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作者: ちありや
第40話 おれがあいつであいつがおれで
 気絶していたのはほんの一瞬のようだ。目の前には虚空ヴォイド現象で抉られたと思しき球体状に反った壁。
 後ろの俺達を吹き飛ばした爆発の元に向き直る。球体空間の反対側、俺達が入ってきた通路近くにゆらりと浮かび、こちらを見つめている1機の輝甲兵がいた。

 そいつはゆっくりとしたペースのままこちらに接近し、球体空間の中心に陣取り動きを止める。

 俺は不測の事態に備えて副腕の盾を展開、正面を守る形を取る… あれ? 副腕じゃなくて主腕(つまり普通の両腕)が動いたぞ? ぶつかった衝撃で神経回路が混線したか?

 いや、違う。微妙に視点がズレている。いつも俺の視点の中には常に鈴代ちゃんの後頭部が映っているのだが、今はそれが無い。

 うん? これは一体どういう事なんだ…?

《ね、ねぇ71ナナヒト、私の目の前に私が居るみたいなんだけど、どういう状況か分かる…?》

 鈴代ちゃんの声だ。鈴代ちゃんの方もおかしな状況になっているみたいだな。爆発のショックで幻覚が見えているのなら良くない兆候だ。

「俺も何が何だかさっぱり…」

 そう答えたのは『鈴代ちゃんの声』だった。

 え? 

 ん?

 んんんん…?

 これってもしかして……。

『俺と鈴代ちゃんが入れ代わって』ませんか?!

71ナナヒト、前に集中!」

 …おっとそうだった。中身が俺だろうが鈴代ちゃんだろうが、今は3071サンマルナナヒトと言う機体が俺達の手足だ。
 ただ生身の体があるせいなのか、意識と体の動きに若干のタイムラグを感じる。サイズがダボダボな服を着て動き回っている感覚に近い。

 球体空間の中心に位置を定めたゾンビ輝甲兵だが、一瞬観察しただけで奴の目的が分かった。あいつこのままここで虚空ヴォイド自爆しようとしてやがる……。

 考えるより体が動いた。こんな逃げ場の無い所でそんな事をされたら、それこそ『宇宙うみの藻屑』だ。いや、藻屑どころかチリ1つ残さずに消滅してしまう。

 ゾンビ輝甲兵が自爆しようと幽炉を過剰反応させているのが分かる。俺は何も考えずゾンビ輝甲兵に、鈴代ちゃん直伝(ウソ)の飛び蹴りを食らわせた。
 俺の蹴りを受けて入口側に飛ばされるゾンビ輝甲兵、蹴った反作用で俺の体は内壁側に押し戻される。その方向に更に加速、壁に受け身を取る形で張り付く。

 蹴られたゾンビ輝甲兵は、そのまま入り口近くの反対側の壁に衝突する寸前に、虚空ヴォイド現象で周りの壁ごと消失し、基地には2つの虚空ヴォイド現象に開けられた穴が雪だるまの様な形で繋がっていた。

 ……………。

 危なかった……。あと1秒でも対応が遅かったら、俺達どころか立花ちゃんも巻き込んで全滅は必至だった。
 ゾンビ輝甲兵の自爆には、幽炉を暴走させる為の10秒近い時間が必要だ。今回のブービートラップの様な手段でその10秒を稼がれると、後手に回ってからの対処は不可能になる。
 これはマジで早急に対処方法を考える必要があるだろう。

「鈴代ちゃん、聞こえる? 状況を理解してるか?」
 俺は沈黙したままの相棒に声をかけた。

《え、ええ。まだちょっと… いえ大分混乱しているけど、大体は…》

「うむ、理由はよく分からんけど、俺達は体が入れ代わってしまったようだ。これからは俺が鈴代美由希として生きていくからヨロシク!」

《ちょっと待ちさなさいよ! 何でこんなヘンテコで非科学的な現象をすぐに受け入れられてるの? 少しは疑問に思ったら?!》

「んー、って言うか俺こういうの2度目だし。『経験者の余裕』って言うのかな? 割と平気」

《こっちは全然平気じゃないわよ! ねぇこれどうなってんの? どうなっちゃうの? どうすれば良いの?》

 鈴代ちゃんの切ない声が脳内に響く。俺の出す声も鈴代ちゃんなので、傍から見ていると鈴代ちゃんが1人で漫才している様に見える。アニメとかで見たら『声優さん大変だねぇ』とか思うシーンだな。

「まぁ、とりあえず落ち着こうぜ。何にせよここじゃ何にも分からないし出来ないよ。『すざく』に戻ってまた長谷川さんにでも相談してみよう」

《う、うん…》

 鈴代ちゃんの返事が弱々しい。鼻を啜っているような声だ。え? もしかして鈴代ちゃん泣いてんの? そこまでイヤなの?

「あの、鈴代隊長…? 大丈夫ですか?」

 デルタ立花ちゃんから声がかかった。独り漫才を聞かれたのか、心配しつつこちらを窺っている様子だ。

《…何とか誤魔化して。あと今の戦闘で故障したと言って、任務を石垣中尉と代わってもらって》

「お、おぅ……。 ちょ、ちょっと今の戦いで足を痛めてしまったので帰ります。立花ちゃ… あ、いやデルタは調査を続行、おれ… 私は板垣中尉と代わって来ます…」

《ガッタガタじゃないのよ。真面目にやって! あと板垣じゃなくて石垣中尉!》

「そ、そんな事を言われたって急に出来るかよ」

《じゃあ私が言うからその通り伝えて。いつかの長谷川大尉との面接の時に私がやったみたいに》

「お、おぅ。頼むぜ…」

《じゃあちゃんと伝えてよ? 『αアルファから各機へ、αアルファは基地内部で敵の奇襲を受け小破、操者にも若干のダメージあり。単機で帰投する為、部隊の指揮はβベータに引き継ぎます』ってね》

 俺はたどたどしくもその通りに伝え、何とか1人で『すざく』まで帰ってきた。

「さて、これからどうしようか?」

《こんな時に高橋大尉とか居てくれたら心強かったんだけど… とりあえず長谷川大尉をここまで連れてきて。言っておくけどふねの中で変な事しないでよ?》

「変な事とは…?」

《へ、変な事は変な事よ! 私の品位を落とす様な事とか、その… いやらしい事とか…》

 !!!!!!!!

 そうだった! 俺の体は今、鈴代ちゃんなのだった!! ここはTS物お得意のムフフな展開が望まれる訳ですね!

《言っておくけど、変な真似したら真面目に私ここで暴れますからね? 自爆してやるからね!!》

 …怖いです鈴代さん。
 まぁ何はなくとも長谷川さんを呼びに行くか。

 輝甲兵との接続を切って、自分の体の感覚を得る。おお、この世界に来てどんだけだ? 2ヶ月? 3ヶ月?ぶりの生身の肉体だ。
 ちょっと軽く柔軟体操をしてみよう。腰を中心に体を左右に捻る。体の動きから0.3秒程遅れてついてくるお肉がある。
 こ、これはまさか鈴代ちゃんのOPPAI様でしょうか? なんかいつもキツキツのパイロットスーツ姿ばかり見ていたから、揺れるほどお肉の余裕は無いと思ってたけど、そうでも無かったぜ。

 いや大きいか小さいかっていう話になると、間違いなく『小さい』に分類されるんだけど、何て言うか『小さいながらも頑張って自己主張している』みたいな健気さがだな……。

 腰に据え付けられていた情報端末に着信が入る。画面を見ると、

《何やってんのよ、早く行きなさいよ》
 の文字が。

 もう、しょうがないなぁ。長谷川さんが居ると思われる艦橋に向かって歩を進める。
 おおっ! 歩く時に股間に物がある感じがしない! むしろ何にも無い感じ! 不思議! 女体の神秘!!

 ゲヘヘへへ、後でたっぷり上も下もガッツリ確認してやるぜ。待ってろよ、鈴代美由希!

 …なんて事を考えながら通路を歩いていたら、前から武藤さんがやってきた。
 脚の骨折を押して『すざく』に乗り込んだは良いが、乗る機体が無くて暇を持て余していると言う噂の武藤中尉だ。
 まぁ実際は『すざく』航空隊の副隊長として、長谷川さんの補佐をしているそうだが。
 まだ松葉杖をついているが、歩行にほとんど杖を頼ってはいない様だ。回復に向かっているようで何よりだな。

 そんな感じで微笑ましい気分で武藤さんを見ていたら、逆に向こうから見咎められた。

「何だ鈴代、ニヤニヤして。私の顔に何か付いているのか?」

 そうだった、今の俺は鈴代ちゃんなんだ。武藤さんと鈴代ちゃんはあまり仲が良くないらしいから、ジロジロ見られたらそりゃ良い気はしないよな。

「いえ、武藤さんが順調に回復しているようで『良かったな』って思ってたんですよぉ」

 わざとらしく聞こえたかも知れないが、これは紛れもない本心だ。武藤さんだって基本的に野郎ばかりのSFミリタリー物にあって、貴重なおにゃのこ枠なんだからもっと輝いて欲しい。これも紛れもない本心だ。

「あ、あぁ… ありがとう…」

 気勢をがれてきょとんとする武藤さん、年齢は20代後半らしいが顔つきは中学生なのだから、笑ったりあどけない表情をするととても可愛らしい。普通にロリ枠で通用すると思う。

 あ、そうだ!

「あの、武藤さん。ちょっとお願いがあるんです。喋った時の語尾に『のじゃ』って付けてもらって良いですかぁ?」

 俺のナイスな提案に意味が分からず目を白黒させる武藤さん。

「は? 『のじゃ』? 鈴代、お前何を言って…」

 俺は武藤さんに対して人差し指を立てて「チッチッチ」と指を振る。

「そぉじゃなくてぇ『何を言っておるのじゃ?』これでお願いしまぁす」

「す、鈴代、お前、何を言っておる、のじゃ…?」

 ゲッツっ!! これは良いロリババア。頂きました!

「ありがとうございました! ではまた!」

 そう言って颯爽と去る俺。後方には事態を飲み込めず、呆気に取られ固まっている武藤さん。
 やべぇ、段々楽しくなってきた。

 艦橋まであと少しの所で軽い尿意を覚えた。この感覚は男も女も変わらんようだね。
 しかし、遂に来てしまったようだな… 運命の時が!
 トイレなら、服を脱いでも仕方が無い。いやむしろ当然だ。それにこのパイロットスーツは上下のツナギだから上から全部脱がないと用が足せない仕様なのだ。

 …仕方ない、あぁそうとも、これは仕方ない事なのだ。もし尿意に耐えきれずに洩らしてしまうような事があったら、それこそ鈴代ちゃんの品位を貶める結果になってしまうではないか。
 決して助平心などでは無く、俺は必然の結果としてトイレに……。

《な〜な〜ひ〜と〜っ!!》

 今まさに女子トイレに入ろうとした俺の体を何者かが掴んだ。見ると通路の床から3071サンマルナナヒトの腕が生えていて、俺を掴んでいたのはその手だった。

 床が破損している様子は無いから、このロボの腕は幽霊的な感じで生えてきている様だ。

《いやらしい事はしない約束でしょーっ!》

 通路に3071サンマルナナヒトの全体が現れる。いつの間にか人間サイズになっていて全身が通路内に普通に収まっていた。
 と言う事は、その手に掴まれている俺はフィギュアサイズになっているのか?
 物理法則どうなっているんだこれ?

「ま、待て! これは不可抗力だ! 漏らしたらそれこそお前の品位がだな…」

 俺の必死の説得にも3071サンマルナナヒトこと鈴代ちゃんは聞く耳を持たない。

《痴漢は死ねぇぇぇっっ!!!》

 3071サンマルナナヒトは両腕を広げて、右手に俺を持ったまま勢いをつけ、怒りに任せて両の手を打ち合わせた。

 ロボのダブル張り手にあえなく圧殺された俺は、それと同時に意識を失って……。


71ナナヒトっ! しっかり! 大丈夫?!」

 はっ!!?

 目が覚めると視界は暗かった。ひょっとしてこれが地獄かな? …それにしては鈴代ちゃんの声が聞こえたような……。

《あれ? 俺はトイレで握りつぶされて… それから…》

「なに寝ぼけてんの? 奇襲よ、しっかりして!」

 うんん…? あれ? これロボの体だ。俺戻ったのかな…?
 っと、そんな事より、

《あぁっと! 入り口にゾンビ輝甲兵が1機いるぞ! あいつは球場空間たまの真ん中で自爆するつもりだ、思いっ切り蹴り飛ばせ!》

「なんですって?!」

 そこから一切の問答無しに、鈴代ちゃんは一直線にゾンビ輝甲兵に向かい両足を揃えた32文ドロップキックを炸裂させた。先刻の俺よりもワイルドな技を使いやがる。
 この野生動物もかくやと思う程の反射力と行動力は鈴代ちゃんの強さだ。

 先刻と同じ様な穴を壁に空けてゾンビ輝甲兵は消滅した。

 俺の意識はロボの中のままだ。鈴代ちゃんも普通に対応している。
 …って事はアレか? 折角のウハウハサービスシーンは、気絶している間に見た夢オチだったって事?!

 えー? そりゃないぜぇ……。
 せめて、せめて夢の中でくらい、鈴代ちゃんの素肌を少しでも堪能しておきたかった……。

「ふぅ、危なかったわね… ねぇ、貴方なんであいつがここで自爆するって知ってたの?」

 鈴代ちゃんが不思議そうに聞いてくる。

《うん? そりゃまぁ… 『夢のお告げ』ってやつかな…?》

 鈴代ちゃんは更に怪訝な顔をして考え込んでしまっていた。
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