持ってたけど」
「そうだねえ。趣味のものかも」
「趣味って、宇宙とかそういうの?」

 どことなく期待を孕んだ質問だ。
 皓子は頭半分ほど高い位置にあるアリヤの顔を見上げた。屋内に入って、輪郭を差すコントラストが映える容姿は大人っぽく見えるのに、聞いてくる言葉は少年心をうずかせたもので、ちぐはぐさが面白いと感じてしまった。
 茶と緑の色が混じる珍しい眼と合えば、どうしたのかと名前を呼ばれた。

「織本さん?」
「ううん、なんでもない」
「……俺の顔、好き?」

 いたずらっぽく笑われた。形の良い眉、通った鼻筋、やや厚めの唇。整ったパーツを見事に配置させた、シャープな輪郭の美青年は、笑うと空気を華やかにさせる効果があるようだ。
 あんまり熱心に見過ぎてしまった。申し訳なく思いながらも、皓子は肯定した。

「そうかも。御束くん見てると、蠱惑的の意味がよく分かるね」
「あ、そう……独特な褒め言葉をありがとう」

 微妙な顔をして、アリヤが言う。
 アリヤの父、マロスが雄々しい芸術彫刻めいているならば、アリヤは優美な絵画めいた美しさだ。
 目を伏せるだけでも頬に影を落とす長い睫毛は、世を憂い儚むようにも見える。
 皓子は図書館で借りて読んだ本の美青年描写を思い返して、なるほどなあと納得した気持ちになった。美術部の友人がここに居たならば、絵の題材にとでも頼み込むに違いない。

「なんか、美術品みたいに見られてるね、俺」
「あ、あー……ごめんね。御束くんみたいに綺麗な人、あんまり見ないから」
「まあ、うん、慣れてるからいいけど。五月蠅く騒がれるよりは、全然マシ。それで、佐藤原さんの趣味って?」

 正直に答えれば、アリヤが肩をすくめた。言ったとおり慣れているのだろう。気分を害した様子もなく、話題が戻った。

「ゲームって聞いたよ。前に見せてもらったことがあるんだ。なんというか、こう、スーパープレイ、みたいな感じのでねえ。バーン! として、ばばばって感じ」
「そっか。織本さんがすごいなって思ったのは伝わった」
「うんうん。本当に上手だったんだあ。佐藤原さん、地球に来てから一番の収穫はゲームと会えたことって言ってて。よくそのための道具とか機材とか買ってるから、今回の荷物もそうじゃないかな」
「ふーん。なんのゲームしてんだろ」

 佐藤原のゲームしている姿を浮かべて身振り手振りで伝えたところで、アリヤは「あ」と呟いた。目線は皓子の手元、買い物袋だ。

「引き留めてごめんね」
「ううん。また何かわからないことがあったら、言ってね。ばばちゃんに怒られない範囲でだけど」
「ありがとう」

 にこっと笑ったアリヤと別れて、皓子は自分の家へと戻った。




 冷蔵庫に買ってきた物を詰めて、片付ける。
 途中、野菜室に堂々と酒瓶を冷やしているのを見つけて思わず「ばばちゃん!」と声を上げたのもいつものことだ。
 美食も美酒も好きな吉祥は、どういうルートで手に入れてくるのかわからない品物たちでちょくちょく台所の保存場所を圧迫させる。こだわりもあるため、皓子が勝手に移動させると機嫌を損ねてしまう。
 片付けが終わると、次は部屋の掃除に取りかかる。
 分担は日によって決めていて、今日は風呂場と自分の部屋だ。いつものルーティーンのごとく取りかかり、済ませたところで吉祥から呼ばれた。

「皓子、ちょっと」

 居間に顔を出せば、吉祥が手招きしている。
 近寄ると、これ、と小包を手渡された。

「どうしたの、ばばちゃん」
「佐藤原の荷物がうちに届いたんだよ。アンタ、ちょっと行って渡してきな」

 掃除の途中でチャイムがして、吉祥が応答していたのは聞こえていた。
 あの大荷物だけではなかったのか。小包を見れば、宛先に万屋荘としか書いていない荷物である。
 首を傾げれば、吉祥の皺がよった細い指が内容欄を指した。

「エレクコスモスフィア・ゲームス、商品サンプル? ゲーム?」
「どうみても佐藤原のじゃないか」

 確かに、佐藤原宛だろう。
 会社名のロゴに佐藤原がよく使う落書きのような文字がある。独特な線は文字というよりも絵の印象が強く、どれが何を意味しているのかはさっぱりだ。なんでも、地球人が認識できるようなものではない、だとか。
 ふうん、と声に出してみれば、吉祥は「だから、届けて恩を売ってきな」と付け足した。
 本日も絶好調にいつもの調子な祖母に、皓子はうなずいた。玄関先の様子を見てから、佐藤原の荷物が気になってはいたのだ。宇宙フリークではないけれど、興味はある。
 だが、タダで動くのも、と吉祥ゆずりの思考が働いた。これも祖母の教育のたまものである。皓子は責任を吉祥において要求することにした。

「ばばちゃん。私、お昼は焼きそばがいいなあ」
「使いの対価としてなら、聞いてやらなくはないね」
「やった!」

 要求はあっさり通った。
 そうと決まれば、皓子はにこやかに請け負って小包片手に玄関に向かう。
 美食が好きな吉祥は、味にもうるさい。料理の腕も、文句を言うだけあって立派なものだった。皓子は祖母の味が好きだ。早くも出来映えに期待しながら靴を履き、外に出た。


 廊下を進み、階段を上ってすぐ。佐藤原の部屋である201号室のチャイムを鳴らす。
 しばらくすると、インターホンから返事があった。

「はい、なにかご用で」

 機械の自動音声のような佐藤原の声が響く。皓子は持っていた小包を見えるように前へ差し出した。

「佐藤原さんの荷物がうちに届いたみたいで。ちいちゃな小包なんですけど」
「おや、それはご足労を。ついでで申し訳ないのですが、中の方まで届けていただいてよろしいですか」

 よろしいか、なんて聞いてきたというのに、通信は皓子の返事も待たずにぷつりと途切れた。
 次いで、ドアのロックが外れる音がした。すこしだけ待ってみる。
 インターホンからまた声が届くかと思ったが何もない。皓子は差し出した荷物を片手にドアノブを握って回した。

「お邪魔します」

 一声かけて、部屋へと上がる。佐藤原の部屋は以前も来たことがあるが、極端な部屋だと皓子は思っている。
 まず、物がない。
 本当に住んでいるのかと思うほどガランとした部屋、ダイニングがある。
 そこから奥に進めば、これでもかと道具や棚、機械が置かれた狭い寝室となっている。どう改造したのか、部屋の壁は三角柱みたく斜めになっており、何台ものパネルやボードが付けられていた。部屋奥にある一番大きなパネル画面が、今日届いた物の正体だろうか。
 佐藤原は案の定、その一際大きな画面を前にしてコントローラーを両手で抱えて操作している。

「あの、佐藤原さん、お荷物が」
「……少々、お待ちください。今いいところなんです」

 言いながら指先は忙しなく動き、視線は画面から微動だにしない。有無を言わせぬ空気に、皓子は黙って後方に控えた。
 大画面では、レトロなドットキャラクターが壁を上ったり下りたり、はたまた埋まったりと謎の挙動をしている。おそらくアクションゲームの類いだろうが、ゲームに詳しくない皓子でも妙な遊び方をしているな、とわかるものだった。
 しかしながら、佐藤原は真剣だ。
 やがて空中を遊歩したキャラクターが画面外に消えてスタッフロールが流れ出した。エンディングらしい。それを満足そうに見届けてから、佐藤原はやっと皓子を振り返った。

「お待たせしました。そちらですね」
「はい、こちらです」

 差し出せば、佐藤原が丁寧に小包を開けた。しかし神経質そうな顔は嬉しそうなものではなく、眉をひそめたもので、漏れ出た溜息は微妙な気持ちを表していた。

「あの、それは何か聞いても?」
「うちの星からのお試し製品です」

 皓子の質問に佐藤原は無造作に取り出した物を床に置いた。細長いパッケージには、どこかで見たことのあるようなキャラクターが描かれている。それも色合いがおかしい謎の物体を投げている珍妙な絵だった。

「地球侵略という名前のお楽しみ番組一本じゃあ、芸が無いので。私が好きなゲームを見習って作らせましたが、地球のゲームほど奥深く面白くすることはまだ難しいようで……駄作ができましたね。パッケージからわかりきってますよ、こんなもの」

 そうして佐藤原は憂鬱そうに再び溜息を吐いた。
 意外だ。
 佐藤原は宇宙人で、地球よりも優れた知識を持っているはず。その技術力を駆使すれば、すぐに真似ができそうなものなのに。
 皓子が不思議そうに思っているのに気づいたのだろう。佐藤原が続けて言った。

「あなたは、まったく知識のない別文化の代物を、いきなりなんのノウハウもなしでできるとお思いで?」

 人差し指を立てて大画面を示した佐藤原に、皓子は首を振る。すると、「よろしい」とうなずかれた。

「例えるなら、古代遺跡から出土したものを自在に使うようなものですからね。私にとっては遺跡探索から得られる知見と同等の価値があります。なにより、地球の素晴らしいゲームに対する誠意として、地球の技術と知識で向き合うことが重要なのですよ」

 そこで言葉を切ると、佐藤原は一つのCDをつまんでみせた。先ほど遊んでいた大画面の前に置いたゲーム機に入れ替える。また、あらたなゲームのスタート画面が大きく映し出された。

「まあ、そのおかげで苦戦はしていますが。楽しいものですから、イヤにはなりません」
「それは、よかったですね」
「はい。ところで織本皓子さん」

 佐藤原はしごく真面目に皓子へとたずねた。

「貴方は、運がよろしいほうですか? もしくは、織本管理人はどうですか?」
「さ、さあ? 自分ではよく……? 普通かと思います」
「そうですか」

 なんの質問なのだ。皓子が虚をつかれて目を瞬かせれば、なにやらがっかりした様子で佐藤原がコントローラーを手で遊ばせる。

「ついでのついでで、ゲームの検証をお願いしたかったのですが。なにぶん、運を要するようなので。かれこれ、十日ほどねばっていますが思うように結果が出ず、行き詰まっていたのです」
「運……」

 ふと、昨日のアリヤとの会話を思い出した。

 ――俺、生まれつき運が良いほうで。

 そんなことを言っていた。
 なんてことのない会話だったが、宝くじがちょくちょく当たるという羨ましさに記憶によく残ってしまっていた。
 佐藤原とよく話すようになったというアリヤのことだ、きっと知っているのではと皓子はつい、言ってしまった。きっと聞いたことがあって、忘れているのでは、と。

「御束くんは運が良いほうだって聞きましたけど、佐藤原さんは聞いてませんか?」
「ほう、なるほど。御束アリヤさん。なるほど」

 聞くやいなや、佐藤原はすっくと立ち上がると部屋から真っ直ぐ出て行った。そして玄関のドアが開閉した音も遅れてした。

(御束くん、ごめん……)

 知らなかったのだ。そして、行動が早すぎる。
 もしかしなくても、皓子の言葉からアリヤを迎えに行ったに違いない。
 佐藤原は目的のためなら多少強引な手段をとるタイプだと、皓子は知っている。万屋荘は我の強い面々ばかりなので、いやでも性格や行動パターンが頭に入ってしまうのだ。

 案の定、数分とたたずに佐藤原はアリヤを伴って帰ってきた。
 謝罪の意をこめて手を合わせると、お前が元凶かという顔をされてしまった。その顔を見て、余計に申し訳なく皓子は頭を下げたのだった。

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